二十七

 ダンカンとカタリナの逢引きは稽古の際、城壁上で武器や防具を磨くときの他に、少しだけ城下に出てぶらついたり、料理を食べたり、または書店や、武具店などを見て回ったりした。

 ここは前線基地であるため、なかなか時間に隙が無い。しかし二人はその隙を縫う様にして愛を重ねていった。

「副隊長も短剣を使うでやんすか!?」

 稽古の際、スリナガル作のオーク殺しを得意げに出したカタリナに、同じく短剣使いのゴブリンのゲゴンガは驚きながらも嬉しそうだった。

「私は短剣に関しては殆ど技術が無いわ。ゲゴンガちゃん、教えて頂戴」

 カタリナが言うとゲゴンガは頷いた。

「良いでやんすよ、まずは勝負してみるでやんす!」

 カタリナとゲゴンガが模擬戦を始めた。その様子をダンカンはボケっとしながら見ていると背後から声を掛けられた。

「隊長、暇なら俺の相手をして貰おう」

 オーガーのバルドだった。

 既に相手を務めていた若者フリットは地面に大の字に倒れ、荒い呼吸を繰り返していた。

 オーガーはタフだ。亜人全般に言えることだが、純朴でありながら、器用で、体力は底抜けだった。

 イージスの姿を思い出す。俺は部下を守るために更に躍進しなければならない。

「バルド、頼む」

「バルド、まだ動けるのかよ?」

 フリットが立ち上がり呆れる様にして言うと審判を務めた。

「行くぞバルド!」

「どこからでも来い」

 ダンカンはオーガーの瞳の無いエメラルド色の目を見詰め、そして打ち掛かって行った。



 二



 夕暮れ時、城壁上にダンカンはいた。

 バルドには勝てなかった。オーガーは膂力も技量もあった。

「当面の目標はバルドを破ることだな」

 燃える様な夕日を眺めながらダンカンは言った。

「そうね、隊長。バルドを倒して、そして私の事も倒して見せてね」

 隣に並ぶカタリナが言った。

 カタリナはバルドを降している。実質武芸では隊のナンバーワンだ。かつてのイージスがそうであったように。

 もしもあの時のような事が起こったら、カタリナは身を挺して自分達仲間を守ろうとするだろう。武芸ナンバーワンとしての責務を果たすために。イージスを失った時の様な思いはしたくない。だが、むざむざ死にたくも無い。だからこそ修練を積むのだ。どうせなら誰かの役に立って死にたい。

「隊長、あなたは着実に力をつけているわ。だから焦らなくても大丈夫よ」

 カタリナがこちらの心境を見透かしたかのように言った。

「ありがとう。だが、俺は強くならねばならんのだ」

「前任のイージス副隊長のことね?」

「そうだ。奴は立派だった。自分が隊で一番の武芸者だと自覚しその責任を果たすために身を挺して俺達を救い、死んでいった。……カタリナ、お前も隊で一番の武芸者としての自覚はあるんだろう?」

「両手剣ならね。でも短剣はまだ慣れないわ。ゲゴンガちゃんに手取り足取り教えて貰わなくちゃね」

 カタリナは微笑んだ。

「俺は隊長としての責務を果たしたい。だからお前よりも強くならなければならんのだ。これからも俺を鍛えてくれ」

「ええ、隊長がそう望むのならね」

 その時、城壁の見張り達が次々に敬礼した。

 誰かが近付いてくる。

 ダンカンはその人物を見て信じられない心境だった。

「アジーム教官!」

「久しぶりだなダンカン」

 アジームと呼ばれた男は中肉中背の男だった。威風堂々としているわけでは無いが、目つきが鋭く、どことなく強者の気配を漂わせている。

 ダンカンが王宮勤めだったころ、散々彼をしごいた恩人だった。このヴァンピーアを取る戦の際もアジームの隊に所属し、彼の叱咤激励と鼓舞にずいぶん支えられたものだった。今日の自分があるのは全てこのアジームのおかげだ。隊長になった時にそう強く感じたものだった。だが、そんな恩人の登場にダンカンは不安めいたものを感じた。

「元気でやっとるか?」

 初老の男アジームはそう尋ねて来た。

 アジームは片手剣の使い手で二刀流の使い手でもあった。馬上では口で手綱を操り、縦横無尽に左右の剣を振るって鬼神の如く戦い、部下や仲間を鼓舞したものだった。

「教官、何故、こちらに?」

 ダンカンが尋ねるとアジームは答えた。

「各地から集まった新兵達の訓練を任されてな」

「私はこれで失礼します」

 カタリナが敬礼し去って行った。

 アジームはその姿を目で追い、ダンカンを振り返った。

「随分と、美人じゃないか。もう口説いたのか? じゃなきゃ、俺が口説くぞ」

「もう口説きました」

 ダンカンは応じた。

「そうか、よくやったなダンカン。今度、麦酒を奢ろう」

 そう褒められ、ダンカンは照れたが、尋ねた。

「新兵が最前線に送られてくるということは、もう兵力の方は不足気味なのですか?」

「そうだ。先の戦で多くの犠牲が出て、そして亜人達が去った結果だ。俺達は亜人達を下に見ながらその力に頼りきりだった。どれだけそのツケがでかかったのかは、そのうち身をもって知る時が来るだろう。それに備えて、大急ぎで新兵達を訓練せにゃならん」

「そうでしたか」

 ダンカンが言うとアジームは頷いた。

「それにしてもお前が分隊長とは驚いた」

「恐れ多いことです。教官のように部下を庇う武勇も無く、死なせました」

「仕方があるまい。だが部下の死は隊長の責任だ。お前はそれを重く受け止めているのだな?」

「そうです。今度こそ自分が部下達を守れるよう、日夜修練に励んでおります」

「うむ。そうじゃなければならん。だが、ダンカン、死に際を間違えるなよ。むざむざ死ぬために戦に出るわけでは無いのだからな」

「はい、教官」

「さて、そろそろ俺は行こう。悪いな、逢引きの邪魔をしてしまって」

「いいえ、お会いできて良かったです。教官が来てくれたのなら自分も心強い限りです」

「ははは、あまりおだてるな。俺ももう年寄りだ。お前の期待に身体がついてこないかもしれん。ではな」

 アジームは去って行った。

 アジームの訓練が次の戦まで間に合えばよいが、そうダンカンは思った。

 オークの城を奪った魔族のアムル・ソンリッサという奴は、最近群雄割拠の闇の勢力の中でも頭角を現わしているらしい。それにあの甲冑に身を包んだ暗黒卿と名乗ったイージスの命を奪った戦士がいる。

 今の俺では暗黒卿には遠く及ばない。イージスが言っていたが次元が違うのかも知れない。しかし、俺は兵であり隊長だ。部下を率い奴と対峙せねばならない。

 もっともっと修練を積まねば部下は守れない。せめて部下だけは守りたい。ダンカンは決意を固めたのだった。

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