第27話 鬼神召喚

 

 二十七



「さぁ! ワタシと契約を!」



 そう言って、にこやかな笑顔で両腕を広げるウンディーネのアクア。そのアクアの見た目は、透明な水で出来たスレンダーな美女といった所です。正に、ファンタジーですね!


 ファンタジーはともかく、契約と言っても、ボクと契約したから何だと言うんですかね? ボクの知識での契約と言えば、お金を借りる為の契約くらいしか思い浮かばないです。それ以外にも色々とあるけど、二十歳前後にヤンチャをしてたボクが思い付くのはそれくらいです。


 ヤンチャ云々は置いておくとして……契約について、いまいち良く分からないので聞いてみるです。



「ボクと契約って……契約するとどうなるです?」



 そうボクが訊ねると、アクアは『あっ!』という表情を浮かべ、それから詳しく説明してくれたです。その際、身体を形造る水の表面もさざ波の様に揺らめいてました。どうやら感情が身体に表れるみたいですね。



『えっとぉ、それじゃあ説明するけど……と、その前に服を着た方が良いんじゃない? 人間って、ワタシ達精霊と違って服を着ないと落ち着かないんでしょ?』


「えっ!? あ……っ!」



 人(?)の感情を気にしてる場合じゃなかったです!


 アクアにそう言われた様に、ボクは自分が一糸纏わぬ姿だった事を思い出したです。

 今更な感じはするですが、指摘された事もあいまって、全裸だった事による恥ずかしさに思わず俯き、そして赤面しました。……最初に教えて欲しかったです。


 アクアからジッと見られながらも際どい下着を身に付け、女神の羽衣に袖を通せばスラさんが股間の定位置へ。これで恥ずかしさからも解放です。

 しかし着衣した際、女神の羽衣や下着からは汗の匂いがしたので、身体の次いでに泉で洗えば良かったと少し後悔したです。……後でもう一度脱いで洗うとしますかね。


 ともあれ、これで落ち着いてアクアの話を聞ける状態になったです。



『それじゃあ改めて説明するけど……ところで、貴女のお名前は?』


「あ、ユーリって言うです」



 契約しようとボクに迫って来たのに、そのボクの名前を知らずに契約しようとするとは。ボクが悪い人だったら騙されて酷い目に遭うですよ?



『ユーリちゃんね? ありがと。えっとぉ、ユーリちゃんがワタシと契約するとぉ、何と! ワタシを召喚出来ちゃいます! 凄いでしょ!』


「つまり、アクアと契約すると……召喚魔法が使える様になるって事ですか!? だったらするです! 今すぐ契約するです! とにかくするですっ!!」



 厨二病を患っていた頃からの夢の一つであった魔法はこの世界で叶える事が出来たです。そして、魔法と言ったら外せないのが『召喚魔法』です。


 信じれば夢は叶うんですね!



『そんなに喜んでくれるなんて……! ワタシも嬉しい! じゃあこれから契約の儀を行うんだけど、方法はいたって簡単。ユーリちゃんが呪文を唱えた後、ユーリちゃんの血を一滴ワタシにちょうだい。その血をワタシが吸収する事で契約完了よ』


「な、何ですと!?」



 血を一滴……?

 ……という事は、チクッとやらないとダメなやつですよね……? 注射が嫌いだったボクに、何という試練が……!

 昔からどうしても注射だけは苦手だったです。痛みが耐えられない訳じゃないですよ? あの鋭い針がゆっくりと肌へと迫り、そして、プツッて刺さって、ズブズブって入っていく瞬間がダメなのです。


 ……だったらその瞬間を見なければ良いじゃないかって?


 幼い頃に一度目に焼き付いたあの瞬間は心に深く刻まれてるです。いわゆる、心的外傷トラウマってやつです。

 ですが、そんな事で召喚魔法が使える様になるチャンスを棒に振るのは勿体ないです……!


 夢の為に、契約に、命、掛けます……です!



「さぁ! どこからでも、どこへでも、そしてどこにでもチクッとやってくれ、です……!」


『……ユーリちゃん? ご自分でどうぞ』



 覚悟を決めたのに、あっさりと拒否られたです。


 ……仕方ないです。【無銘】の切っ先で人差し指をチクッとやるです。



「あぅっ……っ! 痛いですぅ……」



 黒神から無銘を取り出し、その切っ先で指の腹をチクり。左手の人差し指にはじわりと小さな赤い水玉が出来ました。それを嫌そうにボクは見つめてますが、アクアはボクとは逆に嬉しそうにその水玉を見つめてるです。


 そして少しの間を置いてから、ボクに契約の呪文を伝えてくれました。



いにしえよりの盟約に従い、我……ユーリの名のもとに契約せん。主の名は【ユーリ】、下僕しもべの名は【アクア】。命を捧げよ――召喚契約サモン・コントラクト! ……って呪文だよ!』


「わ、分かったです……! 『い、古よりの盟約に従い、我……ユーリの名のもとに契約せん。主の名は【ユーリ】、下僕の名は【アクア】。命を捧げよ――召喚契約サモン・コントラクト!』」



 マナを込めながら、アクアに教えてもらった呪文を一字一句間違えずに唱えたですが、この後はどうするですかね? ボクの血をアクアに触れさせれば良いんですかね?


 などと思っているとアクアの身体が淡い光を放ち、それと同時にボクの指先の血がまるで水に滲んだ様に宙に溶けて行き、そのまま消えたです。

 その不思議な光景を目にした後に自分の指先を見てみると、無銘で傷付けた傷が無くなり、きれいさっぱり治っていました。アクアの力によるものなのか、それともボクの超回復力の賜物なのか。とにかく瞬時に治って良かったです。痛いのは嫌いなので。



『これで契約完了……って、あれ? 何で!? ワタシの力の半分が別の力に持っていかれる!?』



 これで召還契約完了なのかと思っていたら、アクアの様子が変でした。妙に……いや、かなり慌ててるみたいです。

 何が起こってるんですかね? 力の半分がどうとか。



『ユーリちゃん! ユーリちゃんの中に別の何かが居るわ! あぁ、ダメ! この姿を保ってられない!』


「あ、アクア!? どうしたです!?」



 心配するボクの目の前でアクアの身体は次第に小さくなり、ナイスバディだった身体が十歳の少女と同じくらいになってしまったです。ボクと同じでチッパイですね! ……放っといて欲しいです。



『ワタシ、一度精霊界に戻るから、ユーリちゃんは後で召喚してみて! 呪文は……我が呼び掛けに応えよ。汝は我が下僕。いでよ、アクア! ……って唱えれば召喚出来るはずだから!』



 その言葉を残し、幼くなったアクアはその姿を崩し、泉へとバシャンという音と共に水飛沫を上げながら消えていきました。この世界において、精霊が身体の形を崩すというのは精霊界に帰ったという事みたいですね。

 それはともかく! 後でと言われたですが何やら異常事態みたいなので、呪文を唱えてさっそくアクアを喚びたいと思うです!


 ……と言うか、早く召喚魔法が使ってみたいです!



「えっと、確か……よしっ! 唱えるです! 『創造神たる我が喚ばん。汝は我が力を行使する者なり。我が神威を以ちて、顕現せよ……! 【鬼神召喚シュテンドウジ】!(我が呼び掛けに応えよ。汝は我が下僕。いでよ、アクア!)』」



 ――っ!?


 今、ボクは何と呪文を唱えたですか!?

 ボクは確かにアクアに教えてもらった呪文を唱えたはずですが、口から紡ぎ出された呪文は明らかに違ってたです……!



「マナじゃなくて、神威が……!?」



 ボクの身体からは呪文の影響からか白銀の神威が溢れ出し、眩い光を放ちながら泉の上……目の前の空間に巨大な球形魔法陣を描き出しました。それは積層型魔法陣と呼ばれる、魔法陣の中に幾つもの魔法陣が含まれる超高度な魔法陣の一つです。球形魔法陣の表面では幾何学模様やルーン文字などが複雑に絡み合い、その一つ一つが明滅しながら、そして回転する様に移動してるです。

 使用したのがマナではなく神威だった事に驚くボクをよそに、球形魔法陣からは神威の白銀光が迸り……やがて、その内部に人型を形造りました。その身長はアクアと違い、およそ3m程はあります。体格も女性とは程遠いガッチリとした感じです。

 その結果に呆然としながらも召喚は完了し、人型を形作っていた眩い光も消え失せるとそこには……五条大橋にて弁慶と相対した童子水干姿の牛若丸を連想させる、身の丈3mの人物(?)が佇んでいたです。



「我がの召喚に応え、この『酒呑童子』、推参いたし候。先日は我が身を救って下さり、感謝致しまする。更には斯様かような力まで与えて下さり、このシュテン、感動を禁じえませぬ……! これより先、貴女様に降り掛かる火の粉は拙者が払ってみせまする!」


「!?!?!?」



 ボクに降り掛かる火の粉を払うと言う、召喚魔法陣から現れた牛若丸。もとい、酒呑童子。魔法陣が消え泉の上に降りると、その水面をボクの方へと来たです。

 しかし、アクアを召喚するはずだったのに、何故にこの巨大な酒呑童子が現れたのか。あまりの出来事にボクは言葉も出なかったです。



「我が神よ。貴女様の事は何と呼べば? 拙者の事は『シュテン』とお呼び下され」


「ぼ、ボクはユーリと言うです。呼び方はお任せするです……」


「しからば、ユーリ様とお呼びしまする」



 見上げるボクと見下ろすシュテン。これだと、どっちが主なのか分からない状況です。……言葉を聞けばボクの方が主だとは分かると思うですが。


 しかし、シュテン……ですと?


 シュテンと言えば、昨日の気が遠くなる様なゴブリン達との戦闘で最後に出て来たゴブリンロードに堕とされた鬼神の名前だったはずですが……?


 まさかっ! そのシュテンが召喚されたって事ですかね!?


 だとしたら、何でそのシュテンがアクアを召喚しようとする時に現れるんですかね?

 そもそも、アクアを召喚する呪文を唱えたはずなのに、その呪文をボクの口は紡げなかったです。

 ゴブリンロードだったシュテンを倒した時の光の粒子をボクが吸収したから、言うなればシュテンの魂を吸収したから、こういう結果になった……という事なのか、それとも、シュテンは鬼神なので精霊よりも格が上の存在だから優先的に召喚されたのか。


 でも、アクアの事が心配なのでもう一度アクアを召喚してみるです……!



「き、気を取り直して……『我が呼び掛けに応えよ。汝は我が下僕。いでよ、アクア!』」


「ユーリ様。拙者が居ながら下等な精霊を喚ぶ事は感心しませぬ。あ、いや……拙者はあくまでもユーリ様の家来。差し出がましい事を申しました」



 シュテンは鬼神。やはり神の眷属なのか、ボクが召喚しようとしてる存在が精霊だと見抜いた様です。

 誰のせいでアクアを心配してると思ってるのか、という視線を向けると、シュテンは直ぐに引き下がってくれました。ボクを主だと言うシュテンの言葉はどうやら本当みたいです。


 それはともかく、今度こそ正確な呪文を唱えたのでアクアは召喚されるはずです。



『あ……っ! ま、まだ力が回復してないのにっ!

 ……お呼びいただきありがとうございます』


「ど、どういたしまして……?」



 ボクの身体から溢れ出したマナが地面に水色の光の魔法陣を描くと、魔法陣の中心部から水が噴き出し、その後、その水が人型となりアクアが出現しました。召喚されてきたアクアの姿は十五歳くらいの姿です。どうやら力を回復してる途中だったみたいですね。精霊界では力の回復が出来るんですかね? 便利なシステムですね……!

 ともあれ、シュテンに吸われた力も回復する事が分かった事ですし、とりあえずは召喚魔法も使える様になったのでこれで良しとするです。



「――っ!! 『龍水裂斬!』」


『あっ! ワタシの力が!?』


「い、いきなり何です!?」



 アクアの事を安心したのも束の間、シュテンが突然ボクの後方に向けて斬撃スキルを放ちました。どこから出したのか、その手には透明な水で出来た様な大太刀が握られているです。

 アクアが「ワタシの力」と言ってる事から、どうやらその力を利用しての大太刀およびスキルみたいです。


 シュテンが放った荒れ狂う水流を内包した巨大な水龍はボクの後方に拡がる森林を薙ぎ倒し、驚く程の広範囲を蹂躙しました。水龍が消滅した後、見るも無惨な森林の跡を見てみれば、数十体のゴリライガーの死体が。その死んだゴリライガー達の身体の全てには鋭い物で穿かれた様な傷が数十箇所付いていたです。まるで、何かに噛まれた様な。



「トキオの近くにはこんなにたくさんのゴリライガーが棲息してたですか……! 意外と危険な場所だったんですね……」


『ユーリちゃん? ここはユーリちゃんが言うトキオという場所じゃないですよ? ここはあの方がユーリちゃんの為に創った試練のダンジョンの中です。ワタシはユーリちゃんを手助けする為に、あの方に命じられてここで待ってたんだから間違いないです』


「拙者もあの方よりの命にて、ユーリ様の試練の為に待ち受けておりもうした。結果は御覧の様に何故か拙者が救われしもうしたが」


「何ですとっ!?」



 夥しい数のゴリライガーの死体を眺めながら呟いたボクの言葉に、アクアとシュテンからその様な答えが返って来ました。と言うか、ダンジョンから脱出出来たと思っていたばかりに、まだダンジョンの中だったという事に軽く絶望したです。



「そ、その話はホントですか!? だとしたら、まさか……キーモンスターを倒さないとダメって事ですよね!? この広大な大森林で……!」


『そういう事になるね、ユーリちゃん! ユーリちゃんの試練なんだから、頑張ってね♪ まぁ、ワタシもお手伝いするけど』



 この大森林でキーモンスター探しとその討伐。

 アクア達が言うあの方が誰なのかは分からないですが、試練という響きと、これからキーモンスター探しという多大な労力を思うとため息しか出ません。

 ともあれ……貴重な仲間(?)が増えた事だし、とにかくキーモンスターを探しに出発するしかないですね。


 こうして、ボクは『3』の扉の大森林を彷徨う事になるのでした……

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