第18刻:紅智%《アカサトパーセント》の危機なり【中編】

 小細工をしたのはトイレに駆け込もうとしたところだ。


 俺は急いで階段を駆け上がって、トイレに行く前に上から身を潜める水戸の様子の録画を撮れるように、音声を聞き取れるようにスマホを設置した。

 ちなみにこの時、背負っていた学校指定の通学鞄を駆使して巧妙に隠したので、万が一こっちに来ても俺本人がリアルタイムで直接盗み聞きしていなければ気づきようはないだろう。


 そして本当にトイレで数分待ってから、録画映像を確認するに至った訳だ。


 俺の見立てでは、きっと水戸はまだ渡り廊下にいる。何故なら、作戦が失敗したために次の布石を打つためだ。

 俺が真実を知らないという偽物のアドバンテージを駆使して。


 そして俺はそんな間を与えないためにすぐ渡り廊下に戻った。



「以上が俺の労した策だ。この動画を見てしらばっくれることはできないだろ」


「………………さすがだな。俺がグルだったところまで気づけなければ、まだやりようはあったんだけどな」


 証拠を突きつけて断言したが、まだ何か布石があるかもしれないとは思っていた。

 だが、水戸は驚くほどあっさりと認め、俺の懸念は杞憂に終わった。


「よくよく考えてみれば、お前運動部に入ってないもんな。今思えば鏑木さんに制服を貸してたなら納得だ」


 確かこいつは将棋部だったはず。

 綾黒と接した影響か重い百合属性に目覚めかけている鏑木さんが男子に協力を仰ぐとは思えないが、そういう俺の認識を突いてこようとしたのならまぁ理解はいく。


 しかし、果たしてそこまで深読みする手間をかけるのだろうか。


「…………なるほどな」


「それだけじゃない。鏑木さんの格好からして変だった。夏なのに厚着だし、帽子被ってたし。何より男装してた時も女声だと思ったし。

 帽子は髪型を隠すため、厚着は体のラインを隠すため。でも、声帯だけは誤魔化せなかったってところか」


「それを聞くと今回の件はやっぱり結構穴だらけだったんだな」


 俺が説明を加えてもリアクションが薄いところをみる限り、詰めが甘い部分は水戸も分かってはいるようだ。

 ぶっちゃけ火を見るより明らかだが、俺の綾黒への気持ちが知りたかったというのが目的のようだ。


 なぜ、こんなに遠回しで回りくどいやり方をしたのか、そしてその動機など腑に落ちない点は多い。


 そのことを推察する前にまずは水戸の行動の意図を問いただすべきだろう。


「…………まぁ、それはそれとして。どうして水戸は鏑木さんに協力的したんだ?」


「……………う」


「つーかお前には綾黒への気持ちは話したはずだよな? もし本当に目的を果たしたかったならそれをバラせばいいだけだと思うんだけど………」


 証拠はない時でもその手の話題はフェイクニュースのようにすぐに信じられ、広まるのが早い。本人の弁解など信じず、根拠のない悪評を拡散するという人間の闇がこんな身近にあるものだ。

 非常に嬉しくないお手軽感が満載だが、比較的フェイクニュースと比べれば洒落にはなる。


 今回の水戸は俺の好意を綾黒達に密告すればいいだけだったが、先ほどのやり取りからして鏑木さんから直接聞き出すよう指示されたわけではないらしいし、水戸もそうはしなかった。


「…………………まぁ、おかげでバレなかったんだからいいじゃねぇか」


 俺からすれば明らかに不自然だったからこそ問いかけてみたのだが、開き直っていた先程とは打って変わり、唐突に水戸は茶を濁した。


 終わり良ければすべて良しみたいなことを言ってるが、そちら側の計画を知らない身としては不安しかない。


 とは言え、一つ確信が持てたとすれば。


「まぁ、水戸が二重スパイをやってくれてたのは分かるよ」


 鏑木さん達の手の内は明かす割には目的達成に合理的な手法を用いていない。人の気持ちを暴こうという無神経なことをしようとしたなら、最後まで無神経を貫けばいいだけなのに何故かそうしなかった。

 動機を聞かれて答えられないようなら尚更だろう。


 しかし、俺が二重スパイと断定した理由は上記の2つだけでは足りない。

 やはり決定打となったのは水戸との交流を重ねたことだろう。


 水戸結城の人間性は毒舌家の本領を発揮し、常日頃から人をからかい楽しむ。だが、言っていいことと悪いことの一線はしっかり引いている。

 悪の美学と言ってしまうには高尚すぎるが、ただのクズとは違う。


 欠点を矢面に立たせる人物は本音が見えやすい。そういう点で言えば信頼に足る人物ではある。


「…………ま、お前の気持ちを聞いてみて、バラさない方がお前のことをからかえて面白そうだと思っただけだけどなw」


「───あ?」


 ──前言撤回、とまではいかなくても一発殴りたくなる人物であることは確かだろう。

 本心でないのは一目瞭然だが、言い回しがいちいち腹立つ。


 けど、あくまでここは冷静に状況確認に励むべきだろう。鏑木さんサイドにいたとしても、二重スパイであっても、それぞれ腑に落ちない点があった。

 だから今度は後者の場合に成立する根本的な疑問をぶつけた。


「………でも、二重スパイをやってたなら俺にも伝えてくれればいいのに」


 俺にも伝えなかったのにはどんな意味があったのか。

 いくら行動を監視されていたとしても、放課後になれば鏑木さんも場面のセッティングに追われて水戸を見張っている訳にもいかなかったはずだ。

 少なくとも、放課後にはネタばらしをする時間があったとは思う。実際、綾黒への気持ちを肯定してしまったとはいえ、鏑木さん達には伝わっていなかった訳だし。


 だが、質問を受けた途端に水戸が遠い目をした時は経緯が大分ヤバかったんだな、と察してしまった。


「あぁ、それについては俺も想定外があってな。まさかこんなもん使うとは思ってなかったから、さすがの俺でも戸惑ったわ」


「──それって………何だソレ?」


 水戸の差し出した手に乗せられていたのはごく小さい黒の円盤。

 思わず心当たりのあるような反応をしてしまったが、改めて見ると全然知らないものだった。


「…………てっきり盗聴器かと思ったんだけど、違ったか」


「いや、これ盗聴器なんだが。まさか知らなかったのか?」


 ………え、これ盗聴器だったの?

 などと、馬鹿正直に呟きかけた。危ねぇ。いや、手遅れだけどさ。


「…………まぁ、見る機会ないし」


「………ハァ、お前。知っといて損はねぇぞ」


 俺のソクラテスぶりに呆れ果て、心理的余裕がなくなったのか、水戸は珍しくも毒舌を吐かなかった。

 けど、盗聴器なんて知らない人の方が多いんじゃないかな………とは思う。


 溜め息を吐いて気を取り直した水戸の説明によれば、俺が土樹君に呼び出されている昼休みに金田さんと泉さんから協力を申し込まれたらしい。盗聴器を受け取ったのもそのタイミングだと言う。


「今はオフにしてあるが、物陰に隠れた時点で盗聴器をオンにすることを事前に言われてたから迂闊なことはできんかった。向こうが紅智がいると断定したのも盗聴器が理由だ」


「…………なるほどね。……うん、その盗聴機をもう少し便利に活用しろよ、とか思ったんだが」


 これでほぼすべての状況確認が完了した。

 そんな安堵感が浮かび、ついポロリと呟いた一言。


「──うん。だからさせてもらったけど?」


 その一言に思わぬところから返事が返されるとは、思いもしていなかった。


「「───!」」


「気づかれた時は………ヒヤッとしたけど、全部終わりだと思ったら………大間違い」


 その口上を聞き、不意を突かれたと焦りが浮かんだ。水戸も絶句の表情で驚いていた。

 物陰から姿を現したのは、スマホの録画画面を表示させていた鏑木さんだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る