害敵


 新入生の教室に入った。雑談がはち切れんばかり、ガヤがガヤガヤうるさいのでギリギリまで戻りたくなかった。


 一際大きな賑わいで円陣の中心となっているのは新入生代表挨拶もしていたアイツ、確か名前はアレク。つまらない話だったので内容は忘れた。そのアレクに群がりワイワイしているのがおそらくポイント厨の面々。


「ハハ、よしておくれよ諸君。初日でポイントが270もついてしまったじゃないか」

「あと一人で騎士団結成も夢じゃない!」


 おめでたい連中がキャッキャウフフしているのをミロードとセレストは死んだ目で見守る。「入学初日で騎士団結成は初の快挙かもしれない!」とか盛り上がるモブにセレストは小さく呟いた。


「そんなの初の快挙とは言わない」

 セレスト情報によると過去三人そういう偉人がいるとかいないとか。偉人と言ってもスタートダッシュだけで最終的に大した偉業もないまま卒業したとか。とにかくちょっと目立つ存在はポイント厨によいしょされ、楽に稼げそうだと群がられることがあるらしい。浅ましい。実に残念。


「アレク君に忠誠を誓ったらもう15ポイント集まったぜ。他の誰かについてもせいぜい10ポイントだろうから君も早いうちにアレク君に忠誠を誓ったらどうだ?」


 気安く馬鹿がミロードにそういった。失笑。いやごめんほんと。


「僕は遠慮しておくよ。みんなの人柄もまだよくわからないし、それに僕の主人は生まれた時から一人だけなんだ」

「そっか。まあポイントにこだわらないやり方もいいよな」


 晴れやかな顔で馬鹿が去った。ミロードはセレストを振り返る。


「単純計算でゼロポイント相手の忠誠で10。忠誠を受けた側は30。アレク君は既に九人から忠誠を誓われて270」

「おめでとうセレスト。新入生代表に勝ってるぞ」

「やめて。こわいだけで嬉しくないから。あっちのカウントが正常。こっちは狂ってるからね。誰にもバレたくない」


 ひょんなことから意味不な秘密を共有するハメになった。あとで担任に相談しに行こう。多分事故だ。


 担任が教室に入ってくると突然皆黙り着席した。担任は女だった。担任は巨漢だった。女だけど巨漢、すなわち担任はゴリラオーラが半端なかった。デブではない。ゴリマッチョだ。


「私がこのクラスを受け持つ女騎士スパルタン。女だからって甘く見ないで!」


 大丈夫です。誰も甘く見ないです。


「浮かれ気分はここまでよ。今日から一年間、私がみっちりしごいてやるから覚悟なさい」


 このクラスは全員が一年間でゴリラになるわけだ。のぞむところだ。


「とりあえずこの学校の仕組みについてまとめた冊子を配るから、明日までに完読して頭に叩き込みなさい。いちいち説明するのめんどいから!」


 めんどいから。


 分厚い冊子をばしばし机に叩き付けて配る豪快さ。


「こと注意事項に関しては絶対。校則違反は騎士として恥ずべき行為と心得なさい」


 カツカツと凶暴な音をたてるハイヒール。あのヒールで人を殺せそうだ。


「騎士道精神、自身の心に背いてはならないし、他人の心に何かを強要してもならない。ここではそれを暴力と呼ぶ」


 足踏みだけで相手の心を押さえ込むスパルタン先生が言うと説得力ある。


「忠誠を誓う。それは相手に従うということ。自ら主導権を差し出したということ。決して安易に行ってはならない!」


 あ。先生。それもう手遅れです。少なくともこのクラスだけで十人の軽率な行動を確認しました。イエッサー。


「けれど、忠誠は美しい。心してかかれ!!」


 多分軽率組の脱落率が高いんだろうな。哀れみの気持ちが溢れてそっとセレストを見てしまった。「前向いてください!」って顔でこっちみてた。


「ただし教師陣に対しては敬意を払いなさい。礼儀を知らん奴など騎士以前に人間としてどうかと思うわ」


 ごもっとも。


「私はね、校長に忠誠を誓っているの。学生時代からずっとよ」


 !


 なんか今意味不明なゾッと感が駆け抜けた。ていうか先生が誰に忠誠を誓ったかとかカミングアウト必要? 何らかのマウント? 効果は不明だが圧だけすごい。


「校長に無礼をはたらく不届き者は私が絶対許さない。個人的に!」


 個人的に。私情か。それはやばいな。女の私情は特別面倒くさそうだしな。校長に敬意を払わないって僕じゃん。気をつけよう。


「私からは以上よ。あとは冊子に書いてあるから解散!」


 スパルタン先生に雑に追い払われて解散となってしまった。相談したいことがあったのにそんな隙はなかったな。


「『決して安易に行ってはならない』」

「安易にじゃないよ! 僕は人を見る目は確かだから」

「へえー」


 ずしりと重たい冊子を手にしてミロードは表情を曇らせる。


「これ明日までに完読って無理じゃないか?」

「僕が読んでおくからミロード君は読まなくてもいいよ。だいたいの内容は兄から聞いて知ってるし、過不足ないか一応チェックするだけならすぐだから」

「それは心強いな」


 寮へ向かう道中、ミロードとセレストの行く手を遮るように一人の男が立ちはだかった。新入生いびりのチンピラ先輩か。すごく目つき悪い。前髪が長すぎたせいかもしれない。散髪に行くといい。


 ミロードの隣でセレストが息を飲んだ。


「……レオンハルト先輩」


 有名人か。


「ふぅうん? 噂のミロードちゃんはそっちかぁ」


 しまった。僕もDQNネームで名前だけ有名人だった。蛇のような目で上から下までじっくり品定めの舌なめずり。これ完全に獲物にされてる。


「誰」

「レオンハルト先輩は二年首席。唯一誰とも主従関係をもたずベストランカー入りしてる実力派一匹狼」


 セレストと小声で短く必要最低限の情報共有をする。実は有能だなセレスト。


 二年首席に絡まれる謂れはない。ミロードは涼しい顔でレオンハルトの横を通り過ぎようとした。


「無視するなんて。傷付くじゃん?」


 思いのほか素早い動きでレオンハルトの魔の手がミロードを捕らえた。実力派一匹狼とはよく言ったものだ。


「華奢だねえ。壊れちゃいそうだねえ。新しい玩具は大事にしたいのにねえ」


 横たわる三日月のように目を細めてニンマリと笑う。非常にお楽しみになられている。確かスパルタン先生は教師陣には敬意を払えと言っていたが、上級生はそこに含まれてはいなかったように思う。独自解釈。


「レオンハルト先輩! ミロード君から手を離してください」


 果敢にもセレストが二年首席上級生に盾突いた。実は有能だなセレスト(二回目)。


「せっかくの護衛ご苦労様ぁ。でも何ら戦闘手段を持たない新入生じゃん? せいぜいそこで大人しく見てなよぅ。誠意だけは評価したげるぅ」


 まったくだ。誠意しかないセレストになすすべなし。僕も誠意だけは評価してあげよう。


「近くで見るとますます可愛いねえミロードちゃん。いいよいいよ、悪くないって言うの? 騎士レオンハルト、騎士ミロードちゃんに忠誠を誓っちゃうぅ」

「はあ!?」


 なんの冗談だ。レオンハルトとミロードのアミュレットが光ったから冗談が受理されたぞ。なんだコイツ。


「驚いた顔やおこの顔も可愛いよぉ?」


 両手でミロードの頬を撫でまわしてレオンハルトはニコニコと猫可愛がり状態だ。


「俺のぜーんぶあげるねぇ?」


 いらねえよ、と反論しようとした矢先。レオンハルトの舌先がミロードの口内を舐めていた。完全に唇を奪われるという失態にミロードはレオンハルトを全力で突き飛ばした。実際には突き飛ばされる寸前にレオンハルトが自ら逃げ去ったわけだがセレストには動きが早すぎてそんな細かいことはわからなかったし、激怒したミロードが闇のオーラを放っていたので思わず死を覚悟したほどだった。


 地を這うような低い声でミロードは肩をふるわせた。


「レオンハルトといったな……貴様一匹狼のくせに何お気楽に忠誠誓いやがった」


「それはたまたま今まで一人でしたってだけで、俺が自ら一匹狼を名乗ってたわけじゃねえもん?」

「よく平然と自分が正しいみたいに胸を張れるな……」

「誇り高い騎士なんでぇ、いつでも自信に満ち溢れてんだよぉ。それに俺だけじゃないじゃん? 今まで誰にも忠誠を誓ってこなかったやっこさん方がこぞってミロードちゃんに跪くなんて」


「そ ん な 事 今 は ど う で も い い !」


 ミロードは闇のオーラを爆発させた。これにはさすがのレオンハルトも一瞬口を噤んだ。


「貴様僕のことを可愛いと連呼したな。可愛かったらなんだ。男でもキスするのか。言い訳は無駄だぞ。今すぐここで処刑してやる」


「 」


 どうやって、と問うはずのレオンハルトが地面に押し倒されていた。速さで一年坊ルーキーに負けるとは思っていなかったので単純に驚いた。戦闘手段を持たないはずの新入生。しかし握った拳で殴ることは誰でも出来る。騎士があまりそれを戦闘手段に好んで取り入れないために失念。目の前のミロードは殺意に満ちていたし、あ、これはられる、と悟った。鬼のミロードを見上げてレオンハルトはゆっくり口を開いた。きっとこれが最期の言葉になる。


「ミロードちゃんてば。女の子なのに男装までして騎士の学校に来てさ、健気で可愛いなぁって思ったよ」


 悔いはない。行動には責任が伴う。思う通りに生きてその結果死すとも。


 ミロードの拳がレオンハルトの顔面ではなく耳スレスレの地面に落ちた。心臓は跳ねたし、耳鳴りが痛いが命は狩られていない。レオンハルトは瞬きした。


「つまり貴様は僕を女だと認識してさきほどの愚行に走ったわけだ。ただの女好きか。くだらんな。興味もないわ」


 レオンハルトから離れて塵をパンパンと叩き落としたミロードはもう平常モードだった。セレストが我に返る。


「え。どういうこと。展開が早すぎて理解が追いつかない」

「行こうセレスト。時間を無駄にした」

「え? は?」


「理解が追いつかないのは俺だしぃ……。こんな、地べたに転がされたの初めてだしぃ……」


 取り残されたレオンハルトが晴れた空を流れゆく薄雲をぼんやり見つめた。


「普通は。女だとバレた方が焦ったり怒ったりするんじゃなぁい?」


 誰も答えない。


「男でも。可愛いからキスするとか言ってたら、あれ本気で殺しに来るやつじゃーん。意味わかんなぁい」


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