慄える天秤



「ダメです」


 朝食の後購買部で珈琲メイカーを吟味するミロードに、セレストがわざとらしい咳払いをしながら渋い顔をした。


「なぜに」

「そんな日用品のためにポイント消費しようとしないでください」


 現金でも購入できるがミロードの手持ちはポイントだけだ。しかも現金で提示された金額は高額なので仮にミロードが現金を持参していたとしても到底買う気にはなれない。苦労もせずに手に入れたポイントでは価値もわからないので何となく簡単に浪費しそうだった。なんとたったの250ポイントだ。


「時間にとらわれず部屋で珈琲を飲む。いいじゃないか」

「珈琲がダメなんじゃなくて、」


「あれ? 君たち確か同じクラスの」


 お取り込み中の二人に声をかけてきたのは新入生代表アレクだった。


「おはようアレク君」

「奇遇だね。何か買い物かな?」


 にこやかなアレクに嫌味っぽさは感じられない。多分誰にでもこんな感じで素朴な問いかけをするのだろう。爽やか君だ。


 セレストは自然な笑顔を返すだけで余計なことは一切答えない。正解だ。


「そういえば君たち昨日はどこに泊まったんだい。部屋にいなかったよね」


 アレクの言う部屋とは新入生が寝泊まりする寮の大部屋だろう。まさか初日から大部屋を出るだけの──自分より多いポイントを所有する者がいるなんて夢にも思っていないそんな眼差しだった。


 それがまあ普通だ。適当にはぐらかすにしてもそれなりに話術が必要なわけで。総合的にコイツの相手は面倒だ、という本音が表情に出ていたのかもしれない。


 セレストがアレクからミロードを遠ざけるように立ちはだかった。


「昨夜はもしかして皆で仲良く勉強会とかあったかな。そういえばアレク君はもう騎士団結成したんだっけ」

「まだだよ。近いうちに作るだろうから騎士団の名前を皆と考えてるんだ」


 質問に答えず逆に質問をしていくセレストのスタンスにミロードは地味に感心した。相手の興味を別に持っていく作戦か。参考にしたいが相手に興味がないミロードでは咄嗟に質問は浮かばないだろうなとも思う。


「セレスト。高いからさっきの買い物は諦める」

「ん。それがいいよ」


 ぶっきらぼうなミロードの声にセレストは肩を竦めた。


「アレク君は何か買う?」

「購買リストを貰いに来たんだ。さすがにまだ買えるものなんてほとんどないだろうし」

「リストか。確かにそれは僕も欲しい」

「じゃあ僕がミロード君の分もアレク君とリスト貰いに行ってくる」


 始終にこやかにアレクとセレストは雑談してリストの置いてある棚の方に歩いていく。セレストならご近所の井戸端会議でも上手くやっていくだろうな。


 一人になったミロードに購買部のお爺さんが近付いてきた。


「今日は何を買うんだい」

「いや。今日は──」


 そこでふと昨日の夜のレオを思い出した。


「アミュレットのシステムで購買部とか来なくてもエリアの使用許可とか取れるのって」

「それは試験があって学長の許可が必要になるんだよ。よほど事情がない限りは中間試験と期末試験までおあずけだね」


(やっぱりすぐには無理か)


「じゃあ、忠誠の拒否権とか」

「拒否権とは違うけど、人数制限や審査制なら設定できるよ」


 メニューリストを見せながら爺さんはポイントを示す。忠誠強制解除に比べたら手頃だ。


「人数制限は薔薇騎士団のキングアーサーが付けてるね。もう上限だから誰も入れない。審査制は忠誠申告が届いたら君がOKするまで保留になる」

「よしきたそれだ。買おう、今すぐ」


「お待たせミロード君」

「ああ。アレクはどうした」

「先に戻るって。新入生代表になるだけあって余裕があるというか頭がいいというか。しつこく詮索してくるタイプじゃなくて助かったよ」


「まあどうせベストランカーが発表されるまでの束の間の平和だろうがな。打てる手は打ったわけだが……」


 既に先が予想できる。二人はゲンナリとした顔で購買部をあとにした。


 騎士学校の授業は午後からなので、午前中は各々自主練やら自習やら好きに過ごすのがおもだ。ほとんどは同じ学内の寮住まいなので誰にいつ遭遇しても不思議ではない。


「何の用だレオ」

「おはおは。今日もツンケンしててウケんねぇミロードちゃん」


 楽しいことなんか別に何もないのにニコニコしてるお前の方がウケるわ。という侮蔑の眼差しにもニコニコしている。もしかするとドM男なのかもしれない。


「一応俺先輩だしぃ、わかんないこととか。何でも遠慮なくきいてくれていいしぃ」

「じゃあ早速きかせてもらうが」


 遠慮とは無縁のミロードがズケズケと踏み込む。利用されるという事実に感激しているのかレオはきゅるんとしたピュアな目でミロードを見下ろしていた。


「僕に忠誠を誓った連中の中に一人だけ、情報開示を拒否してる奴がいて全然しっぽが掴めんのだが」

「それぇ、ライブラ先輩じゃね?」


 レオがさらりと答えらしきものを呟いたので、ミロードとセレストは愕然とした。


「そんな秒でわかるんですか!?」

「情報開示拒否はぁ。ぶっちゃけデメリットしかねえじゃん? 卒業後クライアント側に実績を証明できねえことにポイントぶち込む不思議ちゃんなんて。正直ライブラ先輩くらいしか俺知らない」


「誰だそいつは」

「聞いたことない名前だからベストランカーではない感じ……先輩って言うからには三年生ですか?」


「そそ三年よぉ。ライブラ先輩はぁ。俺もぉよくわからんから不思議ちゃん。絶対すげえ人だと思うんだけど。成績とか平均以下で超無名ぇ? でも俺、同じクエスト参加したことあって。あの人にだけぇいつも負けてる」


「クエスト?」

「学校から出る課題や外部からの依頼で、希望参加の実践です」


「そ。俺こう見えても有能だから、だいたい一番乗りで何でも解決すんだけどぉ。ライブラ先輩がたまに参加してくっと全部持ってかれる」

「マジか」

「何者でしょう」


「ライブラ先輩が何者なのかぁ相当調べたんだけど。未だによくわかんねぇしぃ」


 何故鍵垢なのか。本人にとっては何かメリットがあるということだ。秘密主義の謎の人。しかも二年首席のレオの実力を凌ぐ?


「俄然興味が湧いてきた。放課後捕獲して連れてこい」


「えー。それ超むずミッションだかんね? せめて三日の猶予欲しい」

「じゃあ無期限にしてやるが捕獲するまで僕の前に顔を出すな」

「 」


 顔を出すなと言われたくらいでレオは世界を呪いそうな顔付きで何かをブツブツと低く唸った。きっと呪詛だ。そのままゆらゆらと尋常ではない足取りでどこかへ消えた。


「あれはもう血肉に飢えたゾンビみたいなものだよ。あんなものを解き放つなんて……ライブラ先輩可哀想」

「嫌なら自分から自首するべきだ。ちゃんと保護してやる」

「ミロード君のそういう、鞭を放ってから飴をチラつかせるところ、ほんと性悪」


「目的を達成するための最適解になさけは不要だ。相手のじょうは最大限に活用するが」


 とはいえ情報の見えない相手の情などとんと予測できない。本当にレオの実力を凌ぐ存在なのか、試してみたいという気持ちもある。もちろん二年首席がどれだけのものかというのも含めてだ。


「楽しい鬼ごっこの始まりだ。僕らはゆっくり観戦していればいい」






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