竜の片鱗

「おい……おい!」


 歪んだ景色の中、誰かの呼ぶ声が聞こえていた。


「あ……」

「お、気がついたか?」


 目の前には赤髪赤目の褐色男性が居た。

 身長は抱えられていたところを見ると、かなり大柄だと思った。

 ゆっくりと降ろされなんとか一人で立ち上がる。


「俺の名はスケイル。お前の名は?」

「御兼……司」

「そうか。そんで1つ聞きたいんだが……お前どうやってここに来た?」


 司は意識がはっきりしていくと、周りの景色が数分前の物とまるで違うことに気がついた。


「分からないです……」

「竜の鱗の中枢になんの抵抗も無しに来れるとはどんな転移魔法か気になったんだがな。まあいい。次に、ここはトアル国ってとこなんだが、お前は何処から来た?」

「トアル国……聞いたことがないです。俺は日本ってとこから来ました」

「ニホン……俺が知らない国とは……テキトー言ってるわけじゃなさそうだしなぁ」


 スケイルは頭をかきながら司を見定めていた。


「これからどうするつもりだ?」

「分かりません……」

「……どうしてそんなに落ち込んでるんだ?」

「……」

「答えたくない……か。まあいい。行くあてがないならしばらくうちにいるといい」

「どうして……」

「ん」

「どうしてそんなに他人に甘いんですか?貴方にはなんの得もないでしょうに」


 そう言うと司は顔を伏せた。


「……それは俺に人助けするだけの余裕があるからだな。俺はいわゆる金持ちってやつでな。ただの気まぐれだ」

「なるほど……お金持ちか……じゃあしばらくお世話になります」


 司はスケイルに深々と頭を下げた。





「しかし大きな建物だな……食堂のご飯も美味いし」


 数日後、司は体調が万全の状態になり食堂と自室以外の部屋を探索しようと思った。


「……迷った……」


 司は金塊が置いてある部屋やよくわからないものが沢山置いてある部屋を覗いた後、帰ろうとしたが自室がわからなくなってしまった。

 彼は来た道を戻っていたつもりだったが途中で間違ってしまった様だった。


「こうなったら一階まで降りて、誰かに案内してもらおう」


 司は早速下りの階段を降り続けた。


「離せえぇええ!!」

「!?」


 するとまもなく一階かというところで誰かの叫び声が聞こえた。

 司は急いで階段を降りた。

 するとそこは天井の高い広い部屋に大きな入り口、奥には何ヶ所もの受付所があった。

 そこで人混みが出来ていたので司はそこに向かった。


「いやだぁあああ!!坑夫にはなりたくねぇえええ!!」


 司が人混みをかき分けるとそこには二人の屈強な男に掴まれた小太りの男が暴れていた。


「うるさい!黙ってついてこい!」

「うわぁあああ!!離せえぇええ……」


 小太りの男は以前抵抗をやめなかったが、それも虚しく三人は入り口の光に消えて行った。


「こ……これは……」


 司は状況が理解出来ず、唖然としていた。


「しかたねぇよな……」

「ここで返せなかったら……」

「おお怖い」


 散り散りになっていく人混みの中で、司は不穏な言葉を聞いた。

 そして『返せなかったら』という言葉に、借金取りに土下座する父親、彼に当たられ涙する母親。


「もしかしてここは……」


 そして最後に司の両腕を泣きながら押さえる母親と、馬乗りになって彼の首を絞める父親の姿を思い出した。

 司は走って受付所に向かった。


「す、すみません!ここは……」

「はい、こんにちは!今日はどれくらいの融資をご希望でしょうか?」


 満面の笑みで答える受付嬢に対し、顔面蒼白になる司。


「……いえ……ちがいます」

「は、はぁ……では何のご用ですか?」


 司は返事もせず、入り口に向かって歩き出した。


「お、お客様!?どちらへ……」


 街の中へ司は歩いて行った。

 世話になっていた男が自身の最も憎むべき金貸しだったことに絶望しながら。





 いくらだったかは分からないほど経って。

 司は街道に座り込み、物乞いをしていた。

 初めは働き口を探した司だったが、突然この世界に来た彼を受け入れてくれる職場は無かった。


「おい」


 司は話しかけられて金がもらえるのかと思ったが、聞き覚えのある声に、その姿を殺気がかった目で睨みつけた。


「帰るぞ」


 その姿は赤髪赤目、褐色の肌をしている事務服を着た男。

 スケイルだった。


「……金貸しは俺の、俺の家族の仇なんです。そんな奴の世話に……」

「確かに俺は金貸しだ」


 司は更なる怒りを込めてスケイルを睨んだが、スケイルは全く応えることもなく話を続けた。


「だがな。俺は助けると決めた相手は最後まで面倒を見る主義なんだ……よっと」


 スケイルは司を担ごうとしたが、司は抵抗した。

 しかしろくなものを食ってない司はスケイルに抵抗できぬまま担がれてしまった。


「……でも俺の両親は……」

「金貸しが仇ってのはそういうことか」


 司はスケイルに担がれながら話し始めた。


「両親は金なんて借りてないんです。でも父親の親友の保証人になってて……親友は逃げ出して……まあ親友とやらは金貸しに捕まって消されたらしいです……それでも返せなかった分は全額両親に……」

「そうか」

「それで期限を伸ばしてもらえず高い保険をかけさせられ、数日後には父の親友のようにされる……そんな時でした……」

「殺されるくらいなら自分達で……か」

「はい」

「それでお前は」

「両親に首を絞められて……気がついたらここに」

「親を恨むか?」

「いえ……それは……分かりません」

「そうか……」

「ただ……あの借金取りは許せません」

「そりゃそうだ。だがな、間違えるなよ」

「何をですか?」

「間違ったのはお前の両親だ」

「っ!!」


 司は怒りに任せてスケイルを殴りつけたがスケイルは全く応えなかった。


「金貸しならそれくらいのクズはごまんといる。そんなところの金を借りる奴の保証人になった奴の方がおかしい」

「うるさいっ!黙れ!」

「何度でも言ってやる。間違ったのはお前の両親だ」

「っ!……っ!」


 司はもう暴れなかったが今度は目から涙が溢れてきた。


「俺は金貸しだが負債者を殺しはしない。この国一の金貸しだ」

「……」

「だからお前が言うような真似はしない。信じてくれ」

「……はい」

「帰るぞ」

「はいっ」





「へぇー!ツカサさんにも私みたいな頃があったんですねぇ!」


 ミーファがスケイルの部屋を掃除しながら彼からツカサの過去を聞いていた。


「ははは!それでな!それからアイツ俺によ……」

「すみませんそう言う話は本人がいない所でしてもらえません?」


 ツカサが居る前で。


「まあそう言うなよ」

「だったら竜の目でスケイルさんの面白過去話見つけちゃいますからね!」

「あ!?そんなことしやがったらクビにして浮浪者逆戻りだかんな!」

「へーん!今ならこんな所じゃなくてもいくらでも稼げますよー!」

「なんだとコラァ!大体最近のお前はなぁ……」


 ツカサとスケイルの口喧嘩が始まり、過去話が聞けなくなったミーファはため息を軽く吐いて、掃除を再開した。

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