第19刻:紅智%《アカサトパーセント》の危機なり【後編】

「気づかれた時は………ヒヤッとしたけど、全部終わりだと思ったら………大間違い」


 その口上を聞き、不意を突かれたと焦りが浮かんだ。水戸も絶句の表情で驚いていた。

 物陰から姿を現したのは、スマホの録画画面を表示させていた鏑木さんだった。


「盗聴器は囮。本命は録画機能だったから」


 …………しまった。

 という焦燥が顔に出ていたのか、鏑木さんは


「水戸君が二重スパイだったり紅智君が私たちのやってたことに思い至る可能性に関しては驚いたけど予想の範疇出てないし、どちらにせよ油断させたところを叩くつもりではあったから」


「……………」


 だいたい理解した。

 俺が綾黒に恋心を抱いてる現状であの演技を信じ込んだら平静を装おうとするとはいえ、確かに傷心すると思う。それだけで油断は狙えるし、今現在みたいに全部見抜いたと確信していた状況であれば、少しだけでも慢心が生まれる。

 そこを突くのは難しくないだろう。

 盲点だった。


「思いもよらないところ突いてきたな。けど、そこまでして俺の心を暴こうとしたのはどうしてなのか、聞いてもいい?」


「綾黒様のため」


「───」


 即答した鏑木さんの一言に言葉を失った。

 最近の俺からの綾黒に対する態度がおかしくなっていたことは分かってはいた。正直な話、綾黒が俺の気持ちに気づいたかもしれないという不安はあった。


 事実、鏑木さん達とこんなことをしていた以上、気づいてないにしても怪しんではいたんだと思う。

 でも、今回の件はそれだけでは終わらない。


「綾黒様は紅智君からの態度に悩んでたの。生徒会選挙以降から紅智君との距離が空いたことを、綾黒様自身が紅智君を意識しているからと勘違いするほどにはね」


「──は!?」


 まさかの事実に思わず声を張り上げてしまった。淡々と述べた鏑木さんだが、俺からすれば淡々と済ませていい話じゃない。勘違いだと分かっていても心はざわついてしまう。

 傍目に嫌味なぐらいニヤニヤする水戸が写る。

 すこしイラッとするが、直後の鏑木さんの発言により、意識は彼女に引き戻される。


「だから綾黒様への気持ちをはっきりしてほしかったの」


「……………」


 鏑木さん達がそう思うのも無理はない。むしろ思い悩む友達の力になろうとするのは当然だし、端から見て思わせ振りな態度を取っていた俺にも問題はある。

 けど、だからといって綾黒に気持ちを明かすという結論には至れない。

 俺の立場からすれば好意を抱く相手に意識しないでいるのは無理があるし、告白をするもしないも俺の勝手だからだ。


 相手に悩みがあるように、こちらにも葛藤がある。一方で、それを言ってしまうことにも躊躇いがある。

 大人しい鏑木さんが、大切な友達のために心から苦悩している。そんな表情をされては言うに言えない。


「……………」


 だからその結果として、だんまりとすることしかできなかった。


「………紅智君がその気なら、きっと綾黒様は受け入れる。バレても問題ないと思うけど」


「そこは俺もおふざけなしで同意見だな」


 鏑木さんの主張に水戸が便乗する。

 正直、俺が自意識過剰だけなのかもしれないけど、何となくはそんな感じがする。

 綾黒が俺を過大評価する悪癖は以前と変わっていないどころか、悪化してすらいることが根拠だ。

 けど、


「………だから駄目なんだ」


「………好きな人と付き合いたいと思うのは当たり前だと思うけど?」


 鏑木さんは当然のことを告げた。

 『好きな人と付き合いたい』という常識は大半の恋する人に当てはまるのだと思う。けど、


「それでも俺の綾黒への恋心は当たり前の範疇にはなかったんだろうな」


 大切だから関係を壊したくないように、好きな人が他の人に恋心を抱いていた時に自分の気持ちをしまってでも後押ししたいと思うように。


「綾黒は最近遠慮しがちだからさ、俺との関係に亀裂を生みたくないんだと思う。もしそうだとしたら、俺が告白すれば必ず綾黒は恋心なしにそれを受け入れてしまう」


 気づけば鏑木さんも水戸も黙って相づちを打っていた。二人からしても、分からない話ではないらしい。

 そしてそんな二人の肯定反応に後押しされ、俺は自分の思いを告げた。


「俺は、自分の独りよがりな気持ちが許容されるのが嫌なんだ。………あ、えっと、違うな。綾黒のことが好きだから、綾黒の本音を蔑ろにはしたくないんだ」


 せめて両思いでなければ、告白なんてできっこない。

 あくまですべてが仮定の話だが、真実である可能性があまりに高い以上、俺の心理的にも舞い上がってもおかしくはない。そんな一方的な気持ちに無理やりブレーキするためにも俺は恋心を悟られてはいけないし、封じなければならない。


「………なるほどね」


「案外深いな」


 水戸の無粋なコメントを無視し、俺は妥協案を提言した。


「………でも綾黒も鏑木さんも困ってることだし。すぐってわけにはいかないけど、今まで通り話せるように努力はしてみる。ひとまずは、それで許してくれないか?」


 鏑木さんは考え込む様子を見せた。

 けど、彼女の中で結論はついているのだろう。


「…………分かった。でも、努力はしてね」


「よかったな、紅智」


「………うん」


 とりあえずは秘密にしてもらえるようだ。

 と、思ったところで鏑木さんが俺に向けて人差し指を立てた。


「もう1つ」


「何? 秘密にする代わりの条件的な何か?」


 自分の都合のいい結果に何かが付け足されるとすれば、たまったものではないが交換条件になりがちだ。

 それにより、一抹の不安がこみ上げたが、それも杞憂なものだったらしい。


「──合格。もしも綾黒様のことを落としたくなったら協力して上げるし、紅智君なら綾黒様との関係も応援するから」


 そう言うと、鏑木さんは可愛らしい笑みをこぼした。

 俺も思わず渇いた笑いを浮かべる。


「あくまでそっちのスタンスなのね」


 大きな親切、多大なお世話。

 それでもあまりの無償な福利厚生に感慨深くなり、つい口調が軽快になるのも仕方がない。

 しかし、緊張感がほどけた俺に対して鏑木さんの空気は一転した。


「まぁ、もちろん傷つけたら容赦しないけど」


 最後の最後でガチトーンで警告をお告げになった鏑木さんは上履き底の爽やかな摩擦音を立てながらきびすを返していった。

 大人しくても腐っていて、とても綾黒教らしい。


「とりあえずは解決ってことでいいのか? これ」


 呆れ半分、お疲れムードに肩の荷が下りた。

 横でニヤつき、恐らくは人の告白を掘り返そうとしている嫌味な悪友の肩を叩き。


 俺は鞄を取りに教室へと戻った。



 * * *



 私、鏑木三春かぶらぎミハルは軽い足取りで玄関へと向かうと、約束の相手と落ち合って報告を行った。


「やっぱり私の自意識過剰でしたか」


 私の正面に佇むのは歩く世界一の絵画。

 その魅力は彼女という人間の要素すべてではあるが、強いて挙げるとすれば長い黒髪がしなやかに垂れるところが特に美しい。

 まさしく、不可侵の美貌と他の追随を許さない明晰さを兼ね備えてこの世に舞い降りた『絶世の美少女』。

 すなわち我々綾黒教の崇める女神、綾黒瑠璃あやくろルリ様だ。


「はい。しかし、完全に脈なしとは言い切れないかと思われます。綾黒様がその気になれば落とせると思いますよ」


「……っ、からかわないでください!」


 そんな綾黒様が慌てている様子はこの世界で一番可愛い。


「それはそれとして、綾黒様。状況上接触したのは仕方がなかったとはいえ、しっかり紅智君には誤魔化しましたが、何故いきなり紅智君の気持ちを?」


「…………そうですね。この機会ですし、話しますが、この話は紅智君には伏せてくださいね」


「はい」


 不穏な前置きを残し、綾黒様は私の予想をはるかに飛び越えた衝撃的な一言を口にした。


「紅智君の気持ち次第では、私の許嫁の筆頭候補になるからです」


「…………え?」



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紅智クロック(ふとした不幸の恋戻り《クロックバック》) 深紅ルベ @11410036253981555

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