三十

 夜を徹しての決死の防衛戦は続いていた。

 踏み入るところ血溜まりと屍ばかりだった。

 だが、バルトス・ノヴァー始め、諸将の叱咤激励が兵士達を勇気づけ、時に死を恐れぬ戦士にも変えた。

 疲労が既に濃くなった頃、ついに朝日が姿を見せた。

 そしてその日の光りは濃紺色の魔族の兵団の大部隊を照らし出したのであった。

 ダンカンも戦慄を覚えそうになった。

「隊長、しっかり。この程度で諦めちゃ駄目よ」

 後方で待機している最中カタリナがそう声を掛けて来た。

「そうだな。その通りだ」

 ダンカンは頷いた。

 頭上を弓矢が飛び交う。その一つがダンカンの兜に当たり、甲高い音を立てて落ちていった。

 怖くはない。ダンカンは頷いた

 ダンカンはそう思いつつ隣のカタリナを見て、再び頷いた。

 ダンカン隊は幾度も前線に飛び出し、敵を討った。

 昨晩戦った魔族の分隊長の様な特に優れた手練れは雑兵の中にはいなかった。

 するとその時、頭上を後方から大きな塊が飛んでゆくのが見えた。

 塊は魔族の軍勢の上に落ちた。

 ダンカンは振り返る。

 篝火の代わりに投石車が密集し、それぞれ重たい岩の塊を放り投げていた。

 と、そこへ注進が入った。

「リゴの軍勢が到着いたしました」

 ダンカンには見えなかったが、鬨の声が東の方から轟いているのを聴いた。

「リゴの軍勢はバルケルのエルド・グラビス殿と、サグデン伯の軍勢ですね」

 フリットが歓喜して言った。

 こちらの中でも特に精強な二つの軍勢だった。そのため兵達は大きく盛り上がった。

 と、流れが変わりりつつあった。

 敵が苦手な朝と言うこともあるだろう。日差しで見通しも良い。昨晩から未明にかけての闇夜の戦では無くなった。

「あの夜を絶え凌いだのだ! 今度は我らの精強さを見せる時だぞ! 全軍突撃!」

 バルバトス・ノヴァーの声が轟く。

「突撃でおじゃる!」

 イージアの大将、芳乃幾之進の声も聴こえた。

 地鳴りが響き始めた。

「よし、我らも突撃じゃ!」

 老将ジェイバーも命令を飛ばす。

 ダンカン隊も突撃した。

 敵を薙ぎ倒し、ぶつかり合い、兵達は血みどろとなって暴れ回った。

 ダンカンも立ち塞がる敵を斬り捨て、打ち合い、時に仲間の援護をもらいどうにか敵を潰してゆく。

 乱戦になりつつあったので投石は中断されていた。

「退け、退け!」

 敵勢から声が轟いた。

「追撃せよ!」

 バルバトス・ノヴァーが命じる。

 鬨の声を上げて騎兵が、歩兵が、敵の背に追い縋り斬り裂いて行く。

「そこまで!」

 バルバトスが追撃中止を呼び掛ける。各将もその声に続いて兵士達を止めた。

「皆、御苦労だったな。凱旋と行こう!」

 ダンカンは肩で息をし、倒れたい気分だった。

「隊長、お疲れ様です」

 フリットが声を掛けて来た。鎧兜には血がこびりつき、顔は汗だらけだが、息を乱していなかった。

「成長したな、フリット」

 ダンカンは思わず言うとフリットは応じた。

「ゲゴンガと秘密特訓してますからね」

 胸を張って若者は答えた。

 フリットを始め、カタリナ、バルド、ゲゴンガ、皆居る。

 ダンカンは安堵し頷いた。

「凱旋だ。行こう」

 城へ戻る兵士達の後に続いてダンカン隊も城下へ入って行った。

 城下は民衆の祝福と歓声でいっぱいだった。

 これだけの力なき人々を俺達は守ったんだ。

 ダンカンは微笑み、手を上げて声援に応じたのだった。



 二



 戦死者のタグを回収し、敵味方の遺体を焼いて埋葬する作業を終えると、ようやく普段の時間が戻って来た。

 だが、ダンカンは初日は修練を休みにした。戦で使った剣と鎧兜を磨きたかったからだ。

 城壁のいつもの場所で剣に砥石を走らせる。

 隣にはカタリナがいた。

「カタリナ、あの時は助かった」

 ダンカンはそう言い、続けて口を開いた。

「敵の分隊長とやり合ったときだ。敵は俺よりも上の技量の持ち主だった。あのままつまらぬ誇り、いや意地を張っていたら俺はあそこで終わりだっただろう」

「隊長がそこまで気付いてくれて嬉しいわ。あなたは私にとって唯一愛する人だもの。死んで欲しくなかった」

「カタリナ……」

 ダンカンは感激すると同時に照れた。

 二人は無言で剣を研ぎ、鎧を拭いた。兜に矢が当たった箇所はそこだけ小さくへこんでいた。

 二人とも作業を終え、バケツを返しに向かった後、ダンカンは自室へ帰るつもりだった。

 が、バイザーの下りた兜と鎧を身に着けたカタリナが後に続いてきた。

「カタリナ、どうかしたのか?」

「隊長のお部屋に御邪魔しようと思って」

 バイザーの下でカタリナが応じた。

「俺の部屋? ただ狭苦しくてベッドと机ぐらいしか無いぞ」

 ダンカンが言うとカタリナの小さな笑いが聴こえた。

「ベッドさえあれば問題は無いわよ」

「ベッドさえ?」

 ダンカンは不思議に思い首を捻った。

「まぁ、良い。来たければ来れば良い」

 そうしてダンカンの部屋に着き中に入るとカタリナは兜を脱いだ。

「フルフェイスって慣れないわね」

 兜を置き鎧を脱ぐ。

 ダンカンは目のやり場に困った。

 と、カタリナがダンカンの手を取り共にベッドに座った。

「隊長、この間の戦い頑張ったから、御褒美をあげるわね」

「御褒美?」

「さ、隊長も服を脱いで」

 そう言いつつカタリナが服を脱ごうとしていた。

「ま、まさか!?」

 ダンカンは驚いた。

「そのまさかよ?」

 カタリナがウインクする。

「それともお嫌?」

「嫌なわけないじゃないか!」

 ダンカンは思わず叫んだ。

 カタリナがカーテンを閉め、蝋燭に灯をともす。

「ありがとう隊長」

 彼女が微笑んだ。

 そうしてその日、ダンカンは初めて体験するとても素晴らしい時を過ごしたのだった。

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