第三話 無色眼の元勇者、冒険者認定試験の申し込みをする。

 適度に休憩を挟みながら山を駆け下り、昼になる頃までにはリース村に無事到着した。


 俺はウリから降り、ねぎらいの言葉をかける。


「サンキューな、ウリ。あとはゆっくり休んでくれ。またそのうちお前に頼ると思うから、その時は頼む」


「うりぃ!」


 召喚魔法を解除し、ボン! と地面から白煙を上げて子猪が消える。


 俺は早速村に足を踏み入れる。村にはここの住人たちであろう人間たちがちらほら出歩いており、この地域では比較的大きい村のようだ。冒険者にとっての大事な生命線を確保するべく、俺はひとまず道具屋を探す。


「えーっと、道具屋は……あったあった」


 たくさん並んだ建物の中から、薬瓶の絵が描かれた看板の店を見つける。


 俺は早速扉を開けて中に入る。カランカラン、と扉の乾いた鈴の音が店内に鳴り響く。


 中はこぢんまりとした広さで、奥の勘定台で老婆が一人店番をしていた。


「いらっしゃい」


 俺は腰に下げていた革袋を手に取り、彼女に差し出す。


「これでポーションとエーテルを半分ずつありったけくれ」


「ん? どれどれ……」


 老婆は袋の中身を確認すると、にんまりと笑みを浮かべて言った。


「すぐに用意するからちょっと待ってておくれ」


 椅子から立ち上がり、店内の奥へと消えていく。


 しばらく俺は待っていると、ふとあることを思い出す。《収納》の魔法を使用し、現在の魔力空間の収納量を確認する。


「うえぇ……」


 いつの間にか、空間の中が大量のスライムの残骸でとんでもないことになっていた。ウリと山を駆け下りながらずっとスライムを狩っていたので、無闇に回収していたらこの有り様になってしまったらしい。売れるかどうかはわからないが、これも後でおばあちゃんに処分してもらおう。


「――こんにちはー!」


 不意に、賑やかな鈴の音とともに溌剌とした声が店内に響き渡る。


 後ろを振り返ると、一人の少女がちょうど扉を開けて中に入ってくるところだった。高純度の黄金を鋳溶かしたような金髪ポニーテールと混じり気のない湖水のように透き通った碧眼、非の打ち所がない黄金比で形作られた端整な顔立ち。背中には長槍を差している。彼女も冒険者だろうか。


 少女はこちらに近づいてくると、可愛らしく小首を傾げる。


「あら、お取り込み中だったかしら? アイテムの補充をしようと思って来たんだけど」


「いや、俺も同じですぐに終わるよ」


 すると、少女はこちらの顔をじっと覗き込んでくる。


「見ない顔だけど、あなたも冒険者なのかしら?」


「えーっと……今は元冒険者でこれから冒険者ライセンスを取りにいくところだ」


「……?」


 少女は頭の上に疑問符を浮かべる。余計なことを言ってしまったか?


「よくわからないけど、人手が不足してる冒険者が増えることはいいことだわ。せっかくだから冒険者ギルドまで案内しようかしら?」


「いいのか? 俺方向音痴だし、ギルドの場所もわかんないから助かるよ」


 程なくして、老婆が緑と青の液体がそれぞれ分けられた大量の薬瓶を運んでくる。


「はいよ。ポーションとエーテルね」


「あ、おばちゃん、あとこれを売りたいんだけど」


 俺は勘定台に手をかざし、収納魔法の開放を発動。ボン!! と盛大に白煙を上げて、勘定台に溢れ返らんばかりのスライムの残骸が出現する。


 それを見た少女と老婆の顔が、たちまち恐怖に引きつる。


「「ぎゃああああああああああああああああ!!」」


 女特有の甲高い音響兵器が、店内から外まで盛大に響き渡ったのだった。



     ◆ ◆ ◆



 冒険の必需品を買い終えた俺は、道具屋の前で少女に掌を合わせる。


「悪りぃわりぃ、一気に出しすぎちまった」


「……本当に反省してるのかしら?」


 少女はすっかり機嫌を損ねたようにじと目でこちらを睨む。


「そもそも今から冒険者ライセンスを取りに行くみたいだけど、そんな調子で本当に試験に受かると思ってるのかしら? ライセンスを取るには冒険者としての素質があるかどうかを試すテストを受けないといけないのよ?」


「まあその辺のところは行けばどうにかなるかな」


 俺の気楽な口調に、少女の顔が一層不機嫌なものになる。


 ふと、彼女はうっかりしていたように言う。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はルーリィ=アーティライト。一応Cランク冒険者をやらせてもらってるわ。これから冒険者になるなら先輩の立場になるけど、そんなこと気にせずルーリィって気軽に呼んでくれて構わないわ」


 実際俺のほうが大先輩のはずなんだが……とここで突っ込んでも話がこじれるだけなのでスルーしておく。


 とりあえず俺も自己紹介する。


「俺はセイン=ヴィルロード……じゃなかったセイン=ユークニル。この世界を支配する魔王レヴィアスをいずれ倒すつもりだ」


 ルーリィは不思議そうに小首をかしげる。


「セイン? 前魔王ベルザークを倒したあの伝説のギルド《白き翼》の団長と同じ名前なんて、なんだか誇らしいわね。もしかしてあなたも彼の影響で冒険者を志したのかしら?」


 彼の影響というか、その団長は他でもない俺なんだが……。


「まあそんなところだけど……。やっぱり俺……じゃなくてセインの影響で冒険者になった人たちって多いのか?」


「多いどころか今の冒険者たちの大半は、彼の影響を受けて冒険者になってるわね。前魔王ベルザークを倒して一度は世界を救った、誰もが認める真の英雄だもの。中には狂信的にまで彼を信仰している宗教団体がいるんだとか。というか、あなたそんなことも知らないのね」


 少女の顔が酷く呆れたものになる。ふと、彼女は思い出したように訊いてくる。


「そういえば大事なことを聞き忘れてたけど、セインは属性魔力は使えるのかしら?」


「一応使えるのは使えるんだけど……やっぱり無色眼じゃ駄目なのか?」


 そう言った途端、ルーリィはぴたりと急に立ち止まる。


「……もしかしてあなた、無色眼なの?」


「そうだけど……」


 すると、少女はたちまち顔を曇らせる。


「正直こんなことを言うのは酷だけど、冒険者になるのは諦めたほうがいいわ。ずっと昔に冒険者ギルドによって無色眼は魔力眼の中でも極めて戦力にならないという無価値の烙印を一方的に押されて、冒険者認定試験の受験が唯一認められてないの。無色眼でも強い人間は少なからずいるのに、彼らは属性魔力が使えないというそんなくだらない理由一つで、ただでさえ人手が少ない冒険者たちの可能性を狭めてる。せっかく《災厄の世紀》の冒険者たちが人類の領土を命がけで取り戻してくれたのに、これじゃ魔族たちに領土をどんどん奪い返されて、近いうちに人類は確実に根絶やしにされるわ」


 俺は腕を組んで首を捻る。


 少しずつではあるが、この世界の事情がなんとなくわかってきた。どうやらこの時代の冒険者たちのレベルが著しく下がったのは、ギルド上層部の人間たちに少なからず原因があるようだ。しかも妙なことに、この世界の人間たちはなぜか無色眼が潜在的とはいえ属性魔力を扱えることを誰も知らない。あれだけ自分が前世で広めたにもかかわらず、誰にも伝わっていないのはさすがにおかしい。


 つまり考えられるのは、何者かが無色眼の属性魔力の潜在情報の存在を意図的に抹消した可能性があるということだ。なぜギルド上層部は貴重な戦力を減らすような真似までして無色眼の価値を認めようとしないのかはわからないが、この一件、なんだか相当闇が深い気がする。


 すっかり気を落としている少女に対し、俺は尚も楽観的な口振りで言う。


「まあその辺のところはどうにかなると思うから、ひとまずギルドまで案内してくれないか?」


 ルーリィは少し迷うような素ぶりを見せたが、それ以上は何も言わず再び歩き始める。


 村の中央広場を横切り、しばらく歩を進めると、目の前に立派な建物が姿を現す。冒険者ギルドを表す十芒星のデザインが描かれた看板が正面玄関の上に設えられている。


「ここが冒険者ギルドよ。早速中に入りましょ」


 ルーリィは扉を押し開ける。


 中に入ると、床一面に臙脂色の絨毯が敷かれており、天井には豪奢なシャンデリアが吊り下がっていた。依頼掲示板や休憩用のソファには冒険者たちの姿がちらほらあり、それなりに活気はあるようだ。


 俺は奥のカウンターで受付をしている男に声をかける。


「冒険者ライセンスを取りたいんだけど」


「ん? ライセンスを取るには冒険者認定試験を受けてもらう必要があるが? 受験条件は最低でも一つ《属性魔力》が使えることだが、魔力眼は解放できるかな?」


「ああ、それなら問題ないぜ」


 俺は無色眼を解放する。


 こちらの瞳を覗き込んだ受付は、酷く呆れたように嘆息する。


「目の色が変わってないじゃないか。冷やかしならよしてくれ」


「え、やっぱり無色眼じゃだめなのか?」


 すると、壁際にいた三人組の男たちが面白おかしいように爆笑する。


「おいおい、テメェふざけてんのか!? 属性魔力も使えない無才の無色眼が冒険者になれるわけねぇだろ! 今回試験を受けるのは、天才貴族である俺たちロアン男爵家の三兄弟だけで充分だ!」


「ん? あんたらも受験するのか?」


 俺はさして煽りに乗ることなく普段通りの態度で接する。


「ちょっと! 何もそんな言い方する必要ないでしょ!」


 ルーリィが堪え兼ねたように横から口を挟むが、俺はそれをさっと手で制する。


「要は属性魔力が使えれば問題ないんだろう?」


 すると、無彩だった俺の瞳が一瞬にして燃えるような赤に染まる。


 それを見たロアンが、面食らったように声を上げる。


「せ、赤色眼だと!? 無色眼がなんで属性魔力なんか使えるんだ!?」


 やはり無色眼が属性魔力を扱えることは、後の世代には上手く伝わらなかったらしい。


 俺は心優しく彼らに説明する。


「この時代の人間たちはまるで解っていないようだから教えるけど、無色眼は属性魔力の魔力経路が未発達の状態の魔力眼だ。だから通常魔力の極め方次第で未発達の属性魔力経路は活性化し、七つあるどんな属性魔力も使えるようになる。これを機にちゃんと覚えておいてくれよな」


 ロアンたちは未だに理解できないような顔でぽかんと口を開けている。


 俺は傍らで呆然と固まっている受付を見やる。


「これで受験条件はちゃんと満たしたから文句ないだろう?」


 それに対し、受付はあからさまに不満そうな顔で言った。


「……いいだろう。全員ついてこい。これから地下で試験を行う」



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無色眼使いのリスタート 〜元勇者が二周目の落ちぶれた世界で再び魔王を倒すために転生する〜 一夢 翔 @hitoyume_sho

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