薔薇の騎士


「ミロード君ミロード君。僕は緊張で口から心臓が飛び出しそうだよ」

「たかが入学式だ。安心しろ」


 新入生一同浮き足立ちすぎ問題を冷静に指摘して小さく溜息をついた。小柄な身の丈に不釣り合いなの騎士名はミロード。最初聞いた時冗談かと思った。冗談じゃなかった。


「そんなことより、えっと」

「僕の騎士名はセレスト」

「失礼。君はこの学校に詳しいのかなセレスト」

「兄が二人卒業しているから多少の予備知識は」

「それは助かる。僕の場合入学が急遽決まったせいで全然情報を集める暇がなくて」


「急遽。急遽入学が決まるって何。どしたらそんな奇々怪々な現象がおこるの」


 怪訝な顔をしたセレストには目もくれず、ミロードはうっすらと笑みを浮かべた。


「ああ。始まるよセレスト。せいぜい心臓が出ないよう口を噤んでおいた方がいい」


 途端ファンファーレが鳴り響き、大きな扉が開かれた先に拍手喝采で迎える人々が見えて、セレストは慌てて口を押さえる。


 由緒正しき騎士学校の入学式だ。どんな偉い騎士が見ているかわからない。


 多くは騎士に憧れ、その道を目指す純真な騎士のたまご。たかが入学式。されど入学式。緊張するなというのにも無理がある。ミロードは辺りの様子を一瞥し、また小さく溜息をついた。自分以外の新入生ほぼ全員が平常心を欠く事態に陥っている。まだなにも起きていないというのに。


 ことセレストにおいては動きが完全にギクシャクとぎこちなくなってしまっている。


「セレスト。手はおろして。胸を張って。遠くを見ろ。夕食のことでも思い浮かべて。リラックス」


 耳許に囁くと素直に思考を放棄したのかセレストは真顔で遠くに視線を向けた。あとは流れに身を任せて行進するだけだ。洗練された身のこなし。普段通りなら大抵のことは当たり前にできるのだ。こんな学校にくるくらいだ、誰だっていい身分のお坊ちゃん揃い。お前はできる。下手にプレッシャーさえかけなければ。


 来賓の中にはいくつも見知った顔もあったが素知らぬ振りをした。ここでは誰もが自分の生い立ちを一度は捨てて自由な再スタートで名前を与えられる。来賓もそれは周知の事実。思うところがあっても声をかけてはならないし、話題にしてもいけない。心にしまっておけ。


 そういう意味では都合がいい。仮に敵同士の二人がいても、ここでは在学中友人になれる。卒業後は敵だとしてもだ。


 逆に言えば誰が敵でも互いにそれを知る術がない。中立。自分が何者であるかはたしてどこまで忘れられるのか。


『 誰に仕えているか、誰を従えているか、』


 あれは一体どういう意味だ。現実での身分は考慮されるのか。あるいはここでの評価だけに限るのか。


 何人もの挨拶を聞き流し要不要で情報をわける。興味関心とは既に必要と判断されるか、未だ不要と認識されるかの違い。どちらも記憶に残るが入る場所が異なる。大した情報はなかったように思う。とりわけ激励や心構えなどは。


 それよりも。観覧席にいる上級生らが新入生を品定めするように眺め、時になにか耳打ちしている。彼らには新入生名簿が渡されているらしい。「ご覧、今年も随分な騎士名の子がいるよ」「ミロード。我が主君」「勝ち組みたいじゃないか」声は聞こえなくとも口の動きでだいたいわかる。「どの子だい」「あの子じゃないか」クレームは校長にでも言ってほしい。DQNネーム。


 どうせならありふれた名前が良かった。そうすれば目立たず埋もれて静かにやり過ごすこともいくらか簡単になるのでは。


「アーサー様」


 そう。たとえばそれ。


「アーサー様」「アーサー様」「アーサー様」


 え。何。こわい。新入生も上級生もざわめきすぎ。さっきまでDQNネームミロードは誰だゲームに勤しんでいた連中も揃って一同目線は釘付け。ありふれた名前をもってしてもこの吸引力。そうか。よくある名前は覚えやすい。ていうか誰だよアーサー様。


 明らかに出遅れた様子で仕方なしに皆の視線の先を追えば、壇上に上がるアーサー様とやらが見えた。なるほど。有名人はカリスマ性と品格とフェロモンがすごい。ただ歩いているだけで薔薇の花弁が舞って見える。幻覚か?


 さすがアーサー様だ。どこの誰だか知らんが、このアーサー様に限っては無駄話が一切なかった。それどころか自己紹介や、賛辞のひとつもない。


「毎年必ず脱落者がでる。これは事実だ。だからこの会場に今いる誰が脱落してもそれは仕方ないことかもしれない。どんな事情で、どんな程度でそうなるか。各々油断するなよ。自分に問え。ここへ来た理由を。」


 比較的辛辣で殺伐とした内容を言いたいだけ言って立ち去ったアーサー様。なぜか皆ふわふわと落ち着かない。少しは気を引き締めろ。せっかくアーサー様が酷しい言葉を並べて言ったのに、ちゃんと聴いていたのかいたたまれない。


 式が終わってもふわふわしているセレストほか多数。何かの術にかかっている可能性もある。


「で?」

「いやいや、見たでしょ? あれが我らが学院の騎士の憧れの頂点に立つ一人、キングアーサー様だよ」


「が」とか「の」とかそんな連続して喋られても。とりあえずテンション高いことしかわからない。


「で?」

「真顔で見下すのやめて」


 セレストは肩を竦めたが、むしろやれやれと言ってやりたいのはこっちだ。


「男どもが集団で突如恋する乙女になったら誰だってドン引きくらいする」

「恋する乙女か……確かに」


 そこは否定しろ。


「男に抱かれるなんて絶対お断りだけど、相手がキングアーサー様なら喜んで」

「敬う気持ちが行き過ぎて逆に不敬では?」

「確かに。本人が聞いたら気を悪くされてしまうかもしれない。でもそのくらいすべて許される存在なんだ」


「君にとって、の話?」


 何をしても許される存在。たいそれた話だ。


「憧れは時に裏切りに対して残酷にもなる」


 好きだったからこそ許せない、許容しがたい感情。


「そうかな」

「そうだよ」


「でも憧れの騎士なんだ。実際に会えるだなんてそれだけでこの学校に来て良かったと思う」


 呟きながらセレストは表情を変えてこちらを見た。


「ていうか。本当に知らないの? 三年首席騎士、キングアーサー先輩は名高い薔薇騎士団率いる歴代最高騎士だよ」


 やっぱり薔薇だった。


「最高騎士とは」


 セレストはミロードの腕を掴み上げた。共通のアミュレットがはめられた腕だ。


「数値化された点数が、過去のどの生徒より高い、既にトップってことだよ。二年の後半でトップになって以来記録更新中だ」

「騎士ポイントか。校長がなんか言ってたな。成績だけじゃなくて主従関係とかがどうたらっていう」

「そう。たとえば入学したての僕らのポイントは現時点でゼロだけど、」


 セレストはミロードの腕を離し、自身のアミュレットを口許に寄せた。


「騎士セレストは騎士ミロードに忠誠を誓う」


 定型文なのだろうか。セレストの声に応えるようにセレストのアミュレットが淡く光り、続いてミロードのアミュレットも光った。


「これでお互いポイントが付く。忠誠を誓う相手は一人しか選べないが、一人が多数に誓われることもあって、十人超えれば騎士団を作れる。薔薇騎士団は精鋭十二人。たった十二人なのに最高なんだ」


「それはそうと……安易に僕に忠誠を誓って良かったのか。アーサー様に誓った方が良かったのでは」

「馬鹿だな。僕なんかがアーサー様にそんなおこがましい。秒殺されて存在ごと消される」

「薔薇騎士団は危険集団なのかい」

「それこそまさかだ。彼らが手を下さずとも全生徒が」


 身分違いの忠誠は身を滅ぼす(概念)。


「え。ちょっと待っておかしい。ミロード君に忠誠を誓っただけなのに既に300ポイント。30とかではなく?」

「それを言うならこっちはもっとおかしいぞ。セレストに忠誠を誓われただけなのに50000ポイント、あ、また上がった、……54700」


 アミュレットが謎の数値を更新し続けている。


「壊れているのでは?」

「え、いや、」








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