第8話 天龍寺葵は正義のヒーローであって中ニ病ではない

 りのは、とある酒場で二人の少女と出会う。


 少女二人は、魔王を討伐するのに協力すると言ってくれたのだが、ここが異世界であるということを、今一つ信じていない気がしてならない。


 神崎玲奈という少女は、秋葉原にイベントにやってきた筈なのだが、気が付いたらここに迷いこんだと言っている。


 アリアに調べてもらった所、職業は魔法少女だとの事だ。


 挙句には、私の事を自分れなと同類のコスプレイヤーだと思っている節がある。


 そしてもう一人。


 天龍寺葵という少女。


 魔力とか、訳の解らない事を口走っている。


 おそらく中二病なのだろう。


 アリアに調べてもらった所、職業は正義のヒーローだとの事だ。


 挙句には、私の事を自分あおいと同類の妄想癖の持ち主だと思っている節がある。


 地球そらは青かった・・。


 有名な宇宙飛行士のように空を見上げながら、そんな事をりのは考えていた。


 現実逃避気味にだ。


 いかんいかんと、首を横に振ったのは数分経った時である。


 冷静に考えるのよ私!と、己に喝を入れる。


 考えてみれば、自分の職業はアイドルである。


 他のパーティーに入れてもらえる可能性は低いし、募集しても集まるか解らない。


 何より酒場で出会ったような、モヒカン男みたいな男ではなく、可愛い少女二人が仲間になったのだ。


 それならばとりのは左手を腰にあて、右手を口元に持っていき二人に話しかける。


「おほん。二人には私と同じように、チュートリアルを受けてもらいます」


 そうすれば、ここが異世界だと信じてもらえるかもしれないし、二人の力を見る事もできる。


 何ならお金も手に入るかもしれない。


(一石三鳥ぐらいだわ)


 思わず口元が緩むりのに対し、二人は敬礼しながら答える。


「イエッサー」


「フッフフ。我の力、とくと味わうと良い」


「私が味わってどうするのよ・・という訳でアリアお願い」


 両手を腰にあて、アリアにチュートリアルを始めるよう指示を出す。


 りのにそう言われ、アリアは地面に向かって呪文を唱えた。


「シポル」


 呪文を唱えると、アリアの右手から白い光が地面へとはなたれる。


 アリアからはなたれる魔法の光を見ると、玲奈と葵は固まってしまう。


 無理もない話しである。


 何故ならりの自身がそうだったのだから。


 自分の目を何度も擦り、見間違いでない事を確かめる二人は、互いに顔を見合わせ、確認しあった。


「み、み、見ましたか?」


「う、う、うむ。やはり、わわわ、我の目に狂いは無かった」


 両頬を赤く染め、両腕を胸の辺りで何度も縦に振る。


 二人の暑い視線を感じ、悪寒を覚えるアリアは、スーッと、りのの胸ポケットへと避難した。


『レ、レーザービームだぁぁぁあ』


 地面から、ひょっこり姿を現した殿様かえるには見向きもせず、アリアに近づこうとする二人を両手で制すりのは、泣きたい気分である。


 そんなりのを他所に、一人は目をハートに変え、一人は目を輝かせていた。


 ーーーーーーーーーー


 アンコールをコンサート以外で聞く日がくるなんて、想像すらしていなかったりの。


 アリアコールに気を良くしたのか、アリアはご機嫌である。


「り、りの!秋葉原の何処で手に入れたのですか!鈍器ホテーですか!?」


「ク、ク、ク。我も本気を出せばアレぐらい造作も無いのだが、是非ともこの子を譲ってはくれまいか」


「あ、あのね・・」


 アリアを、ラジコンか何かと勘違いしているのだろうか。


 鈍器を持ったペンギン屋では、まず買えない。


 嫌、そもそも売り物ではない。


 りののそんな気持ちをよそに、二人の言葉にアリアは上機嫌である。


「ワシを取り合うでない人間どもよ」


 左手を腰にあて、右手人差し指をチッチッチと横に振るアリア。


 こんな事もできるのじゃぞという言葉が聞こえたりのは、慌ててアリアを止めようとするも、アリアの魔法の方が早かった。


『あ、ありがとうございます』


「ちょ、ちょっと待って!」


 深々とお辞儀をする二人とは対照的に、りのは頭を抱える羽目になる。


 何故なら、地面が激しくめくれると、一匹のアリが出てきたからであった。


 全長1メートルはあるだろうか。


「り、りの!ななな、何ですかアレ!」


 りのの右手を掴み、アリに指を向けながら玲奈は興奮する。


 何ですかも何も、見ての通りアリだ。


「りのりのりの!!ボールを投げれば飼えるのですか?時代はそこまで進歩したのですか?」


 りのの左手を掴み、アリに指を向けながら葵は興奮する。


 ボールを投げても跳ね返るたけだ。


 時代はそこまで進歩していない。いや、できる事なら私が生きている間に進歩して欲しいと切に願うって、そうじゃなくて!


「ワシがちょっと本気を出せばこのぐらい朝メシ前じゃ。あっコレ食べても良いか?」


「チュートリアルって言ったじゃない!殿様人形はどうしたのよ!」


 アリアに噛み付くりのであったが、アリアはりのの鼻先をつつきながら答える。


「まぁ落ちつけりの。アレもチュートリアルのモンスターじゃ」


 アリアが言うには、殿様かえるは初心者用のモンスターであり、アレは中級者用のモンスターとの事だ。


「こっちは四人じゃぞ?ココでてこずるようでは、魔王討伐など夢のまた夢じゃ」


「う、うーん」


「それにじゃ、あの二人の力を知るには、働くアリが一番てきしておる」


「働くアリっていうんだ・・・」


 殿様かえるは基本的に、攻撃を仕掛けてこないモンスターである。


 帰らせろと言われない限りだが・・。


 攻撃を仕掛けてこないといっても、的は小さくすばしっこい。


 一方働くアリは、的は大きい。


 図体が大きい分、動きも鈍いかもしれない。


 それにアリアのいう通りコッチは四人だ。


 それならば…と、りのは決心する。


「二人とも!戦闘準備よ」


 りのは身構えながら、二人に声をかけた。


 どうします?付き合ってやろうではないか。と言う二人の会話は無視をする。


「良いか三人とも。働くアリはその名の通り、キチンと働くアリじゃ。的は大きいが攻撃力は・・死ぬなよ」


「ちょ、ちょっとアリア!?」


 何かを思い出したのか途中で会話を中断し、警告だけを残してアリアは、りのの胸ポケットへと非難する。


 慌てるりのを他所に、まずは私から、お願いしますと言う二人のそんな会話が聞こえてきた。


「この世に悪がある限り!」


 バッ、バババと左右に手を振る玲奈。


「私は何度でも立ち上がる!」


 左手を腰にあて、右手人差し指をピンとたてて空へと向ける。


「ラブパワー全開!!」


 全開!!の部分で、ピースサインにした右手を右目に近づけ、左手を左腰にそえる玲奈。


 それが変身の呪文なのか、唱えた途端ピンクのリボンが玲奈を包み混んでいく。


 アニメで例えるのであれば、ここで変身する際の音楽が流れ、玲奈は光に包まれて、足元から徐々に衣装が露わになる事だっただろう。


 しかし、ここはアニメではない。


 玲奈を包み込んだリボンが一気に剥がれ落ちると、先ほどとは違う格好をした玲奈の姿が露わになった。


「魔法少女レナ!ここに見参!!」


 右手をピースサインにしたかと思うと、口元にあて、左手は腰に添えて腰を少し浮かせる。


 まるでグラビア撮影のようなポーズをとる玲奈に対し葵が、ものスゴイ勢いでりのの元にやってきた。


「な、何ですか!あの人は神様ですか?ここは天国なのですか?」


 まくしたてるように喋る葵の右の鼻から、赤い血が出ているのに気づいたりのは、優しくソレを拭きながら答える。


「真面目にチュートリアルを受けなさい」


 気持ちは分かる。


 コスプレイヤーって何だよ(笑)と思っていたのだが、まさか魔法少女に変身できるとは思いもしなかった。


 男の子が戦隊ヒーローに憧れるように、女の子は魔法少女や美少女戦士に憧れるのだ。


『う、うらやましいーーーー』


 荒野に響く二人の絶叫。


 二人の態度に変身した玲奈、嫌、レナは照れてしまう。


 水色のフリフリ衣装には、ピンクのリボンでできた花が無数に散りばめられ、可愛いピンクの蝶ネクタイが、水色の髪に右と左にとくっついている。


 何処から現れたのか、ステッキを右手に持ち左手で頭をかく玲奈。


 ステッキの先端にはハートがあり、可愛い王冠が右側のハートにちょこんとある。


 また、天使の羽がハートの下にある可愛らしいステッキである。


「はっ!?いけない、いけない」


 今はチュートリアル中であり、敵から目をそらしている場合ではないと、我にかえるりの。


 チラッと隣を見ると、葵は両手を前に突き出し、はぁ、はぁと、だんだん呼吸が荒くなっていく。


「ちょ、ちょっとしっかりしなさい」


「・・・!?」


 両肩を掴まれ、揺さぶられた葵は、正気に戻った。


 額の汗を拭いながら、フーっと深呼吸をする。


「危ない所であった・・コレが洗脳魔法というやつなのだろうか」


「だとしたら最強最悪のチートスキルね」


「そ、そんなにジロジロ見られると、恥ずかしいです」


 そんな会話をりのと葵はしながら、レナをチラチラ見ていた。


 そんな態度を何度もされると、流石にレナは恥ずかしくなってしまう。


「か、可愛い・・くっ!!」


『り、りの!?』


 恥じらう姿が、可愛いすぎて直視できない。


 悶絶しかけていたりのだったのだが、突然後ろから働くアリが攻撃を仕掛けてきた。


 おもわず前方に逃げるりのであったが、働くアリの攻撃によって生じた風圧によって、前方に吹き飛ばされてしまう。


 前方に転がるりのを心配し、レナと葵はりのの元に走り出す。


「だ、大丈夫ですか!?」


「大丈夫な訳ないって、避けて!!」


「キャッ!?」「フギャッ!?」


 二人を左右に吹き飛ばし、りのはバックステップする。


 働くアリの攻撃により、りの達がいた場所に大きな穴があいた。


「ア、アリア!」


「分かっておる!」


 アリアの名前を叫ぶりのだったが、叫ぶ必要などなく、アリアは自分のやるべき事を成そうと動く。


「シポエ」


 アリアは、働くアリの動きを止める魔法を放った。


「レナ!葵!」


 二人の名前を叫び、りのは働くアリに突進して行く。


 名前を呼ばれた二人は何ごとかと不思議に思ったが、りのが必死な形相をしているのを見て、ただごとではないと思い、りのの元へと駆け寄った。


「私に続いて!行くわよ!」


 ハァァァ!!と、力を溜めながら、働くアリへと近づくりのは、ハァー!っと、飛び蹴りを繰り出した。


 ドン!


 ドス、ドス、ドス。


 このこの!このー!と、足を振り上げ、必死に攻撃を仕掛けるりの。


 りのを手本とし、攻撃を仕掛けるレナ。


「い、いきます」


「…………」


 レナがステッキで、ポカポカと殴りつけているのを見ていた葵は、魔法は使わないのかと、げんなりしていた。


「…アンタも攻撃しなさいよ」


「ク、クク。我が攻撃してしまうとコヤツアリが跡形もなく砕けてしまうわい」


「・・・砕きなさいよ」


「嫌じゃ!我はコヤツを飼いたいのじゃ!」


「飼えるか!!」


 目を輝かせながら飼いたいと言う葵に対し、全力でツッコムりの。


「キャッ!?」


 そんなやりとりをしている二人の間を、レナが通過して行く。


「レナ!?」


 通過したレナを慌てて見て見ると、右肩を押さえてうずくまっていた。


 働くアリは動けないハズだが・・と、レナが居た場所に目を向けるりのと葵。


 そこには顔を赤くした、殿様かえるの姿があった。


 すっかり忘れていたと、りのは自分を責める。


 殿様かえるは働くアリの前に、アリアの魔法によって召喚されており、働くアリや魔法少女レナに気を取られている間に、顔を赤く染めてしまっていたのだろう。


 そんな殿様かえるから玲奈は不意打ちをくらってしまい、りのと葵の間を通過していったのだった。


 レナを心配したりのは、レナの元へと駆けよろうとしたのだが、ものスゴイ風を隣から受けてしまい、その場で両腕をクロスして踏みとどまる事しかできなかった。


「こ、この、卑怯者がぁぁあ!!」


 風を巻き起こしたのは、りのの側にいた天龍寺葵である。


 殿様かえるの不意打ちという卑怯な攻撃を目の当たりにした葵の中で、何かが弾けた。


 紫がかった煙は一体、どこから出ているのだろうかと、りのは葵の姿を見ながら思った。


「ドラゴンヘブン」


 殿様かえる目掛け、右拳を振り抜く葵。


 葵が叫ぶと同時に、紫がかった煙が一気に右拳に集まっていく。


 ゴォー!ゴォォォ!!


「はぁぁああ!!」


 ドーーン!!


 という打撃音。


 ドカーーーン!!


 という破壊音。


 葵の攻撃を受けた殿様かえるは、働くアリに激突し、働くアリはそのまま動かなくなった。


 一方働くアリも、殿様かえるとの衝突により大ダメージを受けてしまい、白い煙をあげて動かなくなった。


「・・・」


「ク、ク、ク。勝利こそ我に相応しい」


 無言のりのとレナに対し、葵は右目を左手で押さえながら、含み笑いをもらした。


 そんな葵を見て、りのとレナは決心する。


『この子だけは、怒らせてはいけない』と。


【6】天龍寺葵は中二病であって正義のヒーローではない


 近くの石にりの達は、腰掛けていた。


 休憩もそうだが、先ほどの事を振り返ろうと、りのが提案したからである。


「さっきの戦闘で、ここが異世界だって事がわかったでしょ?」


 あの後、働くアリと殿様かえるは、白い煙をあげて消えていった。


 消えていった後には、メダル、いや、金貨みたいなお金とちょんまげが残っており、お金だけを回収したりの。


 アリアにちょんまげって何かと尋ねたところ、ちょんまげは1Gで売れるらしく、それなら要らないと判断した結果である。


 消えていくモンスターを、目の当たりにした三人。


 変身した玲奈と、紫がかった煙をまとい、殿様かえるを吹き飛ばした葵。


 現実世界では絶対に、ありえない事を体験したハズだ。


「う、うん。そうね・・」


「ク、ク、ク。良い、良いぞ水瀬りの!」


 玲奈は、可哀想な人を見る目でりのを見る。


 一方葵は、何故か嬉しそうであった。


「・・・・信じれないのも無理ないか。アリア」


 りのはアリアを呼び、二人に自分と同じように説明をするようにお願いした。


「うむ。ワシにも関係ある話しじゃからな」


 そういうと、玲奈の前まで飛んでいくアリア。


 りのと同じように、まずはステータスから説明に入った。


 神崎玲奈(魔法少女)


 Lv3

 攻撃力・・5

 防御力・・30

 魔法力・・20

 素早さ・・40

 女子力・・50

 コミュ力・・・0


 特技

 変身。


「えっ?え?」


 アリアに言わた通りタップと唱えたら、突如、左手首からiPadサイズのウィンドウ画面が出てきたのだ。


 その画面を見てみると、画面には自分の名前やらが載っており、その画面を見た玲奈は、驚きを隠せないでいる。


「魔法少女なのに変身だけなのね」


 そんな玲奈とは対照的に、りのは落ちついた様子でアリアに喋りかけた。


「うむ。レベルが上がれば何かしら覚えるハズじゃ」


「ねぇ玲奈?アンケートに魔法少女って書かなかった?」


 りのに聞かれた玲奈は、人差し指をアゴにあてながら考える。


「そういえば英語で何か書いてあったかも」


 てっきり、今日のコスチュームは?という質問かと思い、魔法少女と書いたと説明する玲奈。


 何故英語だったのかとアリアにたずねると、秋葉原は外人も多い為だと説明する。


 りのは二人に説明する前に、葵の職業も確認する事にした。


 天龍寺葵(正義のヒーロー)


 Lv3

 攻撃力・・1

 防御力・・30

 魔法力・・20

 素早さ・・100

 女子力・・5

 妄想力・・999


 特技

 絶対正義。ドラゴンヘブン。


「・・・何コレ?」


 りのは、アリアの読み上げる数字や特技を聞いて、固まってしまう。


「・・分からん」


「ク、ク、ク。凡人には到底、理解が及ばぬか・・」


 右目を押さえながら、葵は不敵に笑った。


「分からないわよ!何よ!?妄想力が異常じゃない!」


 妄想力999という、あり得ない数字を叩き出している。


 一体何の役に立つのだろうかと、りのは頭を抱えた。


「ム。そういうりのはどうなのだ?」


「え?」


「レベルが上がっておるのぉ」


 葵の質問に答えたのは、アリアであった。


 水瀬りの(アイドル)

 Lv4

 攻撃力・・・15

 防御力・・・20

 素早さ・・・55

 魔 力・・・12

 可愛さ・・・24

 MC力・・・10

 女子力・・・0

 特技

 歌う。踊る。決めポーズ。


「・・・・な、何よ?」


「い、いや何も・・ププ」


「え、えぇ・・ププププ」


 口元を押さえ、笑いをこらえる二人。


 そんな二人とは対照的に、りのは泣きそうになっていた。


 ツッコミすぎてMC力があがっているのだが、可愛さにいたっては何故か下がっている。


 しかし、今のりのは気づかなかった。


 気づく余裕がなかったからである。


「わ、笑ってる場合じゃないわよ!と、とにかく、ここまできたら改めて自己紹介し合うわよ」


 りのは二人にこれまでのいきさつを話し、異世界に来た理由や、何故異世界での職業がアイドルなのかを再度説明する。


 また、玲奈がどうして異世界に来たのかは聞いた為、先ほどの戦闘で玲奈が魔法少女に変身した理由についても説明した。


「…つまり、勇者や賢者といった、ゲーム特有の職業というわけですか?」


「えぇ、そうよ。多分、魔法使いみたいな職業なんだと思う」


「ク、ク、ク。我は永久の友を得たり」


「・・・で、葵はどうしてここにいるのかしら」


 右目を左手で押さえ、右手は左肘にそえながら笑う葵に対し、りのはため息混じりに質問をする。


(まぁ流れ的に言えば、秋葉原で何かしていた所に巻きこまれたと考えるのが普通よね)


 りのは葵の結果を聞く前から、大体の予想はたてていたのだが、全くの的外れであった。


「どうして?ふむ。世界が我を求めたからであろうか」


 全くの的外れであった。


 ーーーーーーーー


 答えそうにない為、アリアに説明を求めるりの。


 アリアは面倒くさそうにしながら、語りだした。


 天龍寺家は道場を経営している。


 経営しているというより、代々受け継がれてきているといった方が正しいだろう。


 昔は門下生が数多く集まった道場であったのだが、時代の流れというべきか、門下生は極端にへっていった。


 また、道場のそばには神社がある。


 正月や七五三の時期、受験シーズンなど、人が集まる場所でもあった。


 そんな環境の中、天龍寺葵は一人娘として生まれたのだが、環境が環境なだけに、中二病にかかるのは早かった。


 また、引きこもりになってしまったのもこの時期である。


 中二病にかかるとまず始めにやる事といえば、不登校になる事である。


 これは人とは違った自分、自分だからできる事なのだと思う事により、新しい世界を創った気分になるのだ。


 考えてみてほしい。


 毎日学校に行く時間が、全て自由な時間に変わるのだ。


 自由な時間は、約8時間ぐらいだろうか。


 その時間に色々な事を学ぶ。


 主にアニメやラノベからだが。


 最も、悪い事をではない。


 素晴らしい事しかないのだから…。


 ちなみに、両親は放任主義ではない。


 行きたくないなどと思っている学校に、無理矢理行けとは言わないだけである。


 また、道場には巻き物が多数置いていて、それぞれの巻物は、秘伝の書として飾られている。


 主に剣術や武術、槍術など代々継承していく秘伝の書を毎日眺める葵。


 秘伝の書の意味を理解してしまった日からだろうか。


 秘伝の書について、ラノベやアニメなどで学んだ日からだろうか。


 天龍寺葵は、そういった経緯から中二病にかかってしまう。


 神社に行けば色々なお守りがあったり、お地蔵さまがあったり、千手観音像があったりと、物心ついた時にはそれが当たり前なのだと感じていた。


「お、お嬢さま。そちらはダメですよ」


 巫女のお姉さんに、いつも注意されるのが葵の日常であったのだが、ある日お姉さんから素晴らしい事を教わる。


「ク、ク、ク。我の覇道を邪魔すると申すか小娘」


「お嬢さま。覇道の意味をご存知ですか?」


「愚かなり人間。覇道とはすなわち道であろう」


「はい。階段を降りて学校に行くまでの道が覇道でございます」


「そ、そうだったのか!?ふ、ふむ。感謝するぞ人間」


 その次の日から、葵は学校に行くようになった。


「…ちょ、ちょっと待って!葵って馬鹿なの?」


「ば、馬鹿とは何だ!?」


 可哀想な瞳で葵を見るりのに対し、葵は顔を赤く染めて反論する。


 まぁ、まぁ、と、二人をなだめる玲奈は、何故か嬉しそうな顔をしていた。


「おほん。続けるぞ」


 アリアは一呼吸置いて、再度語り始めた。


 学校に行くようになった葵は、ある日道場で巻き物を手に入れる。


 それは、偶然だったのか必然だったのか。


 葵が部屋に入るなり、神棚に飾ってあった巻き物が落ちてきたのである。


 辺りを見渡し、誰もいない事を確認した葵は、巻き物をバッと広げるも、そこには何も書かれていなかった。


 不思議に思う葵であったが何かのアニメで、口寄せの術という忍法があった事を思い出し、急いで裏山へと行く。


 裏山は神社のすぐそばである。


「ク、ク、ク。我はユーシスティス。時の中を生きる伝説」


 巻き物を広げ、いつもの決めポーズをきめながら、一人ぶつぶつと呟いた葵は、右手親指を噛んだ。


「・・・いかんいかん。忘れておったわ」


 某アニメでは親指を嚙み切り、自分の血で印を書いて忍法を唱えるのだが、少し噛んだ葵は、嚙み切るのはとても痛い気がすると判断し、慌ててマジックペンを取り出した。


「ク、ク、ク。決してビビっている訳ではない。嚙み切って巨人にでも変身してしもうてはかなわんからな」


 でかでかと巻き物に書いていく。


 内容はこうだ。


 [冒険の書]


 天龍寺葵


 真の姿・・正義のヒーロー


「な、なんだ!?」


 突如、巻き物から眩しい光が放たれ、辺り一面を包みこんでいく。


 とっさに目をかばう葵が次に目を開けたところ…そこは、どこかの街の中であった。


 祭りみたいに出店が並び、活気にあふれている声がとぶ。


「な、なんだここは・・」


 震える両手、両肩、声。


「ぼ、冒険じゃぁぁあ」


 震えていたのは、決して怖かったからではない。


「・・・玲奈。今の話しどう?」


「え?え、え〜と・・いいんじゃないかな」


「ク、ク、ク。続きは明日にして、そろそろ帰って魔法少女ナナを見たいのだが、ほれ、帰り道を教えるがよい」


 葵は家でアニメを見る為、帰ると主張する。


 玲奈は帰り道を知らない為、無言でりのに目を向けた。


 そんな二人にりのは、うつむきながら答えた。


「・・・帰れない」


「え?」


「は?」


「だ・か・ら!!この世界の魔王を倒さないと、現実世界には戻れないって言ってるのよ!」


『・・・・・』


 短い沈黙。


 葵と玲奈はお互いの顔を見て、ゆっくりと、りのの方を向く。


 二人と目があったりのは、ゆっくりうなづいて、返事をするのであった。

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