第15話 『Children of the Sea』

 高校に入って2度目の冬が来た。曇りガラス越しに広がる冬の予感を孕んだ空。ずっと眺めていたいけれど、それを長く眺めるのには、自分の瞳は色素が薄く、眩しくて仕方ない。


 喉を壊してからというものの、教室のざわめきも、自分からは遠ざかっていた。耳はおかしくなっていないはずなのに、どうしてだろうと不思議に思う。しかし本心ではわかっていた。みんな、青春の道程で夢を失ったクラスメイトをどう扱っていいのかわからないのだ。


――『きみのことは残念だと思うけど、重音楽部は実力主義だからね』


 味のしない菓子パンを齧りながら唇だけで微笑み、上機嫌なふりをして過ごす昼休み。雪解け水で川の水嵩が増える頃には、つい半年前まで共に舞台に立っていた上級生たちは都会に出る。そして、日本中の舞台で偽物の演奏をするのだ。


「――生徒会長。あの」


 呼ばれてふと顔を上げれば、1年下の子が書類を片手にこちらを覗き込んでいた。鋭く黒い大きな瞳。葦原はほとんど減っていないパンを袋に入れ直し、差し出された書類を受け取る。


「会長に言われた通りに予算を組んだんですけど、10万円もホントに通りますか?」

「ンー。10万円ぜんぶが通るとは最初から考えないほうがいいネ。審議会で突っ込まれそうなポイントをあえて作ってあるから、最終的には削られるよ。でも、8万は通るんじゃないかな。添削してあげるネ」

「ありがとうございます。8万あれば新しいスピーカー買えるっス。まじで感謝です」


 相澤という名のこの子は破壊的なイタズラ好きだが、どこまでも正義感に溢れている。上級生が荒らし回った重音楽部にこの子が入ってくれて本当に良かったと思う。丁寧に書かれた予算申請書に目を通し、葦原は瞬きをする。


 生徒会長に立候補したのは、この学校のためではない。自分の声を奪った重音楽部を潰すためだった。本当につまらない考えだと思う。もう上級生たちはいないのに、重音楽部へとどめを刺そうだなんて。


 しかし、相澤の真っ直ぐな眼に見詰められて、そんなことはできなくなった。この子と話していると、恨み妬みにまみれ、屈折した自分が醜くて、嫌で嫌で仕方なくなる。痰が詰まったように掠れる喉元を指先でつまむのは、癖ではない。悔しさと苦しさを誤魔化すためだ。


――こんな本性が知られれば、染井は自分を嫌うだろうか。


 冷たい空気を喉に吸って咳き込めば、相澤は思い出したように肩掛け鞄を漁り、大きな銀の水筒を出す。何だろうと思えば、相澤は大真面目な目付きで言った。


「これ、差し入れっス。前、風邪引いた尾津のために和田が作ったレシピなんです。お口に合うかわかりませんけど」


 水筒の蓋をコップに注ぎだされたのは、湯気を立てる透明なスープだった。両手で受け取ると、ふわりと鶏と生姜の匂いが漂う。誘われるように口をつけたら、想像していた以上に強い風味と旨みを感じた。冷たい食事で冷えた胃に、温かさが広がる。


「……美味しい。鶏ガラスープ?」

「ハイ。喉にいいんです。あと、寺嶋がまじないかけたんで」

「おまじない?」

「1日2リットルずつ1年間飲むと喉治るって言ってました」


 そんなに飲んだら喉が治る前に別の病気になりそうだ。しかし相澤は大真面目な顔をして、もっと飲めと促してくる。そうしていると不思議なことに、スープの嵩が減るにつれて、1年近く続いていた喉の違和感が僅かに和らいでいるのを感じた。あの寺嶋という下級生、現代魔術を学ぶ見習い魔法使いだと以前に自己紹介してくれたが、もしかしたらそれは嘘でもないのかもしれない。


「ありがとう。楽になったよ。いいもの貰っちゃったし、予算10万通るように頑張っちゃおうかな」

「そんな、そういうつもりであげたんじゃないです」

「いいのいいの。後輩は先輩に甘えなさい」


 慌てる相澤はどこまでも真面目だ。水筒の蓋を返し、葦原は渡された書類を丁寧にクリアファイルへ入れる。そういえばこのクリアファイルは、書いた歌詞や楽譜を入れるのに使っていた。何度も何度も書きなおして、ボツになったら悔しがって。今思えば馬鹿みたいだ。ほんの少しだけ感傷に揺らいだ心は、相澤に名を呼ばれ、静かに凪ぐ。


「葦原先輩。前から訊きたかったんですけど――なんで重音に優しくしてくれるんですか? だって先輩にとっての重音って、悪い思い出のほうが大きいじゃないですか」

「それは……」


 昼休みの終わりを間近に控えた教室の騒がしさ。その中で浮かび上がる瞳の強さ。ああ、この子はどこまでも優しく、愚直で、強い。声が出ない苦しみに喘いでいた春の日、入学式のあと、この子は真っすぐな瞳で言ったのだ。


――『あなたに憧れてこの学校に入りました。あなたみたいになりたいです』


 なんて残酷な言葉だろう。けれど、その残酷さは優しく、そして葦原に「歌手になりたかった」という夢を改めて自覚させた。葦原は言葉に詰まり、唇をいちど強く噛んで、そして微笑む。


「……僕が叶えられなかった夢を、きみはどうか叶えておくれ」


 偽りだらけの人生の中でも真実と言えるのは、染井への気持ちと、歌手になりたかったという夢だけだ。その夢を乗せた甘く柔らかな呪いの言葉が、この子を縛りますように。残酷なこの子に残酷な鎖をかけて、葦原は己を嫌悪する。


 相澤が去ったあと、葦原は齧りかけのパンを口の中に詰める作業に戻る。相変わらず、誰も声をかけてこない。染井と服部はインフルエンザ。服部が休みということは、木津も休んでいる。周囲はうるさいが、返ってどこまでも静かでもある。そうすると脳裏に蘇るのは、声が出なくなったことを知り、心配するふりをしてニヤニヤ笑っている上級生たちの顔ばかりだ。


 破かれた楽譜。捨てられた契約書。自分の代わりに連れて来られた歌手の歌う姿。SNSで暗に書き連ねられた自分への一方的な悪口や、事情を知らずにバンドの意見へ賛同するファンの声。叫び出したくても叫んでくれない喉元を強く抓り、葦原は息を吐く。


 何度、青春の苦しみから解放されたいと願ったことだろう。それでも自分は生きなければならない。あの春の日、相澤に「憧れていた」と言われたとき、自分のひとつの夢は終わった。だから今は、もうひとつの夢を叶えるために進むのだ。


「……よし」


 午後の授業が始まるチャイムが鳴る。染井の分のノートを取るのは大変だが、彼女のためなら頑張れる。頬を叩いて気合いを入れて、葦原は真っすぐに前を向いた。


***


「わー、懐かしいなあ。こんな貧乏くせえ機材使ってたっけ。もう今じゃありえんよなあ」


 突然部室に現れた男は、そんなことを言いながら機材を見て回り出した。相澤はその言い方に少しカチンと来たが、ひとまず部長として頭を下げる。そうしたら彼は重たるい前髪を颯爽と掻き上げ、印象的な猫目を一層細くした。


「きみが相澤ちゃん? へー、芋っぽくて可愛いじゃん。なんか最近人気みたいだね」

「……恐れ入ります」

「ま、そーゆー人気で調子乗んないようにね。飽きられんのも早いよ」

「えっと……葦原先輩のバンドの方、ですよね」

「なんだよ傷つくなあ。おれたちってもう忘れられてんの?きみたちの先輩なのに。あ、そーいや今3年誰もいないんだっけ。不甲斐ねえな」


 へらりと笑ったその顔を見て、相澤はやっと思い出す。確かこの男は、最近そこそこ人気がある若手ロックバンドのギタリストだ。音楽番組の新譜紹介でミュージックビデオとインタビューが流れていたのを見たことがある。番組では、彼のバンドを「このフェス主流の時代、フェスに出ないという選択を取った音楽性重視の素晴らしいバンド」と紹介していた。

 その番組を見ていたとき、バンドの出身が同県であることだけは記憶に残っていたが、まさか卒業生だったとは。葦原の在籍時とバンド名が変わっていたから、全く気が付かなかった。


「おれたちもさあ、最初は高校生バンドってことで売ろうとしてたんだけどね。でもそんな売りなんて消費期限3年でしょ?しかもいちばん歳下の聖がダメんなっちゃったからね。聖が下手こかなきゃ、まだ高校生バンドって売れたんだけどねえ」


 笑いながら同意を求めてくる男を、相澤は睨みつける。過労と病気で喉を壊した葦原に対して、「下手をこいた」という言い方は何だ。相澤は言い返そうとしたが、険しい表情の和田に視線で制された。相澤は舌打ちしたくなるのを堪え、不安そうな芽衣子に微笑みかけ、さりげなく彼女の前へ出る。


「つかさちゃん、あのひと、ザ・ブルーアビスの吉野さんだよね」

「……そんな名前だっけな。うちにいた頃は名前違ったと思うけど」

「うん……最初のヴォーカル辞めてから厄落としに改名した、ってネットに書いてあって……」

「……そっか。芽衣子は詳しいな」


 肩越しに囁きかけてくる芽衣子の言葉に笑顔で返しつつ、相澤は内心で目の前の吉野という男を軽蔑した。確かにこの男は、木津の言う通りの“真性のクソ野郎”らしい。しかしそんな相澤の思いなど知らず、一通り機材を眺め回した吉野はつまらなそうにスマートフォンを弄り始める。


 しばらくの間、沈黙が部室を包んだ。吉野は「お茶くらい出せないの?」とか「客が来てるのに部屋寒すぎるんだけど」とかなんとか言っていたが、相澤たちは無視して立ち尽くしている。彼がなんのためにここへ来たのか、それを見極めようとしているのだ。そんな状態が随分続いたその時、部室の扉が静かに開いた。


「――染井先輩……」

「吉野先輩。お帰りください」


 ベージュのコートを腕に抱えた染井は、細い身体に黒いワンピースを纏っていた。静かな怒りを孕んだその声ははっきりと大きく、相澤たちは困惑する。相澤たちは、染井が怒りを露わにする場面に出会ったことがないのだ。生唾を飲み込むと、染井はほんの少しだけこちらへ視線を向け、「ごめんね」とでも言うように寂しく笑った。


「おーおー染井くん。久しぶりじゃん。なに、挨拶もなしに帰れって? そりゃあ無いんじゃねえの? おれ一応先輩だよ?」

「挨拶が欲しいのならばします。お久しぶりです」

「心が無いなあホント」


 スマホを仕舞い、吉野はにこやかに笑う。その笑顔はなまじ綺麗な分、薄気味悪かった。染井も同じことを考えているようで、細い眉が僅かに顰められる。


「挨拶はしました。それで、葦原くんを呼び出してどういうつもりですか? 彼に何を言うつもりですか?」

「それよりさあ。まだそんな格好してたの? もう3月だよ? そういうのは受験前に卒業しないとだよ?」


 にこやかな表情のままに吐き出されたその言葉に、相澤たちは凍りつく。しかし染井は僅かに瞼を細めただけで、何も返さなかった。相澤は、それにも驚いた。そしてすぐに思い至った。この吉野という男は、これまでに幾度となく染井へこのような言葉をかけているのだと。そして染井は、そういう言葉に慣れているのだと。

 それに気づいた途端、足元が竦んだ。しかし染井は平然と、再び静かに繰り返す。


「お帰りください。葦原くんはここには来ません」

「冷たいなあ。せっかくこんな貧乏臭いところ来てあげたのに」

「お帰りください」


 語調こそ冷静だが、染井の視線は鋭かった。しかし、吉野は物珍しそうに部室の設備を眺めるばかりで、染井の言葉を聞いてもいない。堪らず何か言おうとした和田を制し、相澤は芽衣子や尾津を背後に庇う。


「吉野先輩。帰ってください。葦原くんに用事があるならば、ここには来ません」

「聖は来るって言ってたよ。メール見る?」

「いいえ、来ません。お帰りください」

「なんだよ。それじゃおれが嘘つきみたいじゃん。先輩に冷たくない?普通はさ、卒業してプロになった先輩が来たら嬉しいもんでしょ?」

「それが一般的な感覚かはわかりわせんが、とにかく今日は――」

「あー、普通じゃない奴に聞いても仕方ないか。ごめんごめん。配慮が足りなかったね」


 その台詞に、染井が言葉を詰まらせた。相澤はいざというときに何もできない自分の臆病さを呪う。突然現れて、この男は何を言っているんだ。普通じゃないのはお前のほうだ。そう叫びたいけれど、腹の底にぐらつく怒りは声になってくれない。


「――僕はここにいますよ。吉野先輩」


 そのとき、嫌に呑気な声が聞こえた。視線を動かすと、建てつけの悪い扉を開けて、葦原が部室へ入ってくるのが見える。相澤は少し退がって、和田や寺嶋と目配せした。


 今は自分たちの出る幕ではない。顛末を見守ろう。しかし葦原や染井の身に何かが起きた時は、その限りではない。和田と寺嶋が小さく頷いたのを見て、相澤は微笑む。ずいぶんぎこちない笑顔だと、自分でも思った。


「吉野先輩。お久しぶりです。お元気でしたか」

「おー、元気元気。セカンドアルバム出したんだけど聴いてくれた?」

「はい。ソングライターをつけたんですね」

「うん。ロックもどきの古臭い曲じゃなくてさ、シティポップとかテクノとかの流行りっぽい曲書ける人についてもらってるよ」

「そのようですね。ぼくがいなくなってから、とても人気が出たようで」

「きみが辞めた時はどうなることかと思ったけどね。結果的には上手く行ってるかな。ああ、恨んでなんかないよ? でも、体調管理も実力のうちじゃない?」

「はい。責任は今でも感じています。申し訳ございません」

「なに謝ってんだよ。バンドメイトじゃん。なに、きみまだ病院行ってんの?」

「今は通っていませんよ。治療費も高額でしたから、経済的にも厳しくて」

「だよね。いやー、治らないもんに金かけてもさ。無駄だよなーって思ってたんだよ」


 アハハ、と笑う吉野に、葦原も微笑みを返す。その背後で俯いた染井が唇を噛み締めている。芽衣子と尾津が怖がっているのを背中に感じ、相澤は手を伸ばす。手探りで捕まえたふたりは温かかった。


 表面上は、どこまでも穏やかなやりとりだ。今日の天気でも話すような口調で、吉野は葦原へ嫌味をぶつけ、葦原はそれをのらりくらりと躱している。葦原の笑顔はどこまでもいつも通りで、それが返って薄気味悪くもあった。


「新しいヴォーカルの方はいかがですか? 素晴らしい方だと伺いました」

「あーダメダメ。ぜんぜんダメだわ。おまえで失敗したから大事にしてやったんだけどさ。休ませろってうるさいんだよね」

「そうですか。しかし、休養は大事なことだと思いますよ」

「喉から血が出たって歌い続けるのがプロだからね。まあ、一般人のきみがそこまでする必要はないけど。たださ、おれらは今もうプロだからさ。そういうことあっても演るよ。ああ、きみを責めてるとかじゃなくてね」

「はい。ぼくの喉の弱さではプロは難しかったなと思います。先輩の仰る通りです」

「でもきみ喉はダメでも顔だけはいいしさ。別に歌えなくても良かったんじゃないかなって最近思うようになってさ」

「アハハ、楽器は苦手です」

「下手でもよくない? どーせ見られてねえし」

「意外と見ているものだと思いますよ。音楽も、中身も」

「そうかな? プロやってるとキャーキャーいってる馬鹿ばっか目立つけど、一般人視点ってそういう感覚なのな。もう忘れちゃったよ」


 そう言ってへらへらと後頭部を掻く吉野の顔を見ていると、怒りがふつふつと湧き上がって来た。この男はどこまで人を馬鹿にしているのだろう。少し人気が出ているようだが、本性はこれか思わず叫び出しそうになるが、しかし葦原の柔らかな視線にふと捕まって、声を奪われてしまう。厚手のコートにマフラーを巻いたいつもと違う葦原は、いつもと同じ微笑みを浮かべている。なぜそんなに平気でいられるのだ。相澤は底知れない薄気味悪さを感じながら瞼をぎゅっと閉じた。


 不気味なほどに静かだ。幾ら休日とはいえ、校内には誰もいないのだろうか。グラウンドと反対側にあるこの部室でも、いつもはサッカー部やら野球部やらの歓声が聞こえてくるのに。芽衣子の汗ばんだ冷たい指が、そっと袖を掴んでくる。凍えた指同士を絡ませると、握り返してくる力は存外に強かった。


「ところで先輩。今も当て振りでライブしてるんですか?」


――今、何と言った?


 暫しの沈黙の後、葦原がさらりと切り出した。耳を疑う相澤たちをよそに、壁に寄りかかった吉野はフンと鼻を鳴らして「そうだけど何か?」とにやつく。


「だってどうせわかんねえもん。ネット見てもさ、『ライト演出がスゴイ!』とか書いてあんの。笑っちゃうよなあ。前録り流してるだけだからあんなビカビカできんだよって」

「でも、ヴォーカルだけは生歌ですよね」

「バカじゃん。幾ら何でも歌はバレるだろ。ま、ファンにしたってグダグダな演奏聞かされるより綺麗な前録り聞いたほうが良くない? 金払ってんだからさ」

「お客さんには打ち明けてないんですね」

「はあ? だってバレたら炎上すんじゃん? 一応実力派ライブバンドで売ってんだからさ。ま、3割くらいはマジで弾いてるけどね。こないだチューニング狂っててマジ焦ったわー」


 ヒラヒラと手を振る吉野は、胸ポケットから出した煙草の箱が空だとわかると、それを寺嶋の足元に放り投げた。煙草が嫌いな寺嶋は、和田の背後へそそくさと逃げる。それを横目で追う相澤は、葦原の側で俯く染井が、薄笑いを浮かべているのに気づいた。


――え? 何で?


「それで――吉野先輩。プロとしてお忙しいあなたがなぜこちらへ? 今もツアー中でしたよね?」


 染井の笑みに戸惑いつつも、相澤は葦原の声に耳を傾ける。すると、弄りだしたスマートフォンの画面から顔も上げないまま、吉野は肩を竦めた。


「いやあ? きみをスカウトしよっかなって思ってね」

「……ご冗談を。ぼくが歌えないことはご存知でしょう」

「知ってる知ってる。でもさあ、考えてみたんだけどね。その顔やっぱすごく欲しいのよ」

「顔、ですか」

「そ。きみ顔だけはホント良いじゃん? だからさあ、歌声の方はゴーストシンガーつけたりしてなんとかするからさ。顔役で戻ってきてくんない?」

「……」


 葦原の微笑みが、ふと消える。相澤は大きな目を瞬かせ、小さく息を吸った。今、この男は何と言ったのだ。声はいらないから顔だけを貸せ、だと? マネジメント不良で夢を奪われた人間に対して、何を。そんなこと、許されるわけがない。許されてはいけない。この男は――。


「悪い話じゃないと思うんだよね。それなりに報酬払うし、ファンからしても喜ぶだろうし。な? 考えてみたらさ、うちのバンドってそもそもほぼ当て振りなわけじゃん? その『ほぼ』が『全部』になったところで大してさあ」

「あ……アッハハ、ぼくは――」

「……ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」


 無意識に喉から迸った言葉に、自分で相澤は戸惑った。しかし、心臓の鼓動は静かになってはくれない。呆気にとられる部員たちの視線を背中に感じながら、相澤は吉野を睨みつける。もう静観なんてしていられない。これ以上バカにされるのは許せない。ちっぽけで薄っぺらい正義感だとは理解していた。それでも、声を上げずにはいられなかった。


「さっきから聞いてりゃクソみてえなことばっか言いやがって……なにが『顔だけ欲しい』だ。聴いてくれる人に嘘ついて、なにがプロだ!」


 叫ぶと、喉がひりついた。わんわんと声の残響が部屋を巡る中、吉野は細い目をさらに細めて、面白くなさそうにスマホを弄っている。その態度が気に食わず、相澤は吉野へ歩み寄り、その胸倉を掴む。


「葦原先輩に謝れ、染井先輩にも謝れこのクズ野郎! 謝って二度とそのツラ見せんじゃねえ!」

「お、おーおー痛いなー。やー、暴力はダメだよー。撮ってるよー?」


 シャツの襟ぐりを掴んで引き寄せても、吉野は僅かに表情を歪めるだけだ。不自然に高く掲げられた彼の手に握られたスマートフォンの画面には、インカメラが作動していた。相澤は舌打ちをして、自分より背の高い男を突き飛ばす。大げさによろめいた吉野は情けない悲鳴を上げながら、冷たい壁に凭れた。


「いったたたた……ひどいなあ。暴力的な人って苦手なんだよね。ムカつくからこの動画、ネットに流しちゃおっかな」

「勝手にしろ。それより先輩に謝れ」

「えー、いいの? きみさ、ネットで拡散されたらどーなるかって想像できるでしょ?」

「知るか。謝れ。出て行け」

「なんだよ謝れ謝れって。俺、なんかおかしいこと言ってる?」


 ニヤニヤしながら見下ろしてくる吉野を睨み上げつつ、相澤は内心で焦った。自分は何も間違ったことをしていないと思うが、ネットに流されると不味い。どうせ吉野に都合のいい編集をされて、自分を悪者にしてくるに決まっているからだ。それに、相手はこれでもメジャーデビューをしているプロで、自分より社会的な地位がある。彼の投稿を見た彼のファンは、きっと真実なんて確かめないで攻撃してくるだろう。それは、やはり、怖い。


 ああしかし、怖気付く自分が憎い。今の自分の葛藤は、葦原の受けてきた仕打ちと比べてなんと生ぬるいことだろう。そして、自分はなんと無力なのだろう。相澤は唇を噛んで、見慣れた床へ視線を落とす。乾いた唇からは血の味がした。


「――あの」


 何もできない悔しさに込み上がる嗚咽を噛み殺していたら、ふと芽衣子が声を上げた。相澤は弾かれたように顔を上げ、芽衣子を振り返る。


「ね、ネットに流しても、無駄だと思います。あたし、あの……染井先輩がきたときから、ずっと撮ってたので……」

「……は?」

「えっと……前撮り音源の話とかって、ネットに流されたら不味いですよね? もし、つかさちゃんの動画をあなたがネットにあげたら、あたしが撮った全部を、ネットにあげます。そのほうが、フェアですよね」


 顔を真っ赤にした芽衣子は、両腕で自分の体を抱きながら、蚊の鳴くような声で言う。それを聞いた吉野の顔色が、見る見るうちに変わった。


「……はあ? 意味わかんねーよ。脅迫すんのか? あ? 動画消せクソガキが、そのスマホ寄越せ! おい!」


 突然に声を荒げてこちらに向かってきた吉野に、芽衣子がヒッと咽喉を鳴らす。怯える芽衣子を守ろうと、和田と寺嶋が駆け寄ってくる。駆け出した尾津は相澤の目の前で両腕を広げたが、呆気なく蹴り倒された。相澤は振りかざされる拳を視界に捉え、重心を落としてカウンターを入れる準備をする。しかしその拳は葦原の手のひらに捕らえられ、振り下ろされることは終に無かった。


「吉野先輩。お帰りください。ここはあなたの居場所ではありません。そして、僕はあなたの道具ではありません」


 言葉は物静かだが、掴まれた手首は容赦なく不自然な姿勢に捻り上げられている。吉野は痛みに悲鳴を上げたが、葦原の視線は冷たかった。


 しばらくその状態が続いた後、吉野は荒々しく「離せ」とわめき散らし、教室を出て行った。相澤は床に伸びている尾津を引っ張り起こし、床に擦って赤く腫れたその額にそっと触れる。


「おまえ、どうして」

「えへへ、だってリーダー殴られちゃうかって思ったもん。痛かったけどコート着てたからへーき。おれ石頭だし」

「バカ」


 ひでえ、と涙目になる尾津を強く抱きしめて、すぐに身体を離す。振り返ると、芽衣子は床にぺたんと座り込んで放心していた。腕を伸ばして抱き締めると、芽衣子は「怖かった」と泣き出す。いつもの芽衣子の匂い。何度も頷いているうち、自分まで涙がこみ上げてきた。


「つかさちゃん、あたしうそついちゃった。ほんとは撮ってなんかないの。どうしよう、つかさちゃん、どうしよう」


 涙で襟元まで濡らす芽衣子が、弱々しくしがみついてくる。何も言えない相澤は、再び込み上げた無力感に目を閉じる。そうやってふたりで泣いていたら、不意に葦原の足音が近づいてきて、長い腕にふたり揃って抱き締められた。


「ありがとう。怖い思いをさせてしまったね。ごめんね」

「……なんで先輩が謝るんスか? 先輩も先輩だ、なんで言い返さないんですか。悔しくないんですか。あんなに酷いこと言われまくって……!」

「きみたちは優しいね。大好きだよ。ありがとう」

「――おうおう、あいつ壁に車擦ってやんの」

「いっほ面白いほどのザコ感だな。まあ実際ザコか」


――この声は。


 葦原の肩から顔を上げると、微笑む染井の背後に服部と木津の姿が見えた。完全防寒スタイルのふたりはモゾモゾと袖口を漁り、コートの内側からビデオカメラを取り出す。


 それを見て、相澤は気付いた。この上級生たちは最初から吉野の失言を引き出して、それを記録に収めるつもりでいたのだ。だから染井は騒動の渦中で笑っていた。葦原も、何も言い返さずにいた。合点が行くと同時に――いよいよ涙が出てきた。


「葦原先輩、ほんとに、ほんとに……」

「よしよし。ちょっと意地悪だったね。巻き込んでしまってごめんね」


 目の前にある、いつもの葦原の笑顔。相澤はその胸をポカポカ叩いて抗議し、そして自分の子供っぽさを自覚する。


「しかしおかげで激昂シーンが撮れたぞ。こりゃ傑作だ。今すぐネットに流したいぞ」

「怖がらせてごめんね。あのクソ男ね、ちょっと前から炎上一歩手前状態だったの」


 穏やかな声音でさりげなく「クソ」と言い放つ染井に頭を撫でられて、相澤と芽衣子は視線を上げる。すると、駆け寄ってきた寺嶋がスマートフォンの画面を見せてきた。そこに表示されているのは、吉野のバンドの当て振り疑惑を話題にした匿名掲示板のスレッドだ。軽く目を通した芽衣子が、しゃくりあげながら「このスレみたことある」と呟く。あんのかよ、と思いつつ表示される文字列を流し見たら、『当て振り?』『エアバンドくさい』というような議論がちらちらと見えた。


――なるほど、そういうことだったか。


「昔は上達に野心的な人だったんだけどね。どんどんおかしくなっていってしまった。悲しいよ」

「元々クソ野郎だろ。上手いおめーに嫉妬して本性表して、マウント取れるってわかった途端にイキりだしただけだよ」

「手厳しいよね。ぼくはそこまで彼を批判する気にもなれないよ」


 ため息をつく葦原の背後で肩を竦めた木津が、「でもこれ計画したのはお前だろ」と呟く。そうしたら葦原はニヤリと笑った。その様子を呆然と眺めていた相澤は、ほんの少し、恐ろしくなった。


 つまり葦原たちは、吉野が音楽業界で失脚するほどのスキャンダルを掴んだのだ。葦原は今日手に入れた映像や音声を、きっとどこかに流すだろう。そうすれば吉野は、というより吉野のバンドは、業界にもファンにも見捨てられる。どんな謝罪をしても、きっと赦されることはない。


 これは葦原の復讐だ。自分の夢を奪った者への復讐なのだ。自分たちはそれに巻き込まれた、というより利用されたのだ。別に、それ自体を批判するつもりはない。あの僅かな時間だけでも吉野が大嫌いになったし、彼を擁護できることはひとつもない。


 それでも、なんと虚しい復讐だろう。葦原の声はもう戻らない。戻らないからこそ復讐をしたのだろうけれど、事態は何一つ好転しない。上手くなって見返してやるとか、金持ちになって見下そうとか、そういう類の復讐とはわけが違うのだ。葦原の夢は途絶えたままだし、きっと謝罪をされることもない。喉を壊したことには、オーディエンスからの批判もあった。その批判が覆ることも、無い。ただただ、自分を苦しめた者を引きずり落とすのみだ。


――この復讐が果たされたところで、状況は何一つ好転なんてしない。


「……葦原先輩。先輩はこれでいいんですか。こんな仕返ししても、先輩は――」


 震える声を絞り出すと、葦原の瞳が眩しそうにこちらを見た。葦原はいつも、こんな視線でこちらを見詰めてくる。相澤は悴んだ指をぐっと握りしめて言葉を続けようとしたが、自己嫌悪が募り、声が出ない。


 何を正義漢ぶっているんだ。現実、あの男は失脚させられる程のことをした。相澤たちが見たのはその一端だ。葦原は、これまでもっと酷い仕打ちをされてきた。だから――それでも。


「相澤さん。あなたの考えはいつだって正義よ。でもね、正義は必ず正しいわけじゃない」


 黙っていた染井が、微笑みながら言う。相澤はそれに何も返せず、ただ俯いた。染井の言う通りだと思った。自分は当事者ではないから、綺麗事の正義を振りかざせるだけだ。


 騒動が過ぎ去ってしまえば、埃臭い部室は再び静けさと寒さに閉ざされる。大きな窓は大きいだけで、ろくに光を集めてくれない。いつも眩しそうな葦原の瞳が、暗がりに差し込む光線をぼんやりと眺めている。相澤は片腕は片腕に抱いた芽衣子がスンスンと洟を啜るのを聞いていた。厚手の上着越しでも、芽衣子の体温が伝わってくる。


「それで? どーすんだよ。この動画どこに流しゃいいの?」


 服部の問いに、葦原は「どうしようかね」と笑うだけだ。どうやら彼は、撮ってからの始末を考えていなかったらしい。それも当然だろう。突然の来訪に対し、証拠を撮るだけならばすぐに実行できる。しかしそれをどう公開するかは慎重にならなければいけない。


「――まあ、今は何もしなくてもいいんだけどね。そのうちわかるよ」


 やがて葦原はそれだけ言って、染井とともに部室を後にした。残された相澤たちは葦原の真意を掴みかね、互いに顔を見合わせる。だが、当然そこに答えなどない。服部や木津も、葦原が何を考えているのか知らないようだった。


「……芽衣子。あのときよく堂々と嘘つけたな。おまえって勇気あるんだな」


 沈黙に耐えられず、芽衣子の背中を撫でながら言うと、芽衣子は大きな瞳を瞬かせて笑う。


「だってあたし、つかさちゃんにいっぱい助けて貰ったもん」


 いっぱい助けて貰ったと言われても、思い当たる節は無い。重い荷物を持ってあげた程度だ。けれどそれを指摘するのも野暮な気がして、相澤は頷いた。涙でぐしゃぐしゃになった芽衣子の顔は、それでも綺麗だった。


***


 父親の作ったチキンカレーを3回おかわりし、手足がふやけるまで湯船に浸かって、ふかふかの布団の上に倒れ込む。相澤は冬の低気圧が齎す耳鳴りを辟易し、イヤホンを耳に入れる。


――『あなたの考えはいつだって正義よ。でもね、正義は必ず正しいわけじゃない』


 胸に吸い込む畳の匂い。天井の暗がりを、ヒーターの赤い光が無機質に照らしている。普段と何も変わらない夜のはずなのに、胸を包むのは不安ばかりだ。芽衣子にひとつふたつ他愛ないLINEを送ると、すぐに返事がある。しかし、嬉しいはずのそれも、目が滑って仕方がなかった。


 やがて相澤はイヤホンを外し、机のそばの書棚に手を伸ばす。ずらりと並んだCDやDVDの中から迷わず取り出したのは、葦原のデビューシングルとなるはずだったそれだ。ジャケットはどこかの廃墟で撮影された仄暗い写真で、小さな青い花が咲いている他には色彩もない。しばらくそれを眺めたあと、相澤は机の上のCDプレイヤーの電源を入れた。


 このシングルは発売当時、けっこう話題になっていた。葦原の高校生とは思えない抜群の歌声は、「演奏は荒削りだが今後間違いなくトップに上がってくる」なんて言われていたっけ。確かにあんな事が無ければ、今頃葦原は大型フェスでも歌っていたことだろう。そんな記憶を手繰りつつ再生ボタンを押すと、仰々しいギターリフが聞こえてくる。


 これが、タイトル曲の「Time Is Over」だ。ハイテンポな正統派J−ROCKで、サビの派手なシャウトは大会場によく映える。しかし相澤はそれよりも、いわゆるB面曲として収録されている「乱反射」が好きだった。


 騒々しいタイトル曲のアウトロが過ぎ去った後、一瞬の空白の後に聞こえてくるハープの囁くようなアルペジオ。相澤は机に突っ伏して、深く遠く反響する音色を鼓膜で拾う。


 葦原が在籍していた当時、バンドにはいくつかのオリジナル曲があった。しかし、作曲者名に葦原の名だけが書かれているのはこれ1曲のみだ。木津によると、実際のところは葦原だけが曲を書いていたそうだけど。


『――わたしの眼に映るのはただ碧に揺れる光の網』

『わたしの指がつかむのは 虚しい騒の温度だけ――』


 ハープの伴奏といくつかのSEだけで作られた単純な曲。秘密めいた声で歌われる素朴な音階に、意識が青く溶けていく。眠りに落ちるのとは違う浮遊感は、歌われる世界に引き込まれているのだろうか。


『叫べども嘆けども足掻けども』

『あなたはきらきら乱反射』

『眼差しでわたしを捕まえて』

『そしてああどうかわたしを どうか』


 海の底から遠い水面を見上げ、光に憧れて腕を伸ばす。初めてこの曲を聴いた時、そんなイメージが脳裏に浮かんで離れなかった。この曲で葦原が歌っている「あなた」が誰なのか、相澤は知らない。けれど、きっと彼のことだから、染井のことを歌っているのだろうなと思う。


――でも。


『夢に希望を砕かれて』

『祈りはとっくに海の底』

『喝采の記憶に縋り付き』

『あなたの匂いと踊るだけ』


 音楽は終幕に近づくにつれて膨らみ、歌声も勇壮さを増していく。それは悲痛さも孕み、叫ぶようにも聞こえる。それにしても、なんて寂しい歌なのだろう。恋とはそんなに切ないものなのだろうか。そうならば、自分が芽衣子に触れたい、愛しい思う気持ちは、到底恋とは言えない。


 古代の賛美歌を思わせるハープのメロディが歌声を搔き消し、ヴァイオリンが舞台に踊り出る。凛と鳴る鈴は透き通った夜空に星を散らかす。雲の如く揺蕩う低いストリングスに、心地よさげなスキャットが絡めば、音楽は満潮の刻を迎える。


 暮らし慣れた自分の部屋で、哀しい音楽を聴く。外は雪が降り始めていたが、瞼を閉じた相澤は気づかない。しんとした静けさが部屋の暗がりに積もり、天井の柔い軋みを作る。


『ああ、神さまお願いあと少し』

『最後の歌を歌わせて――』

『ああどうかわたしを』

『ああどうか どうかわたしを』


 もう何度も、この詞に込めた想いを葦原から聞こうとして、どうしても聞けずにいた。でも、聞かない方がいいとも思った。作り手の心のすべてを受け止める覚悟がない自分には、そんなことを訊く資格はない。


『――ああどうかわたしを』

『愛さないで わたしを――』


 訊く資格は無いけれど、このワンフレーズだけは、正解を教えてもらいたいといつも思っていた。どうして「あなた」を切に想う歌の最後に、「愛さないで」なんて言葉が出てくるのだろう。胸が詰まる片想いの曲だと思っていたのに、最後でいつも裏切られる。どうして葦原はこんなフレーズを入れたのだろう。誰かに愛されたいと思わないひとはいないのに。


 葦原の柔らかい声が消えていくと、あとは長い静寂が訪れた。瞼を上げればいつもの部屋の風景だ。畳の匂いを感じながら、腕を伸ばして卓上灯をつける。取り出したCDが帯びた仄かな熱は、葦原の体温のようだった。


「……3月か」


 もうすぐ葦原たちは卒業してしまう。夢の残滓をこの場所に置いて。葦原はきっと、二度と舞台に立たない。夢を砕かれたまま生きていく。相澤はゆっくりと瞬きをする。思い出すのは、初めて葦原の歌声を聴いたときの興奮だ。想うたびに胸が熱くなり、冷たい掌に汗が滲む。


 あの声は、このまま消えてしまうのか。1枚だけの味気ない記録を残して、歴史の波にかき消えて。まあ、そういうものだと言われたらそうだろう。ああ、でも。それでも。


「――このままでいいわけあるか」


 小さく呟いた相澤は、投げ出されていたスマートフォンを引っ掴んで、躊躇う間もなく葦原へLINEを送る。文面はただ一言、『このままでいいんですか』と、それだけだ。思いがけずに既読はすぐにつき、そしてすぐに答えが返ってくる。


――『このままでいいわけあるか』


 どうやら葦原は、今この瞬間、自分と同じことを考えていたらしい。自然と口元に浮かんだ笑みには、もう何の迷いも無かった。



 その週末、ひとつの芸能ニュースが世間を騒がせた。人気若手ロックバンドのギタリストが、メンバーに暴力をふるって逮捕されたのだ。逮捕されたギタリストは犯行を否定したが、メンバーがインターネット上にアップした“告発動画”には紛れも無い暴行の現場が映っており、もはや彼を擁護する者はいなかった。


 それが話題になるのと同時に、こんな話がSNSを中心に広まった。渦中のバンドにはかつて、素晴らしいヴォーカリストがいた。喉を潰して音楽業界を去った彼は今高校3年生で、最近話題になったハードロックな高校へ通っているらしい。その高校の予餞会が、間もなく開催される。この予餞会は誰でも無料で閲覧できるそうだ、と――。

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