怒りの返済

 善意は全てが相手のためになるとは限らない。

 時に悪意ある者に利用されることもある。

 問題はその善意に力が加わった時である。





 竜の鱗の最上階にある社長室ことスケイルの部屋ではツカサとトリスが呼び出されていた。


「今日はツカサに回収してもらいたい案件がある。それは……」

「はい質問」


 ツカサがスケイルの話を遮って手をあげる。


「どうしてトリスが一緒なんです?たしか彼女はもう回収できるようになったと聞きましたが」

「それがだな……今回のはなかなか厄介なことになっててな。最悪お前に働いてもらわないといけなくなりそうなんだ」


 スケイルは頭を抱えながら説明を続ける。


「教団の僧侶が負債者なんだよ……本来神に仕える僧侶が借金なんかしちゃいけないんだが、彼女は誰かの借金を肩代わりしたようでな。教団は今回『竜の鱗には神へのお布施として借金を無きこととするように』なんて言っちまって……もしそんな手で借金逃れされちゃたまんねぇからな。絶対に本物の負債者を見つけて返済させるんだ!」

「「はい!」」


 スケイルの怒声に思わず姿勢を正して大声で返事をしてしまったツカサとトリス。


「よし行け!すぐ行け!」

「「はいっ!」」


 ツカサとトリスは大急ぎで社長室から駆け出していった。






「それにしても立派っすねぇ……教団って幾ら儲かってんだろ……」


 教団の支部、しかし支部とは思えないほど豪華な外装の造りに驚くトリス。


「さぁな……取り敢えず入るぞ。さっさと済ませよう」


 扉を開けて入ると、広い空間に巨大なステンドグラスやパイプオルガンがある立派な教会だとツカサは感じた。


「おー……すごい……」


 トリスも始めてここに来たようで感動していた。


「あら?新しい入信者かしら?いらっしゃい」


 そこには少しばかり女性として陰りのかかった、しかし美しさは衰えていない顔立ちをした女性が法衣に身を包んでいた。


「あー違います。俺たち竜の鱗の者で……」

「こちらがツカサ、自分がトリスっす!」

「あぁ……確か私が預かった借金の……ですが教団本部が今回の件は解決したと……」


 僧侶が指を口元に当てながら首を傾げていた。


「そうなんですが、このまま済ましちゃうと借金した奴がどんどん教団に駆け込んじゃいますよ。だから今負債者がどこに居るか教えてください」

「お願いしまっす!」


 ツカサとトリスが頭を下げる。


「うーん……でもー……」


 しかし僧侶は教える気がなさそうだった。


「仕方ないか……」


 ツカサは竜の目を開いて僧侶の記憶を探り出した。





 ここは僧侶の記憶の中。

 僧侶の視界に土下座をする負債者の姿が見えた。


「お願いします!どうしても返せない借金があって……このままじゃ俺殺されちまいます!」

「で……でも」

「里に帰ってやり直したら返しに来ます!ですからどうかそれまで!死にたくないんです!」

「……わかりました……必ず返しに来てくださいね」

「あ、ありがとうございますぅ!」






「っ!!」


 竜の目に睨まれ息を呑み、思わず目をそらした僧侶。


「失礼します」

「え?ツカサ!?どうかしたんすか?」


 ツカサが急に無感情になり、僧侶に背を向け、出口に向かって歩き始めたのでトリスは混乱した。


「トリス。悪いけど先に竜の鱗に帰って報告しといてほしい」

「報告?報告っていってもなんの成果も無いっすよ?」


 ツカサが扉を開く。

 そして少し歩くとツカサの身体が少し浮いた。


「報告内容は『対象は金山に連れて行った』でよろしく」

「?……ますます分かんないっすよ!」


 ツカサは風切り音をあげて高速で空を飛んだ。

 それをぽかんと口を開き見送ったトリスは取り敢えず歩いて帰ることにした。





「ははは!それにしてもあのアマ最高にバカだぜ!」


 ここはトアル王国でも末端に位置する領地。

 そこの酒場で話すのは僧侶を騙して借金から逃れた男だった。


「竜の鱗に睨まれても金山行きで済むのも知らねえで殺されるー!って頭下げたら代わりに借金引き受けてくれるんだもんなあ!はははは!マスター!お代わり!なんせまだ金は余ってるからよお!」

「そうか」


 顔を真っ赤にして話している男を一切の感情なく見下ろすツカサ。


「うわっ!なんだお前!」


 ツカサは男の服の襟元を掴むとそのまま外へ引きずって行った。

 そして男を道を挟んで向かい側の壁まで放り投げた。


「!!がはっ!?」


 壁に叩きつけられた男は意識が一瞬飛びそうになったが、自分を投げたツカサの竜の目に睨まれた恐怖で意識を取り戻した。


「おい」

「っひぃいい!!」


 ツカサの脳裏には両親に土下座をして保証人になってもらった父親の親友の姿が浮かんでいた。


「お前助けてもらった相手に対する態度がこれか?」

「ああっ!助け……」

「答えろ!!」

「ひぇえええ!!」


 ツカサは手帳から借用書を開くと返済不可と書き込んだ。


「お前から奪えるものはカス程しか無いが……死なない程度に奪わせてもらう」

「え?お前何言って……あがっ」


 ツカサは片手で男の胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「は、離せぇえ……な、なんだこれ……う、腕が!」


 ツカサの腕に掴みかかり抵抗しようとした男だったが、自分の腕がみるみるうちにやせ細っていくのがわかった。


「な……何しやがった」

「……」

「やめろ……やめてくれぇ……離してぇ……」


 骨と皮だけになっていく自分の体に恐怖におののく男。


「ひゅ……はひゅ……」


 呼吸すらままならなくなった男は、力なくツカサに掴まれたままになっていた。

 ツカサは男を掴んだまま再び風切り音を立てて空の彼方へ飛んで行った。





 それからしばらくして巷ではある噂で持ちきりになっていた。


「竜の鱗から逃げると必ず見つかって骨と皮だけにされてから金山にさらわれるそうだ」






「でもなんであそこまでやったんすか?」


 トアル鳥の丸焼き定食を食べるトリス。


「いや……なんか昔のムカつく奴に似てて……」


 魚定食の骨から身を剥がす作業をしながらツカサが答える。


「そんだけの理由で?はー!とんでも無いっすねぇ!」


 もも肉にかじりつきながらトリスは唖然とした。


「ははは……んぐっ!?」


 詳しい事情を語りたくなかったツカサは口に放り込んだ魚の骨が喉に刺さった。

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