第4話 宿屋の女将さん
ゴブリン退治に出遅れた日の夕食。
ダイニングには、雛子さん特製の野菜スープが置かれている。
雛子さんの料理は独創的でお世辞にも「上手」とは言えないが、馬鹿舌と貧乏舌の両方を併せ持つ清太郎君にとっては、宮廷料理に匹敵するほどのご馳走であった。
「うん、美味しい」
「やった! ありがと」
清太郎君からの他愛ない誉め言葉が、雛子さんの料理をさらに闇へと誘うのである。その負の螺旋は留まるところを知らない。
食事中、話題は「例の美人女将」になった。
「あの女将さん、元々、王国の騎士団員として働いていたらしいね」
「えっ、そうなの?」
「前に、そんな話をしたんだぁ」
優柔不断で口下手な清太郎君とは違い、雛子さんは行動力の塊みたいな存在だ。清太郎君には入手できないような情報も、雛子さんは普通に会話で入手できる。一体、何が二人の間にこれだけの差を生んでしまうのか。清太郎君には分からない。
それよりも、あの女将さんが騎士だったとは驚きだ。ゴブリンを軽々倒したことにも頷ける。どこか彼女から漂う凛とした雰囲気は、騎士だった頃の名残りなのかもしれない。
女騎士。
何か、薄い本が厚くなりそうな響きである。清太郎君はコミケで何度かそういう同人誌を購入した。
なぜ、異種同士で「孕む・孕ませる」という行為が成立するのか。そんな考察を自分なりに立てるためである。
染色体の本数は合っているのか。
生まれてくる個体は、人間とモンスターのハーフになるのか。
そもそも、犯されるヒロインの卵子排出メカニズムは、ホモ・サピエンスと同じなのだろうか。
これまで清太郎君は様々な仮説を立て、論文を書いたこともある。当然、その論文は誰にも読まれることはなかったが。時間と才能の無駄遣いである。
しかし、実際にそういうことが繰り広げられている世界で、薄い本の話をするのは、不謹慎というものだ。
清太郎君はゴブリンに犯された先に何があるのか気になったが、敢えて口に出さず、ひたすら女将さんについてだけ深掘りしていく。
「へぇー……何で宿屋の女将さんに転職したんだろうね」
「『お母さんの宿屋を継ぎたかった』とか、『自分の子どもを守るため』とか言ってたよ?」
雛子さんは科学的知識をあまり持たないものの、人間関係に関する情報は清太郎君よりも圧倒的に多い。
「任務中に、今の旦那さんと出会ったんだって。優しくて強いところに惚れたみたいだよ」
「へぇ……同じ騎士団に所属する人だったのかな?」
「ううん、敵の魔術師だったみたいだよ」
「……何か、凄い話だね」
まさに、恋が成就した「ロミオとジュリエット」である。身内同士の憎しみを越えた夫婦。
あの宿屋経営一家に、そんなヒストリーが隠されていたとは、清太郎君も目から鱗である。
「それで、子どもができたから退職して、子どもの面倒をゆっくり見られる今の仕事に就いたのだとさ、めでたしめでたし」
「子どもができて退職なんて、少し日本っぽいね」
「でもさ、モンスターが多い世界じゃ仕方ないんじゃないの? 経済的な問題よりも、そっちの方が危ないよぉ」
確かに。
何でもかんでも地球の人類の基準に当て嵌めてしまうのは良くない。地球とここでは、環境が違うのだ。
「いつでも旦那さんとイチャイチャできるし、子どもの成長も見守れるし、女将さんの人生は充実してると思うよ?」
「自営業で、かつ女将さん自身も強いから実現できている生活だと思うな、それは」
「『強い』って大事だね」
今日のゴブリン襲来のこともあり、清太郎君はこの世界において「強さ」を持つことの意味を実感していた。
強いからこそ、平和に暮らせる。強いからこそ、家や子どもを守れるのだ。
「もし私たちに子どもが生まれたらさ、どうやって面倒見ようか?」
「うーん、スライム討伐中は危なくて連れて歩けないし、家に残すのもどうかなぁ」
清太郎君と雛子さんは、空になった皿を前に沈黙した。
これでは、おちおち子どもも作れない。
つまり、生セックスできない、ということだ。
この世界に、高性能なゴムはまだ存在しない。ピルも同様。この世界の人々は皆、生セックスしかできないのだ。少子化が縁遠い世界である。
モンスターが多いせいで、生存率は低いが。
結局、清太郎君たちは答えを出せないまま、夕食が終了した。
「それじゃ、今日はもう寝ましょう」
「そうだね」
それから、二人して寝室のダブルベッドに寝転んだ。
相変わらず、雛子さんは薄着。胸元や太腿を大胆に露出している。
清太郎君は妻の節操の無い格好に、久々にごくりと唾を飲み込んだ。
ここで、「心理的リアクタンス」という現象について説明しておこう。
親から「宿題をしなさい」と怒られると、逆に「宿題をやりたくない」と感じたり、「テレビゲームを止めなさい」と言われると、逆に「テレビゲームをやりたい」と思ってしまう。
つまり、周囲からの抑圧に反発した行動を起こしたくなる現象のことだ。
今、清太郎君と雛子さんは、「生セックスをしてはいけない」という状況下に置かれている。
この「心理的リアクタンス」が発動し、急に「生セックスをしたい」という欲求が互いの股間付近でモコモコと膨れ上がっていた。
してはいけない。
頭では分かっていても、身体は逆らえない。
清太郎君も雛子さんも、本能には強く抗えないタイプだ。
清太郎君はそっと手を伸ばし、雛子さんの手を握った。雛子さんはそれを特に抵抗なく受け入れ、清太郎君の手を握り返す。
そこから、さらに清太郎君は雛子さんにキスを繰り出した。雛子さんも舌を絡ませ、寝室内の静寂を、クチュクチュという卑猥な音が終わらせる。
これは、二人の間で取り決めた、「セックスを始めよう」のサインである。決して他人には触れられない、暗黙の了解だ。
それから、二人は普通に生セックスをした。
互いに遠慮せず相手を求め合い、溜まっていた欲求を全て発散させる。
これが二人の生態。
日々、彼らは動物的な欲望に負けながら生きているのだ。
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