終章  放課後のおまじない・その2

 放課後。教室に残ったのはヒロキくんとユウキちゃん。それから、スマホを持った閻魔姫である。勝手に校舎へ入ってきたらしい。


「なんで入ってきたんだ?」


「あなたが迎えにこないからよ」


「それは、ごめん。ちょっと、ユウキが話があるって言ってな。つか、こっち、大騒ぎだったぜ。当分は悪い噂が消えないだろうな。姫は大丈夫だったか?」


「特に何も。なんか、ごちゃごちゃ言われたけど、放っておけばいいのよ、あんなの」


 シレっとした顔で言う閻魔姫であった。そういうゴシップには強いらしい。


「それでは、いまから、ヒロキくんを普通の人にするおまじないを教えます」


 ユウキちゃんがおごそかにボケた。閻魔姫が過敏に反応する。首から下がっているネックレスの小瓶を手で押さえた。


「ヒロキを普通の人に戻す? どうやって?」


「いや、姫、そういう意味じゃないから。ま、とりあえず聞こうじゃないか」


 言いながらヒロキくんがユウキくんにむきなおった。


「それにしても――」


 口の中で小さくつぶやく。


「それにしても、こんな元気そうなのに、なんでユウキの寿命は尽きかけてたんだ?」


 ヒロキくんの心情に気づかないユウキちゃんが、ハサミと和紙をだしながら説明をはじめた。


「これは、私の中学校のころの同級生の知り合いのお兄さんの彼女の幼馴染みのバイト先の店長の奥さんの学生時代の恩師の妹さんのお隣さんの友達の親戚から聞いた方法なんだけど」


「限りなく他人だな」


「うん。その人が、古本屋で呼んだ黒魔術のやり方を教えてくれてね。効果は、当たるも八卦、当たらぬも八卦だけど、なんにもしないよりはましだと思うから、気分の問題だと思って聞いてね。いい? まず、自分の髪の毛を少し切ります。それと、古い和紙を用意して、なかったら習字紙でもいいけど――」


 ユウキちゃんが説明をはじめた。実際に、ちょっと自分の髪の毛を切って見せる。「内容はなんでもいいから、ヒロキくんと仲良く会話がしたい」というのが本音だろうが、とりあえず表情は大真面目であった。ヒロキくんと閻魔姫も話に付き合う。


「――で、それを、こういう形に折ります」


「折り方まで決まってるのか。しかし、よく覚えてるな」


「私、こういうのって趣味でやってるエキスパートだから。ヒロキくんも知ってるでしょ? ちなみに、恋の魔術の場合は、これとはべつに、相手の名前を書いた紙を用意して――」


 説明の最中、ヒロキくんと閻魔姫が、ふと天井を見あげた。妙な空気の変質を感じとったのである。


「あ、ヤベ。まだ早かった」


 という天井からの声は、ユウキちゃんには聞こえないものだった。声の主の姿も見えなかったに違いない。事実、ヒロキくんと閻魔姫の目にも、半透明にしか見えなかった。


 ちなみにボタンたちのような死に装束ではない。黒いレオタード姿で、鞭みたいな尻尾の生えた美少女である。つまり、いままでいなかった新顔であった。それがパッと消える。


「姫、いまの、死神さんか?」


「ううん、違う。あれ、パパの家来だけど、魂を狩るんじゃなくて、人間と取引して、寿命を削りとる種族ね。あんまり見たことないから、私も詳しくないけど」


「あァ、そういえば、ボタンさんも、そういうのがいるって言ってたな。――寿命を削りとる?」


 小声で会話してから、ヒロキくん、ユウキちゃんをあらためて見すえた。


「ユウキ、その恋のおまじない、実際にやったこと、あるのか?」


「え? うん。実は、好きな人ができちゃって。それで熱中してやったことが、あったような気がするかも、しないかも」


「どれくらいやった? ちなみに、やることで、なんかデメリットがあるとか、そういう話は聞いてるか?」


「えーとね、黒魔術だから、確か、一回やったら、引き換えに、寿命が三年くらい減るって言ってたような、言ってなかったような。でも、そのときは効果なかったな。私、高校に入ってから、両想いになれますようにって、一ヶ月くらい、毎日やったけど、うまく行かなかったし。ていうか、効果あったら、それはそれで困るんだけど。私、九〇年くらい寿命が縮まっちゃうから。アハハハ」


「それだアアァァァ!!」


 ヒロキくんが絶叫した。訳がわからず、キョトンとなるユウキちゃんである。


「いいかユウキ? そのおまじない、二度とやらないでくれ」


「え、どうして?」


「そのおまじない、本物なんだよ。誰が相手か知らないけど、ちゃんと両想いになってるから」


「――そうかしら?」


 納得のいかない顔で、しげしげとヒロキくんを見つめるユウキちゃんであった。


「まァ、ヒロキくんが言うなら、もうやらないけど。――でも、それなら、どうして私、その人とお付き合いしてないんだろ?」


 それは、『両想いになれますように』とお願いしただけで『お付き合いできますように』とユウキちゃんがお願いしなかったからである。『永遠に結ばれますように』って願ったわけでもない。閻魔姫という、将来の恋のライバルも出現した。これからは本人の努力次第だろう。


「ま、問題は俺だな」


 校舎をでて、名残惜しそうなユウキちゃんにまた明日と手を振り、閻魔姫と手をつないで歩きながらヒロキくんが考えた。ボタンなら魂を戻せるらしいけど、閻魔姫が首を縦に振らなかったら、それはあり得ない。その閻魔姫はヒロキくんを大のお気に入りと公言したのである。ヒロキくんに自由が訪れる日は当分くることもなさそうであった。


「ヒロキ!」


 そして泣きっ面に蜂。空から降って湧いたのはボタンとアズサとザクロである。地獄界から直行してきたらしい。うんざり顔でヒロキくんがお三方をながめた。


「なンすか? ボタンさんまで一緒になって」


「いま、閻魔大王様からの伝言を命じられてきました」


「貴様の言う通り、あの魔人は日雇いで働かせている」


「実は、閻魔姫様がスマホで頼むから、なんだけど」


 三人での説明がはじまった。


「ただ、ヒロキさんのような不死の魔人が人間界にいることは、やはり好ましくないと閻魔大王様はお考えになったようです」


「だから、一度でいいから地獄界にくるように。顔を見ておきたい、だそうだ」


「封印なんかしない。ちゃんと人間界に帰すから、安心しろ、だって。それから、魔人も会いたいって言ってたわ。あらためて決着をつける気みたいだけど」


 三人で仲よく言うが、ヒロキくんはげんなりした顔で空を仰いだ。


「あのー俺、学校が忙しいんですけどね。魔人と会って誤解を解きたいって気はなくもないけど、もう勝負する気はないし、あれ、俺の負けでいいし。つか、地獄って怖いんですけど」


「だから、連休でいいから予定を組んでおけ、とのことです」


「それと、ひとつ、いいことを教えてやろう。地獄界にきたら、ご褒美があるそうだ」


「ユウキって女の人の寿命九〇年分、一括で返してあげるって」


 アズサとザクロの言葉は予想外だった。少しして、ヒロキくんの表情が変わる。


「なんだって?」


「ふむ。これを言えば表情が変わるはずだと言われていたが、閻魔大王様の言うとおりだったな」


 なんだかんだ言っても、さすがは閻魔大王様である。なんでもご存知らしい。アズサが薄く笑みを浮かべた。


「とにかく、伝えることは伝えたからな。なるべく早めに覚悟を決めておけ」


「じゃ、またね」


 言うだけ言い、アズサとザクロが腕を振った。瞬間に姿が消える。ボタンだけは姿を消さず、にこやかに閻魔姫の手をとった。


「では、閻魔姫様、帰りましょう」


「うん」


 ヒロキくんとボタンにはさまれて、閻魔姫が歩きだした。一緒に歩きながらヒロキくんが考える。もしも地獄界に行って寿命を返してもらったら、ユウキは元通り。ただ、俺って、本当に人間界に帰れるのか? と言うか、閻魔大王様、約束を守ってくれるのか?


「閻魔大王様が約束を反故にしても、誰かに舌を引っこ抜かれる可能性はないだろうし。前に電話したときは喧嘩売っちまったからな。これからはシャレにならねーぞ」


 深い深い、深ーいため息をつくことになるヒロキくんであった。




 ――この街には、閻魔大王様のひとり娘と、お付きの死神と、不死の魔人が住んでいる。

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