第33話 目覚め、再び

 

 三十三



 ――これは、夢……ですかね?


 ボクのローブの裾を掴み、キャッキャッと笑う四人の幼い子供達。その子らを見詰めるボクの表情も自然と笑みが浮かんで来るです。

 ですが同時に、愛しい達を見詰めるボクの三つの目からは、涙がとめどなく零れ落ちて行きます。


 幸せな時間が長く続かない事を知ってるかの様に――。




 ☆☆☆




 どれ程気を失ってたのか。辺りに漂う生臭さで、ボクは意識が戻ったです。



「……う……う〜ん……。夢……?」



 何だか……とても切ない夢を見てた様な気がするですが、目覚めと同時に忘却の彼方へと消えました。


 ……夢って、覚えて無いですよね? 当然、ボクもです。無理に思い出そうとするとモヤモヤするので、ボクは気にしない事にしてるです。……どうせ思い出せないですし。


 夢はともあれ、強烈な痛みを伴う力の上昇が落ち着いてる所をみると、あの異形の男が言っていた『力の継承』はどうやら終わったみたいです。



「……死んだ……なんて事は無いですよね? ここは……?」



 感覚がある以上死んだなんて事は無さそうですが、自分の身体に異常が無いか、しっかりと動かせるかの確認をした後、自分がどこに居るかの確認の為に目を開けました。するとそこは、あの異形の男が居た漆黒の空間ではなく、どこか見覚えのある、仄かに光る洞窟の広間でした。



「ここはもしかして……オークが三体居た、試練のダンジョンに転移する前の広間ですか!? どおりで生臭い訳です……」



 ボクはどうやら、三体のオークが居た広間の中央付近で横になってた様でした。不思議な事に、オークの血の海を避ける様にして。



「しかも、何故にオークの死体がそのままです!?」



 食料確保の為にお腹のお肉を切り分けたオークも、風属性魔法の『疾風の刃ウィンドカッター』で縦に切り裂いたオークも、両肩を両断されて失血死したオークもそのままの状態でそこに在りました。そして、転移する時の暴風や魔力の圧による損壊もオークの死体には見られなかったです。ここは一応ダンジョンなので、多少時間が経てば粒子となって消えるはずなのに。試練のダンジョンの中でもそうだったので、間違いないです。



「お腹が減って、オークを倒して、それを焼いて食べようとした所で空腹で気を失った……って事ですかね?」



 状況だけを見ると、誰もがボクの言う通りだと思うはずです。中には、オークの死体を見て気を失ったって言う人もいるでしょうが。



「だとしたら、今までの試練は壮大な夢だった? いや、それにしてはリアル過ぎです。しかも、身体の中から湧き上がって来る恐ろしい力に説明が出来ないです」



 だとすると、あの『1』から『12』までの数字はやはり『時』に関する物で、試練をクリアするのに要した期間の三ヶ月も実際は一秒も経ってなかったって事ですかね? 何だか、頭が混乱して来たです。


 もう一度最初から考えてみるです。


 三体のオークを倒した後、何故か広間の中心に転がってた水晶に触れた瞬間、ボクはあの試練のダンジョンに飛ばされました。

『12』の試練の間……初めはただの小部屋でしたが、そこで目覚めたボクは、そこから三ヶ月の時を掛け、『1』から順に攻略していったです。再びの『12』の試練の間まで。シュテンやアクアを召喚して行動を共にしながら。

 そしてついさっき……かどうかは気を失ってたので分からないですが、とにかくさっきの出来事。あの異形の男が漆黒の闇となってボクに吸収されて、そこで意識を失ったです。で、気が付けば、三体のオークを倒した直後の時と場所に戻って来た……って事ですね。


 と、なると……鍵はあの異形の男って事です。


 改めて思い出してみると、あの男の顔は、男だった時のボク……シヴァちゃんと融合する前のボクにどこか似てる気がするです。声は違ったですが。

 そしてその声。あの聞いた事のある幼い少女の声は、あれは間違いなくシヴァちゃんの物でした。口調もです。

 つまりあの試練のダンジョンは、シヴァちゃんがボクの為に用意した『力の継承』を目的とする物だったという事ですか! しかも時を戻すなんて……!


 実はシヴァちゃん、とんでもない神様だったんじゃ……!?



「って言うか、に戻ったならば、ホーンラビットを狩ってないとは言え、終了時刻までに戻らないとレイド先生に怒られるです!」



 その事に気付き、急いでその場を後にするボクは、起きて立ち上がった勢いそのままに走り出しました。



「えっ!? ぶぎゃっ!!」



 勢い良く、壁に激突しました。



「痛いですぅ……」



 いつも通りに走り出したはずなのに、驚く程に身体が軽く感じられ、アッと思った時には既に壁が目前に迫ってました。どうやら、基礎体力ですらとんでもなく上がったみたいです。一瞬で20mの距離を詰められる程に。


 今ならば、昔漫画で読んだアレが出来そうです……! 「俺は人間を辞めたぞ、ジョ〇ョ〜っ!!」なんて叫びながら貴族の屋敷を破壊。憧れますね♪


 そんなくだらない事を妄想しながら壁にぶつけた鼻を擦り、その痛みに涙を流しつつも今度は走らずに急ぎ足で歩き出しました。時が戻ってる以上このダンジョンに入ったのは数時間前になるですが、ボクの中では三ヶ月も前なので、遠い記憶を思い出しながら出口へと向かいます。

 一つ目の分岐路を右へと曲がり、次の分岐を左へ。どうやら道順は合っていたらしく、途中からダンジョン特有の仄かに光る壁は無くなり、ホーンラビットが掘ったと思われる巣穴の土壁に変わった事にホッと一安心しました。



「……本当に出られたんですよね? ダンジョンから……」



 巣穴から外へと出ても、ボクは素直に信じられませんでした。試練のダンジョンでの出来事(『3』の試練)はトラウマになってしまったみたいです。

 それはともかく、巣穴から出ると辺りは夕暮れ。空は既に、郷愁を誘う茜色に染まっていました。



「と、とにかくレイド先生の所に戻らないと! 確か……あっちですね! あっちから人間のがするです!」



 匂いを頼りにそちらへと駆け出します。トキオ草原にはぶつかる物も無いので全力で走り出したです。

 時間にしておよそ五分。匂いが強くなったので走るのをやめ、そこからは歩きに変えました。今のボクは昔流行った歌の様に、走り出したら急には止まれないです。レイド先生達にぶつかったら大変なので、これも危険予知による回避行動ですね。


 ボクは学ぶ子、ですよ? ヤンチャだった昔はともかく。


 ともあれ、そこから少し歩くと腰丈迄ある草も短くなり、レイド先生達の姿も見えて来ました。久しぶりのみんなの姿に、思わず涙も流れてきたです。



「ちょっと待つニャ!」


「こ、この声は、ミサトちゃん……! あ”い”だがっだでずぅぅぅ〜っ!! (会いたかったですぅぅぅ〜っ!!)」



 レイド先生達の姿を視界に捉え、流した涙を袖で拭いながらみんなに声を掛けようとしたら、背後からミサトちゃんに声を掛けられました。ミサトちゃんが風下から近寄っていた為、匂いでは気付かなかったです。

 そのミサトちゃんを見て懐かしさが込み上げ、感極まったボクは、涙腺を崩壊させながらミサトちゃんへと抱き着いてしまったです。



「ニャッ!? いったいどうしたって言うニャ!?」


「うわぁぁぁ〜ん……うえぇぇぇん……」


「よしよしニャ。ニャんだか分からニャいけど、泣きたい時は泣けば良いニャ」



 ミサトちゃんに抱き着いたまま泣きじゃくるボクに対し、目を白黒させながらも優しく頭を撫でてくれるミサトちゃん。ミサトちゃんからしたら数時間前に別れただけなのに、何故「会いたかった」と泣かれるのかは分からないはずです。にも拘わらず、ボクを優しく受け止めてくれるなんて。


 ……これは脈あり、ですね……!


 若干、よこしまな事を考えつつもミサトちゃんの温もりを堪能し、改めてミサトちゃんがボクを呼び止めた事を聞きました。もちろん、泣き終わってからです。……邪な事を考えた辺りで涙は止まってましたが。



「ところで、何でボクを呼び止めたです?」


「そ、それは……こ、これをユーリちゃんにあげる為ニャ……! そ、その……受け取ってくれるかニャ……?」



 ボクの問い掛けに対し、何故か頬を赤らめてモジモジしながら答えるミサトちゃん。その手には革で出来た袋が握られてました。


 これは……袋をくれる、という事ですかね? それとも、袋の中身をくれるという事ですかね?


 ……などと考えていたら、ミサトちゃんはその袋の中に手を入れ、ボクにあげると言った物を取り出しました。



「ふぁっ!?」


「ユーリちゃんはきっと、ホーンラビットを狩れないと思ったニャ……。だ、だからあたしがユーリちゃんの分まで狩ったニャ。受け取って欲しいニャ」



 ミサトちゃんが袋から取り出した物。それは子牛程の大きさがある、額から一本の鋭い角を生やした兎さんでした。つまり、ホーンラビットです。

 そのホーンラビットには首に切り傷があり、それが致命傷の様です。更によく見ると、しっかりと血抜きもされているらしく、傷口の周りの毛に乾燥した血が僅かに付着してるだけでした。これなら担ぎあげても汚れる心配は無いです。まるでプロの仕事ですね!


 ……と言うか、まさかミサトちゃんが持つ袋はマジックバッグですか!? いや、どう考えてもそうとしか思えないです!

 ボクは無限収納が出来る【黒神】を持ってるからホーンラビットを狩っても問題なかったですが、そんなマジックアイテムをミサトちゃんは何故に持ってるですかね? 聞いてみるです!



「ミサトちゃんが何故にマジックバッグを持ってるです?」


「何故って……みんながホーンラビットを狩るのにそれぞれ別れようとした時にレイド先生が渡してくれたニャ。学園からの貸し出しって事で。ユーリちゃんにも渡そうとレイド先生は声掛けてたニャ。でも、その声が聞こえてニャかったのか、ユーリちゃんは行ってしまったニャ」


「何ですと!?」



 あの時は確かお腹が減ってて、ボクの料理が壊滅的に下手くそだという事で悩み、それで黒神の中に果物が入ってた事を思い出してた気がするです。つまり、考え事をしてたという事。

 それならば聞こえなくても仕方ないですね♪ ……やはり大至急悪い癖を直さないとダメですね。



「ところで……受け取ってくれないのか……ニャ」



 マジックバッグ云々についてやあの時の事を考えていたら、ミサトちゃんが俯き気味にそうポツリと呟きました。心做しか涙声の様な感じです。

 その様子にボクはハッとしました。また思考の中に沈んでたみたいです。



「喜んで受け取るです! ありがとです、ミサトちゃん♪」


「よ、喜んでくれて、あたしも嬉しいニャ♪ そ、それでニャんだけど……あ、あたしと仲良くなって欲しいニャ……。あ……! と、友達としてって意味だニャ!」



 ミサトちゃんを悲しませない様に、出来るだけ明るく応えました。どうやらミサトちゃんもボクの反応に喜んでくれたみたいです。だけど、何やら意味深な発言が。

 仲良くなって欲しいと言われても、ボクとしては既に仲良しのつもりです。なので、その後の友達としてって言葉に違和感を感じました。


 これって、もしかして……告白ですかね? だとしたら、すっごく嬉しいです♡


 しかし。

 いやいやいや。まさかまさか。

 元おっさんのボクとしては女の子同士、しかもボクが惚れてる女の子とは”あり”ですが、ミサトちゃんは普通の女の子です。しかも、ミーナさんにがあるから注意しろって言う程です。

 つまり……ミサトちゃんからの告白なんて勘違いするのも、きっと三ヶ月もの間ボクが人間に会えなかった事の弊害ですね!


 さて。



「よっこいしょ!」


「ニャッ!? お、重くないのかニャ……!?」



 黒神に収納すれば良いですが、ミサトちゃんから聞いた「マジックバッグを借りた」という言葉でそれは不味いと思い、ホーンラビットを肩に担ぎ上げました。掛け声が少しおっさん臭いですが、そこは仕方ないです。元おっさんですし。

 そんなボクに対し、ミサトちゃんは重くないのかと驚いてます。

 そう言われてみれば、確かにボクみたいな女の子が50kgはあろうかと言うホーンラビットを軽々しく肩に担ぐのは変ですね。ですが、ほとんど重さを感じないくらいに軽く感じるです。それこそ、1kgくらいの物を持つくらいに。


 ……やらかした、ですかね?


 せっかくミサトちゃんから友達として仲良くして欲しいって言われたのに、あまりに常識外れな事をすると、気持ち悪いって嫌われてしまうです。何とかして誤魔化さなければ……!



「じ、実は……あの、えっと……あ、そうです! ボクの着てるローブ、どうやら力をアップさせる効果があるみたいなんです!」



 ……実際は違うです。このローブ【女神の羽衣】の本当の効果は、マナを込める事であらゆる攻撃からのダメージを一定以下無効にしてくれるというものです。どちらにせよ言えないですが。



「ニャんだ。あたしはてっきり、あたしと同じくらい力持ちかと思ったニャ。あ、レイド先生に気付かれたニャ! あたしがユーリちゃんにホーンラビットをあげたってバレないうちに早く行くニャ」



 ホッ。何とか誤魔化せたみたいです。


 しかし……これは一度、自分の力がどれ程の物かを試さないと不味いですね。実際、壁に激突してますし。

 だけど、力の継承でこんなに変化するとは思わなかったです。明らかに人間離れしてるです。さっきの妄想じゃないですが、人間を辞めた感じです。シヴァちゃんが神様だから、そのシヴァちゃんと融合したボクも神様と言っても過言では無いですが。

 ボクの記憶が確かならば、明日は学園はお休みのはずです。明日は自分の力を調べてみるとするです。



「ユーリちゃん? 行こ?」


「あ……はいです」



 数歩進んで、ボクが着いてこないからと振り向き、不思議そうに言葉を掛けてくるミサトちゃん。どうやら、再び思考の中に沈んでたみたいです。……早く直さねば!


 すぐさまボクはミサトちゃんに追い付き、二人で仲良くレイド先生達の所へと戻りました。



「ユーリ、お前……!? ま、まぁいい。よーしっ! 全員集まった様だな! それじゃ、課題を達成出来たか見せてみろ!」



 子牛ほどもあるホーンラビットを肩に担いだボクを見た瞬間、レイド先生は呆気にとられた顔をしました。軽く流しましたが、やはり驚くですよね、ボクみたいな体の小さい女の子がそんな物を担いでいるのは。……クリス君達もボクのその姿に呆気にとられてますし。


 ともあれ、全員が学園から借りたマジックバッグからホーンラビットを取り出し、それぞれの成果を披露しました。



「一番デカいのは……ノルドの様だな。次いでネコーノ。三番目はミサトと僅差でユーリで、四番目はミサト。それで最後はクリスだな」


「僕が一番ですか。頑張った甲斐がありました」


「この僕が二番ですと!? もっと良く見て欲しいですぞ! 角の長さも入れれば、僕が一番ですぞっ!!」


「くっ!? 俺が……ビリ、だと!?」



 それぞれのホーンラビットを比べ、評価を下すレイド先生。クリス君やネコーノ君はその評価に不満があるみたいです。やはり男の子ですね、大きさにこだわるなんて。


 ……ボクです?


 ボクはミサトちゃんからの頂き物なので文句なんて無いです。それに、女の子の身体になったからか、男だった時みたいに大きさ云々はどうでもいいです。シンボルも無いですし。


 結果が出れば、それで良かろうなのだよ!


 ……と、いう事です。ボク、課外授業の結果は出してませんが。



「もっと良く見て欲しいですぞ、レイド先生! 僕のホーンラビットは角まで入れれば一番大きいですぞ!」


「ネコーノはともかく、俺の狩ったホーンラビットは、小さくても一番太ってるんだから、俺が一番だろっ!?」


「そろそろ頼んでた馬車が来る頃か……。よーし、お前らっ! トキオに帰るぞ! いつまでも大きいとか小さいとか言ってんじゃねぇ! そもそも今回の課題は、お前らが魔物の命を奪えるかって事を見る為だったんだからな。……見た目に騙される事無く。そー言う訳で、お前らみんな、とりあえずは合格だ。ほら、帰るぞ!」



 未だにホーンラビットの大きさについて、あーでもないこーでもないと言い合うクリス君とネコーノ君。レイド先生は二人に対し、大きさなんて関係ないと一蹴しました。二人はレイド先生に何かを言いかけたですが、課題の目的に納得いったのか、その後は大人しくなったです。


 と言うか、今レイド先生は馬車がそろそろ来る頃って言ったですか?


 トキオ草原に来る時何時間も掛けて歩いて来たので、帰り道もてっきり歩きだと思ってたです。今のボクならば、恐らくトキオまで走って数分で着くとは思うですが、この力についてはみんなには内緒にしとこうと思ってるのでそんな事は出来ないです。なので、正直面倒だなって思ってました、歩いて帰るのは。

 ですが、さすがはレイド先生。仮にも先生をやってるだけあるです。冒険者の卵とは言っても、体力的にまだまだ劣るボク達生徒はホーンラビットを狩るので精一杯だろうと見越してたんですね。用意がいいです。



「ところでユーリ」


「何です、レイド先生?」


「それだと馬車に乗れねぇから、このマジックバッグに仕舞え」


「あ、ありがとです……」



 レイド先生が帰るぞと言った後、程なくして馬車は到着しました。ミサトちゃんを初め、みんなが自らが狩ったホーンラビットを再びマジックバッグに仕舞い馬車に乗るのを待つ中、レイド先生にそう言われたです。


 やっぱり、変……ですよね? 今のボクみたいな女の子が自分よりも大きなホーンラビットを肩に担ぐのは。


 そう考えた途端恥ずかしくなり、そそくさとレイド先生から受け取ったマジックバッグへとホーンラビットを仕舞おうとしました。


 ですが……



「いつまでもホーンラビットに触ってないで、早く仕舞って、早く乗れ!」


「は、はいです! でも……どうやって仕舞うです?」



 ……マジックバッグへ仕舞う方法が分からなかったです。


 黒神に仕舞うのならば、仕舞いたい物に手を当て、収納をイメージすれば直ぐに仕舞えるです。それこそ、パッと瞬時に消えた様に。なので、マジックバッグも黒神と同様かと思い、手を当ててみたです。でも、全く仕舞えなかったので、素直に聞いてみました。



「仕舞うのは、マジックバッグの口をホーンラビットに当てればいい。ちなみに出す時は中に手を入れれば分かる様になってる」


「おおっ!! なるほど!」



 レイド先生に言われた通りにすると、ホーンラビットをマジックバッグへと仕舞えました。そして、出しはしないですが、直ぐにマジックバッグの中に手を入れてみたです。するとその中では、拳程の大きさとなったホーンラビットらしき物が手に触れました。その事から、どうやらマジックバッグに付与された魔法は物を小さくする効果の魔法だと分かったです。



「レイド先生。マジックバッグの中の物はやっぱり腐ったりするです?」


「当たり前だろ!? 腐らないマジックバッグは国宝級だ! いくらダストさんが金持ちでも、そんなもん学園に提供する訳ねぇだろ!」


「そ、そうですよねー!」



 ……黒神からのアイテムの出し入れは、なるべく控える様にするです。



「くだらない事言ってねぇで、早く乗れ!」



 怒られたです。


 レイド先生に怒られ乗り込んだ馬車は、幌のかかった荷馬車を人が乗れる様にした物でした。その為出入りは後ろからです。あ、乗り降りしやすい様に、乗り口には小さな階段が付いてるです。

 馬車に乗り込むと、座席は左右両側に付いており、中央を向いて座る造りとなっていました。軍隊などで、幌付きトラックで兵を輸送する所をイメージすれば伝わり易いですかね?


 ちなみに、レイド先生が頼んだ馬車は『ダスト商会』の物だそうです。

 ダスト商会はトキオを代表する大店を経営する傍ら、乗合馬車なども扱ってるのだとか。さすがダストさん。一代で莫大な富を築き上げる訳ですね。儲かる仕事への嗅覚は凄いの一言です。


 ダストさんの嗅覚はともかく、乗合馬車が儲かると言うのも、どうやらこの世界の街から街への移動は基本的に歩きか馬車だけ……まぁ馬などもあるですが。とにかく一般人にとっては歩きか馬車だけであり、多少お金を持ってる人はやはり歩きよりも馬車を利用するのだとか。長距離を歩くのはやはり疲れますしね。お金が有るなら、ボクでも馬車を利用するです。

 そして、街から街への人々の移動手段はほとんどが馬車だそうです。

 何故かと言うと、歩きだとどうしても時間が掛かるし、途中で魔物などにも襲われて命を落としやすいです。それが馬車……この場合乗合馬車ですが、とにかく乗合馬車で移動すると、冒険者が護衛に付くので魔物などに襲われて命を落とす危険がより少なくなるです。誰だって命の為ならお金を出しますよね?

 そういう理由で、乗合馬車を経営する商会はかなりの儲けとなり、ダストさんもその恩恵にあずかってるという事です。それだけ稼げば、個人で孤児院経営も納得ですね!



「ネコーノは男ニャんだからクリスの隣に座れニャ!」


「嫌ですぞ! 僕はミサト殿と結ばれる運命。故に! ミサト殿の隣に座るのですぞっ!!」



 馬車に乗り込むと、ミサトちゃんとネコーノ君が隣に座るだのあっち行けだのと争ってました。二人の言い争いもボクにとっては三ヶ月ぶりの光景なので、懐かしくなって微笑んでしまったです。



「ネコーノ。お前はクリスの隣だ。左の奥から、ネコーノ、クリス、ノルドの順番だ。右側は奥からユーリ、ミサト、それで俺の順番だな。乗り口に俺が座るのは、万が一野盗などから襲われてもお前らを守れる様に、だ。納得するもしないも、俺の言葉に従ってもらう。分かったな!」


「さっさとクリスの隣に行けニャ!」


「これも運命か……! 二人が結ばれる為の試練と受け止め、必ずや乗り越えてみせますぞ!」



 最後に馬車に乗り込んだレイド先生に指示され、運命が何とかと言いながらクリス君の隣へと座るネコーノ君。しかも、試練がどーとかとも言ってるです。アホですね。


 ともあれ、ボクにとっては長い……非常に永い課外授業はこれで終わるのでした。

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