第5話

 次の日。お母さんは、綿魚わたうおの毛を持って来てくれました。敷物に加工する前の毛で、きれいに洗ってある物です。ふっかりした手ざわりの毛は、敷物になった時よりも毛糸ににている気がします。


「毛はきれいになっているし、綿魚の毛は乾かさなくてもいいものね。ほぐしていきましょうか」

 かたまりになっている毛を2人でそっとほぐします。時々うろこや海藻が混じっているので、見つけたら取ります。ほぐし終わると、お母さんは糸をつむぐ道具を持ってきました。


「毛糸を紡ぐのに使えるかは分からないけれど、ほぐした毛が海の綿花ににているのよ」


 海の綿花は海底に生える植物で、花が綿になります。その綿から布を作って、洋服にするのです。今は機械で糸にしていますが、お母さんのおばあちゃんは手紡ぎをしていて、お母さんは道具を大事にとってあったのです。

 その道具は、つむぎ車というものです。お母さんはいすを持って来て、紡ぎ車の前に座ります。

 紡ぎ車には、丸くて回転する大きな部分、糸を巻き付けていく部分があります。足元には動かせる板がありました。お母さんはその板の上に、尾の先っぽのひれを乗せます。


「ここを踏んで動かすと、糸が紡がれて、この棒に巻きついていくのよ。上手くいくといいんだけど…」


 お母さんは綿魚の毛のかたまりから、毛を少し引っ張り出して、紡ぎ車で紡いでいきます。

 くるくる、くるくる、くるくると、紡ぎ車が回ります。

 引っ張り出された毛が糸になっていきます。まるで魔法みたいです。

 しばらくして、お母さんが糸車を止めました。巻き付いた糸を見ると、毛糸です。毛糸になっています。


「力かげんで、糸の太さも変えられそうね。二本よれば、もっと太い毛糸もできるわ。あかり、さわった感じはどう?」

「お母さん! これ毛糸の手触りだよ! これで編み物出来ると思う!」

「良かった。綿魚の毛の一部は毛糸にしてみましょう。あかり先生、お母さんに編み物を教えてちょうだいね」

「うん!」




 あかりは毎週さやかの家に行って、マフラーを編んでいます。

 いつもおやつを出してもらっていたら悪いと、時々お母さんが手作りのおやつを持たせてくれます。

 色とりどりの丸い玉は、おばあちゃんが出してくれたあめ玉ににているけど、口に入れると外側の皮がとろりと溶けて、口の中にチョコレートの味が広がるのです。

 変わったお菓子だけどおいしいと、さやかもおばあちゃんも喜んで食べてくれます。


 あかりが出かけている間は、お母さんは暇を見つけては毛糸を作ってくれています。


 そうして何週間かたって、とうとうあかりのマフラーが完成する日が来ました。さやかのマフラーは、先週完成しています。


「そうだよ、あかりちゃん。編み終わりはこの針に毛糸を通して、とじていくんだよ」

 おばあちゃんは、太い針に毛糸を通して、何目か見本を見せてくれました。

「やってみる」


 あかりはひと目ひと目、ていねいにとじていきます。とじ終わったら、糸の始末をして──。


「出来た!」

「やったね! あかりちゃん、おめでとう!」

 完成したマフラーは、さやかの物と並べると、少しいびつに見えます。でも、そんなことは首に巻いたら分かりません。ふわふわの手触りは、はじめて見た時のあこがれ、そのものでした。


「ありがとう! さやかちゃん、おばあちゃん」

「あかりちゃんが、がんばったものねぇ。初めてにしては、とても上手にできているよ」

「そうそう。私なんて、一番初めに編んだのは出来上がらなかったもん」

「そうだったねぇ。からまってしまって、どうしようもなくなったねぇ」


 こんなにきれいなマフラーを作れるさやかに、そんな頃があったなんてとても信じられません。


「あかりちゃん! マフラーして公園に遊びに行こう!」

「うん!」

「おばあちゃん、行って来ます!」

「おじゃましました。行って来ます!」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」


 さやかの首には、チョコミント色のマフラー。

 あかりの首には、チョコレートパフェ色のマフラー。

 マフラーはふわふわで、とても暖かいのです。2人はおたがいのマフラーを見て、うふふ、と笑いました。


 公園でブランコに乗りました。

 シーソーで遊びました。

 寒いけど、砂場でも遊びました。


 さよならの時が近づいています。


「…あかりちゃん。来週の土曜日、また会える?」

「来週は大丈夫。一緒に遊ぼう!」

「約束! 指切りね」


 指切りが分からなかったけど、さやかが差し出したように小指を出します。あかりの小指に、さやかの小指がくっつきました。

「指切りげんまん、うそついたら針千本の~ます! 指切った!」

「切った!」

 うふふ、と、2人で顔を見合わせました。手をつないで海まで歩きます。


「さよなら! また来週ね!」

「さよなら! またね!」


(……『さよなら』かぁ)


 もうすぐ雪が降るでしょう。

 雪が降ったら、陸に上がってはダメよ、とお母さんに言われています。

 さやかに何と言えばいいのでしょう。


 もう会えないのって言う?

 それとも、春まで会えないのって言う?

 どうして、と聞かれたら、なんて答えればいいのかな。


 海にも友達はいます。たくさんいます。

 でも、さやかは陸で出来た、初めての大切な、大切なお友達なのです。


(さやかちゃんに、私が人魚だって言ったら……)

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