第24話 ダンジョン
二十四
あれから、どれ程の時間が経ったんですかね。ボクの感覚では、既に三ヶ月は経とうとしてるです。
「……また、オーガですか。肉が硬いし、味も不味いんですよね……『
そう呟きながら、広間の中央付近の靄がかった揺らめきから次々と現れる、身の丈3mの巨躯を誇るオーガを、紫電……いや、”死電”で殲滅していきます。
死電の発生元は当然、ボクの右手の五本指。耳を
ボクが今居る場所は、いわゆる『モンスター部屋』と呼ばれる、
無限湧きはともかく……何故、そんなモンスター部屋に居るかと聞かれれば、食料を確保する為です。
黒神の中に確保していた一ヶ月前に狩ったオークのお肉は、今朝で食べ切ってしまったです。……今朝と言ったですが、ダンジョンの中なので、本当の朝なのかは分からないですが。
「せめて『ポイズンマッシュ』が湧けば良かったのに……。暫くは不味いオーガ肉で我慢ですね……」
ポイズンマッシュはその名の通り、身体に猛毒を持っているキノコの魔物です。ですが、毒抜きさえすればどんなキノコよりも美味しいのです。
その毒抜きは、双刃剣ブラフマーの黒刃剣の方に光属性のマナを込めれば出来ます。方法は至って簡単。光属性のマナを込めた黒刃剣の切っ先を毒抜きしたい物質に刺せば、たちどころに浄化及び毒抜きが出来るという寸法です。シヴァちゃんだった頃のボクは、ホントに良い仕事をしてますね!
……毒抜きはともかく、料理は下手じゃなかったのかって?
くっ! 当然、致命的に下手くそです! むしろ、毒と言っても過言ではないです! ……この三ヶ月、何度体調不良になった事か。
なので! 現在はもっぱら、食材をそのまま焼いて食べてるです!
……ボクの食料事情はともかく、何故にボクがダンジョンで寝食しているかという事ですね。
ホーンラビットの巣穴の奥で、オーク三体が居たあの広場に転がってた水晶玉。原因はその水晶玉でした。
そう。あの水晶玉に触れさえしなければ……
☆☆☆
オーク三体を仕留めた、ホーンラビットの巣穴の奥の広場に転がる水晶玉。
それに興味を引かれたボクは、何も考えずにそれに触れてしまいました。
「――えっ!?」
触れた瞬間、途端に水晶玉は砕け散り、その水晶玉から膨大なマナが溢れ出しました。
「な、何ですと!? ――うわっ!?」
砕け散った水晶玉から溢れ出した膨大なマナは広場を覆い尽くす眩い光へと変わり、あまりの眩しさにボクは咄嗟に目を閉じてしまったです。
「な、何が起きてるです!? ――これは……魔法陣……ですかね……?」
目を閉じたままだと何かが起きた時に危険なので、目が眩んだままでも目を開けました。目が眩んでいる為直ぐには見えなかったですが、何度か瞬きをすると見える様になり、ようやく状況を確認する事が出来たです。
すると、あれ程眩しかった光は既に収まっており、その代わりに広場の地面には二重の円と、その円の中には複雑な幾何学模様が淡い光で描かれていたです。
それが何なのかは瞬時に理解出来ました。ボクの言葉にもある通り、魔法陣です。
ちなみに魔法陣の知識は、シヴァちゃんの知識と、中学時代にファンタジー物のラノベを愛読していた事で得たものです。
「キャッ!」
暫く様子を見ようとしたら、幾何学模様の魔法陣の文字が円の内部で回転を始め、それと共に魔法陣の中心から光と風が噴出し始め、やがて荒れ狂いだしました。お陰で、女神の羽衣が裾から捲り上がり、きわどい下着が丸見えになったです。……この場に誰も居なくて良かったです。
下着を誰かに見られなくてホッとしたのも束の間、圧を強める暴風と魔力を伴った眩い光の圧によって、ボクの身体は地面へと押し倒され、更に、そのまま押し潰されそうになりました。下着を丸出しのまま。
「ぐうぅぅぅぅ――っっ!!!」
咄嗟に白神へとマナを流して身体強化をしましたが、それでも身体の自由は利かず……魔力の圧迫による苦しさと、暴風による息苦しさによって次第に気が遠くなり、そのままボクは意識を手放してしまったです。
それからどれ程気を失ってたのか。
数分なのか。それとも、数時間なのかは分からないですが、気が付くと荒れ狂っていた暴風も、無尽蔵に迸る魔力の圧も消え失せていました。身体も自由に動くので、魔力嵐はどうやら治まった様ですね。
「あれ……? ここは何処です? と言うか、スラさんは大丈夫です!?」
「ヌヴァー! 主よ。私は無事です」
スラさんが無事で安心した所で辺りを見渡せば、今まで居た広場とは違う場所にいる事に気付きました。何故なら、床や壁がまるでコンクリートで造られた様にのっぺりとして、しかも四角い小さな部屋に倒れていたからです。更に不思議な事に、そのコンクリートの壁もホーンラビットの巣穴と同様、仄かに光っていました。
「今の出来事は……転移、ですかね? しかし、ホーンラビットの巣穴に何であんな水晶玉が……? まさかっ!!」
あの水晶玉を触れた後の出来事。それと、仄かに光る壁。更に、ホーンラビットの巣穴である筈なのに、ゴブリンやオークが居た事。それらの事実を踏まえ、ボクは一つの結論に辿り着いたです。
「ホーンラビットの巣穴の途中から……仄かに壁が光ってる辺りから、巣穴じゃなくてダンジョンに変わってたという事ですか! どおりでゴブリンやらオークが出て来る訳です……! という事は、最初の分かれ道。あれを左に行けば何も問題なくホーンラビットを狩れた……という事でしたか!」
痛恨の極み……!
後悔先に立たずとは言うですが、それは正に今のボクの事です。素直に左の通路へ進んでいれば、今頃課外授業も無事終了して、更に大きなホーンラビットを狩れたとみんなに自慢出来たものを。
……それよりも問題なのは、ダンジョンに一人きりで居るという事ですね。
マキトさんみたいに、Sランク冒険者ならばソロでも攻略出来ると思いますが、ボクはまだ冒険者にさえなっていないです。魔物との戦闘ならば魔法で何とかなりそうですが、罠の解除や食事の面では素人もいいとこです。現に、水晶玉による転移の罠に引っかかったです。……触った瞬間に発動する罠なんてマスターシーフでも解除出来るか分からないですが。
とにかく一人きりは危険過ぎるので、一刻も早く出口を探して脱出しないとやばい事になりそうです。もしかしたら、死ぬなんて事もあるかもしれないですし。
「とにかく、出口を探すです……!」
先ずは、四角い小部屋から出る事にしました。小部屋には、不自然な程しっかりとした扉が一つあるので、そこから出ます。幸いな事に、扉には罠の類は仕掛けられてはおらず、すんなり出られました。
扉を抜けると、やはりコンクリートの様な床や壁の通路となっており、小部屋から出て真っ直ぐ進む様になってます。まるで、この小部屋がスタート地点かの様な感じですね。
ともあれ、小部屋から出たボクはその通路を進み始めました。
「むぅー。十一枚の扉にそれぞれ1から11までの数字、ですか。どういう事ですかね……?」
コンクリートの通路を暫く進むと突き当たりとなっていて、その突き当りには一枚の扉があり、罠に警戒しながら扉を開き中に入ると、そこは直径20m程の丸い広間になっていました。
中に入ってから広間を見渡すと十一枚の扉があり、しかもその扉には、1から11までの数字が描かれていたです。
「とりあえず1と描かれた扉を開けてみるです……!」
罠が仕掛けられてるかもと思いながらも、とりあえず1と描かれた扉を恐る恐る開けてみると、その向こうには更に通路が続いていました。念の為に、罠に警戒しながらも11までの全ての扉を順に開けてみましたが、やはり扉の向こうには通路が続いており、どうやらこの広間は分岐点としての広間だという事が分かりました。
「ボクの入ってきた扉には12という数字。1から12までの数字で連想するのは時計や一月とかの暦の数字ですが、果たして? しかし、迷路は苦手なのに、その上謎かけとか……。悩ましいです……」
暫く扉と数字について考えてましたが、この場で悩んでいても何も始まらないので、とりあえず1の扉を開けて先に進む事にしました。
あ、分岐点の広間は魔物も何も現れないので、一先ずとしての拠点にしました。拠点にするのは転移してきた部屋でも良かったですが、あの部屋は何だか嫌な感じがしたので、あそこでは眠りたくないです。
拠点の事より、今は扉の先の事です。
ともあれ、扉を一つずつ探索し始めましたが、思い返してみれば、これが地獄の始まりでしたね。
1と描かれた扉から11と描かれた扉まで……それぞれの通路の奥には、想像を絶する魔物達が待ち構えているとは思いませんでした。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!」
1と描かれた扉から続く通路の最奥の部屋。
その部屋の広さは奥行きが100m程あり、しかも、今までの扉とは一線を画す大きさの扉で通路とは隔てられていました。そして、その扉にも罠は仕掛けられてはいなかったけど、その部屋で待ち構える魔物こそが罠とも言えるものでした。
「2mのG虫なんて聞いてないですぅ〜〜〜っっ!!!」
その扉を開けて中へと入った瞬間、カサカサカサという音と共に、黒い死神が、寄せては返す波の様に部屋の奥へと一斉に移動しました。それは正に悪夢。それを見た瞬間にボクの全身は総毛立ち、あまりのおぞましさにチビってしまう程でした。
慌てて部屋から出ようとしましたが、独りでに扉が閉まり、しかも押しても引いても開かなくなってたです。
「何で開かないです!? ――っ!!」
開かなくなった扉を何度も叩いたりしていると、不意に部屋の奥から視線を感じ、恐る恐る振り返ってそちらを見てみると、黒い死神達が一箇所に集まり、その中心にソイツが居ました。
「う、嘘ですよね!?」
そうです。体長2mの巨大なG虫が、長い触角をうねらせながらこちらを見ていたのです……!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔物名:クイーン・ブリオン
種族:魔虫族
ランク:Sランク
特徴:体長2m以上にもなる、ゴキブリが長い年月を生き抜き、魔力を蓄えて進化した魔物。女王という名前の通り、雌が進化する。
甲殻は鋼よりも硬く、並の刃物では歯が立たない程。魔法に弱い。
一度の産卵で数千万のゴキブリが産まれるが、共喰いによって淘汰され、強き個体数百万匹が兵としてクイーンに従う。
魔石はクイーンにしか存在しない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして……悲鳴と、聞いてない等の弱音を吐いたボクでしたが、この部屋から出られないという事は、恐らくこの巨大なG虫をどうにかしないと扉は開かないという事を察しました。
しかし、巨大なG虫を倒すと言っても、ボクは戦いたくないです。むしろ、今すぐ逃げたいです。かと言って、倒さないと扉が開かないとなると倒すしかないです。……スラさんに頼んだ方が良いですかね?
でも、スラさんがG虫を吸収するなりして倒したとしても、その後にボクの股間に戻って来る事を考えると嫌です。何だか間接的に触れている気がして。しかも、それが股間だなんて、考えるだけでチビってしまいそうです。むしろ、既にチビってます。
やはり、ボクが無けなしの勇気を振り絞ってG虫を倒すしかないですね……!
黒神からブラフマーを取り出し双剣にして構え、巨大なG虫とその周りに居る何百万もの小さなG虫へと意識を集中します。巨大なG虫へと寄り添う小さなG虫達は、こうして見ると何だか可愛らしく感じられますね。……嘘です!
「うひぃぃぃ〜〜っっ!!! やっぱり無理ですぅ〜〜っっっ!!!」
誰でもそうだと思うですが、ボクも幼少の頃からG虫は苦手でした。グロテスクな見た目に、
「ヌヴァー! 主よ。私が相手しましょうか?」
「お願いしたいけどお願い出来ないです!」
「先程より沢山の食事を与えて下さるから戦えという事かと。ヌヴァー!」
「……チビってるだけです」
ボクが恐怖に慄いていると、スラさんからその様な提案がありました。だけど、その提案を受け入れてしまうとさっき考えてた通りになってしまうので却下しました。その事を思い出した事により再びチビってしまったですが、それはこの際仕方ないです。
しかしこの状況をどうすれば……
……等と思っていた矢先、G虫達が一斉にボクに向けて動き出したです。
カサカサカサ、ガサガサガサと恐ろしい足音を立てながら。
「いやあぁぁぁぁぁあっっ!!! 『
あまりの恐ろしさにテンパったボクは、酸素等の事をすっかり忘れ、火属性の超級魔法を放ってました。
巨大なG虫を中心に噴き上がった地獄の炎は渦をなし、数百万の小さなG虫と巨大なG虫をあっという間に焼滅させていきます。
そしてその炎は勢いが衰える事なく、ボクもろとも、この部屋の全てを包み込んだです。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ……ぁ……??? ……おや?」
あまりにも凄まじい業火とその威力によってボクもここで死ぬんだと思っていたら、炎の熱さも、燃焼による酸素欠乏の息苦しさも全く感じませんでした。
「もしかして、ボクのマナを使った魔法だから……ですかね? 燃えたのに酸素も無くならなかったのは不思議ですが、とにかく助かったです。しかもG虫も全滅ですし、魔石を回収してさっさとこの部屋を出るです!」
渦巻く業火が鎮火し、巨大なG虫が居た辺りにはゴブリンと同じ、直径5cm程の魔石が落ちてました。だけどゴブリンよりも、巨大なG虫の方が遥かにランクが高いからか、魔石の色は宝石の様に凄く鮮やかでした。
それにしても、恐ろしい目に遭ったです。二度と出会いたくない魔物No.1にランクインですね、巨大なG虫は……!
その後、G虫の魔石を出来るだけ触れない様に黒神へと収納し、拠点とした分岐の間へと戻りました。
すると、分岐の間の中心の床に淡く光る二重の円が現れていて、一つ目の円と二つ目の円の間の一箇所に『1』の文字が浮かび上がっていたです。
「これは……! ボクの予想が確かならば、全ての扉を制覇すれば数字が揃い、そして何かが起こるって事ですね! つまり、ダンジョンから脱出出来るはずです!」
脱出出来ると意気込んでますが、この仕掛けを解いても、まだまだこのダンジョンの序の口だという事をボクはまだ知りませんでした。
そうです。地獄はまだ始まったばかりなのでした……
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