三十一

「俺達が顔を合わせた時のことを知りたいって?」

 隣で肌が密着するほど近付き横になっている最愛の女性の言葉を反芻した。

「ええ、ダンカン隊がどんな出会いをしたのか、興味があるわ」

 薄手の毛布が動きもう少しで豊満な乳房が見えるところだった。

 ダンカンは頬が紅潮するのを感じながら思い返し言った。

「別に大したことはやってないぞ」

「それでも良いから聴かせて」

 頬に口付けされ、ダンカンはまたもや火照りながら、ならばと当時を思い返した。



 二


「ダンカン、分隊長をやってみないか?」

「は? 私が分隊長ですか?」

 太守バルバトス・ノヴァー直々の呼び出しに恐縮しつつ兵卒のダンカンが玉座の前に跪くと、相手はそう言ったのだった。

 ダンカンは思った。年も年だし、このまま兵卒でいては格好も着かないだろう。だが、俺に部下を守れるほどの力と責任感があるのか?

 ダンカンは、教官でありかつて分隊長だったアジームの姿を思い浮かべた。アジームは叱咤激励し部下達を奮い立たせるために自ら先陣を切り、斬り込むこともあった。矢の嵐に戸惑うと、声を上げてビビるなと怒鳴り鼓舞してくれた。そして戦闘中は自分だけでなく部下達の様子も横目で確認し助太刀に入ることもしばしばあった。ダンカンも当時はアジームの下で鬼の様な修練はしていたが王宮勤めの兵士で、戦は初めてだった。いや、この大まかな平和な時代に誰もがそうだった。

 それがヴァンピーア城を攻略するため最前線へと向かう羽目になった。

 のんびり王宮勤めをして終わるものだと思っていたダンカンの予想していた運命の歯車がそこで違う方向に回り始めた。

「ダンカン、無理にとは言わないが、お前ならできるものだと思っている」

 太守バルバトスの声で我に返り、ダンカンは頷くしかなかった。

「承知しました」

「そうか。よし、中に入れ」

 バルバトスが言うと扉が開かれ、四人の男が姿を見せた。

 しかし、ダンカンは驚いた、亜人がいたのだ。それも二人も。毛むくじゃらの小さなゴブリンと、もう一人は角を生やしたてがみのある鬼のようなオーガー族だった。

 平和の使者シルヴァンスがあちこちでかつて魔物と言われていた者達と人間達を和睦させている。その影響か、前線にも亜人の姿が多くみられるようになっていた。例えば、巨大なミノタウロスに、トロールなど。彼らも分隊に所属していた。

「あなたがダンカン隊長ですな」

 自分と同年代ぐらいのノッポの男が言った。

「ああ、ダンカンだ」

 ダンカンは未だに瞠目しながら応じた。

「私は隊の副官に任命されましたイージスと申します。この人間の若者がフリット、ゴブリンがゲゴンガ、そしてオーガーのバルドです」

 イージス始め四人は跪いた。

 ダンカンは太守を振り返った。

 バルバトスは笑顔だった。

「ダンカン隊の完成だな。武運を祈るぞ。励んでくれ、ダンカン」

「は、はっ!」

 そうしてダンカン達は玉座を後にした。

 ダンカンは無言で歩いていた。その後を四人の部下が続く。

 俺に亜人を束ねることができるだろうか。いや、いつ戦が起こってもおかしくない。俺にアジーム教官のような真似事ができるだろうか。

 ダンカンは兵舎の食堂に来ていた。

 そこで席に着く。四人の部下も倣った。

「改めて名乗ろうか。俺はダンカン。兵卒だった。えっと副官のイージスに、フリット、それと……」

「ゲゴンガでやんす」

 ゴブリンは親し気にそう言った。

「バルドだ」

 オーガーは別段興味も無さそうに応じた。

「うむ、ゲゴンガとバルドだな」

 ダンカンは二人の名前を頭に叩き込んだ。特にゲゴンガの名前はこんがらがりそうで自信が無かった。

 それからダンカン隊のやることはもっぱら修練だった。

 そこでそれぞれの得物を知った。中でもゲゴンガはクロスボウの名手だった。百発百中の腕前を持っていたが、本人は誇ることなくただピョンピョン跳びはねて喜ぶだけだった。

 これはありがたい。ダンカンは隊にこれほどの腕前を持つ狙撃手がいることに喜んだ。

 一方バルドは無言で左右の重厚な手斧を操る剛力を誇り、イージスはその上を行く両手剣の使い手だった。フリットは残念ながら未熟だった。だが、ダンカンと同じ片手剣を愛用している。なので、かつて教官のアジームに受けた訓練をそのまま彼に伝授することにした。

 そうして日が過ぎ戦はやって来た。

 隣接する闇の一族オークが攻めて来たのだ。

 戦うために生まれてきたような精強なオーク族を相手にこちら側は苦戦した。

 ダンカン達も乱戦の中、必死にオークと対峙した。

 ダンカンは無我夢中になり、かつてのアジームと同じように声を上げ、叱咤激励し、部下の様子を横目にし指示を出したり、窮地を救ったりもした。

 本当に無我夢中だった。アジーム教官という手本がいなければ自分は名ばかりの何もできない分隊長だったろう。

 強力無比だったオーガーのバルドが敵に囲まれたときは、逸早く彼の背に飛び込み敵の半分を受け持った。そのような命懸けの行動をしたからだろう。思えばその日から隊の結束は固まった。

 寡黙だったバルドもそこそこ喋る様になり、ダンカンを隊長と呼んでくれる。戦えば相手の圧勝なのにもかかわらずそう呼んでくれ、幾度も稽古に付き合ってくれた。

 フリットは最初は弱音をよく吐く男だったが、修練を積むうちに少しずつ逞しくなり、ダンカンは嬉しかった。

 ゲゴンガは隊のムードメーカーだった。彼が喜べば皆が嬉しくなる。そしてクロスボウだけなく、短剣をも得意としていた。

 副官のイージスとは特別な付き合いをすることになった。

 と、言っても当然やましいことではない。

 イージスは汚れた武器や鎧を丁寧に磨くのが趣味だった。

 その様子に触れ、ダンカンも彼を見習い、いつしか二人は城壁の上で隣り合って刃を研ぎ、鎧兜を拭いていた。無趣味だった自分にも趣味らしいものができた。

 ダンカン隊はこうして誕生したのだった。



 三



「そうだったのね」

 隣で横になっているカタリナがこちらを見詰めながら言った。

「全て教官のおかげだ。さっきも話したが、見本となる人物がいなければ、俺は戦場で右往左往し、仲間の窮地に駆け付けられない、名ばかりの分隊長だったろう」

 ダンカンは心からそう言った。

「あとは俺自身が強くならなければならん」

 するとカタリナがダンカンの唇に口付けした。

「大丈夫よ隊長、私があなたを誰にも負けない戦士に鍛えてあげるから」

「ありがとうカタリナ」

 するとカタリナは妖しい笑みを浮かべた。

「少し休憩して多少は体力が戻ったかしら?」

「なに?」

「隊長、私、もう一回、あなたの欲しいな」

「お、おお!?」

 そうしてダンカンは再び素晴らしい時を過ごしたのであった。

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