第五話  ターゲットS作戦の日を終えて

 敬ちゃんが張り切った次の日。私はいつものように敬ちゃんと一緒に登校。教室に入ると、あ、穂綾ちゃんがいた。あぁ敬ちゃん私の腕引っ張らないで~。

「おはよう~」

「おはよう穂綾! 昨日どうだった!?」

「おはよう、穂綾ちゃん」

 早速敬ちゃん本題に。おはようの間だけはいつものほわほわ穂綾ちゃんだったのに、本題に入ると同時に穂綾ちゃんが人差し指同士をつんつんし始めた。

「ね! ねぇ穂綾ってば! どうなの!? うまくいった!? どうなのよぉ~!」

「お、落ち着いて敬ちゃんっ」

 うきゃーってなってる敬ちゃん。今日も元気いっぱい。

「実は……」

「うんうんっ」

 穂綾ちゃんがゆっくりしゃべり始めた。

「ちーちゃんの家に寄って……」

「うんうんっ」

「……三人でおしゃべり、できて……」

「うんうんっ」

「……ちーちゃんが席外してるときに、ふた、二人でおしゃべりもできて……」

「うんうんっ!」

「おはよう」

「今いいとこなのよぉ! ってあら知尋じゃない! ほら入った入った!」

 登場するなり肩をがしっと組まれて輪の中に入れられた知尋ちゃん。

「おはよう、知尋ちゃん」

「おはよう」

 穂綾ちゃんは指つんつんしてる。

「昨日は日向さんと一緒に帰ったみたいだけど、どうだったのかしら」

 親指と人差し指で自分の髪をいじいじしている知尋ちゃん。知尋ちゃんも気になるのかな。

「……一緒にちーちゃんのおうち出てから、公園に寄って……」

「うんうんっ!」

 …………次の言葉が来ません。

「寄ってどうなったのよぉ~!」

「お、落ち着いて敬ちゃんってばぁっ。でも私も気になるっ」

 知尋ちゃんもちょっとだけ顔を寄せた気がする。

「……ベンチに座ってぇ……」

「うんうんうんっ!」

 あ、両手がほっぺたに移されました。

「まさか……そこで告白したの!?」

 ごくり。

 私たち三人は、じぃっと穂綾ちゃんを見続けた。

 穂綾ちゃんは……穂綾ちゃんはっ………………

「……うんっ」

「きゃあーーーーー!!」

 あぁっ、敬ちゃん叫びすぎっ。みんなこっち見てるっ。でもっ。でもっ。でもでもでもっ。

「きゃーっ……!」

 これはさすがに私もきゃーきゃーです。

「それで!? それでっ!?」

 さっきよりも近づいて私たち三人は、じぃっと穂綾ちゃんを見続ける。

「………………うんっ」

 ゆっくり、でもしっかり、でもでも手でいっぱい顔を覆いながらも、穂綾ちゃんはうなずいた。

(うんって……それ、つまり……つまりっ…………)

 敬ちゃんは今度は叫ぶことなく、大きな身長で穂綾ちゃんをぎゅぅっと抱きしめました。ものすごくほっぺたを穂綾ちゃんの頭にすりすりしています。

「おめでとうおめでとう穂綾あぁ~! 付き合うことになったっていうことだよね!?」

 途中から小声になった。

 穂綾ちゃんは、二回、うなずいた。

 敬ちゃんのすりすりがパワーアップしました。

 知尋ちゃんも片手を自分の右ほっぺたに当てて、目を開いている。

「穂綾ちゃん、おめでとうっ」

 三回うなずいた。

「おめでとう、峰館さん」

 今度は四回うなずいてる。

「みんなの、おかげ、あり、がとふっ」

 敬ちゃんに抱きつかれながらも、穂綾ちゃんからそんな言葉が。

「これにて一件落着!」

 ででん、と敬ちゃんが決めていました。

「今度は私にも、お手伝いさせて、ね」

「よぉーし! 知尋、好きな男子を述べよ!」

「は!? わ、わたくしは、そのような方は、いないわっ」

「またまたぁ~、話してて楽しくてしょうがない男子とかいないのー?」

「そんなの考えたこともないわっ。別に、しゃべりかけられたらしゃべるし、そんな、特別な……そういうのは……」

 髪いじいじしてる知尋ちゃんもかわいい。

「よく思い出してみなよぉー。一人や二人くらい心当たりあるでしょー?」

 知尋ちゃんはそう言われると、ちょっと考えてみてるよう。

「……やっぱりいないわ。それにわたくし、習い事で忙しいもの」

「じゃその習い事の仲間とかはー?」

「習い事の? みんな習い事に一生懸命で、そういうふうに見られてるとは思えないわ」

「知尋かわいいもんねぇ~。知尋にその気がなくても、向こうの男子はそういう気だったりしてっ」

「そんなのわたくしに言われても知らないわっ」

 あ、知尋ちゃんは自分の席に戻っていった。

「あらら」

「でもよかったね、穂綾ちゃん」

「うん」

 穂綾ちゃんの笑顔は、とってもまぶしかった。

「お! うわさをすれば王子様がやってきたわー! じゃ、末永く、お・し・あ・わ・せ・にっ! きゃー!」

 敬ちゃんはぽんぽん穂綾ちゃんの肩をたたくと、登校してきた日向くんのところに向かい、クラス中に響き渡るくらいはっきりとおはようをしていた。

 私はもう一度穂綾ちゃんの顔を見てみると、穂綾ちゃんの視線は日向くん一直線だった。

 ので、そーっとその場を離れました。


 自分の席に戻って……一時間目は体育。気合入れなきゃ。と思ったら肩ぽんぽん。振り返ると、

「おはよ、雪乃」

「おはよう、流都くん」

 最近毎日流都くんとおはようしてるかも。


 あんなにも急だったのに無事お付き合いすることになった穂綾ちゃんと日向くん。

 二人の様子をなんとなく目で追ってみると、学校にいる間は普通の様子に見えるかなぁ。穂綾ちゃんは日向くんに視線送ってそうだけど。

 日向くんは男の子友達とおしゃべりしてるような、いつもな様子。これを見てるだけじゃお付き合いしているなんて見えないかも。

(お付き合いするって、どんな感じなのかな)

 私は男の子とお付き合いってしたことないし、たぶん男の子を好きになったこともないんじゃないかな。でも穂綾ちゃんって、日向くんとおしゃべりしてなかったのに、日向くんのことを好きになってたんだよね。

 私も突然だれかを好きになることとか……あるのかなぁ……。

 敬ちゃんは自分が身長大きいからモテない~って投げている感じで、知尋ちゃんもとりあえずいなさそうで。

 ……それでもどんな女の子でも、男の子のことを好きになっちゃうものなのかな。


 ごちそうさまをして給食の時間が終わり、休み時間になって教室でのほほんしていたら、知尋ちゃんもランチルームから戻ってきた。私のとこまで来て、空いている左隣の席に座った。いろんな人に座られてる左隣さん。

「思ったより早く決着したわね」

「穂綾ちゃんのことだよね? うん」

 私がこんなに恋のお話をいっぱいするなんて。

「……どんな感じなのかしらね。付き合うって」

「私も気になる。だれともお付き合いしたことないもん」

「そうよね」

「知尋ちゃんはかわいいから、モテモテそう」

「知り合いは多いと思うけど、男の子のだれかにそういう感情を抱いたことはないわ。言い寄られたこともないわ」

「そうなの?」

「ええ。ゆ、雪乃さんもないのよね」

 恋のお話が弱点なの、かわいいなぁ。

「うん。ラブレターとか、本当にあるのかなぁ」

「周りでは聞いたことないわ。高校に行けばあるのかしら」

「高校かぁ~」

 私たちは三年生。進路について考える時期に来ちゃってます。

「知尋ちゃんは、高校、どこに行くのかもう考えてるの?」

「いいえ、悩んでいるわ。電車で通える範囲で考えるのか、一人暮らししてでも行きたいところを探すのか……地元にも思い入れがあるし、家から近いとお父様お母様も安心だと思うし」

 ここで知尋ちゃんため息ひとつ。

「私からしたらそれだけ考えてるのでもすごいと思うよ。私なんにも考えてないもん」

「地元の高校のうちのひとつが、来年から新しい学部を開設して、制服も変わるらしいの。情報を集めるのも結構おもしろいわよ」

「へぇ~」

 さすが知尋ちゃん。

「野々原さんじゃないけど、わたくしも協力できることは協力するわ。もちろん同じ高校で一緒に吹奏楽部をするのも楽しそうね」

「あ、それは楽しそう」

 部活で高校決めるのも、いいのかな。

「知尋ちゃんは高校も吹奏楽部を続けるつもり?」

「たぶん続けると思うわ。吹奏楽部がない高校はそんなにないと思うし。雪乃さんも続けるつもりかしら」

「うん、たぶん。私なんてそのくらいしか取り柄ないから」

「そんなことないと思うわ。ファゴットパートと苦楽を共にしたわたくしは、きちんと雪乃さんの努力を見届けているわ」

「そんな大したほどでもないよぉ」

「いいえ。雪乃さんは感じていないのかしら。フルート・オーボエはファゴットの雪乃さんに何度も救われていることを」

「救うだなんてそんな」

「雪乃さんがうまく包み込んでくれていると思うわ。きっと高校でも続ければ、雪乃さんのことを必要としてくれる人が、必ずいるはずよ」

「そ、そうかなぁ」

「ええ。わたくしが保証いたしますわ」

 知尋ちゃんの保証はかなり確かな物になりそう。

「わたくしだけでなく、大治郎さんも協力してくれると思うわ。わたくしもよく日ごろから相談しているもの。なんなら早速今日にでもわたくしの家にいかがかしら」

「今日? 急いては事を仕損じるって言っていたのは知尋ちゃんだったんじゃっ」

 私はちょっとおもしろおかしく言っちゃいました。

「野々原さんによると、善は急げ、とのことよ」

 知尋ちゃんはほほえんでいた。

「じゃあ、お言葉に甘えてっ」

 今日も知尋ちゃんのおうちへ行くことになりました。

「この前のように、流都を誘ってもいいわね。どう?」

「流都くん? なんで?」

「特に意味はないけど、この前三人でいたとき、楽しかったからよ」

「じゃあ流都くんもお誘いしちゃおう」

「わたくしが誘っておくわ。また放課後一緒に帰りましょう」

「うん」

 確かにあの時のおしゃべりは楽しかった。流都くんの進路もちょっと気になる。


 私、知尋ちゃん、流都くんの三人は、一緒にげた箱を抜けた。

「また知尋ん家に行くのがこんなに早いなんてなっ」

「この時期だけだもの」

 前を二人が歩いていて、私はすぐ後ろから二人を眺めながら歩いてる。

「でも俺も一緒によかったのか? 進路の話をするんだろ?」

「あまりない機会でしょうから、どうせなら一緒にと思って。雪乃さんは一人の方がよかったかしら?」

「ううん、流都くんも一緒の方がいい」

「そっか? じゃ俺もっ」

 二人が振り返ってそう話してくれた。


 知尋ちゃんの家に着くまで、私にしてくれた知尋ちゃんの進路の話を流都くんにもしていた。私は二人の様子をずっと後ろから眺めてるだけだった。


 知尋ちゃんの家に着くと、大治郎さんが迎えてくれて、この前とは違う紅茶とお菓子が用意されたら、大治郎さんとの進路相談会が始まった。

 私はまったく考えてない感じだったけど、流都くんは考えていることと考えてないことが半々みたいなことを言ってた。いずれにしてもまだぼーっとしてるみたいな感じみたい。

 大治郎さんからアンケートみたいなのが始まって、私たちが答えたことをメモメモされていた。わざわざ私たちに向いてそうな高校を調べてくれるって。そ、そこまでしてもらっていいのかな。知尋ちゃんは遠慮しないでと言ってたけど。


 大治郎さんがどうして知尋ちゃんのところの執事になったのかとか、知尋ちゃんの習い事についてのことなども含めて、本当にずっと進路や人生の選択みたいなお話だった。大治郎さんのところの家系と知尋ちゃんのところの家系は昔から仲良しだったんだって。


 今回は知尋ちゃんのお母さんとは会えなかったけど、時間が来たので私たちは帰ることにした。


「はー、今日は硬い話だったなー。でも知尋んとこだったからよかったな。学校の授業だったら退屈だったかも」

「うん。でもあんなに大治郎さんにお世話になっていいのかな?」

「本人も知尋もいいって言ってるんだし、いいんじゃないか?」

「ならいいのだけど……」

 私たちは横に並んで帰ってる。

「あーあ、土日終わったらテストかー」

「テストの間はさすがに会えないよね」

 今日は金曜日。明日とあさってが終わればテストの三日間が始まります。

「俺はー、別に雪乃に会うの、いいけどなー」

「私だって流都くんと遊びたいよ」

「じゃあ会おうぜ!」

 とてもおめめがきらきらしています。

「……ごめんなさい、一緒に帰るくらいなら……ねっ」

「ちぇー」

 流都くんは笑ってた。

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