21.俺は、これからどうするべきなんだ?

 シャロットの許可を得て、とりあえず浴衣姿のシィナをベッドに寝かせる。

 俺達四人は、その近くの絨毯の上に座った。

 若草色の絨毯は、思ったより座り心地がいい。


「しかし面白い集団だね。皇女こうじょいにしえの女王の息子に壊し屋……。で、ミュービュリの人間」


 シャロットが俺達一人一人を指差しながら、可笑しそうに言う。

 

「壊し屋?」

と思わず呟くと、マリカがふっと息をついた。


「私はかけられているフェルティガを破壊することができるの。でも、どうしてそんなこと……」


 マリカは西の塔から出たことがないと言っていた。

 ……ということは、当然シャロットとも初対面なのだろう。自分の能力を当てられて困惑している。


「それ、さっきも言ってたな。でも、それだけのためにシィナのところに?」

「シルヴァーナ様が自力では無理だから……」

「……ん? よくわからんが」

「つまりね」


 シャロットが横から口を挟んだ。


「シルヴァーナ様は記憶を失くしてしまって、封印の解除を拒絶している状態だったんだ。それだといつまで経っても時の欠片が手に入らないから、この壊し屋のねーちゃんが兄ちゃん達に近づいてシルヴァーナ様の術を破壊することにしたんだよ。多分、エレーナ様の命令だよね?」

「時の欠片?」

「封印?」

「エレーナ様?」


 マリカと俺、ユズがそれぞれ聞き返す。

 シャロットは俺たちの顔を見渡すと、呆れたような顔をして溜息をついた。


「……兄ちゃんたち、本当に何も知らないね。……というか、コミュニケーション不足も甚だしいよ」

「悪かったな。……でも、シャロットはどうしてそんなに詳しいんだ?」


 俺が素直に聞くと、マリカが「ギャレット様の娘だから……」と言いかけたが

「オレ、母さまとは五年以上会ってないよ」

と、シャロットが少し不機嫌そうにマリカの言葉を遮った。


「……ん……」


 そのとき、ベッドで寝ていたシィナがうっすら目を開けた。


「シルヴァーナ様……大丈夫ですか?」


 マリカがさっと傍に近寄り、起き上がろうとするシィナの身体を支えた。

 ……だもんで、俺の出番はなくなってしまった。


「ここは……何? すごく明るい……」

「さすがシルヴァーナ様だね。やっぱり分かるんだ」


 シャロットはそう呟くと、俺の方を見て

「あ、そうか。皇女の加護か。……納得した」

と言っておでこを指差した。


「シャロットってめちゃくちゃ頭の回転が速いんだな……。すごいな」


 俺が思わずそう言うと、シャロットは「へへへ」と嬉しそうに笑った。


「シャロット……?」


 シィナがぼんやりと呟いてシャロットを見る。

 シャロットはすっくと立ち上がった。


『初めまして、シルヴァーナ様。私はギャレットの娘、シャロットです。私はシルヴァーナ様の敵ではありません。……むしろ、シルヴァーナ様にウルスラを救っていただきたいのです。……私の話を聞いていただけませんか?』


 ウルスラ語だったので俺には最初、何を言っているかわからなかったが、ユズがそっと通訳してくれた。


『救う……?』

『はい』


 シャロットは再び座ると

「兄ちゃんにもわかるように日本語で話すね」

と言って俺の方を見た。



 そしてシャロットは、千年前の出来事やウルスラのこと、ユズとの関係、ギャレットとシィナの関係などをかいつまんで説明してくれた。

 俺はどの話も当然ながら初耳で、状況を理解するのにかなり時間がかかった。

 ユズは何も言わなかったが、シャロットの話を真剣に聞いていた。

 シャロットが嘘をついているかどうかぐらい、ユズなら分かるだろう。

 だから、シャロットの言っていることは正しいんだろうと思った。


 スミレさんとユズが千年前からこの世界に跳んできたというのは驚きだった。

 ……つまり、スミレさんはシィナやシャロットの遠い祖先ということになるのか……。

 スミレさんはどこか浮世離れした感じはあったけど、俺から見たらユズのことを大事に思っている普通のお母さんだった。

 そんな破天荒な人だとは思わなかったし……そんな過去を背負っているなんて微塵も感じさせなかった。


 マリカは王宮の揉め事はわかっていたが、時の欠片関係の話は初耳だったらしい。

 スミレさんが時の欠片を持ったまま失踪した、というのは、ウルスラにとってそれほど大事おおごとだったんだな、と思った。

 女王の誇り、みたいなものなんだろうか。

 だから、女王の血族ではないマリカには全く知らされていなかったんだな。


 そしてシィナは……スミレさんとユズの経緯は知らなかったらしい。

 俺とユズの顔を見て、じっと何かを考え込んでしまった。


 ユズが俺にシィナを拒絶しろと言ったとき、シィナも何やら凹んでいた。

 ……ひょっとしたら、あのときシィナも、ユズに釘を刺されていたのかもしれないな。

 ユズはスミレさんとシィナが似ていると言っていた。自分の行動を振り返って、シィナもそう思ったんだろうか。

 記憶がなかったとはいえ、ミュービュリの人間である俺を巻き込んでしまったことに責任を感じているようだ。


「ま……気にするなって」

とは言ってみたものの、シィナは黙って首を横に振るだけだった。


「でも……兄ちゃんたちはいったいどうやってウルスラに来たの? 少なくとも、トーマ兄ちゃんはゲートを越えられないはずなのに」


 シャロットが不思議そうに聞いた。


「いや、俺もその辺はさっぱり……」

「……」


 ユズがじっとシィナを見つめた。

 その視線を受けて、シィナが深い溜息をついた。


「……そうね。私だわ……多分」

「え……シルヴァーナ様が? 直接呼び寄せた?」

「……ええ」

「すごい……世界をまたいで瞬間移動させたってこと?」

「……そうね」


 シャロットの目がキラキラしているのに対し、シィナの瞳はどんどん沈んでいく。

 これ以上聞かれたくなさそうだったから、俺は

「ところで、シャロットは何でこんなに詳しいんだ?」

ともう一度同じ質問をした。

 シャロットは俺の方に向き直ると、少し得意げに自分を指差した。


「オレは『視る』ことが得意なの。遠視で何が起こっているか視たり、会ったフェルティガエの性質を視たり、ミュービュリを夢鏡ミラーで視たり……。だけど、視るだけで何もできないけどね」


 そう言うと、シャロットは苦笑いした。


「そんなことはないぞ。情報は最大の武器だからな」


 俺が言うと、シャロットは「へへっ」と言い、ちょっと照れたような困ったような顔をした。


「でも……器、か。シャロットはこんなにいろいろ知識があって賢いのに、それでも女王にはなれないのか」

「うん。……でもオレ、そんなことはどうでもいいんだ」


 シャロットは急に表情を変えると、俺たちの顔を一通り見回した。

 その瞳は、とても強い光を放っている。


「問題は……王宮をとりまく、闇のことなんだ」

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