歯車
放課後。本気のレオに狩られ連行されるガタブル三年生。
「じゃーん。これがライブラ先輩ぃ」
「ヒィィィィ(悲鳴)」
「……思ってたのと大分様子が違うんですけど。めちゃめちゃ怯えてるじゃないですか。レオンハルト先輩、一体何したんですか」
「不思議ちゃんはいつもこんなだよぉ。極度の対人恐怖症?」
「ハヒ(瀕死)」
「こんな学校に来るくらいだから、堂々としている奴ばっかりかと思ったが……面白いのが交ざってるな」
「ッヒ(動揺)」
「でもこの僕に、忠誠を誓ったんだろ?」
未だガクブルが止まらないライブラの顔を覗き込んでミロードがうっすらと笑った。
「どうして」
そんなミロードの目を見返して、顔面蒼白のまま、ライブラは何か言葉を紡ごうとしていた。だが歯の音が合わない。ガチガチと響く。
「何か君にとっても意味があるのだろうから、それを僕にきかせて欲しい」
ゆっくりと誘う。艶やかな言葉。
呼吸を調えて、涙を堪えながら、ライブラは慎重に語り出した。漸く悲鳴以外の言語が発せられた。
「ぼ、ボクのうら、うらな、……ボクの占いッ」
「──占い──。占星術?」
レオンハルトはポカンと口を開けたし、セレストは小首を傾げた。
「ぼぼ、ボクは占いで、全部」
「占いが、僕を、君の主従相手に選んだ? 君はそれに従っただけってわけ」
ペタンとその場に座り込み俯いてしまったライブラはまだ小刻みに震えている。
「占星術師がこんな騎士学校に来たのも、占いがそうしろっていったから?」
一つ一つ丁寧に確認していくミロードの言葉に、見守るセレストですらハラハラとしてきた。そのうちミロードがキレて三年生のライブラを罵倒とかし始めたらどうしようとか思って地味に緊張した。もうライブラ本人は否定も肯定も出来ず項垂れていたし、きっと馬鹿にされる覚悟で耐えているのだろう。弱いものいじめのようで忍びない。
「占いが指示を出すのは、術士に目的がある場合だ。その目的のためにはどうすべきか、道を示すだけの能力だ。占いそのものに人格や意思はない」
軽蔑を含まない凛とした眼差しがなおも言葉を紡いだ。
「君の目的は何だ。どうして占いは僕を選んだ」
目を静かに見開いて、信じられないものを見るように、恐る恐る顔を上げたライブラは呼吸すら忘れてしまっていた。
「一度。息を吸って。ゆっくり吐いて。大丈夫」
促され呼吸を繰り返し、生唾を飲み込み、グッと決意して、今度は縋るように見上げた。
「アトラを滅亡から救いたい」
声は震えてはいたが今日一はっきりと喋った。ライブラの言葉はしっかり全員の耳に届いた。だがセレストとレオにはまるで意味がわからず宇宙猫だった。
アトラ。この大陸の名前だ。未だ魔導スポット群を有し、魔導を可能にしている世界最後の魔導エリアなのだと今日も授業でスパルタンが雑に説明していた。
「このままじゃアトラはあと何年かで滅亡しちゃうんだ!! 大人は誰も信じてくれない」
「…………大人じゃねぇけど。俺もぉそれは初耳。信じられない」
レオンハルトの呟きに、ライブラはうっと呻いてぼろぼろに泣き出してしまった。
「ボクの故郷は占星術師がたくさんいて、ボクも小さい頃から占星術が出来て、ある時突然アトラの滅亡しか見えなくなっちゃって……大人は誰も助けてくれない……笑って、馬鹿にして、逃げる……ボクだけ、ボクしか」
ミロードは長めに息を吐き、目を閉じた。そしてまた目を開け視線を落とした。
「世界有数の大魔導師たちの誰も、アトラの滅亡は予言出来ていない」
事実を、ただ事実として吐き出した。ライブラも知っていた。大魔導師たちが予言したなら、もっと皆受け入れてくれていた。現状は絶望だ。わかっている。
「そうだよね、きっとちょっと何か間違いで占いに出ちゃっただけですよ。元気だしてください先輩」
ライブラの握りしめた手の甲にぽたぽた涙が降り注ぐ。
どうせわからない。ボクの占いは外れたことがない。誰も理解できない。アトラは滅ぶ。このまま救うこともできずに見届けるしかないなんてあまりにも無能だ。無力だ。何のための占星術だ。予知や預言なんてそれだけでは意味をなさない。哀しくて胸は張り裂けそうに痛むのに。
「セレスト。それは違う。──アトラは滅ぶぞ」
今度は心臓すら鼓動を忘れるところだった。幸いただの不整脈程度でリズムを崩しただけで済んだが、ライブラはミロードを再三見上げた。
「今、なんて……?」
「かの大魔導師たちを凌駕する、世界一、完成度の高い占星術だ。君の預言は完璧だ。さすがに驚いた」
「ぇぇぇぇえ待って、待ってよミロード君。アトラ大陸滅んじゃうの? 世界から全ての魔導が消失するよ」
「事実上そうだな」
「やべぇじゃん」
ミロードの肯定は秒で信じる二人を目の当たりに、ライブラは狼狽えた。これは夢を見ているだけかもしれない。今まで、故郷のみんなも家族も、都会の偉い占星術師も、誰一人、まともに聞いてくれなかったじゃないか。それだけ途方もないことを告げたのだ。誰もが信じたくない絶望の未来を全力で否定し揉み消そうと、笑ったり時には怒ったりして皆完全否定した。
「何で驚く。君が占いで僕に辿り着いたんだ。当たり前だろ」
自分が自分の占いの力を一番知っている。一度も外れたことがない。ああ。
ミロードが膝を付いて目線を合わせた。呆然としているライブラの髪をしっかり撫でた。
「今まで一人でしんどかったろ。ちゃんと諦めず進んで偉かったな」
人生で誉められたのは初めて占星術が使えるようになった頃。よく当たるから天才だとチヤホヤされて育ったことすら忘れてしまっていた。アトラの滅亡を予言して以来、否定しかされず、心のどこか薄暗い場所で、自分の占星術が恨めしくも思えていた。それなのに。
「ありがとうライブラ。世界一の占星術師が片腕なら僕も心強い」
「 ハ、ヒ(思考停止)」
「ジゴロ。もうライブラ先輩のバイタルが」
「ぽっと出の不思議ちゃんがぁ。こんな大歓迎ぇされてんの。マジムカつくンですけど」
「ライブラ。勘違いするな。ここはゴールじゃない。認知されることが目的じゃないだろう? ここはスタートラインだ。アトラを救うという君の。気をしっかり持て」
軽い激励のつもりで言ったら号泣されてしまった。おおん。
「これからはぁ。名前呼ぶ機会増えそぉだしぃ。そのたんびライブラ先輩て言うのなげぇから。ラブちゃん先輩が呼びやすいよねぇ」
「ヒィ(拒否)」
「別に短くはなってないが語感は悪くない」
「僕はイブ先輩で行きます」
「ヒィ?(拒否権ないの?)」
「ララちゃん先輩でもいぃよぉ」
「ヒィィ(無慈悲)」
「じゃあ僕は『世界一の占星術師、僕のライブラ』って呼ぶ」
「アヒュン(タヒ)」
ついに魂が抜けて白眼を剥いたライブラを見てミロードはケタケタと笑った。
「もう。ミロード君。新しい玩具を手に入れた子供みたいな悪い顔」
「新しぃ玩具手に入れて悪い顔すんのはぁ、むしろ大人じゃね?」
「だって大人の~とか夜の~とか無駄にアダルトな枕詞はあんまりミロード君には使いたくない。本人調子に乗ってエロさ増しで来る」
「賢明ぇ」
「夫婦漫才はそのくらいにしとけ」
「番犬ちゃんとコンビ扱い!?」
「こっちだって嫌ですよ」
揃って憤慨する二人にミロードは続けた。
「ああ。それなんだけど。二人にはしばらく一緒に頑張ってもらうから」
「は?」
「レオ。セレストを預ける。鍛えてやってくれ」
あ。これマジなやつだ。セレストとレオは瞬時に理解し口を噤んだ。
「セレストは筋はいい。レオが色々教えてくれればすぐに強くなる」
「でも俺。我流だから変な癖まで遺伝すんよ?」
「もちろんセレストは教えられた中で参考程度使えるものだけ取捨選択していけばいい。どうだい?」
ミロードがセレストを仰いだ。そこはちゃんと意思確認するんだ。
「僕は強くならないといけないからね。君が望むならなおのこと」
「ふぅん。あっそ。じゃ俺のこと師匠って「呼びません」呼べって「嫌です」番犬ちゃん可愛くねえ」
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