第2話

 彼の行動には一秒の無駄も許さなかった。


 タイムマシンが許容するタイムトラベルの維持限界時間タイムリミットは1時間しかなかった。

 このタイムマシンが一定時間を超えて過去に居続けると時間エネルギーのコントロールを失い、最終的には次元収縮を巻き起こしてしまう。そうなっては誰かを助けるる以前に、無関係の人どころか世界すらを巻き込む。加奈の世界がなくなることも含めて、それは全く本意ではなかった。

 彼は急いで部屋を出て、事故があった交差点に向かう。


 良輔はその間にあの時の事故の事を思い出していた。その日良輔は珍しく遅れてしまい、事故の10分後に待ち合わせ場所に到着する。

 待ち合わせ場所にパトカーや救急車が止まっていたが、それらと加奈を結びつけることは、道路に落ちている彼女のカバンを見るまで、まったく想定していなかった。

 人混みを押し分けて輪の中心に入った良輔が目にしたのは、病院へ搬送されようとしている加奈の、一目見ただけでもわかる、とても助かりそうにない遺体だった。


 ここまで思い出して良輔は思わず叫びそうになる。あの日どうしてもっと早くに行けなかったのかと15年経った今でも、強く悔やみ続けている。


 その思いの強さに反して、今回のタイムトラベルの目的は単純だった。自分が昔の自分より先に到着して加奈に会い、事情を説明し、少しだけあの待ち合わせ場所から離れてもらえばいい。それだけのこと。その場合に起こりうる時間の歪みなど、良輔は全く気にしていなかった。

 恐らくそのときは誰も死なず、何ヶ月あとか、もしかしたら次の日かに、誰かが本来進むべきだった時間軸とは違う形で死んだり、生きたりするだろう、という程度で、それは未来が不定であることの理由以上と考えてもいなかったのだ。


 良輔はそんなことをぼんやりと考えながら腕時計を眺め、待った。

 しかし加奈が来るはずの事故の時間の5分前になっても、この場所に来ないのだ。

もし加奈が当時の良輔と同じように時間に遅れていて、慌てていた所でのトラックとの出会い頭の事故、ということなら、見つけ次第、大声を出してでも止めなければならない。


 周囲に注意を向けながら、良輔は加奈が来るのをひたすら待った。


「あと2分」


 何度も腕時計を見ながら呟く。とても15年以上をタイムトラベルした男が感じることが滑稽な、とても長く感じる1分だった。

 今加奈を待ち伏せしているこの道は、決して車通りが多いほうではない。ただこのあたりは見晴らしのいい道路なので、速度を上げる車が多く、過去にも色々な事故が発生おり、加奈の事故から3年後、行政が遅すぎる対策を行った。


「事故は昔からあったんだ。もっと早く対策していればいいものを」


 結局、事故発生時間から5分経っても、加奈も、加奈を轢くはずのトラックも来なかった。その間に通ったのは普通乗用車1台のみ。


「おかしい。時間も場所を間違えたか・・・違う、そんなはずはない」


 もう一度良輔は腕時計をみた。あと15分でこの時間にいられるタイムリミットの1時間になる。絶対に15分以内にタイムマシンに戻らないとダメだということはない。恐らく5分くらいは、次元収縮も起こらないだろう。

 それに、そんな想定を当てにするほど、良輔は楽天的でもなかった。


「もうだめだ。時間がない」


 良輔は何度も待ち合わせ場所を振り返りながら、とりあえず戻る事にした。


「仕方がない。戻ってから調べる」


 良輔は自宅の研究室に戻り、タイムマシンに乗り込んだ。見慣れた研究室に変わっている倉庫に戻ると、すぐに加奈がどうなったか、机の上にいつも置きっぱなしにしている当時の新聞記事を見た。


 ー ××市にお住いの畠山加奈さん、暴走する自動車に轢かれ死亡 ー


 良輔は呆然とした。なぜか歴史か変わっている。しかもトラックじゃなく、乗用車。場所も違う。記事になっている事故現場はそのトラックが進むはずだった先、3キロ程向こうの別の交差点で事故に遭っていた。

 しかもあの時間から1時間も前に、だ。そしてこの事件のことを


「何故だ。加奈、どうしてそんな場所に行ってるんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る