二十九

 敵襲の報せを受けたのは、城壁の上でだった。

 ダンカンはカタリナと共に剣を磨いたところであった。

「敵が国境を侵し進軍してきている模様です!」

 駆け付けて来たのはフリットだった。

 ダンカンは一抹の緊張を覚え立ち上がった。

「分かった、行くぞ二人とも!」

 ダンカンは磨くはずだった鎧兜を身に着けた。カタリナもだ。

 階下へ急いで下りてゆくと、我先に開かれた城門へ向かって駆けて行く兵達でいっぱいだった。

 ダンカンもカタリナと共に外に出ると、太守バルバトス・ノヴァーが声を上げていた。

「既に、リゴ、アビオン、コロイオスには援軍要請の使いを走らせた。イージアの大隊、エーラン中隊、ジェイバー中隊、アジーム中隊はそれぞれ位置につけ! 戦術は堅陣で行く! 援軍が来るまで城の前で粘るぞ!」

 兵達が隊列を組みながらも鬨の声を上げる。

 ダンカンは老将ジェイバーの馬に跨っている姿を確認し位置に着いた。

「ダンカン、何としてもここを守り切ろう!」

 馬に跨った小隊長のバーシバルが言った。

「ああ、バーシバル!」

 ダンカンは頷いた。部下達が次々姿を見せて合流した。ダンカンは列の半ばほどだった。

 昼過ぎだったが、敵勢が見えてくるころには夜になっていた。

 何も見えずかといって城の篝火を焚けば狙い撃ちされる恐れがある。敵は魔族、夜目が利くのだ。

 と、風を切る音が次々巻き起こり、兵達が呻きや悲鳴を上げて倒れた。

「こちらの夜目が利かないのを良いことに弓矢で狙い撃ちにするつもりか!?」

 バーシバルが声を上げた。

 だが、それは違った。敵勢は猛進し各最前列とぶつかった。

「堅守せよ!」

 将達が叫ぶ。

 状況が掴めないまま兵達は斃されてゆく。

 と、後方から突如として火が上がった。

 城壁の上に篝火がびっしりと並んで焚かれている。

 その光の帯が敵勢の一部を照らし出した。

 夜目が利かぬのならというどちらでも同じだというバルバトスの考えだろう。

 打ち合う敵が見える分この方が戦いやすかった。

 弓兵同士が打ち合いその下を歩兵に騎兵がぶつかってゆく。

「前列交代!」

 バーシバルが頃合いを見計らって声を上げた。

 ダンカン達は徐々に前列へと繰り出される。

 闇夜に響く怒声に罵声、剣戟の音、馬の嘶き、ダンカンは緊張を覚えていた。

 ふとその手を誰かが握った。

 カタリナだった。

 彼女が無言で微笑み向けてくる。ダンカンは恋人のその顔を見て心の中の動揺が静まるのを感じた。

「前列交代!」

 いよいよダンカン達が前に出た。

「ダンカン隊! いくぞ!」

 ダンカンが戦場の音に負けじと声を上げる。

 四つの声を聴いたような気がした。

 凶刃がダンカンを狙う。

 ダンカンは剣で受け止め、弾き返し、その首を分断した。

 動きが以前より良くなっている。

 修練の成果をダンカンは感じたのだった。

 次々敵は襲い掛かってくる。

 ダンカンは攻撃を避け、剣を振るい次々敵を葬った。

 カタリナとバルドはさすがの動きだった。

 フリットとゲゴンガは二人で力を合わせて対処している。

 よし、何ら問題は無い。

 迫りくる刃を避け、斬りつけながらダンカンは仲間の様子に安堵した。

「前列交代!」

 上官のバーシバルの声が響き渡り、ダンカンも声を上げた。

「ダンカン隊、後退だ!」

 列を入れ替わりながら最後尾にダンカン達は向かった。

 そして少しだけ薄くなった戦場の音を聴きながら肩を上下させ荒い息を吐いていた。敵兵を二十は葬れた。そこから先は数えていない。

「カタリナ、バルド、フリット、ゲゴンガ、全員にいるか!?」

 ダンカンが声を上げるとそれぞれの声が返って来た。

「隊長、大活躍でしたね」

 カタリナの隣でフリットが言った。

「修練の成果だ。お前達のおかげだよ。感謝する!」

 ダンカンが言うとカタリナが言った。

「まだよ。戦いは終わってないもの。本当に感謝して下さるんでしたら、この戦いに勝って、また飲みに連れて行ってね」

「そうでやんす」

 ゲゴンガが同調する。

 ダンカンは笑いそうになったが頷いた。

「必ずだ。約束する」

 そして頭上を飛び交う矢の音に緊張しながら戦の様子を見守った。

 ダンカン達は何度も何度も最前列へ飛び出した。

 魔族の兵と打ち合い、斬り合い、そうして再び号令の下、後方へ戻る。

 夜はまだまだ明けそうも無かった。

「皆、ふんばれ! 我らの背後にはか弱き民達が控えているのだ! 我らが奮起せずしてどうする!? 今一度剣を槍を掲げよ! この戦必ず勝つぞおおおおっ!」

 太守バルバトス・ノヴァーの大音声が響き渡り、ダンカンも兵達も武器を掲げて鬨の声を上げて応じた。勇気が湧いてくる。本当に不思議な魅力の持ち主だ。ダンカンはバルバトスの声を聴いて気持ちが高揚するのを感じた。

 次の俺達の出番はまだだろうか。

「前列交代!」

 来た!

「ダンカン隊、行くぞ!」

 ダンカンは飛び出した。

「人間が!」

 魔族の兵士が長剣を振るってくるが、ダンカンは避けその腕を分断した。

 悲鳴を上げる魔族の首をダンカンは剣を旋回させ刎ねた。

 後続がすぐさま躍り出て来る。

 鋭い一撃をダンカンは剣で受け止めた。

「やるようだな」

 魔族の兵士が言った。が、兜の装飾がこれまでの兵と違った。左右に立派な羽飾りをつけている。

「我が名は魔族の分隊長シンクレアー!」

「俺は人間の分隊長ダンカンだ!」

 相手は笑った。

「部下を悲しませるのはどちらか決着をつけようではないか!」

 相手が言った。

「良いだろう、受けて立つ!」

 ダンカンは斬りかかった。

 だが、シンクレアーは攻撃を受け止めるや、押し返した。よろめくダンカンに致命的な一撃が入ろうとしていた。

 しかし、剣は振るわれなかった。

 シンクレアーの喉に短剣オーク殺しが突き立っていたのだ。

 絶命し倒れる相手を見てダンカンはカタリナを振り返った。

「生きてこそよ、隊長!」

 カタリナが言った。

 全くその通りだ。

「すまん、助かった!」

 ダンカンはオーク殺しを引き抜くとカタリナに預けた。

 上には上がいるものだ。

 前列交代の声を聴きながら、ダンカンはしみじみとそう思い、この戦いが終わったら修練に更に力を入れることを固く誓ったのだった。

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