第5話 新米冒険者パーティ

 ゴブリン関係の話である。

 まだゴブリンで続くのか。


 ある日、清太郎君たちは久々に近所の冒険者ギルドへ稼ぎに出かけた。もちろん目的は「スライム討伐」。


 様々な依頼書類が貼られた巨大な掲示板の前に立ち、雛子さんが適当に依頼を選んで清太郎君に見せていく。


「こっちの依頼にしようか?」

「この依頼、目的地がこのギルドから遠いと思うな」

「じゃあ、こっちの依頼にする?」

「こっちは報酬額のわりに、内容が過酷じゃない? こんなのブラックだよ」


 清太郎君は首を振り、なかなか依頼が決まらない。

 どれも大して難易度の違わない「スライム討伐」のクエストなのだが、清太郎君は仕事に関して無駄に細かい部分を気にするタイプだ。


 できるだけ労力を最小限に抑えたい。

 できるだけ楽して稼ぎたい。


 そんな至極どうでもいい志を胸に、依頼選びには神経を尖らせている。「困っている人々を助けたい」云々より、優先されるは「最大の金」と「最少の労力」なのだ。


 そんな夫婦の横を抜けて、他の冒険者たちが依頼書を掲示板から剥がしていく。


 ここのギルドに所属する冒険者の間で、清太郎君たち夫婦は「かなりの変人」として噂されている。地位や名声や金を求めず、ひたすらスライムばかり倒すスライムキラー。スライムに食料庫を荒らされる一部の農民からは重宝されてはいる彼らだが、ドラゴンやゴブリンの被害と比べるとスライムの被害など微々たるものであり、「人々の安全と平和を守っている」とは言い難い。


 ギルドへの依頼を管理している受付嬢も、清太郎君の面倒臭さには辟易としている。しかし、清太郎君は規則に反しているわけではないので、声に出さず見守るしかない。

 清太郎君本人たちは、そのことを知らないが。


「こんにちは!」


 そのとき、清太郎君たちは隣にいた冒険者パーティから声をかけられた。


 雛子さんはすぐに笑顔で「こんにちは」と返事をし、口下手な清太郎君は遅れてドギマギしながら頭を下げた。


 他の冒険者から声をかけられるなんて珍しい。

 清太郎君たちが冒険者ギルドに登録した頃は、社交辞令で多くの人から話しかけられていた。しかし、清太郎君が変人っぷりを発揮している現在、向こうから声をかけられることは滅多になくなったが。


 一体、僕らに何の用だろう?

 そんなことを思いながら、清太郎君は訝しげに冒険者パーティを眺める。


「僕たち、今日このギルドに登録しました!」

「よろしくお願いします!」


 パーティは皆、かなり若い。清太郎君たちよりも年下だろう。今回はその挨拶回り、ということらしい。

 新米冒険者。これからの未来に目を輝かせた、初々しい姿。リーズナブルでオーソドックスな新品装備。


 新米剣士君。

 新米僧侶ちゃん。

 新米魔術師君。

 新米格闘家ちゃん。


 皆、キリッとした良い面構えだ。


「私は雛子っていうの。よろしくね!」

「あ……ああ、清太郎です。よろしく」

「君たちの初依頼は、もう決まっているの?」


 おどおどした清太郎君とは違い、雛子さんは笑顔で話題を振っていく。


「僕たち、これからこの依頼を受けます!」


 そう言った新米剣士君は、掲示板から一枚の依頼書を手に取った。

 依頼の内容は「ゴブリン討伐」。「女性たちを巣穴から救出してほしい」という旨の説明が書かれている。


「ほ、本当にゴブリンを倒しに行くつもりなの? ゴブリンって、結構強いと思うけど?」

「はい! 早く拉致された人を助けないと!」


 何と強い正義感なのだろう。


 自分より後輩で年下の新米冒険者が、スライムより強いモンスターであるゴブリンを討伐しようとしている。


 清太郎君たちは彼らの行動に感心すると同時に、気まずさが胸に渦巻いていた。


 彼らより先輩で年上の自分たちは、ゴブリンよりも弱いモンスター、スライムばかり討伐している。それも、ひたすら楽して金を稼ぎたいがために。


 報酬額の多寡に関係なく、人々を助けたい一心で依頼を受ける姿勢が眩しい。

 何て純粋な心の持ち主なのだろうか。

 清太郎君は自分のことが恥ずかしくなり、新米冒険者たちと目を合わせられなくなった。動物的な欲求に敗北し続ける自分とは異なり、必死に他人を助けようとする「人間らしさ」が彼らにはある。


「それで、これから先輩たちはどんな依頼を受けるんですか?」

「うっ……」


 口下手な清太郎君は、即座に答えられなかった。


 言えない。

 楽したいがためにスライム討伐します、なんて言えない。

 先輩を見る目の輝きを、損なわせたくはない。


「僕らは、これから――」


 少し間が空いた。


「『スライム討伐』に行くんだ」


 口下手で咄嗟に嘘を考えて吐けない清太郎君は、プライドを捨てた。捨てるしかなかった。


 大きな静寂が清太郎君たちを包む。

 息が苦しい。先輩としてのプライドが消える瞬間とは、砂漠に吹き荒れる竜巻のような、こんなにも乾燥して痛め付けられる感覚になるのか。実際に竜巻に巻き込まれた経験など無いけれど。


 清太郎君はこういうとき、現実逃避として、壮大なコスモを思い浮かべる。

 無限に広がる大宇宙。

 そこにポツンと存在する惑星。そこにチマチマと動く生物、ホモ・サピエンス。

 宇宙と自分の大きさを対比し、自分の小ささを自覚する。そして、この問題は、この惑星全体にまで影響を与えることのない、非常にミニマムな規模で起きているから安心して良いのだ、と。


「清太郎君?」

「えっ?」


 雛子さんに名前を呼ばれ、現実逃避から意識が帰ってきたら、すでに新人冒険者パーティは目の前から消えていた。規模の小さな「浦島太郎」状態である。


「あれ? あの子たちは、どこに行ったの?」

「もうゴブリン討伐に出かけたけど?」

「そうか……」


 こういう経緯で、清太郎君は会社の朝礼で行われる大事な話を聞き逃したり、映画の大事なシーンを見逃したりすることが多い。


 清太郎君は気を取り直し、自分たちの依頼を物色した。


「じゃあ、今日はこの依頼にしようか」

「うん……そうだね」


 結局、清太郎君が選んだのは、簡単そうで報酬の多い「スライム討伐」の依頼。

 プライドを捨ててしまえば、リスクの低い生活を楽におくれるのである。


 それと、例の新人冒険者パーティがギルドに依頼達成の報告をすることはなかった。

 正義感だけでは敵を倒せないし、優先されるは自分の命なのである。アニメや映画で多用される「良いヤツから死んでいく」という諺は、そういうメカニズムを経て実現されているのだ。

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