EP.8 ひと段落して……?――。

「それで、どうやって私の屋敷に入ったんだ」


 自らの手で破壊してしまった玄関にできた穴を見つめながら、彼は二人の人間の子供を前に不機嫌にそうに問いかける。


「知らないわよ。声が聞こえてきたと思ったら勝手に開いたんだから」


「んー!! んー!!」


 彼の目の前にひざまづいた状態のリリーも同じく不機嫌そうに返事をした。一方で、リリーの隣で同じように膝まづくハボックは縛られた状態で布で抑えられた口を動かして何かを叫んでいる。


「勝手に開くはずがなかろう。一体どんな手段を使って私の屋敷に侵入したんだ。妖精共の手助けか?」


 二人の方に顔を向き直らせ、彼はもう一度リリーに問いかける。


 屋敷の前で彼に殺されかけてから少し経って、リリーたちは屋敷のロビーに連れて来られるとその場で彼から尋問を受けることになった。リリーはおとなしく応じたが、ハボックは叫び続けていたので強制的に彼からさるぐつわをされる羽目になっている。


「だから知らないって言ってるでしょ! 突然変な”声”が響いてきて屋敷に入れって言われたのよ! そしたら屋敷の扉が開いて……」


 話していると、リリーの目前に彼の手刀が添えられる。勢いよく答えていたリリーも、顔を不味くしてすぐさま黙り込んだ。


「調子に乗るなよ人間。子供だからと言って私は手加減しないぞ。らちが明かないのならば質問を変えよう。お前はなぜ彼女の“名”を知っていた」


 彼が指す“名”とは、先ほどリリーが叫んで言った“アリストレア”という名前の事だろう。だが、”声”からは教えられただけで、それ以外にこの名前が誰の名前で何と関係あるのかなど知る由もない。


 質問にどう答えようか悩んでいると、待つ時間にイラ立った彼が足をコツコツと鳴らし始める。


「”声”が……教えてくれたのよ」


「またその“声”か。知りたいのだが、その声の“持ち主”はどこにいるんだ?」


「知らない……。姿は見てないし、声は私にしか聞こえていなかったから霊か何かの仕業だと思って……」


「なんだそれは。余計に疑わしい話ではないか。嘘を吐くぐらいならもう少しマシな言い訳を考えろ。霊などこの森には存在しない。何かを隠しているのであれば素直に吐いたほうが身のためだぞ」


 彼はそう言ってリリーの前にかざした手刀を近づける。


「…………っ」


 こんな話を語っているのだから怪しまれても仕方がない。さっきの自分の発言に、己でさえも馬鹿馬鹿しく思えた。けれどもそんな馬鹿げた話が事実なのだから、信じてもらわなければいけない。


 しかし、今にもその手刀で自分の首を跳ね飛ばさんと腕を震わせている彼に、この状況で納得をしてもらうなど難しいにもほどがある。


 ――――一体、彼にどう答えればこの尋問を切り抜けられるのか。



「んーーーーーっ!!!!」



 リリーが言葉に詰まっていると、隣でさるぐつわをされたハボックがまたうるさく叫びだす。


「……っ、おいお前、いい加減に黙らぬか! 首を切り落としてやってもいいのだぞ!!」


 我慢がならなくなり、彼はリリーの首元から手刀を放してハボックの首筋に近づける。


「んーーーーーーーーーっ!!!??」


「や、やめて! 怖がってるだけよ!!」


「うるさい。人間の指図など私は受けん。こいつの首を切り落とすうちにお前はさっきの返答をしろ」


 そう言って彼はハボックの服の襟を掴み上げて首元めがけて手刀を大きく振りかぶった。


「やめてっ!!」


「やめてベル!! 彼らに罪は無いわ!!」


 主人の腕がハボックの首の手前で止まる。


「今の声は……」


 掴んでいたハボックの襟を手放すと彼は部屋の中を見回した。リリーも一緒に部屋の中を見てみるが、ロビーに人影らしきものは見当たらない。


「ここよ! 彼女の頭の横!」


「え……うそ……」


 場所が分からずにいると、また声がはっきりと聞こえてくる。今度はどこからその”声”が聞こえてきたのかはっきりと分かった。そして、“その場所”に恐る恐るとリリーは手をかざす。彼も声の出所が分かったらしい。リリーと同じようにゆっくりと”その場所”に目を向けた。



「ごめんなさい。私が原因なの。彼女たちを虐めないであげて、ベル」



 リリーの頭の横から生えていた赤い“花”。その花がめしべと思われるその場所に浮き出た顔を動かして喋っていた。


「花が喋った……!!?」


「馬鹿な……!! その声、君は“アリストレア”なのか!?」


 リリーが頭の横の花に驚愕していると、今度は落ち着きを放っていた彼が声を荒げた。色々と突っ込みたいところはあるが、とりあえず、リリーは状況を静かに見守ることにする。


 先ほどの主人の言葉に、花は安堵するかのように息を吐いた。


「えぇそう。私よ。ようやくあなたに話しかけることができた……よかった……」


「いや……いやそれよりも、生きていたのか!? どうやって!? 種に変えられてからの君の気配は一つも感じられなかったというのに!」


「私もよくは分からないの……。気が付いたら深い眠りから覚めたような感覚で、あなたの部屋だと思われる場所にいたわ」


「君の種は私の部屋の奥に保管してあったんだ。だが、まさか蘇るなど……」


「……あのさ。二人で盛り上がってるところ悪いんだけど、私も混ぜてもらってもいいかしら」


 なんだか置いていかれていくような気がしたので、花――アリストレアと主人の声を遮るようにリリーはわざとらしく声を出した。


「お前が喋る必要などない。黙っていろ」


「ベル! そんな風に言わないで! 彼女は私の恩人なのよ?」


「ちょっと待って。私はあなたを助けた覚えなんてないんだけど。なんのつもり?」


 当然、リリーには頭の横から生える奇怪な花の助けなどした覚えはない。この花は一体何の事を話しているのだろうか。思う間に、花はリリーの言葉に返事をした。


「いいえ、あなたは私の恩人よ。あの時私の声に気付かずに部屋までたどり着いてもらえなかったら、今頃私は干からびてしまっていたかもしれないのだから」


「やっぱりあの声はあんたのものだったのね……!! よくも人の頭の上にこんなもの生やしやがって……!!」


 声音からして、あの時聞こえていた”声”はこの喋る”花”のものだと何となく察していたが、やはりそうだったのか。だが同時に、自分が置かれている今の状況、ひいてはこの状態・・はこの花、アリストレアの所業だったという事だ。


「その点については謝るわ……でも、そうするしか方法がなかったの。あなたは女性だから一番私の体の依り代に合っていたのよ。体を借りる様な事をしてごめんなさい……」


「それでこっちが納得するわけないでしょ!! 頭から言葉をしゃべる花を生やした人間なんて滑稽極まりないわ!! いますぐに戻しなさい!!」


「おい貴様……調子に乗るのもいい加減にしろ。そろそろ手の一つでも出さないと黙る気もないか?」


 リリーの前に身を乗り出して、彼が詰め寄ってくる。


「やめて! 大丈夫だから! 私には彼女に咎められる責任があるわ! お願いだから彼女を傷つけないで!!」


「…………ふん」


 彼はそっぽを向くとリリーから静かに離れて拗ねるようにしてこちらに背を向ける。


 そんな彼に続くように、アリストレアも重たい口をそっと開いた。


「……残念ながら、今はあなたの体から私を引きはがす方法は無いの。体だけじゃなくて、半分あなたの魂と混ざってしまっているもの……」


「はぁあっ!!??」


「でも、方法が本当に無い訳ではないと思うわ。彼の知り合いに当たってみれば、手段の一つでも見つけられるかもしれない」


「ちょ、ちょっと待って! その知り合いに方法を尋ねることは置いとくとして、じゃあ私とあなたはしばらくこの状態でいなきゃいけないってこと!? いつまで!?」


「いつまでなんて分からないわ。今までに事例がないことだから、時間がかかることは避けられない。最悪、数十年は見積もっていたほうがいいかもしれないわね……」


「すうじゅぅ……っ!!?」


 途方のない時間の浪費に目がくらむ。という事は、自分が大人になって以降もこの状態は続いているかもしれないということだ。


 いや、そもそも事例がないと言っている時点で方法は皆無なのかもしれない。


「嘘でしょ………………」


「ショックなのは分かる。でも、方法を探さないでいてはあなたの体も一生このままだわ。どうか気を保っ……て……」


 すると、横から聞こえていた声が突然弱々しくなる。


「私ももうそろそろ限界みたい……次はいつ話せるのか分からない…………その間に彼の……しり、あ……いに…………」


 声は囁くようにして小さくなっていくと、いずれ完全に途切れて聞こえなくなった。


「ねぇあんた!? ねぇ!?」


 反応はない。縋るようにリリーはその後も何度も彼女に呼びかけてみるが、何も起きずにただ時間だけが過ぎていく。


 ――――アリストレアの意識が途絶えてしまった。


 どうしたらいいのか。突然起きた出来事と知らされた事が次々と流れるように起きたせいで、頭の中がいっぱいだ。自分のこの状態が良くなるのかも分からない。そもそもこれからはどうやって過ごせばいいのかも分からない。食事も、寝床も、今は当てになるモノは何もない。例え、村に戻れるのだとしてもこんな状態では戻ろうにも戻れない。



 ここで日々を過ごすぐらいしか、見当がつかない。ならば、最後に当てになるのは。



「ねぇ……聞いてたでしょ。あんたが頼りなのよ」


「……………………」


 リリーは問いかけたが、彼は背を向けたままで反応を返してこない。もう彼という存在にしか頼る他ないというのに、当の本人は見向きの一つも示さない。


「……ねぇってば! 拗ねるのもいい加減にしなさいよ! 彼女を助けたくないの?!」


 主人の肩がピクリと動く。それから背を向けたまま後ろの様子を伺うようにして彼は身じろぐと、やがて重い蓋を開けるように、彼は口を開いた。


「彼女は助ける。無論、私の知り合いにもそのむねを話し、持ち掛けるつもりだ。…………だが、お前と慣れ合うつもりはない。事が終わったらさっさとこの地より出ていけ。そして二度と私の前に現れるな」


 それだけ言い残すと、彼はロビーにある扉の一つに向かって歩いていき、静かにその場から立ち去った。


「…………いい大人がどんな態度よ。子供か」


 彼が去ったその後、ロビーのその場に放って置かれたリリーは隣で気絶して倒れるハボックの安否を確認すると、彼が入っていった扉を静かに睨みつけた。



 こうして人間の少女”リリー”と少年”ハボック”は人が立ち入ってはいけない黒い森の奥深く、精霊樹の根本より建てられた屋敷の主人――”ベルガモット”と共に、リリーの体に混じってしまった謎の声の持ち主――”アリストレア”を救うべく結託し、彼らと彼の非日常の幕が上がるのであった。



To be continued.



<あとがき>

 ここまでお読みいただきありがとうございました。あらすじの最後にも書きましたが、こちらの作品の8話以降は別サイト「エブリスタ」さんにて更新をしております。続きが気になる方はお手数になりますが、「エブリスタ」さんより本作品をご閲覧ください。

 さて、あとがきに入りたいと思います。皆さま、「ウィケッド・パーティ」はいかがでしたでしょうか? 文章での表現力としては私の力はまだまだなので……ところどころがおかしな文になっていたり、表現的に変なところが多々ありそうで少々怖い次第です(;´Д`)

 それでも、お話の内容が少しでも読者の皆さまに伝わっていましたら幸いです。そしてあわよくば、この作品を好きになってもらえていましたら、とっても嬉しいです(*´Д`)

 よければ感想も受け付けておりますので、気軽にお返事ください(><)

 「ここ変だよ」ていうご指摘でも構いません。むしろ言っていただけると助かります(^^;)


 最後に、もう一度言わせていただきます。この作品に興味を持ち、手に取って見ていただきまして本当にありがとうございます。「ウィケッド・パーティ」を皆さまの心に響く素敵な作品にできるように、これからも精進して執筆していきたいと思います。


 それでは、また別の機会にてお会いしましょう。ありがとうございました!

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ウィケッド・パーティ 夜雨 @timidtimey

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