第八話(エピローグ)

 舞台が終わったのち、リリィはエリーゼと二人で北の皇国料理のレストランにいた。先日ダベンポートと来たのと同じレストランだ。偶然、席も一緒。同じ馬蹄型の席に二人で座る。


「はあ、楽しかったわね!」

 エリーゼはニコニコ笑うと大きく伸びをした。

「あんな小さなテントで踊ったのって初めてかも。観客席から近くて楽しかったわ! お客さんの声まで聞こえる舞台っていいわね。でも今日のお客さんはラッキーだわ。私の舞台って高いのよ!」

「そうですね」

 つられてリリィもにこにこと笑う。

「距離が近いので色々わかっちゃうから怖いんですけど」

「リリィちゃん、まーた怖い?」

 ふふふ、とエリーゼが含み笑いを漏らす。


 あ、そうだ、ブローチ!


 不意に思い出し、リリィは勇気を奮い起こすとエリーゼに訊ねた。

「ところでエリーゼさん、わたしの歌を聴いて、なんか変な気分になったりはしませんでした?」

「変な気分? いいえ、とっても気分が良かったわ。楽しかった〜」

「でも、おかしいとは思いませんでしたか?」

「おかしい?」

 リリィの真剣な言葉にエリーゼが不思議そうにする。

「わたしの歌です」

 リリィは言った。

「そもそもがおかしいんです、こんなにみんなが熱狂するのって。エリーゼさんが急にもわたしの事を誘いたくなったのも、このブローチのせいなんじゃないかって思っちゃうんです。歌を聞きたくなったんじゃあないですか? このブローチ、歌中毒作っちゃうのかも」

 リリィの思いがけない言葉にエリーゼがびっくりした顔をする。

「まさか! 私は本当にリリィちゃんと遊びたかっただけよ?」

「でも、本当にそうなのかって心配になるんです」


 それは、リリィが最初から抱いていた疑念だった。

 エリーゼに急に遊びに誘われたけど、どう考えても釈然としない。きっとこのブローチが働いている時に歌を聞いてしまったから、中毒してしまったんだ。

 だいたい、わたしは単なるハウスメイドだ。そんなわたしをエリーゼ・レシュリスカヤなんてすごい人が誘ってくれる訳がない。

 全てにおいて自己評価が低いリリィはエリーゼの無邪気な好意をどうしても信じる事ができなかった。


「もうリリィちゃんは心配性なんだから。そんな訳ないじゃない!」

 エリーゼは笑った。

「私はリリィちゃんのこと、大好きよ。歌抜きでもね」

「え?」

 驚いてリリィがエリーゼの顔を見る。

 あんまりエリーゼが泰然としているのでなんか急に気が抜けた。

 それまで身を乗り出していたリリィがぽすっとソファに腰を下ろす。


「理由は私にも良くわからないけど、とにかく私はリリィちゃんと仲良くなりたかったの。それで今日一緒に遊んで、ちゃんとお友達になれたわ。それで十分。違う?」

 エリーゼの言葉に、リリィは急に気持ちが軽くなるのを感じた。

 確かに、エリーゼの言う通りなのかも知れない。

 わたしは今日エリーゼさんとお友達になった。

 大切なのは今日エリーゼさんと仲良しになった事。

 他の事はどうでもいい。

「はい」

 リリィの口元に自然に笑みが広がる。

「今日、私には可愛い妹みたいな素敵なお友達ができたわ。私はそれがとっても嬉しいの」

…………


 その晩エリーゼは大いに語り、大いに飲んだ。食べ物もたくさん食べたと思う。全部前菜だったけど。

 つられてリリィも笑い、エリーゼと仲良くおしゃべりをした。

 体重の事も今では聞ける。エリーゼは大笑いすると、自分は本当に太らない体質だからと胸を張った。

「食べてないとね、体重が減っちゃうの。だからアイスクリームを食べても全然大丈夫なのよ」

 会う前、あんなに緊張していたのが嘘のよう。

 私たちはお友達になった。エリーゼの言葉が嬉しい。

 リリィはキキが逃げてしまった時のこと、その後(たぶん)ブローチの力でキキがまた帰ってきた顛末をエリーゼに話した。エリーゼは自分が跳べなくなった理由、そしてそれをダベンポートとアンジェラ女史が解決してくれた事を話してくれた。

「その時ね、私、魔法も悪くないなって思ったの。それまで魔法なんて怖いものって思っていたんだけど、マーマとの絆だったんだもの」

 レストランを出た時にはだいぶん遅くなっていた。周囲のお店はみんなもう店じまいしてしまったらしい。明かりが付いているのはこのレストランとパブだけだ。

 近くの駐車場まで笑いながら二人で歩いて馬車に乗る。

 馬は静かに街を走りだした。だが、すぐにエリーゼの家の前に停まる。

 エリーゼのタウンハウスはセントラルの中心にあった。

「じゃあリリィちゃん、また遊びましょう。今度は私のおうちに遊びにいらっしゃいな。私の国のものがたくさんあるから見せてあげる」

 エリーゼは御者に手伝ってもらいながら馬車から降りると、リリィを魔法院にちゃんと送り届けるようにと御者に念を押した。

「じゃあリリィちゃん、気をつけてね」

 御者が手綱を使い、白い馬車が再び走り出す。

 エリーゼは馬車が見えなくなるまでずっと手を振っていてくれた。


 結局、なぜエリーゼがリリィの事を気に入って、なぜ急に遊びに誘ったのかは判らず終いだった。リリィはブローチの影響を心配したが、エリーゼは違うと言う。

(結局、なんでエリーゼさんがわたしを誘ってくれたのか判らなかった)

 後ろの窓からエリーゼが見えなくなったのち、一人で馬車に揺られながらリリィは考えていた。

 それがダベンポートのブローチのせいなのか、それともエリーゼの気まぐれなのか。真相は闇の中だ。

(でも、エリーゼさんが言う通り、そのことは気にしないことにしよう)

 今では、リリィもブローチのことは気にならなくなっていた。

 どちらでもいい。

 それよりも大切なのは仲良しになったこと。

(エリーゼさんはわたしの事を妹みたいなお友達って言ってくれた)

 思い出すと胸が暖かくなる。

 知らない人と会うのは怖いし緊張する。だけど、エリーゼは違った。

 素敵な一日だった。

(そうだ、お手紙を書こう)

 リリィは明日雑貨屋で封筒と便箋を買おうと決めた。

 魔法が人と人を繋ぐ。

 それはとっても素敵な事、エリーゼさんはそう言った。

 とっても素敵。確かにリリィもそう思う。

 魔法は怖いばかりじゃない。

「♪〜」

 帰ってからダベンポートに話す事を考えながら、リリィは鼻歌を歌い始めた。


── 魔法で人は殺せない15:リリィの冒険 完──

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【第三巻:事前公開中】魔法で人は殺せない15 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

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