誰かと、闘う~破動神テリドール~


 2発目のレーザーも、ジャンプでかわした。

 小さな機体は、ホバリングを繰り返しながらゆっくり、再び地面に近づいた。

 ところが3発目の炎熱レーザーの音と同時に、彼は失速して墜ちてしまった。

『ドウッ、』

 レーザーは大きく外れていた。カシヒトは少々目を回したが、だいたいの状況はつかめていた。目の前に走る、文字列のおかげでもある。

『レーザー発射口』

『本部入り口まで 28m』

『地質・やや軟質 ダッシュ可能』

 視界を遮らないように、半透明のオレンジ色や青色で、目標のある矢印や距離の数値が流れている。

「大丈夫よカシヒト、まだ身体が重さに慣れていないだけだから!」

 頭の後ろから、母親の声が聞こえる。

 もう一度起きあがって、足を入り口に向けた。レーザーは何度か光を放ったが、ここまで届くような角度をとれず、ずっと草木を燃やしていた。

「”アルファー”」

 カシヒトはオペレーションシステムを呼び出した。機械合成された声が、応答する。

「はい、カシュフォーン、コマンドをどうぞ」

「入り口まで、走りたいんだ」

「了解。6秒後にダッシュ開始、同時に、扉を壊すために6倍電圧弾を蓄電開始します。

 ・・・・3,2,1,」

「GO!!」

 赤い照準が重なる、重々しい鉄の扉へ、カシヒトは鉄底のブーツを振り上げる。


『ドシャン、ドシャン、ドシャン、』

「機動人間が強行突破を図るようです!」

 焦る部下。三ノ宮が言葉で押さえつける。

「レーザーでけん制、扉に4倍の電圧をかけろ!

 通路にもロボットを配備、すぐに撃てるようにしておけ!」

『ドシャン、ドシャン、ドシャン、』

 カシヒトの足音が鳴り響く。一瞬、目指す照準の近辺がゆがんだように見えた。

「扉が揺れてる……?」

「いいえ、電圧がかけられました。電磁壁です」

 つぶやいたことにも、『アルファー』は応答する。

「8秒後に電圧弾を発射できます、ルートを描きます、確認して下さい」

 光の筋が2本、扉に向かって伸びた。その始点に合わせて、カシヒトは左手を持ち上げる。

「4,3,・・・・発射!」


『ガンッ!』


 左の手の甲から放たれた弾は、一瞬のうちに扉に到達し、派手な音を出した。

 目標にされた扉は黒い煙を吐いて、大きな穴をあける。


「被弾しました!、5.5倍以上の電圧弾です!」

「何だと?!あの小さい体のどこに蓄電できるんだ!」

 三ノ宮たちが司令室で驚く間に、6倍電圧弾を放った『小さな機動人間』は、建物に侵入してゆく。



「カシヒト、……父さんだ。この先は、こちらからの通信が逆に誤動作を起こすことがある。”アルファー”と『相談』して、不利だと思ったらリモートケーブルを切断しなさい」

「・・・わかった」

 一言だけつぶやいてから、カシヒトはさらに奥へと進んだ。足音が遠くなる。

『ガシャン、ガシャン、ガシャン……』


 廊下はさほど狭くなかったものの、何度か厚い壁が立ちふさがった。

 非常用のシャッターらしい。それらをカシヒトは電圧弾や自分の拳で、アルファーと決めながら破壊して進んだ。

 6つめ、7つめの『ゲート』を突き破る頃には、周りでは非常サイレンが鳴り響き、騒々しい雰囲気となっていた。脇道を見つけたときは、素早くレーダーを走らせて、つばさがいないかを確認した。そして、一番大きいであろう道を突き進んでいった。


 電圧弾を2発打ち込んで開けたのが、どうやら最後の……最深部につながるゲートだったようだ。ひびの入った鉄板を蹴りこみ、そこに入った。

 中に2,3歩踏み込む。この先は、『廊下』ではなく、


「大きな空間と思われます。加えて、エネルギー反応。かなり巨大です」

 アルファーの言うとおり、大きなエネルギーが空間全体を飲み込んでいるようだった。カシヒトの体中が、その熱源の発する音-心臓が鳴るような音に反応していた。

『ゴワン、ゴトン、ゴワン、ゴトン……』

 ほぼ止まらずに、ここまで走り抜いてきていたので、自分の心臓も動悸どうきが早くなっていた。肩を上下させて、深呼吸を繰り返した。


(僕以外の、が、いる……)



『カッ!』

 突然、スポットのようなライトが点いた。向けられたカシヒトは、思わずまぶしさに手を上げる。


「水間樫人君、いやここでは『機動人間、カシュフォーン水間バージョン』かな

 ……我がのアジトへようこそ」


 冷静を押しつける、三ノ宮の声がふりかかる。


「右上23メートルから、この部屋のスピーカへ発信されています」


 アルファーが、発信地点を特定したので、その方を向きながら攻撃ランチャー弾をひとつ装てんした。

 大きな空間の上方に、ガラス窓があった。背が高く、細長い男が見下ろしている。

「確かに。

 5倍以上の電圧弾には驚かされたが、いま撃とうとしているランチャーの方は小型でもせいぜい5発持てればいい方じゃないのかな、カシュフォーン? 弾は無駄にしない方が、」

「うるさいっ! つばさを返せ!」

『ビキッ』

 右足を置いた床に、ひびが入る。体重が一気にかかったからだ。


「それは、君の調査リサーチが終わってからだ……ね」


 三ノ宮の手元が少し動き--たぶん誰かに指図したのだ、今度は壁に近い左側のシャッターが開いた。厚いガラスの向こうに、一人の女の子……つばさの姿が見えた。つばさはかけ寄ってくる。カシヒトの鼓動が大きく鳴る。目が合った……


(つばさ……)

(カシヒト、君?!)


 声が聞こえなくても、そう言って、変わっている自分の姿を見ていることはわかった。今にも泣き出しそうだ。


「彼女は君の力と引きかえだ。永遠銀盤の秘密データ、細かく調査させてもらおう!

 ! 目覚めよ!」


(てりどーる?)

 爆音が空気を襲った。

「つばさ、耳をふさいで!」

「大丈夫です、強化ガラスなので音は伝わっていません」

 そして、右側のシャッターが重々しくも、一気に開く。中からは……、


 カシヒトの何倍も大きな姿で、人が正座したようなかたちの、『機械』が現れた!


『ギリギリギリギリ……』


 下部にキャタピラがあるようで、それが不快な音を生み出す。両肩から2本ずつ腕が伸びていた。


 その1本が不意に弧を描いた。

「射程距離に入っています、後退して下さい!」


『ドシャアアン!』

 さっきまでカシヒトのいた場所に、機械の腕がうち下ろされる。

「テリドール! カシュフォーンを、捕らえよ!」


(これが、テリドール?!)


「名称テリドールとして、認識を開始」

 アルファーのナレーションが鳴り響くなか、カシヒトはつばさの方をもう一度見た。彼女はその異形の機械のさまに驚き、怖さのあまり顔をそむけ、うずくまっている。

(どうして、こんなことをしてまで……!?)




 カシヒトは、リモートケーブルを、無言で引きちぎった。--両親からのアドバイスは、いらない。やるべきことはひとつ。


「”アルファー”、ランチャの目標を変えたい……テリドールに」


「了解しました、軌道修正に4秒ください」








 4秒間が異様に長く感じられた。

 ランチャの照準が自分に向けられたことを知ったらしい破動神テリドールは、2秒後には余った腕を迷わずしならせる。

 人間には生み出すことのできない、風をにぶく割る音を聞いたのが3秒後。


(早くっ-!)

 ”アルファー”がランチャ射出ルートを再描画したとほぼ同時に、カシヒトは左腕を持ち上げた。



『ドウウン!』

『バガアアアン!』



 しっかり足を踏み込んでいなかったので、衝撃で後ろに倒れてしまったが、どうやらランチャは相手の腕、中央部にめりこんだようだ。



「シールド損傷、残り527%です」


「……まだまだ……こんなくらいで……、

 つばさを、助けるまで……」








「テリドール、第3腕が利きません! 切断処理を行います!」

「……」

 三ノ宮は、じっとデータ収集用のモニタを見つめている。緑色の字が真っ黒なモニターに、あふれんばかりに流れ続け、機動人間の動作を細かく記録しているのだ。


「他の腕も隙なく使え。先にのシールドを潰せ」

 司令官の命令には、テリドールに搭載されたコンピュータが応答した。



『ギリギリギリ……』

 破動神テリドールは、キャタピラを巻き上げ、機動少年から距離を取る。

「|3本の腕で、中距離攻撃をかけるようです。8秒以内に待避または前進してください」

 『アルファー』は状況を説明する。

(ぜんぶの弾をつぎ込めば……)

 ランチャ1弾で、テリドールの腕を1本打ち落とせることがわかったカシヒトは、どうにかしてランチャを撃てるようにアルファーに聞こうとしていた。

 その点においては、テリドールの方が一枚上手だった。的確にカシヒトに照準を合わせ、むだなくダメージを与えようと、3本のうち2本を伸ばした。


「2本のみ急襲、待避して下さい!」

「--!」

『ガキィッ、ガゴォン!』


 初めて、『誰か』と闘う。テレビゲームで、冒険をはじめたばかりの勇者が、小さなモンスターにも苦戦することを、画面を通しては知っていた。

 本当に、シェイド越しに……視界にざらざらの線が飛び散って、身体に熱さを感じた。

「がああっ!!」

「胴体プレートアーマー部分に直撃。被弾状況、ランチャ換算で211%。

 シールド限界まで316%……」

 痛みをこらえきれずに、カシヒトは叫ぶ。足元に、装甲の鉄片と、油と、血と……涙が落ちた。


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