偶然の共鳴



 「な、なに……今の……?」

 「……え? なんでお前俺のこと……」



 天咲が俺を見ている。

 怯えている。

 身体が固まっちゃって動かないみたいだ。

 何が起こっているのか分かっていない。

 分からないから怖い。

 そんな表情だ。

 いや俺も何が起こってるか分かんないよなんで天咲に俺が見えてん――――。



 「……ん?」


 

 天咲はすぐに俺から視線を逸らした。

 部屋中に視線を巡らせ、やがてその視線を一周させるともう一度俺の顔を見る。

 


 いや、違う。

 俺の顔じゃない。

 俺の顔の向こうにある、コンビニの袋を見ている。

 つまり…………?



 「これ、俺のこと見てるわけじゃ、ない……?」



 全然俺のことなんか見えてなかったっぽい。

 天咲はまだ視線を動かしながら「……なに今の? 音したよね? なに?」と小声でぶつぶつ言っている。



 「おぉーちゃんと怖がってるねぇ」 



 ハルさんは満足げに頷きながら天咲を眺めている。

 この人はこの人で全く緊張感ないし。

 まぁ別にいいんだけど。



 「……とりあえず成功っぽい? ですね」

 「いーやまだだよ憶人くん! ほら次ドア!」



 ハルさんはウッキウキだ。

 目を輝かせながらさっき立てた作戦の第二段階を実行させようとしてくる。

 天咲の怖がる様子を見てウキウキされても、こっちとしては複雑な気持ちしか湧かない。

 でも、確かにハルさんが言っていることは正しい。

 そうだ。

 まだ終わってない。

 第一段階は、とりあえず天咲を怖がらせること。

 これはなんとか成功した。

 いや、なんとかどころじゃない。 

 めちゃくちゃ成功した。

 予想以上だ。 

 確かに天咲が苦手だというのは知ってはいた。

 それを知ったのは数年前。

 天咲の友達何人かが泊まりに来た時に、リビングから絶叫が何度も聞こえてきたときがあった。

 そしてその後、天咲とその友達が部屋に戻るときに廊下で「いやーまさか天咲がホラー苦手だったとはねー」とか「鼓膜破れるかと思ったんだけど」とからかわれていたのだ。

 俺は天咲がホラーが苦手なことなんて知らなかったから、部屋に漏れてくるその会話を聞きながら「あいつホラー苦手なのかー」と意外な一面に驚いてただけだったけど、今の俺には分かる。

 あの時、リビングから俺の部屋まで届いていた絶叫は天咲のものだ。

 それくらい怖がっている。

 今なんてベットで毛布にくるまって蹲っている。

 俺が幽霊として生き残るために必要なこととは言え、少し罪悪感が湧いてきた。

 まぁ、そんなこと言っていられないってのも分かってはいるけど。



 「……でもこれこっから成功する気しないんですけど……」



 ハルさんが五分で考えた作戦はこうだ。

 第一段階、まず天咲を怖がらせる。

 第二段階、天咲を俺の仏壇まで誘導する。

 ―――以上。


 

 納得はしている。 

 理屈も理解している。

 ただ心霊現象を起こすだけでは、それと俺が結び付かないかもしれない、ということだ。

 だから、どうにか上手いこと心霊現象を起こして、天咲を俺の仏壇まで誘導することによって、俺がこの心霊現象を起こした犯人ですよ、というアピールをするのだ。

 最初に“憶人が心霊現象を起こしている”というイメージを強く植え付けることによって、これから起こる心霊現象も全て俺の仕業じゃないかと思わさせることができるため、第二段階まで成功すればかなり今後が楽になる。

 ……という理屈だ。



 でも、この作戦は当然ながら天咲の行動に強く依存している。

 予想通りとはいかなくても、せめて想定内の動きをしてくれないと仏壇まで誘導するなんてできっこない。

 つまり、現時点で予想を裏切られている俺たちは、かなりまずい。

 だって、まさか毛布にくるまっちゃうなんて……。

 いくらなんでもホラー苦手すぎるでしょ。

 こんなに苦手だったの?

 怖いもの見たさでコンビニ袋とかペンを確認する、とかを期待してたんだけど。

 怖いもの見たさ、なんて言葉は天咲の脳内辞書には存在してないのかもしれない。

 怖いものは絶対に見ない。

 そんな強い意志を感じる。

 でも、そんな天咲なんて気にする様子もなく、ハルさんは急かしてくる。



 「ほら憶人くん! ドアドア! ガチャガチャって!」


 

 作戦では、まずこの部屋の中で大きな音を立てて、びっくりさせてから、ドアを鳴らしながら開けることによって、怖いもの見たさでそっちに吸い寄せられてしまい、次に階段で音を鳴らし、一階で音を鳴らし、仏壇がある部屋を開けて、作戦終了、というシナリオだった。

 でも、正直もはや上手くいく気がしない。

 天咲が怖がりすぎてる。

 こんな状態の天咲に、さらにドアまで開けて追い打ちをかけたら、一生部屋から出なくなってしまうんじゃないか。

 そんな不安すら頭をよぎる。

 


 「いや、これドア開けても逆効果なんじゃ……」

 「そんなことないって! いけるいける!」



 ハルさんは相変わらずはしゃいでいる。

 目を輝かせながら急かしてくる。

 楽しみすぎだろ……。

 この人の作戦に乗ったのは失敗だったんじゃないか。

 ただ楽しみたかっただけなんじゃないのか。

 そんな思いすら湧いてくる。


 

 「いけるって言ってもこれじゃ――――――――――」



 唐突に、ピーンポーン、という大きな音が家中を駆け巡った。

 思わずハルさんと顔を見合わせる。

 この家には今天咲しかいない。

 両親は出かけている。

 必然的に対応するのは天咲だけど、変わらず天咲は毛布にくるまっている。

 インターホンが鳴ったことに気付いてないかもしれない。

 


 「私ちょっと見てくるね」



 そう言いながら、ハルさんが壁をすり抜けて外を覗き込む。

 正直、誰かは全く心当たりがない。

 明日葉ちゃんが来るのはいつも夕方だし、宅配便とかかもしれない。

 正直誰でもいいけど、せめてこの心霊現象作戦が終わるまでは待っててほしかった。

 これじゃ強制中止だ。

 さすがに人が訪ねてきてるのに続行は出来ない。

 まぁ、でもどうせもう無理そうだったし。

 今日は保留にして、明日リベンジとかでもいいかもしれない。

 内心ちょっとほっとしていたら、ハルさんが部屋に戻ってきた。



 「なんか女の子来てるよ?」

 「女の子……?」


 

 もう一度、ピーンポーン、とインターホンが鳴った。

 誰かと遊ぶ約束でもしてたのかな?

 そう思って俺も外を覗いてみると―――――。



 「え、明日葉ちゃん……?」



 家の前に立っていたのは明日葉ちゃんだった。

 玄関が開く気配がないのを察して怪訝な表情をしている。

 なんで明日葉ちゃんがいるんだ?

 いつもは夕方なのに……。

 


 「あ、気付いた」



 後ろからハルさんの声が聞こえて部屋の中に戻ると、天咲がインターホンに気付いたのか、もしくは二回も鳴らされたから仕方なくなのか、真意は分からないが、毛布から顔を出していた。

 そのまましばらく辺りを警戒しながらキョロキョロと見渡して、さらにその後しばらくじっとして、何も起きないことを確認し、カーテンの隙間から玄関の方を確認する。



 「……明日葉ちゃんだ。 もぅなんでこんな時に……」

 


 そう言いながらも、渋々といった様子で窓を開ける。



 「明日葉ちゃーん? どうしたのー?」

 「あ、天咲ちゃん! 今日出かけるからその前に寄っておきたくて! 今って大丈夫?」

 「んー……」


 

 天咲は少し悩んだ後、何か閃いたように顔を上げると、明日葉ちゃんに答えを返した。

 


 「大丈夫! ちょっと待ってて!」

 「はーい」


 

 天咲は会話を終わらせると、ベッドから飛び跳ねるように降りて、走って自分の部屋を出て、そのままの勢いで玄関まで駆け抜けた。

 俺は「うわぁはっや!」と楽しそうに驚くハルさんと一緒にそれを追いかける。

 多分、一人なのがよほど心細かったのだろう。

 確かに、ベッドの中で一人で蹲っているよりは、二人の方が安心できるかもしれない。



 「お待たせ!」

 「うん…… なんか、大丈夫? そんなに息切らせて」

 「だいじょぶ、だいじょぶ」



 明らかに大丈夫じゃないのは明日葉ちゃんも分かっているだろうけど、それ以上は追及しなかった。

 天咲から“これ以上は聞かないでオーラ”が出まくっているからだ。

 いくら天咲でも、「いきなりコンビニの袋が音を立てて、怖くて一人じゃ心細かった」とは言いづらいのだろう。

 


 明日葉ちゃんはいつものように線香を立て、ゆっくり長い時間をかけて手を合わせた。

 天咲は最初それを見ていたが、すぐに飽きたのか部屋から出ようとした。

 でも、自分がなんでここで二人でいることを選んだのかを思い出したのか、すぐに足を止める。

 すると今度はハルさんが飽きたのか、俺に話しかけてきた。



 「ねぇ、今やってみたら?」

 「何をですか?」

 「どーん、て」

 「……心霊現象ってこと?」 

 「そうそう」 

 「いや流石に今はしないですよ…… それに、この子は嫌です」



 明日葉ちゃんには、そーゆー思いはさせたくない。

 怖がるか怖がらないか以前に、そーゆーことはしたくなかった。



 「あ、もしかしてこの子?」

 「そうです」

 「ふーん。 じゃあこの子が憶人くんの命の恩人……」



 命の恩人、というのは言葉通りの意味だ。

 俺が駆肉再臨現象を体験したあの日、いきなり解放されたのは明日葉ちゃんのおかげだろう、とハルさんは言っていた。

 天咲はあの日生徒会の人たちと遊んでいて、帰り際に明日葉ちゃんと俺について話したと言っていた。

 俺が駆肉再臨現象にあっていたのと、時間的には一致する。

 つまり、俺が忘れられかけて存在が希薄になっていた時に、明日葉ちゃんが天咲と俺の話をすることによって二人の俺を想う気持ちが強くなり、駆肉再臨現象が収まったのではないか、ということだ。

 そして、今こうして俺がギリギリで存在を保てているのも、明日葉ちゃんが毎日家に来るほど俺のことを想ってくれているからだろう、ともハルさんは言っていた。

 そしてそれは恐らく、間違いじゃない。

 実際、用事があるのにわざわざ今日も来てくれたし、もし明日葉ちゃんからの想いがなくなったら、俺はもうほとんど存在を保てないだろう。

 明日葉ちゃんは間違いなく、俺の命の恩人だ。

 


 「まぁ、それならやめとこっか。 ねぇ、なんでなのかほんとに分かんないの?」



 なんでなのか、とは、こんなに想ってくれていることについてだ。



 「ほんとに分かんないんですよね…… 数回話したことあるだけだと思うし、その時話した内容も覚えてないし……」

 「ふーん……」



 俺としても、ぜひ知りたい疑問の一つだ。

 全く思い当たる節がない。



 「ぁ……もしかして……兄ちゃん……?」


 

 唐突に、天咲が小さく呟いた。

 明日葉ちゃんが立ち上がるのを待ち、すぐに座って、線香を立てると、今までの天咲では考えられないくらい真剣に、長い時間をかけて手を合わせる。

 最初は、いきなりどうしたんだこいつ? って思ってたけど。

 これは、もしかして……。

 


 「ねぇ、これってさ……」

 「……やっぱりそう思います?」


 

 俺の仕業かもしれない。

 そう思ってるんじゃないか? 

 心霊現象と俺が繋がったんじゃないか?



 それなら、また明日葉ちゃんに助けてもらったことになる。

 何度助けてもらったか。

 感謝してもし足りない。



 「これ、今日はもうしない方がいいね」

 「このおかげで心霊現象なくなったって思ってくれそうですよね」

 「うんうん。 まぁもうちょっと楽しみたかったけどね」

 「いや、これ楽しむようなことじゃないでしょ……」

 「よし、じゃあ次はお父さんとお母さんだね!」

 「うぇぇ…… それはちょっと時間おきません……?」

 「えー? やろうよー」 



 明日葉ちゃんが帰ってすぐ、天咲は部屋に戻っていった。

 最初はビクビクしてたけど、一時間くらい経ってからはいつもの調子が戻っていた。

 これで上手くいってくれればいいけど。



 気づけば俺の手は、少しだけ掌が見えるようになっていた。

 


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