第32話 漆黒の闇

 

 三十二



「喰らえっ! 『破壊の神たる我が与えよう。我が権能をもちて安らかなる安寧滅びを……【滅びの力場ルインフィールド!】』」



 全属性をマナへと与え、それを放つ為に右手の掌をブラッドドラゴンへと向けるボク。その掌の先には、直径10cm程の灰色のマナの塊が宙に浮かんで解放されるのを待ってるです。

 しかし、無意識の内に呪文を唱えたからか……ボクの意思に反して灰色の塊は放たれました。


 ……いや。ボク自身が喰らえと言ってるからですね、灰色の塊が放たれたのは。何だか意識がハッキリしないです。


 真っ直ぐにブラッドドラゴンへと向かう灰色の塊ですが、速度はそれ程速くもないので避けられてしまいそうです。



『何を唱えようと我には効かん。しかもその速度、避けろと言っている様な物だ。――何っ!?』



 言葉通りに灰色の塊を避ける動作に移るブラッドドラゴン。『氷結地獄コキュートス』によって凝固してるにも拘わらず、血で出来た身体をドロリと動かし難なく避けてしまったです。


 ですが――



攻撃を躱したとは思うなよ?」


『これは……ッ! 我の”核”が消えてゆく……っ!? 汝の髪色とその。そういう事か……。ならば、我は喜んで従うとしよう』



 ボクの放った灰色の塊はブラッドドラゴンには躱されて当たらなかったけど、その瞬間に弾けて粒子となり、その灰色の粒子がブラッドドラゴンの身体を瞬く間に覆ったです。言うなれば、灰色の結界に覆われた状態です。

 ボクの放った全属性魔法が何故そんな結果になるかは分からないですが、灰色の結界に覆われたブラッドドラゴンは砂で出来た城が波にさらわれる様に消滅して行きました。血の様な真っ赤な粒子となって。



「ヌヴァー! さすがは主、見事な力です。それでは私は所定の位置へ」


「はぅっ♡ スラさん、も、もう少し♡ ……い、いや、何でもないです。――っ! これはっ!!」



 ブラッドドラゴンの消滅を確認してボクの股間へと戻ったスラさん。絶妙な感触に、少し感じてしまったです。せっかちな上にテクニシャンとは、スラさんもやる(?)ですね……!


 スラさんの感触に身悶えた直後、ブラッドドラゴンの真っ赤な粒子がボクの身体へと吸収されたです。シュテンの時の様に。ですが……血霧の様で、少し気色悪かったです。

 でも、もしかしたらシュテンの様に召喚出来るのかも。そうならば、いざと言う時の戦力をゲットしたです!


 などと考えていたら――


 ――グルァオオォォォォォオオオオオオオッ!!!


 恐ろしい咆哮が耳を劈き、辺り一面が目も開けられない程の光に包まれたです。同時に、再び激しい揺れが発生しました。ボクは耳を塞ぎながら条件反射でしゃがみ込み、身体をグッと丸めて目をギュッと瞑ったです。ようするに、スタングレネードが炸裂した時の人間と同じ行動ですね。

 スタングレネードとは、眩い閃光と激しい爆音によって人間を無力化するという、かつての世界で軍などが使用していた非殺傷爆弾の事ですね。本物が炸裂する所は見た事無いですが、映画などで使われた所ならボクも観ました。その効果に嘘臭いなぁって思ってたけど、実際に同じ様な現象に遭遇すると、それが本当の事だと分かりますね……!


 なんて事を呑気に説明してる場合じゃなかったです!


 身体を丸めて目を瞑り、激しい揺れに耐える事しばらく。唐突に揺れが収まったです。今まで揺れていたのが不思議に感じるくらいに。

 恐る恐る目を開け辺りを見回すと、そこは見渡す限りに広大な荒野であり、しかもすぐ近くにはシュテンとアクアの姿を見付ける事が出来たです。二人ともボクと同じ様な格好で蹲ってるので、やはり閃光と耳を劈く咆哮に驚いた様ですね。条件反射でうずくまったのがボクだけじゃなかった事にホッと一安心です。


 ……と言うか、二人がそこに居るという事は、あの閃光はもしかすると転移の閃光だったのかも。実際に、ボクは肉壁の広間に居たはずですし、シュテンとアクアはどこかに避難してたはずです。転移したのはボスであるブラッドドラゴンを倒したからですかね? 不思議です。



「シュテン! アクア! 大丈夫です!?」


「ぬ……! こ、これはユーリ様! 恥ずかしい所を見られもうした……」


『あわわわわわわっ!?』



 不思議はともかく、恐らくは大丈夫だろうと二人に声を掛けたボクに対して、恥ずかしそうに返事をするシュテン。アクアは何故かテンパってます。

 まぁ、あれで驚かない方が変だとボクは思うので、アクアの様子にも納得ですね。



『ゆ、ユーリちゃん! 後ろ見て! 後ろ!!』


「アクアは何を慌てて、おる、ん……だ…………っ!!」



 アクア? 後ろ後ろって、某大物芸能人のお約束の芸じゃあるまいし、何をそんなにテンパってるです?

 シュテンもです。鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をして。ボクの後ろが何だって言うんです!?


 二人の様子に訝しがるボク。仕方ないのでボクも後ろへ振り返り、二人の目にした物を確認したです。



「……?」



 恐ろしいものを見たです。



「――っ!?!?」



 目を何度も擦り、何度も何度も目をしばたたかせてそれを見ました。



「ひぎゃああああああああっ!!!」



 思わず悲鳴を上げるボク。ボクの後ろ……そこには、巨大な……とんでもなく巨大な龍の顔があったです。

 巨大過ぎて遠近感が狂ってますが、その龍の顔は山ほどの大きさ。そんなバカでかい顔の龍が、一本一本が巨木程の巨大で鋭い牙が並んだ巨大な口を開けてボクへと迫ってました……!


 正直、死を覚悟したです。

 何とかブラッドドラゴンを倒したのに、その直後にこんな状況に陥るなんて。とんだ詰みゲーです、これじゃ。

 シュテンやアクアも呆然と龍の口を見詰めており、二人も諦めてる雰囲気です。


 さよならです、みんな。先立つ不幸をお許し下さい、です。


 迫り来る巨大な龍の口を前にその様な事を考えるボク。しかし、それは杞憂に終わったです。

 死の瞬間から逃れる様にギュッと目を瞑りその時を覚悟しながら待ってましたが、いつまで経っても死は疎か、衝撃すら感じなかったです。即死して痛みを感じなかったって事……は無さそうです。どうやら意識もありますし。



「……あれ?」



 ギュッと閉じていた目を片方だけ開けてどうなったか確認すると……



「光の滝です……っ!!」


「これは……!? 何と煌びやかな……!!」


『じぬかとおぼったよぉおおお!! (死ぬかと思ったよぉおおお!!)』



 それは、まさしく光の滝。いや、光の瀑布でした。


 巨大過ぎる龍はその全てが光の粒子となり、ボク達の上へと降り注いでいたのです。正に幻想的としか言えない光景でした。

 次から次に降り注ぐ光の粒子はボク達の体や地面に当たると淡く弾けて融けて……ふわりと消えて行きます。その幻想的かつ繊細な煌めきに、ボク達は時間を忘れて見入ってしまったです。

 時間にして三時間は降り注いでいたですかね。顔だけで山ほどの大きさ、胴体まで考えればとてつもなく巨大な姿の龍です。そのとてつもなく巨大な胴体の全てが光の粒子となって降り注いだとすれば、その時間にも納得です。



『綺麗……だったね、ユーリちゃん♪』


「拙者、あれ程の煌びやかな光景を目の当たりにしたのは初めての出来事。この様な出来事に出会えた幸運はユーリ様が拙者を救ってくれた故。感謝しかありませぬ……!」


「あ、うん、はいです」



 素直に綺麗と言うアクアに、大層な言葉を重ねるシュテン。シュテンは少し堅苦しいのでもう少し砕けた方が良いと思うです。ですがシュテンはイケメン。そのイケメンが砕けた口調になったら更にモテモテになるです。今のままで良いかも。

 ……まだボクとアクア以外シュテンを見てないのでモテモテかどうかは分からないですが。



「クリスタルダンジョン自体、あれはどうやら『神龍』だったみたいです」


「神龍、とな!? ユーリ様、何故にその様な事が分かるので?」


『……ふ〜ん』



 光の瀑布と化した巨大な龍について二人に説明しました。シュテンは先程とは違い素直に聞いて来ましたが、アクアは興味がないのか気の抜けた返事です。精霊は淡泊なんですかね?

 精霊が淡泊なのかは置いといて、何故ボクがその事が分かったかと言うと、ブラッドドラゴンの粒子を吸収したからですね。それでダンジョンと化した神龍についての知識を知り、更にはも身に付いたです。……力についてはまた後ほど。

 ブラッドドラゴンは神龍の核そのものでした。言うなれば、魔物がその体内に持つ魔石と同じです。心臓とも言える魔石を破壊された魔物は当然死ぬです。

 つまり神龍はボクに核を破壊された事で死に至り、光の粒子となって消滅したという事ですね。ですが最期にボクへと迫って来たのは、やはり強大な力を持つ存在としての矜恃だったのかもしれません。


 試練の為に自らの身体をダンジョンへと変え、そして悠久の時を待ち続けた神龍。ボクは心の中で「お疲れ様。ボクの中でゆっくりおやすみ……」と祈りを捧げました。



「……という事で、ボクは神龍の力を吸収したです」


「そ、それはどの様な力で?」


「ずばりッ! ボク自身を強化する力です!」



 えへんと小さな胸を反らし、ボクはシュテンの問いにそう答えたです! ……小さな胸の事はほっといて欲しいです……



『ユーリちゃん? 急に落ち込んだけどどうしたの?』


「何やら不可解であるが、元気を出して下され!」



 ……慰められると余計に切なくなってくるです。


 それはさておき。


 気を取り直して、ボクは吸収した事で身に付いた新たな力について二人に説明したです。

 新たな力とは、自らの血を操る力。これによって、自分の力をいつでも任意に強化する事が出来る様になったです。その倍率はおよそ五倍。身体強化魔法の『フォース』や、マナを込めて身体強化が出来る白い革靴【白神】などと併用すれば、それこそ十倍から二十倍の強化が可能となり、この世界で初めて遭遇した魔物のゴリライガーですら容易く殴り殺す事が出来る程です。



「それ程の強化にユーリ様のお身体が耐えられるとは思えませぬが?」


『そうよね〜。普通ならそうだよねぇ……』



 ボクの説明を聞き、ボクの身体を心配するシュテンとアクア。最後までしっかりと説明を聞いて欲しいですね。


 確かに二人の言う通り、今までのボクの身体であれば、そんな倍率で強化してしまえば先に身体が参ってしまうです。ですが、血を操る力での強化とは身体の防御力や耐久力をも上げる事が出来ます。それを踏まえて考えれば、今までは負担が凄くて三倍までの強化しか出来なかったものが、防御力……つまり耐久力が五倍に上がれば、単純に強化率も五倍以上に跳ね上がるという事です。更に自らの血が『フォース』によって強化されれば、先程言った二十倍なんて軽く強化出来るです。そこに白神での強化を加えれば、とんでもない事になりそうですね。



「さ、さすがはユーリ様……! 拙者も精進せねば!」


『なるほどー! つまりー、これから先の試練はサクサク進むって事ね!』


「……サクサク進むと良いですが」



 シュテンは更に強くなると宣言し、アクアは楽が出来ると喜んでます。しかし試練なので、ボクはアクアが言う程サクサク進むとはどうしても思えなかったです。


 あ、言い忘れてたです!

 血を操る力には強化の他に、傷からの出血を抑えたり自然治癒力を高めたりする事も出来ます。ちょっとした傷ならば『ヒール』要らずですね♪



『ユーリちゃん、早くここから出ようよ!』


「左様であるな。先程から扉はそこに出現しておりますれば、早速戻り、次なる試練へと進むべきかと」



『4』の試練の場からさっさと出ようと急かす二人ですが、まだまだ試練は続くんだからもうちょっと落ち着いても良いと思うです、ボクは。

 確かに、神龍の消滅時の光の瀑布で三時間程休めたので疲れは取れたですが、急いては事を仕損じるとも言うです。焦ってもろくな事はないですし、何事も落ち着いて、しっかり準備して、そして危険予知を行って取り組むべきです。危険な建築現場で職人として働いていたボクとしては、危険予知などは当然の事です。二人も見習って欲しいですね!

 ……まぁ、分岐の間への扉以外どこまでも果てしなく続く荒野しかないのでこの場に留まっても仕方ないですが。



「あっ! 待って欲しいです、二人とも〜!!」



 主であるボクをこの場に残し、二人はさっさと扉を出ようとしてました……!

 考え事をすると周りが見えなくなるボクの悪い癖は早く治さねば! そう思いました。




 ☆☆☆




 ――という訳で、現在は『11』の試練まで攻略したです。

 アクアの言った通り、あれから本当にサクサクと攻略は進み、残す所は『12』の試練のみです。



「あの反射する結界に無限の魔力、それに神龍や魔王すら超越する力。それを以てすれば、ユーリ様は確実にあの方の試練の全てを突破出来ると拙者は確信しておりまする」


『それに、ワタシ以外の四大精霊とも契約が完了してるしー、例えワタシ達が何も出来なくても、ユーリちゃんなら楽勝よー!』



 オーガの不味いお肉(相変わらず焼いた物)を食べ終え、『12』の試練の扉を前にそう言うシュテンとアクア。二人の雰囲気は、最後の試練を前に準備は万端といった感じです。

 しかし、二人が何と言おうが試練でボスと戦うのはボクです。何故に二人は絶対の自信を見せるのか。不思議です。……まぁ、負けるつもりなんて無いですが。



「まぁ、いざとなったら『マンダ』と『ノムさん』、それに『ウィンディ』を喚んでアクアと一緒に応援してもらうです」



 応援の為だけにアクア以外の四大精霊を喚ぶと宣言しましたが、アクア以外の精霊もやはり試練の途中で契約しました。他の精霊もやはり、『あの方』とやらから命じられてボクの力になる様に待っていたそうです。


 全身が燃え盛る炎で出来たワニの姿をした火の精霊サラマンダーの『マンダ』は『5』の試練、マグマのダンジョンの中で。

 手にはスコップを持ち、ちっちゃなドワーフといった姿をした土の精霊ノームの『ノムさん』は『7』の試練、汚泥のダンジョンの中で。

 トンボの様なはねを生やして半透明な姿が特徴の風の精霊シルフの『ウィンディ』は『9』の試練、浮遊島のダンジョンの中で、それぞれ契約したです。


 ちなみにそれらの精霊と契約する時、またしてもシュテンに力を吸われるというアクアの時と同じ一騒動があったですが、その都度アクアが説明してたので大した問題にもならなかったです。それよりも、シュテンがかつての力を取り戻した事の方が喜ばしいですね。

 力を取り戻すに従って、シュテンはその姿もかつての鬼神の王といった物へと変化して行きました。戻ったと言った方が適切ですかね?

 初めの童子水干姿だった物が足軽鎧といった物に変わり、完全に力を取り戻した現在では鬼神の王らしく、鬼をモチーフにした煌びやかな甲冑に身を包む鎧武者姿になったです。男に趣味は無いボクでも、その姿に見惚れてしまった程と言えばそのカッコ良さが分かりますかね?

 そのシュテンの活躍もあって、『11』までの試練があっさり攻略出来たと思うです。



『えー! ワタシ一人で充分なのにー!?』


「むしろ、拙者だけで充分と具申致す!」


「と、とにかく、最後の試練を受けてみないと何とも言えないです……」



 自分一人だけで応援は要らないと述べるシュテンとアクア。この二人は仲が良いのか悪いのか。何とも微妙な関係です。でも、喧嘩をする程仲が良いとも言うですし、実際ボクの事を想う気持ちはどちらも同じです。方や神の一柱であり、もう一方は精霊なので格の違いは明らかですが、三ヶ月も同じ時を過ごせば家族も同然。家族とは言い過ぎかもですが、きっと親友くらいにはなってますね。

 と言うか、ボクを主と仰ぐのならば、仲良くして欲しいです。仲良くしてくれないと……喚ばないですよ?


 そんな事を考えつつもシュテンとアクアを引き連れ、『12』の試練の扉を開けました。ボクがこの試練のダンジョンに転移されて目覚めた場所なので、中は恐らく小さな小部屋のはずです。

 それでも色々な事象が起きているので油断は禁物ですが。


 あ、ちなみに、分岐の間の不思議な二重円は『1』から『11』までの数字が揃ってます。正に時計の様に。

 となると、この試練のダンジョンはやはり『時』と関係してるんですかね?

 まぁ、『12』の試練をクリア出来ればその答えはおのずと出ます。後はやるだけですね!



「これは……!? 何故に真っ暗なんです!? 二人は何故真っ暗なのか分かるです?」


「…………」


『…………』


「……シュテン? アクア? どうして黙ってるです……?」



 扉を開けて中に入ってみれば、そこはボクが転移されてきた小部屋ではなく、真っ暗な闇の空間でした。

 その事を不思議に思い、背後に着いて来てるはずのシュテンとアクアに問い掛けるボク。ですが、二人からの言葉が無いです。まるで、二人がそこに居ないみたいに。



「シュテン!? アクア!? どこに行ったです!?」



 返事が無い事に不安になり、慌てて背後を振り返って見てもそこに二人の姿は無く、漆黒の闇が広がるばかりです。そしていつの間に閉まったのか、それとも扉そのものが無くなってしまったのか。扉さえも見えない闇の深さに恐怖だけが湧いて来ます。

 そんな恐怖に慄くボクを嘲笑うかの様に、漆黒の闇の中ではボクの二人を呼ぶ声だけが虚しく響いているだけでした。


 漆黒の闇の中で独りきりとなり、寂しさと怖さから泣きそうになりながらも試練をクリアする為、ボクは先と思われる方向へと足を踏み出しました。一歩ずつ足下を確認しながら。


 落とし穴などの罠に警戒しながら、そして寂しさと怖さに涙を流しながら少しずつ進むボク。心は既に折れてます。

 それから時間にして一時間くらい経った頃、唐突にそれは起こりました。

 漆黒の闇が自らの意志を持った様に蠢き始めたのです。

 完全な闇の為に全く見えないのに、蠢いてる事が分かるのは変ですが、ボクのにはそれがハッキリと分かりました。



「な、何が起きてるですっ!? ……ひぃっ!!」



 漆黒の闇が激しくうねりながら凝縮し始め、やがて一つの形を成しました。それに伴って、漆黒の闇に包まれてた辺りの景色も、ほのかに光るダンジョン特有の無機質な空間へと戻ったです。

 目の前で形を成していく闇を注視しながらも辺りを確認すると、そこはボクが転移して来た『12』の小部屋では無く、分岐の間に似た空間でした。但し、『1』から『12』と描かれた扉は無く、代わりに無機質な壁に『12』までの光る数字が直接刻まれてましたが。


 デジャヴにも似た不思議な感覚に囚われ、一瞬だけ目の前で形を成す闇から目を離してしまったボク。直ぐに視線を戻したですが、そこには既に凝縮した闇は存在せず……上半身は裸で、下半身には漆黒の袴を履いた一人の男が静かに存在してたです。


 その容姿は正しく異形と呼ぶべきもの。


 ウェーブがかった漆黒の髪を背中の中程まで伸ばし、肌は日に焼けた褐色の肌をしてます。ここまでなら普通の人間と変わりないです。

 異形と言うのは、その男には腕が四本生えており、更には、額に第三の目があったのです。両目の瞳の色は真紅で、額の目の瞳の色は金色。そして三つの目の瞳孔の色は普通なら有り得ない灰色です。

 そんな異形の男が、三つの瞳でボクを静かに眺めていました。



『よく、試練を乗り越えましゅた。後はボクを受け入れれば全ての力の継承は終わりでしゅ。それでは……行きましゅっ!!』


「えっ!? ちょっ!? ま、待って……っ!!」



 聞いた事のある幼い少女の声で一方的に話すその男。ボクの戸惑いや制止する声も聞かずに、再び漆黒の闇へと姿を変えました。


 そして……


 漆黒の闇の全てが恐ろしい程の力の奔流となり、ボクの中へと吸い込まれていったのです。


 この試練が始まってから三ヶ月の間、力の上昇を幾度も経験しましたが、これはそんなに生易しい物ではありませんでした。

 結果、その暴力的とも言える凶悪な力の上昇に耐える事が出来ず、ボクは意識を闇に手放していました……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る