二十八
最初の目標として打倒バルドを掲げてダンカンは、彼に幾日も挑みかかっていった。
オーガーの膂力はすさまじく、片手剣で受け止めては、もう片方の斧が自在にこちらを襲ってくるので、ダンカンは攻撃を避けることに専念した。そして隙あらば斬り返す。その隙を得るためには時に随分待たなければならなかった。相手の攻撃を避けるだけで体力は消費されてゆく。最後の方ではいつもダンカンは気力と根性だけで立ち、避け、反撃していた。
しかしバルドの方はまだまだ体力に余裕があった。
勝敗は決した。
体力勝負と言ったところだろうか。
ダンカンが崩れるとバルドは言った。
「隊長も、動きは良くなった。しかし、人間全般に言えることだが、体力が無い」
かつてオークを無差別に殺戮したことを未だに根に持っているような口調に思えた。
「そうか、お褒めいただいて光栄だ。体力の方は今から何とかなるだろうか」
ダンカンはそう言うと端の方へ行き腰を下ろした。
バルドは続けてフリットの相手をしていた。
その隣ではゲゴンガとカタリナが短剣同士の模擬戦をしていた。
カタリナの戦闘センスは抜群だった。
僅か数日で短剣をものとし、ゲゴンガから時折一本取っていた。
そんな修練を続けるダンカン隊に触発されたように他の分隊も隊長の指揮の下、朝から晩まで模擬戦や稽古が繰り返されていた。
二
夜、ダンカン隊は城下へ外出した。
目的の場所は、以前、カタリナと昼食を取った飲み屋だった。
ブリー族が夜に来いと言っていたので、日頃の慰労のため行ってみることにしたのだ。
人通りの少ない夜の道を平服を纏ったダンカン達が歩いていた。
家々には明かりが灯り、時折、談笑する声が聴こえて来た。
そして店に着いた。
入り口から灯りが漏れていた。熱狂する人々の声もだ。
満員かも知れない。
ダンカンはそう思いつつ顔を出すと、給仕の若い女が歓迎してくれた。
「五名様ですね。お席は一番奥の方になります」
小人のブリー族が五人、楽器を弾き陽気に歌って踊っている。
酒場の客達は彼らに合わせて手拍子したり、声援を送っていた。
ダンカン達はそそくさとその前を通って席に着いた。
「あ、この間のお客さん来てくれたんだね!」
見覚えのある小人が言った。
「ああ、来させてもらったよ」
ダンカンが言うとブリー族は嬉しそうに笑って再び身振り手振りを交えながら陽気に歌い始めた。
「さぁ、皆、今日は俺のおごりだ。じゃんじゃん飲んで食べてくれ」
ダンカンが言うとバルドが頷き、フリットとゲゴンガは嬉しそうに言った。
「ゴチになります隊長」
「ゴチになるでやんす」
するとカタリナが耳打ちしてきた。
「この間、短剣買ったばかりだけどお金に余裕あるの?」
彼女の心配する顔を見てダンカンは微笑んで頷いた。
「無きゃ奢るなんて言わないさ。みんな、よく食うし、よく飲むぞ」
ダンカンはそう教えた。
フリットとゲゴンガが数え切れないほどの料理を注文し、カタリナとバルドはそれぞれまずは一品と酒を頼んだ。無論、酒は全員が頼んだ。
程なくして酒と料理が運ばれてくる。
「隊長、何に乾杯します?」
フリットが尋ねて来た。
「無論、ダンカン隊にだ」
ダンカンは答えると杯を掲げた。
「ダンカン隊に乾杯!」
「乾杯!」
部下達が声を揃えてジョッキを強くぶつけ合った。
中身が若干零れるのは御愛嬌だ。
ブリー族の演奏と歌を聴きながら、大切な仲間と酒を飲み、料理を喰らう。こんな素晴らしい一時を送れたことをダンカンは神に感謝した。
そして閉店までダンカン達も他の客も居座った。ブリー族達が最後の歌を歌い終えると代表者の小人が言った。
「さぁ、本日はこれでおしまいだよ。また縁があったら来ておくれよ」
ダンカンも客達も拍手を送った。
そして帰路、泥酔し寝てしまったフリットとゲゴンガをバルドが物ともせず抱え上げ歩いていた。
「二人ともどんな夢を見ているのかしらね」
カタリナが微笑みながら言った。
「すまんな、バルド」
ダンカンが言うとオーガーのバルドは応じた。
「このぐらい造作でもない」
そしてしばし無言で歩いているとバルドの方から口を開いた。
「今日は楽しかった、隊長」
「そうか。そう言って貰えるなら光栄だな」
ダンカンが応じると相手は続けた。
「隊長の剣術の腕前は確実に上がっている」
「おお、そうか。それを聴いて安心したが、やはり体力だろうな」
「隊長は人間にしては体力のある方だと俺は思う」
バルドがそう褒めてくれたのでダンカンは照れ臭くなった。かつて新兵の頃から体力と剣術は鬼教官と呼ばれたアジームのもとでみっちり絞られたからだ。過酷だったが懐かしい思い出に浸っているとバルドが言った。
「隊長が俺を越えるのはそう長くは掛からないだろう。俺は目標に向かって力任せに斧を振り回すだけだが、あなたはその軌道を読み、打ち合わず、隙を衝いてくる。良い戦い方だ」
「そうか、恐れ入る」
ダンカンが言うとバルドは応じた。
「早く俺を越えて副隊長と戦えることを祈っている」
「ありがとう、バルド」
ダンカンが言うとカタリナも微笑んでいた。
「先に行く」
そう言うとバルドは早足で夜道を歩んで行ったのだった。
「隊長、空を見て」
カタリナが言った。
濃い紫色の夜空は満点の星が瞬いていた。
「綺麗ね」
カタリナが言った。
「そうだな」
ダンカンも景色に吸い込まれるような気分になりながら言った。
と、星が流れた。
「あっ」
ダンカンは声を出し、慌てて念じた。
隊の皆が無事でありますように。
目を開けると、隣でカタリナも目をつむって願い事をしていた。
彼女は顔を上げて目を開けた。
「流れ星に届いたかしらね、私達のお願い事」
「そうだと良いが」
するとカタリナが腕を組んできた。
「さ、行きましょう、隊長」
「ああ」
カタリナの願い事は何だったのだろうか。本当はダンカンは知りたかったが、せっかくの空気を台無しにしたくなかったため、訊かずに歩いて行ったのだった。
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