終章  放課後のおまじない・その1

「それで、魔人は地獄界に戻したんですね?」


「はい。アズサとザクロが連行しました。閻魔大王様への報告も任せております」


 夜、自宅でチクチクと首を縫ってもらいながら、ボタンに確認するヒロキくんであった。その隣では、閻魔姫がヒロキくんの魂をいじくっている。話に飽きたのか、ポンポンと壁にぶつけてキャッチボールまではじめた。ちなみに気絶したユウキちゃんは自宅の前まで運んで寝かせておいたから、目が覚めたら幻を見たと思うことだろう。


「なんか、あんまり気持ちのいい別れ方をしなかったから、心苦しいなァ。誤解されっぱなしで恨まれたら夢見が悪いわ俺」


「どうだっていいじゃない、あんな奴」


「いやいや、そういう態度をこっちがとるから、むこうもやり返しにくるんだ。地獄界の釜に封印するから脱走もするんだし。それに、俺が話した感じだと、あいつ、それほど根は腐った奴じゃないぜ。やさしく接してやれば、おとなしくなると思う。前にも言ったけど、封印じゃなくて、日雇いでこき使う、程度でいいんじゃないか? よかったら姫から閻魔大王様に言ってくれよ。姫の言うことなら、閻魔大王様も聞くと思うから」


「うーん、どうしようかな。考えておくから」


「よろしく頼むよマジで。それから姫、ちょっと確認しておきたいんだけど」


「あら、なァに?」


「このあとも、ずっと家出するつもりなのか?」


「あら、安心しなさい。私は、いつまでもヒロキのそばにいてあげるから。それに、ユウキって女の人の寿命も伸ばしてあげないとね」


「あ、そう。わかっててくれて助かるぜ。それから、俺の魂なんだけど。――と言うか、俺の魂でボール遊びするのやめてくれないかな?」


「だって、あのガラス瓶、割れちゃったんだもの。明日、ボタンにスペアのガラス瓶を持ってこさせるから、それまで待ちなさい」


「いや、あの、待つって言うか。――やっぱり、戻してはくれないわけですか?」


「あら、戻すなんて約束したかしら?」


「いや、だって、そのうち戻すって」


「そのうちはそのうちよ。いまじゃないわ」


「そんなこと言ったら、そのうちなんて永久にこないぞ」


「だったらヒロキは永久に私の家来ね。それから、十年後には私の恋人。浮気したら魂は犬の餌なんだから」


「あの、それはちょっと」


「ヒロキさん、縫い終わりました」


「あ、どもです」


 ヒロキくんが首をひねった。コキコキと音がする。家庭的で器用な死神がそばにいるのがヒロキくんにとって幸いであった。


「ま、いまのところは、それでいいか。とりあえず危機は去ったんだし」


 と思ったヒロキくんだったが、その考えは、翌日にフッ飛んだのである。


「ちょっとヒロキ! 昨日、どうしたの!? なんか、変な噂が立ってるよ!!」


 朝、ヒロキくんと閻魔姫が手をつないで学校に行って、ユウキちゃんと会って「昨日、瞬間移動する死神さんと、ヒロキくんの生首の夢を見ちゃった」なんてボケ会話をして、仲よくクラスに入ったら、先に教室に入っていた島崎晶ちゃんが青い顔で話しかけてきたのである。津村と後藤のクルクルパーズも変なものを見る目をしていた。いつもの喧嘩をしてないのだから相当な事態である。


「おはよう島崎。なんだ変な噂って?」


「あんたが小学生と駆け落ちしたって」


「――何ィ!? なんだそりゃ!?」


「いや、なんか、隣の小学校に、姫ちゃんって女の子がいるんだって。一年生の」


「あ、姫だったら、俺ン家の居候だよ。一応、親戚ってことになってるはずだ」


「その娘が昨日、ヒロキは私に魂まで奪われてるだの恋の奴隷だの将来の結婚相手だのって、なんか、シャレにならないことを同級生に話したんだってさ。で、お昼休憩のときに、いきなりいなくなっちゃって。それで、むこうの先生が心配して、こっちに電話してきたんだけど、あんたはあんたで影も形もないもんだから、これは駆け落ちだろうって大騒ぎになって」


「ちょっと待て。それ、誤解だって。て言うか、魂まで奪われてるって、そりゃ、そうだけど」


 とかなんとか言ってたら、キーンコーンカーンコーン コーンカーンキーンコーンとチャイムが鳴った。


“臨時放送です。2‐C太野裕樹くん、職員室まできてください”


 不安を煽りたてるような声色の臨時放送であった。




『だから、それは誤解ですってば! 駆け落ちなんかしてません!! 俺、ちゃんと学校にきてるでしょうが!!』




 一時間後、なんとか誤解を解き――と言うか、やった、やってないの押し問答を延々と繰り返して、ようやく釈放されたヒロキくんがげっそりした顔で教室に戻ったら、心配顔のユウキちゃんが近づいてきた。


「あのねヒロキくん? まさかとは思うけど、ヒロキくんって、そういう趣味の人だったの? 普通の人じゃなかったの?」


 こっちはこっちで、とんでもない誤解をしている。うんざりした表情でヒロキくんが手を左右に振った。


「そんな趣味のはずないだろうが。普通の人じゃないってのは認めるけどさ」


「それは、困ったわ。でも、そういうのって、きちんとすれば、ちゃんと治るから。ね? そうだ、放課後、いいことを教えてあげる」


「――ふゥん? なんだか知らないけど、楽しみにしてるぜ」

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