これからと、これまで




 「ちょっと憶人くん! 手復活してるじゃん!」

 「おぉマジだ!」

 「この調子ならもうしばらくしたら外行けるようになるかもねー」

 「外かぁ。 なにしようかなぁ」



 あれから二週間後。

 天咲は心霊現象を起こしたその日に親に相談した。

 もちろん最初は「幽霊って……」みたいな反応だったけど、天咲に「最近兄ちゃんに線香あげる回数減ってたからかも……」と言われ、その翌日に俺が親にも心霊現象を起こしたことでだんだんと信じるようになったみたいだ。

 家族が線香を立てない日に合わせて心霊現象を起こすようにしているのもちゃんと効いてるっぽくて、みんな最近は毎日線香を立てるようになった。

 作戦は大成功に収まった、と思っていいだろう。

 その証拠に、幽霊になった当時は消えていた手も、今では生きていた頃と変わらないくらいには復活している。

 

 

 「まぁ大変なのはこっからだけどねー」

 「家族だけじゃ限界ありますよね多分」

 

 

 もしこれが普通の家族だったらもっと想いは強くなるのだろう。

 でも俺の家族だ。

 元々俺のことなんか大して興味なかったんだから、俺が死んで心霊現象を起こすようになったからって俺に対する想いには限界がある。

 それこそ誰かを怪我させるとかそーゆーことを起こさない限り、この両親が俺を本気でおそれたり、強い関心を持つとは思えない。

 でも、流石に俺もそこまでする気にはなれない。

 というか、家族を怪我させるようなことをするなら生きてる時にしてたし。

 


 「ということで、私が作戦考えました!」

 「……作戦?」 

 「そう! 作戦!」

 「……どんな?」

 「その作戦名は……」



 ハルさんはニヤリと笑いながら少し間を置いた。



 「…………」

 「……あの、作戦名は?」

 「……」


 作戦名なんて考えてなかったんだろうな。

 まぁハルさんだし。

 いつもこんな感じだし。

 ハルさんは斜め上を見ながら「えーっと……」と呟いて、そして口を開いた。



 「…………ちょっと待って、もう少しだけ」

 「……じゃあちょっとだけ待ちます」 


 

 ちょっとしか待たないつもりだったけど、ハルさんの「今出てきそうだからちょっと待って! すごいかっこいいの出てくるから!」という言葉を信じて結局十分以上待つことになった。

 十分待っても出てこなかったから「ハルさんもういいでしょー」と言ったら、ハルさんは諦めたように口を開いた。



 「作戦名は、明後日泊まりに来る天咲ちゃんの友達に心霊現象を起こして一気に知名度上げよう作戦!」

 「いやそれ作戦名じゃなくてただ作戦言っただけ……」

 「うるさい! しょうがないでしょなんにも思いつかなかったんだから! そんなこと言うなら憶人くん考えて」

 「いや俺はそもそも作戦名いらないと思ってるんですけど……」

 「えー。 ……ならまぁいいや。 で、作戦は分かった?」

 「まぁ、なんとなくは」



 ハルさんは相変わらず切り替えが早い。

 多分作戦名もそんなに大切なポイントではなかったんだろう。

 なんとなく作戦名も考えときたいな、という程度でしかなさそうだ。



 「明後日泊まりに来る天咲の友達に心霊現象を起こして、一気に知名度を上げるんですよね?」

 「そのままじゃん! ほんとに分かってる?」

 「分かってます分かってます。 天咲の友達に心霊現象を起こせば学校とかで噂になるから、それで知名度が上がる、ってことでしょ?」

 「そうそう」


 

 確かに効果は絶大だろう。

 友達の家の心霊現象なんて女子高生にとってみれば最高の話題だろうし。

 それがよりにもよって天咲の兄だ。

 間違いなく噂は瞬く間に広まる。

 一瞬まで広まって、学校中はおろか、保護者を伝って地域一帯に波及するかもしれない。

 そうすれば俺への想いが強まるのは間違いないし、外に出られるのも時間の問題だ。

 でも……。



 「それはちょっとなぁ」

 「上手くいくと思うんだけど」

 「俺も上手くいくとは思うんですけどね。 でも流石に天咲に悪い気もして……」



 学校でいい意味で目立っている天咲の家で、自殺した兄の幽霊が出る、という噂。

 話題性は抜群だけど、その分天咲も辛い思いをするかもしれない。

 それはだめだ。

 今までは、俺が幽霊として消えないためだから仕方ない、という免罪符があった。

 でも今回はそうじゃない。

 多分このままなら俺はしばらくの間消えることはない。 

 外には出られないけど、でも消えることはない。

 幽霊として“これ以上”を求めなければ、もう何かする必要はない。

 天咲に辛い思いをさせるくらいなら、やりたくない。

 家族だし。

 これでも。

 きっと親からは良く思われてなかった。

 興味すら持たれてなかった。

 でも、天咲は唯一、時々俺と話したりしてたんだ。

 できるだけ、嫌な思いはさせたくない。

 必要なことならするけど、必要ないなら、やりたくない。

 幽霊になってから気づいたけど、俺は自分で思ってたよりも、家族のことを大事に思ってたみたいだ。



 「まぁ確かに天咲ちゃん大変になっちゃうかもねー」

 「ですよね……」

 「でもじゃあどうするの? このままだと憶人くんずっとこのままだよ?」

 「それもしょうがないのかなって……」

 「えー…… それだと私が退屈なんだけど……」

 「まぁそれはそう…………あ、そう言えばハルさんはどうやったんですか?」

 「ん? なにが?」

 「いや、人からの想いをどうやって強くしたのかなって」

 「あー、私なんにもしてないんだよね」

 「なんにもしてないって…… さすがにそんなことないでしょ」

 「いや、ほんとに」

 「ほんとに?」

 「うん」

 「最初から自由に移動出来たってことですか?」

 「うん」

 「なんで?」

 「まぁ、友達とか多かったし? それに親とも普通だったし」

 「えぇ……」



 ……なんだそれ?

 いやまぁ確かにそりゃそうだろうけど。

 こんだけ美人で友達がいない方が不自然だ。

 服もちゃんとおしゃれだし。

 性格も明るいし。

 ……というか、むしろ。


 

 「……じゃあハルさんってなんで自殺したんですか?」 

 「お? 聞いちゃう? それ聞いちゃう?」

 「いや、もし言いたくないような内容なら話さなくていいですけど…… でもハルさん自殺するような感じしないし……」

 「あー別に全然嫌とかではないんだけどねー。 長くなっちゃうよ?」

 「まぁそれは全然大丈夫です。 時間はあるんだし」

 「それもそっか」



 そう言いながら、ハルさんは昔を懐かしむように話し始めた。

 二年前幽霊になった、それ以前の話を。



 「私、自分で言うのもなんだけど―――――――」




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