第14話 芽生え始める?

 あれから伏見さんは、私の過去を見ようとはしなかった。

 彼が言ったように警察官の勤務時間は不規則で、朝出て行ったにも関わらず、その日の夜に帰ることは少なかった。翌朝を越えて昼になる事もしょっちゅうだ。

 取り敢えず倒れられても困るので、食事だけは作ってあげていた。私は合鍵を持たされていたので、自宅に戻って必要なものを取ってきたり、スーパーに買い物に行ったりと完全に同棲生活をしていた。


(いや待って。なんで大人しく同棲を受け入れているのよ……)


 すれ違う時間ばかりで、ここに住む意味はあるのかと思うこともあった。そもそもなぜ、同棲しなければならないのか。逃げようと思えば逃げられるのに、どうして私はここに留まるのだろう。


(自分のことが、分からなくなってきたよね)


 伏見さんは私に何かを求めることもなく、淡々と同棲生活は過ぎていった。



 ◇



 そして、ようやく明日から出勤開始となった日の朝。珍しく伏見さんは休みだった。


「明日から仕事だな。大丈夫か」

「うん。むしろ行きたくて仕方がないよ。でも、鈍っちゃってると思うから、きちんとやれるかが不安かなぁ」

「しばらくは日勤だろ。少しづつ慣らせばいい」

「うん」


 そう言って、伏見さんは私の頭に久しぶりに手のひらを乗せた。私は不意打ちだったそれに驚いて肩を揺らしてしまう。


「怖いか」

「べ、別に。ちょっと、驚いただけだから」

「覗いたりしないから、目閉じろ」


 私の過去を引き出したりしないから安心しろと、言っているのだと分かった。

 目を閉じるとすぐに、温かい気が体中に流れて、強張った神経が解されていくのを感じた。これだけはどうしても抗えない、彼の不思議な力だ。


「ねえ。伏見さんは他人の心が読めるでしょ? ヒーリング含めて、生まれつき持ってた能力なの?」

「んー、多分そうかもな。小学生の時には自分は他の奴らと違うって思ってたからな」

「そうなんだ。私と同じだね」


 彼の部屋で過ごして一週間が経った。けれど、その間は耳鳴りがしたり、予知する映像を見ることはなかった。どちらかというと、体は軽いし気持ちもなんだか楽で、正直なところ居心地は良い。

 それは彼のこの能力が影響しているのだろうか。


(まずい、自宅より居心地がよくなりつつある)


「いいんじゃねえの。ずっと居れば」

「ああっ!」

「な、何だよ」

「読んだでしょ!」

「読みたくて読んだわけじゃない。あんたのは特にそうだ。勝手に俺に交信してくるんだよ」

「え、交信?」

「ああ……」


 彼が言うには、普段は読もうとしないと読めないらしい。なのに私の場合は思考がダダ漏れで、読まなくても勝手に声が聞こえてくるらしい。


「私って、そんなにダダ漏れ、なの?」

「ああ、ダダ漏れだ」

「それってさぁ、相性がいいってことかも。お祖母ちゃんが言ってた。余計な力を使わなくても、分かり合える人がいるって。で、その人と出会ったら生涯……っ」

「生涯、なに」

「ぜ、絶対に言えない! 言わないからね。だから、今は私の心は読まないでっ。やだぁ」

「おい……」


 私は読まれてなるものかと、リビングを離れ寝室に逃げた。距離をおけば読まれないのかは分からないけれど、今の思考を読まれるのはとても困る。


(お祖母ちゃんが、生涯を添い遂げる人だって言ってたの思い出した。でも、私が相性良いと思っても、向こうはそうじゃないかもしれないもんね。だって、迷惑そうだったもん)


『勝手に俺に交信してくる』と言っていた。それは、知りたくないのに私がズケズケと乗り込んでくるという意味だ。でも彼は、ずっと居ればというような事も言っていた。


(あれ? なんでそんな事で浮いたり沈んだりしてるんだろ……やだっ、私っ。まさか伏見さんのことを⁉︎ 嘘よ。落ち着け! これは情が湧いてきているだけよ。そう、きっとそう! 通常シフトに戻ったらここを出よう。このままいたらダメだ。うん、そうしよう)


 布団を頭から被って、一人ずっと悶絶していた。



 ◇



 どれくらい経っただろうか。控えめにドアをノックする音がした。


(あっ。私、寝てた。あれだけどうしようって悶えていたくせに眠れるって……色気なさすぎ)


 気持ちを変えようと、思い切って布団をめくり起き上がろうと体を起こしたら鈍い音がした。


「痛ったーい」

「痛ってぇ」


 一瞬、視界が歪んだけれど、なんとかもち直した。様子を見にきた伏見さんとぶつかってしまった。


「ちょ……あんた、いつもこんな感じで起き上がってんの?」

「っう……まさか。ノックの音に反応しただけだし」

「ったく、寝るなよな。もう昼だぞ」

「ああ、ごめん。なんか作る?」

「いやいい。外に食いに行く。おい、そんな顔すんなよ。毎日作ってもらってたから、お礼をかねてご馳走しようと思っただけだって」


 てっきり、私が作る御飯が不味かったのかと思ってしまった。それにしても、私が思っていたことが次々に読まれてしまう。


「あの、今のもしかして」

「読んでないからな。あんた顔に出るからさ、分かりたくなくても分かるんだよな」

「顔? 顔もかぁ」

「まあ、アレだ。あんまり考えるな」


 私は出かけるために急いでお化粧して服を着替えた。

 いつも近くのスーパーに買い物に出るだけで、シャツにジーパンスタイルが定番化していてから新鮮だ。今日は車ではなく歩いていくようだ。


 こんな風に伏見さんと、肩を並べて歩くなんてなかったから、どうしたらいいかちょっと困る。

 彼は背が高いので、話しかけるにはかなり目線を上げなければならない。

 前から来た人とすれ違うとき、ぶつからないように避けたら、伏見さんの肩に頭がぶつかった。


(どれけ背が高いのよ! あ、私が低いだけか。中学の時で身長が止まってしまったなんて痛すぎる。育ちざかりの時期に育ちのピークを迎えるなんて、残念以外にないよね。脚も長いよね。私服もシンプルなのにスタイルの好さが際立ってて、モデルかよって突っ込みたくなるくらい。それに指! 指が長くてキレイなんですけど! もう自分のと比べるのはやめよう)


 伏見さんは絵に描いたようなイケメン具合なのに、自分ときたら余りにも普通すぎた。なんだか惨めな気持ちになる。


「はぁ……」

「なに、溜息ついてんだよ」

「だってさ、伏見さんカッコいいんだもん」

「……」

「うん?」


(聞いておいてダンマリって何よっ。感じ悪いなぁ、もう)


「あんたさ、自分がいま何て言ったか分かってんの?」

「え? どういう意味。私、なんか変な事言った?」

「いや、いい!」


 伏見さんの顔がほんのり赤くなったけれど、どうしたのだろう。


(やっぱり私、変なこと言ったんだ! やだ……どうしよう!)

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