夕暮の世界

「ミロードちゃん。一緒にごはん食べよぉ」


 賑わう食堂で目敏くミロードを見つけたレオンハルトが隣の席に座った。ミロードはチキンソテーにフォークを突き立て無表情で怒りを顕にする。


「どうして僕がハイイイデスヨとか快諾すると思ったんだい。普通に嫌だからどっか行け」

「つれないこと言わないで。俺ってばずっと一人で勝手に行動してたから誰かと一緒にごはんとか憧れるぅ」

「自業自得では?」


 ミロードの対面の席に座っていたセレストが口を拭いてからレオンハルトに話しかけた。


「レオンハルト先輩。良ければあとでお時間頂けますか」

「んー? なあに、俺になんの用ー?」

「先輩は個人技能の高さがずば抜けてすごい人だと聞いています。ちょっと手合わせ願いたいんですが」


 ミロードは目を丸くしてセレストを見た。


「やだよー。弱いやつとやってもつまんないじゃん」


 もぐもぐと食べながら話すレオンハルトと対照的にセレストの目は静かに光っていた。


「セレスト……もしかして君、怒っているのか?」

「もちろんだよミロード君。僕は君の騎士だからね。相手がどんなに格上でも君に害なす存在は実力で排除できるように強くならなくてはいけない。幸いレオンハルト先輩相手なら僕は安心して全力で一切遠慮なく攻撃出来る」


「そーゆうとこぉ。誠意だけは評価したげる」


 レオンハルトは目を細めて、首を傾げた。


「さっき。薔薇騎士団総勢十三人に苛められたんだけどぉ」

「それはイジメではなくお仕置きです」

「俺と対等にやれたのって、キングだけよぉ?」


「は? 薔薇騎士団は全員が凄腕の精鋭じゃないですか」

「だからぁ、俺も。キングくらいの強さだからぁ」


「でもアーサー先輩の一撃はくらってますよね。さっきから右手使ってないですけど、利き腕ですよね?」

「アレ超痛かったぁ。」


 ミロードがわざと他人行儀で敬語を使ってやったのに、レオンハルトは気にする素振りもない。


「利き腕使えないんですか……」

「別に片腕でも。そんな困らないけどぉ」

「ちょうどいいハンデなのであとで手合わせお願いします」


「えーやだぁ。ミロードちゃん。番犬ちゃんがしつこいぃ」

「レオンハルト先輩はセレストに嫌われたんです。反省してください」


 でもセレストがやたらに手合わせしたがっているのはあれだ。


 購買部で買った魔導リング。ミロードのタブレットで従者セレストの情報を見たら、魔導リングレベル1『せいぜい最大火力を放つだけ』ってなっていた。最大火力を放つならいいじゃないかと感想を述べたが、どうやらそうでもないらしい。レベルが上がれば、つまり訓練すれば、有益な使い方の幅が広がる。


「手加減したくてもまだできないんです。弱い相手には使えない」と言っていた。


「僕もセレストの手に入れた力を見ておきたい。従者から外されたくなかったらちょっとくらい付き合えよ」

「え? じゃあ番犬ちゃんと遊んであげたら俺ミロードちゃん公認の従者でおっけーてこと? やるやるぅ。俄然やる気出てきたかもぉ」


「本当は片っ端から除籍してやろうと思ったけど、ブロ解に使うポイントが半端なかったから困ってる。残りのメンバー全員知らない人だしレオンハルトより変なのが混ざってない保証もないし、せいぜい一人か二人くらいしか」


 苦虫を噛み潰したような顔でミロードが呻くと、レオンハルトの大きな手のひらがぽんぽんと頭を撫でた。


「あのメンツはぁ。除籍しちゃわない方がいいよぉ」

「知り合いか。気安く触るな。左も折るぞ」

「俺もアイツらもぉ、ずっと。忠誠を誓う相手に出会えなかった──やっと会えたのがミロードちゃんなんだぉ」


「それはちょっと僕も気持ちわかります……騎士は騎士として主を求める。仕えたい相手がいないだけですごく不安になる。僕はアーサー様に憧れて騎士になることが決まっていたのに、誰のためなのかわからずにいたから。ミロード君に会って、すぐにこの人だって思ったから」


 ミロードは盛大に溜息をついた。


「だからなんで皆僕なんだ。セレストはまあいいよ。直接話したし同じ一年だしまあわかるよ。あとは全員狂ってるだろ」

「アーサー様は狂ってない」

「あ、違った。セレストはアーサーに狂わされてた」


「番犬ちゃん。ミロードちゃんと。仲いいねえ」


 ねっとりと緒を引く言い方だった。


「ごはん終わったらドッグラン行こぉねぇ」


「っす。よろしくお願いします」


 不穏だ。レオンハルト変態は怪我してもいいけど、セレストに初日から大怪我させるわけにはいかない。しっかり監督しなくては。むしろあれか。スパルタン先生か誰かに立ち会ってもらった方がいいのか?


 食堂の窓から外を見れば薄闇が広がり始めている。セレストの色だ。薄紫の揺蕩う時間。神秘的で静寂と断罪の厳格な風が鎮まる。


 あれも最初は無色透明な魔法石が嵌っていた。セレストの指に落ち着くとそれは薄紫の夕暮色になった。炎の属性が付加されたのだという。ミロードの知る炎の色とはまるで違ったから腑に落ちていない。けれど空一面静かに燃えるそれが一日の終わりを始める合図だと言うなら、確かに、セレストの心の奥底に灯る炎の色はそれと同じだろう。


 見ておきたい。この目で。



「ところでレオ。ひとつどうしても解せないことがあるんだが」


 アスパラを突き刺してレオン変態の前でフォークを揺らすと、彼は無事な左で頬杖をついた。


「基本僕はいつだって油断はしてない。なのでどんな不意打ちにも対応出来る自信がある。ところがだ。さっきのアレ。アレは回避できなかった」


「どれぇ?」

「飼い犬の変態に噛まれた場面だ。言わすな」


 そっとセレストが申し訳なさそうに視線を逸らした。けど僕がしたいのはそういう話ではない。純粋に疑問であり、うやむやにしてはならないであろうギミック。ありえないが実際に起きたのだ。現実は受け入れてしかるべき。そして秘密は暴くべき。


「以前僕もあるじにキスチャレンジを試みたが」

「アルジ……www。何やっちゃってんのミロードちゃんw」

「全然隙がなかった」

「ミロード君。良くない。良くないよそれは」


 騎士たるものあるじを護るが勤め。セレストが青くなったり赤くなったりしてにわかにうろたえている。しかしあえて言おう。僕はあるじに騎士として仕えている訳ではない。普段あるじだなんて呼び方もしない。便宜上ここではあるじと言ったまで。


「これぇ。俺の初手はぁ『必中』」


 レオが首元の細い鎖に指をかけ、ネックレスを引きずり出した。


「『ラッキーファースト』でぇ、初手だけ幸運を爆上げしてる感じ?」

「購買部のリストで見たな。5000ポイント」


 魔法アイテムの効果についてはあまり信憑性が感じられなかったが、なるほど。ちゃんと効果があるらしい。


「初手だけ……つまり僕には二度と同じ手は通じない」

「同じ手だけじゃなくて全部、あとは実力ぅ?」

「うわ。僕にはまだ有効な回避不可」


 これから手合わせするセレストが眉頭を押さえている。


「……ふむ」


「騎士レオンハルトの名においてぇ。本日B闘技場貸切」


 レオン変態はアミュレットに低い声で囁いた。


「え。購買部とか教員室とか行かなくてもそういうのできるんですか?」

「そういう特権も。ポイントでアミュレットのシステムアップデート出来っからぁ」

「つまり僕はまだそういうのできない」


 ミロードはムムっと顔をしかめた。特権。特権といえばひとつまったく別の利用できそうなものに心当たりがあった。


 こっそりアミュレットに話しかける。


「聞いてるんだろう? ちょっと見学ついでにおつかいを頼まれてくれないか」


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