私の時間が許すかぎり、君のそばにいたい

やたこうじ

第1話

 小山良輔はついにタイムマシンを完成させた。

人類は時間をコントロールすることは不可能と考えられている世の中で、この機械は究極の存在であった。


 しかし彼はただ、恋人の加奈を事故から救う為だけに、その制作に取り組んでいただけだった。そしてその為だけに15年もの歳月とを費やした。ただその背景に大きく常軌を逸した執念があったことは否定できない。

 万能とも言えるこのタイムマシンを、良輔は他の目的に使うつもりなど、全く考えてなかった。

 彼の目的は何年経っても一つでしかなかった。


 小山良輔は裕福な資産家の家に生まれ、十分な教育と、それに応えるだけの能力を有していた。一流と言われる大学を卒業し、研究開発職としてメーカーに勤め、そこで加奈と出会うことになった。

 彼は十分に幸せであった。であるがゆえに加奈が事故に遭い、その生涯を閉じた後、彼は全ての投げ捨て、中身のない抜け殻に成り果てた。


 そんな中、彼の失意に重ねるように彼の両親も他界した。

 兄弟もいない良輔は、正真正銘の天涯孤独の身となった。彼が親から受け取った遺産は、家数軒分の大きな倉庫にある骨董品ばかり。売れば1人なら十分遊んで暮らせるほどだったが、気が進まず、しばらく放置していた。

 ある日、なんとなくその倉庫に入り、ぶらついているとその中に不自然な乗り物があった。良輔が近づいてみると、扉らしき板の中央に刻印があった。


”タヰムマシン”


 その機械は、丸い鳥かごのような形状、檻のようなフレームは真鍮のような輝きを放っていた。とても動くとも思えない。良輔はぼんやりその機械を眺め、中に入り、操縦席に腰かけた。


なんの酔狂でこんなものを手に入れようとしたのか。


「こんなもの、どうして父さんは買ったの・・・」


ここまで言いかけて、良輔の心がざわついた。

何故か、この機械が”本物”である事を確信したのだった。


 ただ、このままでは動かない。足りない部材、パーツが必要だった。

 何が足りない、何がどんなふうに必要なのかも、なぜか<<分かった>>。決して簡単に集まるものではなかったが、取り憑かれたように一日の大半を製作につぎ込んだ。

 当然ながらそのタイムマシンの構造は、良輔の能力を大きく超えるものではあった。”わかった”とはいえ、それは必要なものが”わかった”だけで、何故それが必要であるかは良輔にはわからなった。そしてうまくいくものなのかどうかも。

 しかしそれらのパーツは、その原理がわからないまま製作したにもかかわらず、理屈が通らないほど偶然、奇跡が重なったことは誰も知ることもない。

 ただ、彼にとってはそれはささいないこと、あまり気にしてなどいなかった。そして重ねて行う実験は良輔が期待する結果を不自然なほどはじき出し続け、ついに完成を迎えたのだった。


 15年。

 良輔にとっては、これが完成さえすれば、かかった年月も後はどうでもよかった。

 彼はタイムマシンに乗りこむと、2016年10月20日午後3時45分に移動時間をセットする。その日は良輔が決して忘れる事のない、加奈がトラックに轢かれて亡くなる30分前の時間。


「頼む。うまくいってくれ」


 作ったタイムマシンに対してなのか、これから会う加奈のことなのか、どっちの意味で祈った一言なのか本人にもわかっていないまま、起動ボタンを力強く押した。


 その瞬間、タイムマシンの内側から見える景色は、光が後ろに向かって凝縮するかのように縮み始めた。数秒間漆黒としかいいようもない暗闇と静寂が訪れる。

 良輔はもしこのまま暗闇の世界から抜け出さなくても、それはそれでいい、と考えていた。成功以外、彼にとって加奈のいない世界は価値はないのだ。

 そしてまた前方から光が拡散し周囲に振りそそぐ。一旦周りが光に包まれたかのように輝くと、右上のスピーカーから移動完了のアラームが鳴った。


 そこにあった、倉庫の一部を広げて用意した研究室ラボは、彼がまだそれほど足を踏み入れていない、雑多な骨董が並んでいる倉庫として目の前に広がった。


「よし、成功だ」


 彼はそう叫ぶとタイムマシンから急いで降りた。


「加奈に会わなければ」

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