跪く者たち
「待って待って。さっきのあれは絶対スルーしていい問題じゃないよ」
未だ困惑の真っ只中を彷徨うセレストが頭を抱えたままミロードを追いかけている。
「残念なことにどこにでもタチの悪い変態というものは存在する。そんなものにかまけている暇はない」
「いや、そっちもあれだけど、そうじゃなくて。レオンハルト先輩が言ってた『他にもミロード君に忠誠を誓った人らがいる』っぽい話だよ」
「そんなこと言ってたか?」
「うわ。やっぱり聞こえてなかったんだ」
あの状況だぞ? むしろよく冷静でいられるな。
「……僕には僕の個人的な一大事があってちょっと冷静さを欠いていた。なんて言ってた?」
「『今まで誰にも忠誠を誓ってこなかった
「ごめんマジであの瞬間はどうでもよかったんだ」
セレストは自分のアミュレットを覗き込んだ。
「僕のポイントは300で止まったまま。多分上限があって忠誠を誓った相手からの恩恵はこれで頭打ちってことなんだ」
「ガッデム。レオンハルト変態のせいでまたポイントが馬鹿みたいに上がった」
「つまりだよ。故障とか事故とかバグとかじゃなくて、それが今君の持つポイントってことなんだ」
「──どゆこと?」
寮の入口は幅広い階段の上がった先だ。階段の手すりにもたれるように佇む数名。階段を上るでも降りるでもなく、誰かを待ち構えている風体のそれら。まばらに。おそらく上級生だろう。
彼らの間をくぐり抜けて行かないと寮には入れない。
ひゅうんとおかしな呼吸音がした。セレストだ。なんでかはミロードにも何となくわかった。絵的に全体が絵画のように美しく様になって、辺りに舞う薔薇の花びらを感じたなら君にももうおわかりだろう。そうご明察。薔薇騎士団だ。全員お揃いですごい圧。生きろセレスト。
同時にもうひとつわかった。このアミュレットが示すふざけた数値は何を意味しているか。
颯爽と一番奥から歩いてくる。三年首席。キングアーサー。
『今まで誰にも忠誠を誓ってこなかった
キングアーサーはミロードの前まで来ると立ち止まった。長髪ストレートのサラサラヘアー。切れ長の目。どこから見ても美形。おいセレスト。抱かれたい男が目の前だ。息してるか? 最悪失禁、良くて失神。耐えろよセレスト。
キングアーサーはこっちの気持ちを知ってか知らずか澄ました顔で文字通り跪き、ミロードの手をとった。キングアーサーに比べれば随分小さな手だ。色白で病弱そうで、か弱そうな手だ。その手がキングアーサーの額に押し付けられた。
「ミロード。貴方に忠誠を誓った。今日は個人的にその挨拶に来たんだ」
個人的に来たら取り巻きが団体さんで見物についていらしたんですね。
「キングアーサー先輩。僕は貴方に忠誠を誓われる理由なんて」
「こちらにはあるのだ。忠誠は一方的になされる。そういうものだ」
「でも……先輩たちのせいで初日からポイントがやばいことになってるんです。これだとクラスで悪目立ちしてしまう」
「そんなことは些細なことだ。それよりも、得たものを最大限有益に利用して欲しい」
「そうですか。でもあと。先輩たちのせいで触発された変態に襲われました」
「──詳しく聞こうか」
得たものを最大限有益に利用するという意味ではこのクレームはなかなかどうして素晴らしいものだった。後日薔薇騎士団にお仕置されたレオンハルト変態事件はちょっとしたニュースになったけれど、事の発端は報じられなかったため騎士団抗争や陰謀説など噂が噂を呼んで愉快だった。
とにかく。レオンハルト変態をダシにしたおかげで薔薇騎士団はすぐさま去ってくれたし、ミロードが恐る恐るセレストを振り返った時にはセレストは意外にもスンとした顔で凛々しく持ちこたえていた。焦点が合っていなかったけれども。
「セレスト。大丈夫か」
「ミロード君。僕は大丈夫かな」
きっと大丈夫じゃない。
「偉かったぞセレスト。よくやった」
失禁を免れたことは功績だ。
「今夜は一人で寝られないに違いない……」
「一緒に寝てやるから安心しろ」
セレストには刺激が強すぎた。あの距離で生キングアーサーをくらうなんて。
「でもこれからは慣れていかないとな。僕の従者仲間として仲良くしてもらえ」
「ひゅうん!」
「おっと。今日はまだ仕事があるぞセレスト。夜まで寝込むんじゃない」
フラフラするセレストを支えつつミロードが舌打ちをした。
「勝手に忠誠を誓った相手全員の情報を絞り出したい」
「ああ、それなら」
正気を取り戻したセレストに三度目の有能と褒め讃えよう。
セレストに連れられ、寮内の購買部に足を運んだ。購買部は校舎にもあるらしい。
「アミュレットだけだとその時点のポイントしか確認できないけれど、専用のタブレット端末で色んな情報を引き出せるようになる。購買部に行けば誰でも利用できるけれど、ミロード君の場合それだけポイントがあるなら自分用のタブレットを買ってしまった方がいい」
「買い物。騎士ポイントで?」
「そう。現金でも一般雑貨は購入できるけど、だいたいのアイテムは市販されていない特別製でポイントでしか入手できない。ポイントはアイテムだけじゃなく権利とかにも交換出来る」
購買部で販売リストを見てみると、剣とか馬とかもあった。
「あ。二人部屋の権利とかあるぞ」
「最初は集団部屋だからね。ミロード君の持ちポイントなら特級個室でもいいんじゃない?」
「それだとセレストに用事がある度僕が集団部屋にわざわざ行かなくちゃならん。それに今夜は一緒に寝てやる約束だしな」
得たものを最大限有益に利用。初日から部屋をゲットとはなかなかいい気分だ。
「タブレットも忘れないでね」
「セレストは何か買うのか?」
「僕はこの魔導リングを買うんだ」
「300ポイントもするぞ。大丈夫か?」
手持ち300を全部一気に使うとは案外豪快な奴だな。
「今はまだ僕には何もない。いざって時何も出来ないままだと困るんだ」
兄弟から色々入れ知恵のあるセレストのことだから、物の価値を見誤ることはないのだろう。余計な心配だった。あるいはレオに言われた何も出来ない新入生という事実を気にしているか。
購買部のお爺さんがレジの時驚いて三度見してきた。
「新入生初日でこの買い物はこの学校の創立以来初の快挙だよ!」
「……ああ、うん、でしょうね」
「明日、毎年恒例のベストランカーが発表されるけど、通常二・三年しかいないんだよ。今年はまさかの番狂わせだね!」
「……ん?」
「ベストランカーは累計ポイント上位者30名、年二回発表されるんだよミロード君」
「……それはまずいな……」
初日で上位者30に入ってみろ。敵しか生まれない。一年も二年も三年もほぼみんな敵になる。なるべく目立たずひっそり過ごしたい僕としては願い下げだ。僕はなにもしてないのに先輩たちのせいで目立ってしまう。何が些細なことだ、アーサーめ。
「早速部屋にこもって犯人をつきとめてやろう」
「推理物風に言ってるけど情報を見るだけだからね」
二人部屋の鍵をミロードとセレストのアミュレットに認識させて、購買部のお爺さんはニコニコと終始笑顔。
「じゃあ新しい部屋に、大部屋に届いてる二人の荷物を運ぶよう手配しておくね。夕食は食堂と部屋、どっちがいい?」
「部屋に食べ物を持ち込むのは嫌いだ。食堂でいい」
「了解だよ」
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