第46話 山賊さん

 

 四十六



「あれから全く出なくなったな、ゴブリン」


「確かにそうですね、クリス。ですが、油断は禁物ですよ?」


「確かにノルドの言う通りだ。冒険者とは、常に気を張って生きる者の事を言うんだぞ? かく言う俺も常に気を張ってる。お前達生徒を守る為にな!」



 先頭を歩くレイド先生達からそんな会話が聞こえて来ました。油断は禁物とか、気を張ってるとか言ってますが、どうやら完全に気が抜けてますね。その証拠に時おり欠伸あくびをしてます。目には涙も浮かんでますね。どれだけ気を抜いてるですか、まったく!



「それにしても暇ですぞー。ミサト殿……この際だから、二人きりで山岳デートに洒落込むとするですぞ!!」


「アホな事言ってるんじゃ無いニャ! あたしはユーリちゃん一筋なんだニャ!! ネコーノはどこぞの山猫と付き合えば良いニャ!!」


「なるほど……! その手があったですぞ!!」



 ボクの前を歩くミサトちゃんとネコーノ君も気が抜けてる様です。いつも通りの求愛に、いつも通りのツッコミ。平和な雰囲気に思わずほっこりしそうです。

 しかし、ネコーノ君は本当に山猫でもオッケーなんですかね? いくら猫好きとは言え、さすがに人間を相手にした方が良いと思うですが……。ま、人それぞれですね!



「よーし、今日はこの辺で野営にすっぞ! 準備しろ、お前ら!!」


「「「「「はいっ!」」」」」



 ボク以外の全員が気を抜いた状態で歩き続け、気が付くとあっという間に夕暮れです。ボクも気が抜けてますね。てへっ!


 初日はテントを張るのにも手間取っていたボク達ですが、さすがに何日か野営を経験すれば慣れたものです。ものの10分程でテントを張る事が出来ました。

 ちなみにレイド先生は、ボク達のテントの隣に小さいテントを張ってます。大きさから一人用テントですかね?

 むしろ、そのテントをボクとミサトちゃんで使わせてもらいたいです。体の小さなボク達女性陣ならば、大人の一人用テントでも充分に寝られるです。あわよくば、ペロペロをする事も……って、しないですよ? さすがに!


 それはさておき、野営の準備が整った後――



「今日からは俺も一緒に見張りをする。六人で一つのパーティって事だな。それで、最初の見張りは俺がやろう。時間が来たら、次はクリスとノルドで、その次はネコーノとユーリ。最後はミサトと俺だ。見張りについて、意見のある奴は居るか?」


「はい!」


「何だ、ユーリ?」


「ボクはミサトちゃんとが良いです!」


「それは僕も同じですぞ! 僕はミサト殿と見張りをしたいですぞ!」


「あたしもユーリちゃんと見張りをしたいニャ!」



 レイド先生が決めた見張りの組み合わせにボクが意見をしたら、ネコーノ君も口出しして来ました。

 ボクとしては、ネコーノ君は見張りの前に山猫を見付けたら良いと思うです。それで、捕まえたその山猫と仲良く見張ってくれれば、ボクはミサトちゃんと仲良く見張りが出来ると思うです。……我ながら良い案だと思うですが、どうですかね?



「却下する。現在のパーティリーダーは、当然俺だ。そのリーダーが実力やバランスを考えて決めたんだから、黙って従え。それを踏まえ、改めて聞くぞ? 意見はあるか?」


「「「「「ありません!!」」」」」


「分かった、見張りはこれで決まりだ。ああ、それと、俺のテントはユーリとミサトで使っていい。その方が都合いいだろ? それじゃ最初の見張りは俺だから、お前らはとっとと寝ろ!」


「「「「「はい!」」」」」



 ――と、ダストさんから提供されたオーク肉の串焼きを食べ終えた所で、そんな話がありました。残念ながらボクの要求は通らなかったですが、これも授業の一環なので、大人しく従うとするです。まぁ、ボクが結界を張ってる以上、夜の見張りなんて必要ないですが。

 ちなみに、寝てる間も結界を維持し続ける事は出来ます。これも試練のダンジョンでの経験が活きてますね。

 その方法ですが、それは至って簡単。寝る前に、維持してる結界へと過剰に魔力を与えるだけです。一晩ならば、結界を張る時に使った魔力のだいたい二倍くらいですかね? それだけの魔力を、さっきのレイド先生の話の時に結界へと与えておきました。


 ともあれ、ボク達はそれぞれ身体を拭き終え、見張りの順番が来るまで眠りに就きました。



「ユーリ。起きろ、ユーリ。交代の時間だぞ?」


「う、うーん……後、五分寝かして欲しいですぅ……むにゃむにゃ……」


「起きろ、ユーリ! 交代だって言ってんだよ!」


「うるさいニャ、クリス! もっと静かに起こせニャ! ……ユーリちゃん、交代の時間みたいニャ」


「うぅ……分かったですぅ……」



 寝たと思った瞬間、クリス君に起こされました。それにしても、もう見張りの時間ですかね? めんどくさいですぅ……。

 眠い目をこすりながら、渋々ボクはテントから外へと出て、クリス君とノルド君と見張りを交代しました。



「ミサト殿ー! ハッ!? 夢か……! せっかく、僕の愛にミサト殿が応えてくれたと思ったのに、夢だったとは切ないですぞ……」


「寝惚けてないで、早く見張りをして下さい。僕だって眠いのですから」



 ネコーノ君とレイド先生が寝ているテントから、そんな会話が聞こえました。しかし、夢の中でどんな展開が繰り広げられてたんですかね。ミサトちゃんがネコーノ君の愛に応える夢……きっと逆夢ですね!



「よろしくですぞ、ユーリ殿」


「よろしくです、ネコーノ君! ボク達でしっかりと見張りをするです!」


「分かってますぞー」



 ネコーノ君がテントから出て来て、焚き火の前でそんな会話をするボク達。何だかネコーノ君にヤル気が感じられないです。

 どちらにせよ、ボクもネコーノ君との見張りは不本意なので、このままボーッと見張りをするです。結界のお陰で、どうせ何も起きないですし。



「所でユーリ殿、ユーリ殿はどうして冒険者を目指してるのですぞ?」



 焚き火をボーッと見詰めながら、ネコーノ君は珍しくボクに話し掛けてきたです。さすがに無言のままだと、ネコーノ君も寂しく感じたんですかね。



「ボクが冒険者を目指してるのは……失った記憶を取り戻す切っ掛けになれば良いなって事と、この世界の謎を解明する為に目指してるです!」



 ついつい忘れがちな記憶喪失の設定を思い出しつつ、ボクはネコーノ君へと答えました。大丈夫です、まだ覚えてますよ!



「なるほどーですぞ。僕が冒険者を目指しているのは、力を付けて、トキオの街を守りたいからですぞ。父上も若い頃冒険者として活動して、それで力を付けて領主を継いだって言ってたですぞ。僕は、父上を超える領主になるのが夢なのですぞ」



 何故冒険者を目指すのか、というネコーノ君の問い掛けから始まった会話で、まさかネコーノ君の夢を聞くとは思わなかったです。以前聞いた夢の話だと、トキオの街を猫の楽園に作り変えるとか何とか言ってたですが、実際はしっかりとした夢を描いてたんですね。

 その夢をミサトちゃんに真面目に語れば、もしかしたら振り向いてもらえたかもしれないのに、何故それをボクに語るのか、不思議です。まぁ、今のミサトちゃんを見るとその可能性は無さそうですが。



「そろそろ時間ですぞ! ミサト殿ー! 交代の時間ですぞ! 僕が愛を込めて起こしてるのだから、応えて欲しいですぞー!」



 少しだけネコーノ君を見直しましたが、前言を撤回するです。……アホです。



「うるさいニャ!!!!」


「ぐはぁっ、ですぞ!」


「ユーリちゃん。見張り、お疲れ様ニャ」


「後はよろしくです、ミサトちゃん!」


「任されたニャ!」



 テントから出て来たミサトちゃんは背伸びをすると、軽く気合いを入れました。ネコーノ君に華麗なフックをかました事は見なかった事にするです。


 それはともかく、ボクはテントの中に入って再び眠りに就きました。朝まで後少しですが、おやすみです。



「よーし、出発!」


「「「「「はい!」」」」」



 日が昇り、串焼きと黒パンの朝食を食べてテントを片付けた後、レイド先生の号令でボク達は山越え二日目をスタートしました。

 季節は夏真っ盛りですが、さすがに山の早朝という事もあって、気温は快適そのものです。まぁ、快適なのは結界の中の事ですが。多少標高があるブダイ山とは言え、ジリジリとした夏の陽射しは熱いですし、太陽が中天に差し掛かる頃は暑いです。

 ボクが張っている結界『氷結結界フリーズバリア』は、触れた物及び者を瞬時に凍結し、そして即死させるものです。当然、結界内部は安全ですし、夏の暑さからも守ってくれます。

 半径500mの範囲に張っている為、若干結界内部の気温は上がりますが、それでも快適な気温は保っています。ボク、密かにファインプレーしてます!


 そんな感じでブダイ山を越える為に歩いてますが、魔力探知に反応がありました。どうやら進行方向にて、結界に近付く人間がいるみたいですね。恐らく山賊さんだとは思うですが、もしも普通の冒険者や旅人だったら大変なので、一旦結界を解除するです。……解除しました。



「何だか、急に暑くなってきたニャ……!」


「確かに!」


「夏、ですからねぇ」


「暑いですぞ!」


「冒険者として活動してればこんなのは普通だぞ? むしろ、夏の暑さも涼しいくらいだ! 依頼で火山に行く場合はもっと熱いんだから、こんくらいで音を上げるんじゃ無いぞ?」



 さすがレイド先生です。全く動揺すらしないですね!


 それはさておき。


 問題の人間ですが、後30分程でボク達と接触する筈です。10人程ですかね。前方からボク達の方へと近付いて来てます。いったい、どんな人間ですかね?

 などと思いながら、進む事30分。予想通りに人間達と遭遇したです。



「た、助けてくれぇ!」

「大人しくする! こんな所で死ぬのは嫌だァ!!」

「あんな……あんな死に方は嫌だ……」

「お、恐ろしい……。ゴブリンキングが……一瞬で氷漬けに……」



 目の前に現れたのは、山賊さん達でした。それも、口々に助けを求めたり、何かに怯えたり。中には涙を流して祈る男もいますね。



「見た所……お前ら山賊だな? 新手の策略か? 怯えたり助けを求めたりして相手の油断を誘い、隙を見せた所で後ろからバッサリか?」


「さ、さすがレイド先生だぜ……! 俺はそこまで考え付かなかった!」


「僕には本当に怯えてる様にしか見えませんが、確かにその線も考えられますね。……クリスはもう少し考える様にして下さい」



 ボクもノルド君と同じく、人間達……山賊さん達が怯えてる様にしか見えません。それもレイド先生が言う様に、ボク達の油断を誘う山賊の策略ですかね。

 とにかく、ここはレイド先生に任せるとするです。ボク達では経験不足ですし。



「ち、違う! 本当に助けて欲しいんだよ! 何なら、俺たちを縛ってくれてもいい……! あんな死に方はゴメンだ……」


「……分かった。縛らせてもらおう」


「ありがとう……!」


「但し! 縛った後、お前達が助けを求める原因となった場所に案内してくれ。もしも凶悪な魔物が現れたとなれば、それを確認したい」


「ひいぃぃぃ!? い、嫌だァ! あそこには近付きたくもない……」

「あ、あんたらだって死にたくねぇだろ!? 悪いこたぁ言わねえ、行ったら死んじまうぞ!」

「ゴブリンキングだぞ? あのゴブリンキングが一瞬で氷漬けなったんだ……! あんたも強そうだけど、ゴブリンキングを一瞬で倒せるか? 無理だろ!? そのゴブリンキングが、一瞬で氷漬けになって死んじまったんだぞ!?」


「それでも、だ。原因を知っておかねぇと対処のしようもねぇ。ギルドが緊急依頼を出すにしても、先ずは冒険者などの目撃情報が必要だ。そして俺は、冒険者学園の講師であると同時にBランクの冒険者だ。俺には確認する義務があるんだよ!」



 会話の内容から、恐らくボクの結界に触れたゴブリンキングを含むゴブリン達の死に様を見た山賊さん達が、次は自分達が一瞬で氷漬けになって死ぬと思い、そして助けを求めて来たって事みたいですね。

 原因を知ってるボクからすればとんだ茶番ですが、本人達は至って真面目です。と言うか、ボクが原因です。死んでも言わないですが。



「ユーリちゃん? さっきからソワソワしてるけど、スラさんが付いてるんニャから我慢しニャいですれば良いニャ」


「違うです! た、確かにしたいですけど……」


「? 変なユーリちゃんだニャ……?」



 ボク……ビビりなんですかね? バレたら拙いって思った事で、知らずにソワソワしてたなんて。ポーカーフェイス的な事を覚えないとダメですね……。


 あ、魔力探知に反応があるです。どうやら山賊を追っていたオーク達みたいですね。

 おや? オークキングも含まれてますね。このままだとボク達の所まで来てしまうので、山賊さん達も近くに居ますし、再度結界を張っておくとするです。



「……『氷結結界フリーズバリア』」


「ニャ? 何か言ったかニャ、ユーリちゃん?」


「何も言ってないですよ? あ、小さい方はしたです!」


「お、大きい声で言っちゃダメだニャ! 漏らしたと思われるニャ……!」


「は、はいです……!」



 結界魔法を誤魔化す為にスラさんに用を足した事を言ったですが、ミサトちゃんに注意されたです。レイド先生やクリス君にノルド君は、山賊さん達に気を取られているので聞いてなかったみたいですが、ネコーノ君は聞こえてたのか、チラチラとこちらを見てるです。心做しか顔が赤いので、バッチリ聞いてたみたいですね。少し恥ずかしくなったです。……ホントにしましたし、お小水。



「とにかく、俺たちをそこへ案内してくれ。もちろん、危なくなったら守ってやるし、勝てない魔物が現れたらお前らを守りながら逃げる。それならば問題ないだろ?」


「あ、ああ……。正直気が引けるが、守ってくれるってんなら案内する……。ホントに守ってくれよ?」



 ボクが結界を張り直し、お小水についてあーだこーだ言ってる内に、レイド先生と山賊さん達との話はついたみたいです。

 レイド先生は自らのマジックバッグから一本の長いロープを取り出すと、全員の両手と腰を結び合わせて繋ぎました。見た感じ、さながら電車ごっこを見てるみたいです。

 ですが、山賊さん達全員が両手と腰を縛られて繋がれてるので、どうやっても逃げられない状態です。まだ習ってませんが、その技術もその内学園で教えてくれる筈です。

 こういう犯罪を犯した人間を捕らえる事も、冒険者としては避けては通れない事なので、その授業を受ける時は真剣に学びたいと思いました。



「よし、出発だ! 先頭は俺だ。山賊連中も俺がロープを引く。クリス達は後ろから山賊に怪しい動きがないか、それを注意しながら着いて来い」


「逃げねぇよ……逃げたら死んじまう……」



 そんなこんなで山賊さん達を連れて出発しましたが、とにかくボクもレイド先生に言われた通り、山賊さん達に注意を向けたいと思うです。もしかしたら、本当にボク達の隙を狙ってるかもしれないですし。


 ともあれ、ボク達は山賊さん達を連れて、ゴブリン達が凍り付いて死んでいる場所へと向かうのでした。

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