第3話 ゴブリン襲来

 この世界にはゴブリンなるモンスターが存在する。


「おい! 近くにゴブリンが出たぞ!」


 村に轟く、野太い男の声。

 朝、清太郎君はそれによって目を覚まし、ぼんやりと窓の外を見た。家の前を、剣や弓といった武器を持った人々が駆け抜け、村の出入口へ消えていく。


 何か、村で大変なことが起こっているようだ。


 眠気で意識が朦朧とする中でも、それくらいのことは理解できた。何か村の近くに、何かモンスターが出没して、何かそれを退治しに、何か村民が出かけたらしい。


 自分も村の住人として、彼らを追いかけるべきだろうか。清太郎君は悩んだ。


 ふと、ベッドの横で寝ている雛子さんを見てみる。

 雛子さんには男の声が聞こえなかったのか、清太郎君の隣でぐっすりと眠っていた。ベッドの上でだらしなく四肢を伸ばし、薄着で胸を露出している。雛子さん曰く「胸の熱を発散させるため」らしい。


「雛子さん、起きてください」

「う、うーん……」


 肩を揺すっても、雛子さんは目を覚まさない。清太郎君の揺する動きに合わせて、彼女の豊満な胸がポヨンポヨンと左右するだけだ。


 そういう清太郎君も、実はかなり眠い。先程の騒動を無視して、再びベッドに潜りたい気分だった。眠気と食い気は全ての生物における欲求の原点である。


 しかし、村という生活共同体を維持していくメンバーの一人として、他の村民に「自分も村のために働きますよ」というポーズだけは示しておきたい。

 これを怠ると、村民から冷たい目で見られてしまい、近隣住民とトラブルに発展する可能性が高まる。田舎の暮らしとは、こういう人間関係の不自由さが付き纏う。

 生活共同体とは、面倒くさく、厄介なものだ。清太郎君は「仕方ないな」と重い瞼を擦り、新婚夫婦らしく雛子さんに「おはよう」のキスをする。


「行ってくるね」

「……」


 清太郎君は渋々ベッドから立ち上がると、ライトアーマーを着た。雛子さんをベッドに残し、のそのそと家を出た。


「えっと、こっちに行ったのかな」


 清太郎君は地面に残る足跡を辿り、出ていった村民を追いかける。


 やがて森林でモクモクと昇る白煙を発見した。

 間違いなく、村民たちはあそこにいるだろう。近づいてみると、武器を手にした村民たちが火を取り囲んでいた。焚き火にしては炎が大きい。火の中で、人型の何かが重なって燃えていた。


「あの、おはようございます」


 恐る恐る、清太郎君は村民たちに声をかける。


「おはよう、清太郎殿」

「どうも」


 清太郎君に挨拶を返してくれたのは、同じ村で宿屋を営む女将さんだった。

 金髪の美女で、白い肌が眩しい。雛子さん並みに巨大な乳房も、彼女の特徴と言えよう。


 そんな女将さんが剣を持っている。


 えっ、女将さんって、戦えるの?


 清太郎君はぎょっとした。人間とは見かけによらないものだ。戦う美人なんてラノベかハリウッド映画にしか居ないものだと思っていたのに、晴天の霹靂である。


「清太郎殿は他にゴブリンを見なかったか?」


 ゴブリン?


 清太郎君は首を傾げた。

 確か、ゴブリンとは、小型の人型モンスターだった気がする。人を襲ったり、女性を巣まで連れ去って犯すと聞いたことがある。

 家を出てここに来るまで、清太郎君はそんな奇っ怪な生物に出くわしていない。


「いえ、見てないです」

「そうか。すでに群れは片付けたのだが、逃げたヤツがいると厄介でな」


 何と、清太郎君が到着する前に、ゴブリン退治は終了していたらしい。

 清太郎君が体感していたよりも、ベッドの上で行こうか行かないか悩んでいる時間が長かった。こういう眠気に弱いところと、優柔不断さが、清太郎君の短所である。


 そこの炎で燃やされているのは、ゴブリンの死体だろう。

 これだけの数を死者・負傷者無く倒せるなんて、なかなか村民の戦闘レベルが高い。平和にスライムばかり倒している自分たちが申し訳なく思えてくる。


「すいません。退治に参加できなくて……」

「大丈夫だ。人手は足りていたからな」


 宿屋の女将さんは笑顔で許してくれたのだが、清太郎君にはその言葉の裏に怒りが込められているのではないかと、少し恐かった。

 帰り道、ずっと清太郎君は女将さんの表情を窺いながら歩いた。「アイツは村のお荷物だ」などと噂されては問題である。口下手な清太郎君には、相手の本心を巧みに聞き出す方法なんて分からない。余計なことを言わぬよう、ひたすら口を閉じ、集団の隅で縮こまっていた。


「それじゃ、お疲れ様でした」

「お疲れ、清太郎殿」


 結局、清太郎君は何もしないまま家に戻ってきた。胸の奥から込み上げる罪悪感。次こそ、ちゃんと頑張らねば。


 こうして、少々の気まずさを残したまま、村の平和は保たれた。色々な意味で、異世界の農村で暮らすのは大変である。


 寝室に戻ると、相変わらず雛子さんは節操の無い格好で眠っていた。最早「ポロリ」どころではない。清太郎君が外出してから結構な時間が経つのだが、起きる気配を見せない。

 果たして、雛子さんは、ゴブリンに襲われても犯されずに済むのだろうか。

 こんな妻を守るためにも、村周辺に現れるゴブリンは徹底的に退治しなければ。


「次こそ、ちゃんと参加しよう」


 堅い決意を胸に。

 そして、清太郎君は雛子さんの隣に横たわると、そのまま二度寝した。

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