第3話

 良輔はそれが、その事故が過去の事実となってしまった新聞記事に話しかける。加奈がトラックに轢かれないために行動はしたが、良輔はその間に加奈に会うとか、連絡を取るとか、直接的に影響を与えるような行動をまだとっていなかったのだ。


 そもそもその対象となるトラックすらあの時は来ていなかった。


 やはり・・・タイムパラドックスか。


 親殺しのパラドックスをはじめとする、タイムトラベルには様々な仮説が存在する。彼がこのタイムマシンを使うに当たり仮説として想定していたものは、加奈を助けると、自分が元々の時間軸の世界には戻れないというものだ。

 根拠も乏しい乱暴な結論だったが良輔は加奈さえ助かれば、自分が戻った後の、戻る世界の先のことは全く気にしていなかった。むしろ加奈が生きている時間軸があるなら本望でしかない。


 良輔は考える。やはり別の要因が働いているのだろう。ならば、全ての要因を取り除くまで何度でも加奈を助けるまでだ。


 もう一度。もう一度だ、と良輔は呟く。

 今度は少し先回りしてその”普通乗用車”を止めることにする。そうすれば、車の暴走がなくなる。最低でも加奈を轢くタイミングはずれるだろうから、加奈は助かるはずだ。彼はタイムマシンに乗り込み、また次の事故が---歴史上は起こらなかった事故の前の---起きた発生時間の30分前にセットした。


 今度こそ。


 次の対策もシンプル。

 新聞にあった今度の事故現場の交差点も、前の事故の交差点も、その間はいくつかの緩いカーブはあるが長い一本道だった。ここになんらかの障害物を置いてしまえばいい。良輔は当時使われていた両親の車を運転し、その交差点の1キロほど手前に向かう。


 そして道のど真ん中、進行方向の真横になるよう停車したまま放置した。


「これで時間が稼げるはずだ」


 今度は自分の足で、事故の交差点に向かって走った。もし途中で想定外に暴走車がきても、最悪は自分が飛び込めばいい。それで加奈が助かるなら自分の目的は達成する。

 そして先ほど車を置いた場所で、何かとぶつかったような音がした。そして時間になってもあの加奈を轢いたはずだった車が来なかった。


「よし」


 すぐに確認はできないが、今度こそうまく回避できたかもしれない。


 ただ、また加奈の無事を確認する時間がなかった。1時間がこんなに短い時間だとは。そしてまだ生きている加奈にすら会えても居ないことは良輔にとってもジレンマだった。

 良輔は冷静になるよう、心がけた。

 ここはもう既に自分が知っていた過去とは違う。残り少ないタイムリミットまでの時間を使っても、加奈を見つけられるかわからなかった。それにタイムマシンのリスクをとることもできなかった。


 良輔は駆け足でタイムマシンに乗り、元の時間に戻るとすぐ新聞を手に取った。


 ー 暴走車、道路中央の放置自動車に激突。乗車していた2人は重軽傷の怪我。放置自動車は所有者の自宅から盗難にあったと思われ・・・ ー


 よし、事故は違う形で回避できている。良輔がそう思った時、新聞紙の記事全体に違和感を感じて、全体が見えるよう、地域欄の見開きを見渡せるよう、広げた。


「少し構成が違う?・・・っと」


 その理由はすぐにわかった。


 ー ××市で民家が全焼。女性が焼死体で見つかる ー


 こんな記事あっただろうか。良輔は記事を読み進めた。


 ー 10月20日、午前8時ごろ、××市○○にて民家が全焼。取り残されたと思われる、同住所の畠山加奈さん(25)が焼死体で発見される ー


 なんとも言えない大きな疲労感が良輔を襲う。


「なんで加奈の家が火事になっているんだ」


 訳がわからなかった。加奈の事故死を追いかけて防ごうとしているのに、次は火事で命を落としている。


「加奈はこの日に死ななければならない理由があるとでもいうのか?!」


 良輔は膝をついて、新聞紙をクシャクシャに丸めてどこかに投げた。

 加奈の家は良輔の家から車で飛ばしたとしても、遅くとも1時間はかかる。つまり相当急いで行ったとしても研究室に戻るには時間が足りない。


 それはもう加奈を助けることができない事を意味した。

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