第三章 アズサ・その1

       1




「姫とボタンさんに、ちょっと話があるんだ」


 家に帰って飯を食って自室に戻って床に座ったヒロキくんが閻魔姫に訊いた。閻魔姫も、同じようにちょこんと床に座ってヒロキくんを見つめている。隣にはボタン。相変わらずの死に装束であった。あらためて見ると、牡丹のような素晴らしい美貌なのだが、雪女のような雰囲気がある。人間が本能的に恐れる凄味があった。


「何? ヒロキ?」


「なんでしょうか?」


「まず、基本的な確認。俺は寿命が残ってるのに、魂を狩られた。それで不死者になった。ここまではいいよな?」


 ヒロキくんがボタンを見て恐怖を感じないのは、もう生きていないためなのだろうか? それとも意地を張っているだけなのか?


「そうじゃなくて、寿命が残ってるのに、不運にも自動車事故かなんかで死んじゃって、しかも、まだ死神が魂を狩ってない場合、その魂はどうなるんだ?」


「それは――ボタン、どうなるの?」


「地獄界へ導くものがいませんから、魂は人間界を漂うことになります。最終的には、警邏中の私ども死神か、もしくは天界からの御使いが見つけて回収することになりますが」


「想像通りだな。じゃ、余った寿命はどうなる?」


「魂を地獄界へ導くとき、一緒に閻魔大王様のところへ持っていきます」


「なるほど。で、たとえばボタンさんが、その漂っている魂を地獄までつれて行った場合、余った寿命を少し分けてもらえるとか、そういうメリットはあるかな?」


 ボタンが少し考えて


「手続き次第では、できなくもないと思います。特に必要でもないので、やったことはありませんが」


 希望的な返事をしてきた。


「閻魔大王様の眷族には、寿命と引き換えに、人間の願いをかなえるような者もおりますので」


「あーそうだったな。そういう連中もいるって話は俺も聞いてるわ。なるほどなるほど」


 うなずいてから、ヒロキくんが閻魔姫とボタンを交互に見た。


「実は提案がある。俺たちで、不慮の事故で死んだ魂を見つけて、それを地獄界まで導く仕事をしないか? 成仏屋とか、そんな感じの奴」


「は?」


「私は、閻魔姫様のご意向に従います」


 というふたりのお返事。どちらを説得すればいいのかは決まった。


「な、姫。昨日、言ってたじゃないか。お父さんに反発して家出してきたんだろ? 自分も、ちゃんとできるところを見せたかったって。だったら、死ぬはずの人間の魂を狩るんじゃなくて、もう死んじまってるのに、回収されてない魂を地獄へ導いてやればいいんだよ。それだって、立派な仕事だろ」


「うん。そう言われたら、そうかな」


「そうそう。それに、成仏できない人間だって、きちんと行くところに行ければ、満足して姫に礼も言うだろう。姫、今日、学校の帰りに、俺のことを正義の味方って言ってたよな? これは正義の味方のやることだぜ」


 地獄界出身の正義の味方ってどういうことだ、という突っ込みは置いといて、とりあえず閻魔姫がうなずいた。


「なるほど。正義の味方って感じもしなくはないなァ」


 よし、もう一息。


「では決定ということで」


 閻魔姫がうなずくより先に言いきったヒロキくんであった。で、さもあたりまえのように話をつづける。


「そこでだな。俺は提案者だ。ご褒美として、欲しいものがあるんだけど」


「あら、なァに?」


「さっき言った余った寿命だよ。不運にも死んじゃった魂の奴な。あれ、ひとつの魂を地獄へ送るたびに、一年でも二年でもいいから、少しずつ分けて欲しいんだ」


「――分けてもらって何するの? もう魂もないくせに。それとも、七〇年くらいしたら、残ってる寿命も使いきっちゃって、本当に死んじゃうから、それで長生きしたいと思ってるわけ?」


「あ、そういう手もあったか。いや、それはいまのところ、どうでもいい。それよりも、ある人に分け与えて、その人の寿命を延ばしてほしいんだよ」


「ふーん。べつにいいかもね。それって誰?」


「大野裕樹。本当なら、俺の代わりに魂を狩られる立場だった女の子だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る