第26話 ダンジョンの中には森林がありました!

 

 二十六



 宙を舞う十本の魔法剣ソードによる連撃に次ぐ連撃に、隙を突いてのボクの双剣(ブラフマー双剣形態)での双剣乱舞。その尽くを、ゴブリンロードは両手で構えた大剣一本で防ぎに防ぎまくっています。広間には、ボク達二人が放つ激しい剣戟の音や、疲労から来る激しい息遣いが響き渡っているです。


 ですが、激しい戦闘にも終わりの時が。


 命を削る程の集中の果てに見つけた僅かな隙を突いてのボクの攻撃は、徐々にゴブリンロードへとダメージを与えていきました。

 一つ一つの傷は大した事は無い傷であっても、傷付く事により焦りが生じます。それは、恐ろしい程の強さを誇るこのゴブリンロードとて同じでした。

 そして、その焦りはやがて小さな隙を生み、そして更に傷が増え……始めは小さかった切り傷も、次第に大きな傷となり、その結果、致命的な隙を生み出しました。


 まるで、将棋を詰めていく様な絶妙な一手。


 その、一つの些細な攻撃がゴブリンロードを次第に追い詰め……そして、トドメとなる心臓付近への刺突をその身体に突き立てる事に成功したです。



「グハッ……ッ! ……ミ、見事……ナリ……!」


「はぁっ、はあっ、はあっ……!」


 ここまで……最初のゴブリンからゴブリンロードとの激闘が終わるまで……これはボクの感覚ですが、時間にしておよそ十五時間にも及ぶ戦闘はこれにて終了したです。ですが、その内一時間はゴブリンロードとの激闘でした。



「コ、コレデ……我ガ力ハ……オマエノ物ダ……。願ワクバ……我ガ……恨ミガ……果タサレン……事ヲ……!」


「力……? 恨み? 何の事です!?」



 最期の言葉を残し、ゴブリンロードの身体は光の粒子となってボクの身体へと纏わり付き、そしてそのまま吸収されてしまったです。


 ……魔石も残さずに。


 あれだけの強さを誇る魔物だから、きっと魔石も凄い物だと予想してたのに。残念です。


 そんな魔石ならばさぞや高く売れただろうと考えてたボクでしたが、その考えは次の瞬間には消えていました。

 何故ならば、ゴブリンロードの光の粒子がボクへと吸収された瞬間、戦闘に関するあらゆるスキルをからです。

 それと同時、ゴブリンロードの本当の名前と、その記憶の一部が流れ込んで来たです。



「こ、これは!? そうですか……。『シュテン』が本当の名前でしたか。誇り高き【鬼神】から堕とされ、魔物と成り果てた……」



 光り輝く四つの巨大な影。その巨大な影に初めは勇敢にも立ち向かい、しかしその圧倒的な力に打ちのめされ、やがて堕とされ……そして魔物として蔑まされた。

 かつての力は堕とされた時に奪われてしまったけれど、やがて優しい温もりに救われる。


 これがゴブリンロード……いや、シュテンからボクへと流れて来た記憶です。


 頭の中でシュテンの記憶が再生され、それを認識した時、ボクの瞳からは涙がとめどなく溢れていました。

 何故なのかは分からないです。次から次へと涙が溢れ、悲しみに心が覆い尽くされていたです。



「ヌヴァー! 主よ。一旦、休まれよ。まだ、扉は沢山残ってますので」


「グスッ……分かった……です……グスッ……」



 涙が溢れるままのボクにスラさんはそう促し、その言葉に従い分岐の間へと戻りました。扉はシュテンが光の粒子となった時に開いていたみたいです。


 分岐の間へと戻って来たですが、そこで限界を迎えました。しかし、あれ程の長い時間戦闘していたにも拘わらず不思議と空腹感は感じず、それよりも、シュテンの記憶から来る悲しみで心が疲れ果て、そのまま眠りに就いたです。




 ☆☆☆




 何時間眠ったのか。それは分からないですが、起きた時にはシュテンから受け継いだ悲しみは不思議と消えていました。むしろ、何故悲しかったのかが分からないくらいにスッキリと目覚める事が出来たです。

 これならば『3』の扉の攻略にも支障は無いですね。


 と言う事でさっそく……の前に、空腹なので食事です。



「むぅー。やっぱりお塩が欲しい所ですね……」



 前回の様に、床に直置きのオークのお肉をフレイムの魔法で焼き上げて食べました。やっぱり、いくら極上のお肉でも味気が無ければ美味しくないです。

 ここがダンジョンだと言うのなら、『3』の扉の先が鉱物資源が採れる場所になってれば良いのに。例えば、鉱山ダンジョンならば岩塩が採れるのに。


 ……などと、わがままばかり言っても仕方ないので、気分一新『3』の扉へと突入です。



「えっ!? まさか……ダンジョンから脱出出来たんですかね?」



『2』までの扉と同じ様に真っ直ぐな通路を進み、やはり一際立派な扉を開けてみれば……そこには大森林が広がっていました。

 澄み渡る青空に、木々の枝葉を揺らす心地よい風。揺れた枝葉の隙間からは柔らかな陽光が射し込み、森の中を緑の輝きで満たしています。

 その場で思いっ切り深呼吸をしてみれば、肺いっぱいに満たされる新鮮な空気は美味しく感じられ、耳をすませば、可愛らしい小鳥のさえずりも聞こえてくるです。



「こんなに簡単に脱出出来るなんて、何だか拍子抜けですね。さて、と。トキオはどっちの方角ですかね♪」



 こうしてボクは気分良くトキオを目指して歩き始めました。今まで、仄かに明るいと言ってもやはり薄暗いダンジョンの中に居たので、陽の光が降り注ぐ大自然の下は気持ちが良いですね。思わず鼻唄も出そうです♪


 陽気に歩き出したボクでしたが、やはりここはダンジョンの中でした。まぁ、気付くのはもっと後になってからでしたが。

 そもそも、トキオ草原のダンジョンに居たはずなのに、脱出した先が大森林なんて有り得ないです。……アホですね、ボク。


 それはともかく、歩けども歩けども森林は途切れる事なく、更には、植物系の魔物や昆虫系の魔物、それに一見すると大人しそうな草食動物に見える魔物達が、『3』の扉を攻略する間に大量に襲って来ました。



「ひぃぃぃっ!? こんなに凶悪な栗鼠リスさんが居るなんて聞いてないですぅ〜っ!」



 森林を暫く歩いていると、視界の隅に小動物の影が映りました。何だろうと思いそちらを見ると、木の枝に一匹の栗鼠の姿が。一見すると、とても可愛らしい姿に見えましたが、良くよく見ると、とんでもなく危ない姿をしてました。可愛らしい小さな口からは鋭く長い牙が生え、身体とほぼ同じ大きさの尻尾は、なんと刃物になっていたのです。

 その恐ろしい姿の栗鼠をボクが発見するのと同時に栗鼠もボクに気付いたみたいで、「ギィィッ!」と一声鳴くと、その声に反応した栗鼠の仲間がそこかしこの木から大量に姿を現したのでした。

 その数は恐らく百匹以上。そのたくさんの栗鼠達が一斉にボクへと襲い掛かって来たです。

 枝の上から勢い良くボクに向けて飛び降りながら身体を縦方向に勢い良く回転させ、鋭い刃物の尻尾をピンッと伸ばしながら。それはさながら、移動する高速カッターの様でした。

 ちなみに高速カッターとは、建築現場等で資材の切断に用いられる、通称『押し切り』と呼ばれる電動工具です。元建築職人のボクには馴染み深い工具ですね!


 ……それはともかく、そんな凶悪な栗鼠達が一斉に、それも枝をあっさりと切断しながらボクに襲い掛かって来たのです。

 先程のボクの言葉は、その栗鼠達から逃げる際の言葉でした。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 魔物名:ブレードテイル

 種族名:獣魔族

 ランク:Dランク

 特徴:鋭く長い牙を生やし、尻尾が剣になっている栗鼠。体長は30cm程。雑食。

 群れを作り、集団で獲物に襲い掛かる。百匹を超えるとCランク相当。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何度か危ない場面もあったですが、何とかブレードテイル達から逃げ切り、一息つく事が出来ました。

 見た目が可愛らしい事から逃げたですが、シュテンの力を吸収して思い出した戦闘スキルや魔法を使えば、恐らく簡単に討伐は出来たです。

 今後、冒険者として生きていくならば、可愛いからと言って討伐出来ないなんて事は克服しないとダメですね。



「さて。丁度目の前には澄んだ泉があるので、水浴びして汗を流すとしますかね。……さすがに汗臭いですし」



 一息ついた場所には、透明度がハンパない、直径が20m程の泉が湧いていました。水底がクッキリと見えているので、どれほど深いかが分からないです。

 まぁ、ボクは泳げるのですっごく深くても問題ないですね。学生時代は『水の申し子』とまで言われてたので。

 ともあれ、ホーンラビットの巣穴でのゴブリン戦からブレードテイルからの逃走に至るまで、その間相当な汗をかいたので水浴びして身体を清める事にします。


 女神の羽衣を脱いで畳んで草の上に置き、次いで、際どい下着を取って女神の羽衣の上に置いて、一糸纏わぬ姿へ。

 改めて下着を見ると布の面積が極めて少なく、何故今回に限ってこれを着けてきたのか不思議です。

 だって……いくらボクの胸が小さいとは言え、ブラの布面積は小さな突起が隠れるくらいですし、パンツに至ってはほとんどふんどしです。スラさんが股間に居る以上くい込みはしないですが、スラさんがほぼ透明な為、色々と見えてしまってるです。……転移の時に、ホントに誰も居なくて良かったですね。



「それではスラさん。ローブの見張りと、辺りの警戒をよろしくです」


「ヌヴァー! 主よ、お任せあれ!」



 股間から離れ、足を伝って地面へと降り、女神の羽衣の辺りにスラさんが陣取ったのを見届けてから泉の中へ。



「ひゃっ! 少し冷たいですが、気持ちいいです♪」



 右足から泉に浸し、少し水の冷たさに慣らしてからゆっくりと身体全体で泉に浸かっていきます。右足から入るのは、昔からの験担ぎです。

 小学生時代の事ですが、左足からプールに入った事があって、その時に足がって、それで溺れて、大変な目に遭ったです。それで何故溺れたのかと考えた時に、いつもは右足から入るのに、今回は左足からだったとこじつけ、それからというもの、水やお風呂、家から出るのも入るのも、必ず右足からと決めたのです。

 結局は、充分な準備体操をしなかったのが原因なんですが、子供心に、それを頑なに信じてしまったという訳です。

 なので、右足から泉へと入りました!



「ぷはっ! 意外と深いですね……!」



 泉の中で身体を清め、ふと、どれくらい深いのか気になったので泉の中心部へと進んでみました。

 すると、泉の縁から僅か3mの辺りから急に深くなっていたです。そのせいで、不覚にも頭まで水に浸かってしまったです。

 慌てて水面へと顔を出し、その後、足の着く辺りまで戻りました。

 が、その時。何かがボクの股間をヌルりと抜けていったです。



「ひゃうぅっ!? な、何ですか!? 今、何かがボクの股間を通り過ぎたです!」



 思わず変な声が出てしまったですが、慌てて水面下を見てみても、魔物はおろか生物らしき姿は見えません。



「スラさん! 何かが泉の中へ入るのを見たですか!?」


「ヌヴァー! 主よ、泉の周りには何も居ません」


「え?」



 だとすると、ボクの股間に触れたのは何ですかね?

 確かに何かの塊が触れていったのに……。


 何かが触れたのに姿が見えない。そう思った瞬間、ゾクリと背筋が寒くなり、その拍子に、少しだけチビってしまいました。……水の中だからセーフ、ですよね?


 それはともかく、ボクは急いで泉の中から陸に上がり、改めて泉の中やその周辺に意識を集中しました。



『あっははははははっ! ごめん、ごめん。驚かしちゃったみたいだね♪』



 すると、どこからともなく、そう言う女の子の声が聞こえてきたです。



「だ、誰です!? どこに居るです!!」



 何が起きても大丈夫な様に咄嗟に重心を落とし、そのままの体勢で周囲を隈無く観察します。



『そんなに構えないでよ。キミがココに居るって事は、あの方の望みが叶ったって事だよね? だったら、ワタシは味方だよ!』



 すると、そんな言葉が聞こえて来ました。



「味方だって言うなら、姿を見せろ、です!」



 自分は味方と言う奴に限って、実は敵という話は良く聞くです。

 だいたい、姿も見せずに味方だって言う方が間違ってるとボクは思うですが、他の人はどうなんですかね?

 でも、本当に味方だとしたらちょっとは嬉しいですね……! 何せ、今現在のボクの仲間(?)と言えば、スラさんしか居ないです。まぁ、スラさんだって喋れるけども、基本的にスラさんはここぞと言う時くらいしか喋らないので少し寂しかったりするです。

 と言っても、謎の声の主に姿が無くて、魂みたいな存在だとすれば、それはそれで怖いですが。

 ともあれ、ボクの心の葛藤をよそに、謎の声の主は姿を現しました。


 その姿は、水そのものと言えば良いのか、それとも透明な人と言えば良いのか。

 泉の水面が徐々に盛り上がり、やがて人型へと変化しました。いや、人型と言っても、その形は明らかに女性の形をしているです。

 簡単に言えばナイスバディです。ですが、引き締まった身体という意味でのナイスバディです。

 ボクの目の前にある泉の水面には、透明な水の身体の女性が立っていました。



「ひっ!? のっぺらぼうですぅっ!!」


『あ、ごめんごめん! 久しぶりだから上手く出来なかったよ。ん……と、これで大丈夫かな?』



 女性の形の水のオバケにしか見えないので、ボクは恐ろしくなって、小さく悲鳴を上げてしまったです。……ラノベを愛読してたと言っても、オバケの類は苦手なのです。


 オバケ云々はともかく、水の女性はそう言うと、顔に当たる部分に目や鼻、そして口が現れました。あ、耳も出来たです。どうやら、髪の毛も水の流れを使って上手に再現してるみたいです。


 これなら何とか大丈夫ですね。



『ワタシの名前は【ウンディーネ】のアクア。こう見えて、水の精霊よ? あの方に生み出されたワタシは、貴女の物。さあ! 契約を!』



 ウンディーネはそう言うと、にこやかな笑顔で両手を広げました。


 ……と言うか、見るからに水の精霊っぽいのに、「こう見えて、水の精霊よ」は無いです。逆に、水の精霊にしか見えないのに炎の精霊だったらビックリです。……風やら土の精霊でも一緒ですが。


 ともあれ、大森林の中の澄んだ泉にて、ボクはウンディーネと名乗る水の精霊(?)から契約を迫られたのでした。

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