午後の授業は座学だ。スパルタンが教壇に立ち世界地図を指した。


「いいかよく聞け。この大陸の騎士は、魔導を使うことが許されている。魔導は魔導スポットのない土地では発動しない。かつて世界の至る所にあったそれらは、あるものは枯渇し、封印され、破壊され、様々な形で文明とともに消えていった。アトラ大陸。ここが世界最後の魔導エリアだ」


 この大陸の誰もが知っている一般常識の一つである。あまり真剣に話を聞いている者はいないが、大事なことなので最初にちゃんと伝えることになっている。


 魔導を有する大陸で、一般人には許可されていないその使用は、魔導を生み出し操ることの出来る魔導師と、王族、騎士──そうしたごく一部の特権階級のみに許可されている。魔導道具がなければ王族や騎士に魔導を使う術はない。魔導道具を作れるのは魔導師だけだ。


「世界中に魔導道具が眠っている。それらは最早この大陸に持ち込まなければどんな力があるかも確認できない。だが、他国の魔導遺産をこの大陸に持ち込むことはアトラの法律で禁止されている。ただし、他国の魔導師に永住権を与え大陸近隣の島々を魔導島として管理しているので結局のところ他国の魔導は受け継がれていると言えなくもないな」


 歴史や法律、様々な情報をざっくり一気に語って、スパルタンは不意にため息をついた。


「毎年同じことを言ってるせいかそろそろ飽きたな。もういいか」


(……やっぱりか!)


 教室の誰も驚かなかった。


「私は疲れたので、貴様らあれだ。残りの時間で作文でも書け。そうだそれがいい」


 どこからか取り出した作文用紙をさっさと手際よく配る。


「騎士としてをテーマに何でもかんでも思うことを書いたらいいわ!」


(適当がすぎる)


 生徒たちが黙々と作文を書いている間、スパルタンは黙ってその様子を観察していた。


 終業の鐘が鳴ると澄ました顔で教室を立ち去ろうとしたので、さすがに生徒の一人がスパルタンを呼び止める。


「先生。作文は集めないんですか」

「は? 集めてどうする。私に読ませたいのか」

「読まないんですか!?」


「どうせ貴様らは何を書けば自分を良く見せれるか、どう字数を稼ごうか、そんなことばかり考えていたではないか。そんな駄作を読ませて私の時間を無駄にするな!」

「ええ!?」


「せいぜいアレクとセレストくらいだわ、まともな騎士精神で書いていたのは。ミロード、貴様は少し腹黒がすぎる。もう少し慎め。朗読発表があったらどうするつもり」

「は。僕は何もやましいことなどないですが」

「だから堂々と晒すな。自重しろ。恥じらえ」


(何書いたんだよミロード……すげえ気になるな)


 クラスメイトたちは顔もまだ覚えていないミロードのことをチラチラと盗み見た。これで多分全員に存在を認識されてしまっただろう。不本意。渡し船というわけではないがセレストが挙手した。


「先生は僕たちの作文を読んだのですか?」

「ふ。いい質問だわセレスト。読んでなどない。けれど教師陣は貴様らのアミュレットから発せられるオーラで精神状態などを見ることができるの。ずるい考えの奴はすぐバレるぞ」


(とんでもねえな)

(そういうことは最初に言ってくれ)


 ざわめく教室の中でアレクが一人すごいんですねえと感心していた。後ろめたい部分がない人間はいつだって気楽だ。


「じゃあ僕らが作文を書いている間、先生は僕らの感情を読んでいたわけですね」

「そうだ。アレクは無駄にキラキラしていたぞ。いつまで持つか楽しみだわ」



 あれは激励ではないな。本当に楽しんでいる。アレクがいつか壁にぶち当たり挫折する様を思い描き楽しんでいる。そこから這い上がろうが転げ落ちようが知ったこっちゃないくらいの軽いノリだ。だが這い上がって来るなら、その先は本気で育成してやろうという熱気も感じる。どっちに転んでもアレクの道は険しそうだ。頑張れ新入生代表。本人はまだ気付いてもいないが。


 スパルタンが去った後、モブメイトたちが口々に文句を交わした。興味もないのでミロードはさっさと教室を出る。


「集団といると時々吐き気がしないか?」

「集団の中で耐えることにはわりと慣れているよ」

「そうか」


 短いやり取りで、ミロードもセレストもそれ以上深掘りしない。


「ライブラ先輩はレオンハルト先輩に任せるとして、残りの先輩方はどうするの」

「まあおいおいな。わざわざこっちから会いに行ってやる必要も今のところ感じないし、別にどうでも」

「そっか」


「それよりセレスト。あれはベストランカーの発表じゃないか?」

「うわあ。なんか張貼り出されてる……」


 事務員らしき大人が二人がかりで大きな紙を壁に貼ろうとしていた。


「今のうちに燃やそう。セレストの魔導リングで」

「いやいやいや。駄目だから」


「上位30だろ。冷静になってみれば僕のポイントはまだランク入りしていない可能性もある」

「どうかな。現時点でだいぶエグいポイントあるからな」

「半分はどうせ薔薇騎士団が占拠してるんだ。きっと大丈夫だろ」

(だといいけれど……)


 騎士ポイントは本来そんなポンポン数値が上がるものではない。一年二年とコツコツ貯めてもそこそこだ。セレストは兄二人の卒業時のポイントを知っている。平均より少し高めだという。初日でミロードは既にそれを大きく抜いている。笑うしかない。


 ベストランカーは、そこに名を連ねるだけで他とは別格だ。あまりにも。


「前回のベストランカーの結果を考えると一位はキングアーサー先輩で二位はレオンハルト先輩。ここはもう不動だろうけど」


「セレスト。お前よくレオに正面から喧嘩売ったな」

「う。アーサー様以外に気持ちで屈するわけにはいかない」

「アーサーとレオの間にある越えられない壁はなんなんだ」


 そこまでいったらもうアーサー相手でも屈するなよと思わなくもない。


「まずい。ベストランカー発表に気付いた奴らが群がってきた。離れようセレスト」

「人のいないところでミロード君の結果だけ知りたい」

「そのうち嫌でもわかるだろ」





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