第三章 アズサ・その2

 正直に言ったヒロキくんである。閻魔姫が数秒置いてから納得顔になった。


「忘れてたわ。そういえば、それがあったわね。て言うか、あの名前って、ヒロキじゃなくてユウキで、女の子だったの?」


「あの」


 と、ここで口をはさんだのはボタンだった。


「申し訳ありません、閻魔姫様。死ぬはずの人間に寿命を与えるような行為は、いくらなんでも、閻魔大王様にお伺いを立てなければ」


「あ、そうだったの」


「はい。さすがに、閻魔姫様と言えども、そういう摂理までもねじ曲げられては」


「わかったわ。だったらヒロキ、余った寿命、そのユウキって女の子にあげるから」


「え!? 閻魔姫様!」


「パパにお伺いを立てなきゃいけないんなら、私、そんなの絶対に立てないもの」


 内心、やったと手を叩いたヒロキくんであった。ええぞええぞ。ボタンさんのおかげで、かえって姫の決意に拍車がかかった。


「よし、決定。これから、私たちで成仏屋をやりましょう。不慮の事故で死んだ魂を、ほかの死神に見つかる前に地獄界へ送り届けるのよ。で、少しだけ寿命を、死ぬはずだったユウキって女の子に分けてあげる」


「そんな。閻魔姫様」


「これは命令よ。あなた、私の言うことを聞いて、身の周りの世話をしなさいって、パパに言われてるんでしょ?」


 ジロリと睨みを利かせた閻魔姫である。これでボタンもうなずくしかなかった。


「わかりました。仕方がありません」


「それで? ヒロキ、ユウキって、どんな人?」


「俺の通ってる学校のクラスメートだよ」


「そうじゃなくて、顔」


「は? そんなの、姫なら、すぐわかるんじゃないのか?」


「わからないわよ」


「――じゃ、どうやって、俺のことを探り当てたんだよ?」


「これ使ったのよ」


 閻魔姫がスマホをとりだした。


「日本人なら、これに名前を入力すれば、誰がどこにいても、すぐにわかるから。相手がスマホを持ってても持ってなくても関係なしでね」


「すげーアプリが入ってるんだな。――前から思ってたけど、なんで地獄界にスマホが存在するんだ?」


「人間界の業者に頼んで、専用の機械をつくってもらったからに決まってるじゃん。働いてもらったあとは、記憶を消してるってパパが言ってたけど。政府高官の記憶も消してるんだったかな」


「は? 政府高官?」


「うん。ほら、人間って、地獄界のこと、昔から知ってるでしょ?」


「そりゃ、まァ。昔っから、そういう話は爺っチャン婆っチャンから聞かせてもらうって決まりになってるからなァ。嘘ッパチだと思ってたけど」


「嘘ッパチじゃなくて本当。アメリカのCIAってところにも知られたことがあるんだって。ギリシャで王様やってるハデス小父さんとパパがスカイプで話してるのを聞いたんだけど」


「ふゥん。ハデス小父さんとスカイプねェ」


 と、感心したヒロキくんだったが、冷静に考えたら、これは当然の話だった。米軍とリトル・グレイが密約を交わしてる時代である。各国政府首脳陣が地獄界の存在に気づかないはずがない。


「一応、地獄界の存在を知った人間の記憶は片っ端から消してまわってるんだけど、なんとなく覚えてるっぽい人がいて、それで、どうしても情報が漏れるんだってさ」


「なるほど。それが、地獄に関する昔話ってわけか」


 だから政治家は本能的に汚職事件で金を貯めるのかもしれない。地獄の沙汰も金次第と言う。


「それでヒロキ。ユウキって、どんな顔? 写真とかないの?」


「写真はねーなー。明日、学校の前で待ってれば、見られるぞ。俺が紹介するから」


「いま見たい。声も聞きたい」


 言いながら閻魔姫がスマホに何やら打ちこんだ。


「あ、ユウキって、いま、自分の家にいるみたい。ヒロキ、案内しなさい」


「へいへい。そりゃいいけど、それだけ便利で、なんで写真が載ってないんだ?」


「登録できないのです。人間は、年をとれば顔も声も変わりますので」


 と、これはボタンの説明であった。ヒロキくんがため息をつく。


「さすがにそこまでは万能じゃないわけか。てか、万能だったら、俺とユウキを間違えたりもしないわな。はいはい」


 仕方ないって感じでヒロキくんが立ちあがった。

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