失われた物 前編

 復讐とは権利であり義務であると感じることがある。

 許すことは偉大ではあるが、それだけでは相手のためにならない。

 己のためにならない事もあるのだ。






「待ってくれ!」


 ダンジョンの入り口の光が見える部屋で、男が自身の体にまとわりつく小型モンスターを剣で払いながら自分の前を行く男に向かって叫ぶ。


「すまん!」


 男は一瞬こちらを向いたがその一言を最後にこちらを振り向かず、全てのモンスターを男に押し付けてダンジョン入り口へ駆け抜けていった。


「助け……ぐあっ!」


 もう一度助けを乞おうとした男だが、左手に感じた激痛にそちらへ意識が向いた。

 アリゲーターマンが自身の左腕に噛り付いていた。

 そのモンスターに噛まれると対象を殺しても逃げられないとされるそれに噛まれ、顔が青ざめる男。

 さらに後方からは数多のモンスターの足音が聞こえた。


「あ……ぁああああああ!!」


 男はその左腕を睨みつけながら剣を振り上げた。





「っはぁっ!!」


 男はベッドからすごい勢いで起き上がった。


「はぁ……はぁ……夢か」


 男の額は汗で滲み寝巻きはびっしょりと濡れていた。




「誰か!誰かいるか?」


 男がベッドに座ったまま使用人を呼ぶ。


「はい、こちらに」


 使用人の女が広い部屋の扉を開いてやってきた。


「着替えを頼む」

「承知いたしました」


 女は男の寝巻きを脱がせ始める。

 朝日が差して眩しい部屋、男の影にはあるものが欠けていた。


「いつもすまない」

「いえ、滅相もございません」

 

 男の服。

 その左袖はだらんと垂れ下がったままだった。

 数年前アリゲーターマンに左腕を噛み付かれた男は、自身の左腕を切り裂きなんとか一命を取り留め、今は亡き父の家業を継いだ。

 事業は業績を伸ばし、今では業界で男を知らぬ者は居ない程だった。


「今日の予定について教えてくれ」

「承知いたしました。まずこのあと……」






 同時刻。

 街の裏通りで。


「ま、待ってくれ!勘弁してくれ!金なら返す!当てがあるんだ!」


 両手を合わせ拝みながら男が後ろへ下がっていく。


「そう言って随分待ちましたし金額も洒落にならない額になってますよ」


 男をゆっくり追い詰めて行くのは黒い短髪に茶色の目、竜の目の事務服に身を包んだ男、ツカサだった。


「貴方が盗賊として一流の才覚があるからこそ今まで目を瞑って来ましたが、貴方は返済のための努力もしないで遊んでばかり……」

「こっ!これには訳が……」

「どんな理由ですか?」

「っ!!」


 ツカサの片目が金色に変わり、それを見てしまった男は、恐怖のあまり何も言えなくなってしまった。


「ともかく……明日までに利息分だけでも払えなければ……わかってますよね?」

「ひぃいいい!!わかった!必ず返す!このとおり!」


 男はツカサの前で土下座をして地面に頭を擦り付けた。

 ツカサは男に背を向け去っていった。


「……っ!……畜生っ!!」


 ツカサが見えなくなるのを確認し、土下座をやめて立ち上がった男は、そこら辺にあった石ころを蹴飛ばし、怒りをぶつけた。

 この男は数年前、ダンジョンに挑んだ仲間全員を見捨てて逃げ出した冒険者崩れの盗賊である。


「何か金の当ては……アイツはもう貸してくれそうにないし……アイツも次にあったら殺されちまう」


 その時、盗賊の男の脳裏に数年前、気まぐれで参加したダンジョンで最後に見捨てた男の顔が浮かんだ。


「たしかアイツ今は大金持ちだって聞いたな……よし、ダメ元でいってみるか」


 盗賊の男の足取りは少し軽くなった。





「お断りいたします。面識なく旦那様の許可もない方をお入れするわけには参りません。お引き取りを」

「待ってくれ!アイツに昔の仲間だって言えばすぐわかるはずなんだ!おーい!俺だ!わかんないのかー!?」


 盗賊の男は召使いの女が閉めようとする扉に片脚を突っ込み、館の中へ聞こえるよう大声で叫んだ。


「おやめください!迷惑です!誰か守衛を……」

「どうした?随分騒がしい……」


 館の中央階段をゆっくりと降りる足音が聞こえる。

 階段を降りた男は自分の召使いに声をかけた。


「あ、旦那様。申し訳ございません。こちらの者が何度言ってもお帰りにならなくて。今すぐ守衛を呼びますのでご安心を」

「全く。どれ、私が直接おかえり願おう。誰かな君は……お前……」

「へへへ……お久しぶり……」


 召使いを下がらせ、玄関を開いた男は、数年ぶりに自分を見捨てた盗賊の男の顔を見た。





「あの時は本当に悪かったなぁ!でも俺本当に怖くて怖くて……」

「……お酒でよろしかったのでしょうか?」

「構わない」

「あーそうさ。これでいいんだよ」


 盗賊の男が旧知の仲の友に話すかのように自身の過ちを男に話しかけていると、召使いが盗賊の男の要望で持って来させた酒類を並べた。


「では私はこれにて……何かあれば守衛が参りますので……」

「ああ」

「じゃあなー」


 召使いは軽く一礼すると部屋から出ていった。





「あのな、今回ここに来たのは頼みがあってでな……」

「なんだ?言ってみろ」


 一人で高級な酒や肴を一通り楽しんだ盗賊の男は、急にかしこまり、話を切り出した。

 男は特に表情を変える事はなかった。


「頼む!金を貸して欲しい!このとおり!」


 盗賊の男は椅子から立ち上がると、椅子の横に移動し、土下座を始めた。

 男は無表情なまま土下座をする盗賊の男を見つめていた。


「断る」

「え?」

「貴様に貸してやる金などびた一文もない。帰ってくれ。お客様がお帰りだ!お送りしろ!」

「お、おい待ってくれよ……あぐっ!」


 男が立ち上がり、外にいる召使いに向かって叫ぶ。

 盗賊の男は慌てて立ち上がって男を止めようとしたが、急に胸倉を掴まれた。


「今日お前を入れたのは今の俺とお前の格の違いを見せてやる為だ。二度と来るな。来ればタダじゃおかないぞ裏切り者」


 男は盗賊の男の胸倉を右手で掴んだまま、小声で盗賊の男に言った。





「あぁあああああ!!くそっ!!くそぉおおっ!!」


 盗賊の男は宿屋の自室にあるありとあらゆる物に当り散らしたのかそこら中に様々な者が散らかっていた。


「何が格の違いだ!親の七光りのくせによぉ!」


 その時、盗賊の男にある名案が閃いた。


「……この方法なら金も返せるし、あいつの鼻を開かせる!」


 盗賊の男の口角が醜く歪んだ。

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