第四話  穂綾ちゃんとおしゃべり

「おはよう~」

「おはよう穂綾ちゃん」

「おっはよ穂綾ー! いつも眠そうだけど、おはようってセリフはもっと眠そうに聞こえるわ」

「今はほんとに眠いもん……ふあぁ」

 たまにしゃべることがあるというか、気づいたらそこにいるというか。穂綾ちゃんとしゃべっていると私もほわーっとなりそう。

 教室に私と敬ちゃんが一緒に入ったら、穂綾ちゃんがドアのところにいて目が合っちゃった。

「ねぇ。穂綾って、好きな人とかいる!?」

 け、敬ちゃん会っていきなり何聞いてるの?

「いるよー」

「いるのー!?」

「え、いるのっ?」

 穂綾ちゃんの答えについ私も反応しちゃった。

「うん」

「だ、だれっ? だれっ!? こっそりでもいいからさ!」

 敬ちゃんは耳に手を当てて近づいている。

「お母さんー」

 あ、敬ちゃんこけた。

「ちっがぁーう! そういう意味じゃなくって!」

 鋭いツッコミが入りました。

「好きな男子はいるかっていうことよっ」

 敬ちゃんこっそりモード再び。

「お父さんー?」

「ちがぁーーーう! 同級生とか先輩後輩とかでよ! 恋愛としてよ恋愛としてっ!」

 お母さんときてまさかと思ったけど、やっぱりお父さんもだった。でもここで敬ちゃんは恋愛としてと言ったので、いよいよ本題っ。

「そういうことかぁ。うん、いるよぉ」

「えーーーっ!!」

 け、敬ちゃん叫びすぎ。クラス中からちょっと視線来てるよ。

「だれっ? だれっ? 同じクラス? それとも部活の子!?」

 敬ちゃん興奮してます。

「……日向くん」

「日向かぁー!!」

 日向秀作くん。確かに優しい感じだもんね。敬ちゃんは手の甲を目のところに当てて天を仰いでる。

「……うむうむ、確かに穂綾とはお似合いそうよね。あいつのどんなところが好きなのよっ」

 穂綾ちゃん、全然表情変わってない。こんな話題、てれちゃったりしないの……かな?

「優しいから」

「うん、そうだよねっ」

 思わず私は反応した。

「優しいねぇー。例えば?」

「教科書落としたときに拾ってくれたりー、ドアで先に入らせてくれたりー、給食当番で重いおかず担当してくれたりー、掃除でゴミ捨て行ってきてくれたり」

「それは確かに優しいけどさぁ……でもそれで恋愛感情にまでなるわけ?」

「けいけいは日向くんのこと好きにならないのー?」

 敬ちゃんに対する穂綾ニックネームはけいけい。

「す、すす、好きにはならないかなっ。ぃいいいやつだとは思うけどね! てかっ、穂綾が好きな相手取るとか、でき、ないしっ!」

 敬ちゃんから恋愛の話題を出したのに、敬ちゃんに話が来ると敬ちゃんの方が緊張しちゃってる。

「よかったぁ、ライバルじゃなくてー」

 ライバル、かぁ。

「ゆのんは、日向くんのこと、好きー?」

「わ、私っ? 恋愛っていうことなら、まったくないよ。安心してっ」

 急に聞かれてびっくりしちゃった。

「よかったぁー」

「ていうか日向にはニックネーム付けないの?」

「日向くんの?」

「うん。ひむひむとかむかむかとか?」

 むかむかは……う、うーん。

「……名前、まだ呼んだことないし」

 あ、てれてる穂綾ちゃんかわいい。

「ふーん。じゃどんなことしゃべったことあるのさ」

 ……てれてる穂綾ちゃんかわいいけど、返事がない。

「……穂綾ー?」

「しゃべったこと……たぶん……ない」

「え!? ないの!?」

 両ほっぺたを押さえる穂綾ちゃんはかわいいけど、それはちょっとよろしくないですね。

「でもほら、教科書拾ってくれたりしてたんでしょ? 掃除の時間とかしゃべったりしないの?」

 穂綾ちゃんは黙って首を横に振るだけだった。

「……穂綾、まずいわ。まずい。まずすぎる。もっとアピールしなきゃ、日向がこのまま穂綾のこと見ることなく三年生が、中学校が終わっちゃうわよ!?」

 穂綾ちゃんはほっぺたを押さえて黙ってるだけだった。

「おはよう」

「おはよう、知尋ちゃん」

「おはよ知尋! ちょっといいかしらぁ~」

 敬ちゃんは知尋ちゃんを発見するなり高速で肩を組んだ。

「……なにかしら?」

 表情出てます。

「ちょっとこちらへ~」

「おはよう」

「おはようちーちゃん~」

 ほっぺた押さえながらのおはよう。

(本当に恋、してるんだなぁ……)

 知尋ちゃんのことはちーちゃん呼び。

「何事かしら」

「今ねぇ、穂綾の恋バナしてたのよっ!」

「こ、恋バナっ?」

 うわぁ~、知尋ちゃんの驚く姿なんて年に一回見られたら御の字なのにーっ。

「そそ! ねー穂綾っ」

 ふるふるしてる。

「……お相手は、どなたなのかしら」

 知尋ちゃんも興味あるのかな。

「日向くん……」

 知尋ちゃんはすぐ教室全体を見回した。まだ登校してきてないみたい。

「そう……」

 知尋ちゃんのきりっとした表情が、いつもよりもっときりっとしてるように感じる。

「……お、想いは、伝えるつもり、なのかしらっ」

 言葉がつまり気味の知尋ちゃんなんて、初めて見たかも。恋バナに混ざってる知尋ちゃんもだけど。

 でもその言葉に穂綾ちゃんは特に反応が……いえゆっくり手に表情が埋もれていくという反応があった。

「は、はっきりなさい。大切なことだわ。想いを伝える気があるのなら、うなずきなさい」

 さすが知尋ちゃん。ここでの穂綾ちゃんの反応は………………

(……ふわぁ~っ……!)

 穂綾ちゃんを囲む私たち三人はキャッキャしちゃった。穂綾ちゃんがゆっくりゆーっくりうなずいてくれたから。

「おはようっ」

(あ、わっ、えっ?)

 突然穂綾ちゃんが私に抱きついてきちゃった! かたかた震えてる。声がした方を振り返ると、なんと噂をすればなんとやら!

「ひ、日向っ! あんた現れる時と場所を考えなさいよねっ!」

「……いや、朝に自分の教室へ現れるのは、普通じゃないのか?」

「う」

 かたかたしてる穂綾ちゃん。変な表情してる敬ちゃん。やっぱりきりっとしてる知尋ちゃん。私は~……どんな表情かな。

「峰館さん」

「はいっ」

 ものすごく高い穂綾ちゃんの声が聞こえた。

「今日日直一緒だね。ノート取ってきたから、先に名前書いてくれないかな」

「はいっ」

 やっぱり高い穂綾ちゃんの声だった。

「ひゃぅ」

 行こうとする穂綾ちゃんをこれまた敬ちゃんが肩組んで、

(あれ、私と知尋ちゃんも肩組まれちゃった。やっぱり敬ちゃん身長大きいなぁ)

「穂綾。ビッグチャンスよ! ランダムで選ばれる日直が一緒になれることなんて、もしかしたら七月にして今年これが最後かもよ!?」

 すっかり敬ちゃんノリノリ。

「あたしたちが手伝うから、今日、告白しちゃおう!」

「きょ、今日~っ!?」

 あ、私がつい大声を出しちゃった。肩組まれてひそひそしてるからクラスのみんなの視線はわからない。

「けいけい急すぎるよぉー」

「そ、そうよ。急いては事を仕損じると言うわ。そこまで急がなくてもっ」

「それを言うなら善は急げって言うでしょ!? それに日向は優しいんでしょ!?」

 穂綾ちゃんはうなずいてる。

「日向はモテるんでしょ!?」

 またうなずいてる。

「ライバルに先告白されてもいいの!?」

 ものすごい速さで首を横に振ってる。

「だれも告白しなかったとしても、ずっと想い伝えないまま来年三月まで耐えられる!?」

 やっぱり首を横に振る穂綾ちゃん。

「大丈夫! あたしたちがいるんだから! ねっ!」

 さっきから『あたしたち』って言ってるけど……

「……わたくしにも協力をしなさいということかしら」

「他人の幸せを応援できるなんてすてきでしょう?」

 知尋ちゃんはうぬぬぬな顔をしている。

「……いいわ。協力しましょう」

「やた! 知尋がいれば怖いもんなしね! もちろん雪乃も手伝ってくれるよね!?」

「わ、私も? で、でも私、そういうの詳しくないから、手伝えるようなことなんて……」

「だーいじょうぶ大丈夫っ! ようは穂綾と日向……いや、ターゲットSを二人っきりにさせる場面を作ればいいのよ! いい穂綾、下校時間が本当の勝負よ! それまでの間になんでもいいからしゃべるように頑張るのっ。いいわねーっ?」

 穂綾ちゃんは……ゆっくーりうなずいた。

「峰館さん?」

「はいっ」

 穂綾ちゃんは日向くんのところへ向かっていった。さり気なく……? 敬ちゃんも近づいて……聞き耳立ててるのかな。

「妙なことに巻き込まれてしまったわ」

「嫌だった?」

 知尋ちゃんちょっと止まってる。

「……た、退屈はしないわっ」

「くすっ。うまくいくといいね」

「そんな簡単にうまくいくかしら……?」

 あ、ここで肩にぽんぽん。

「おはよ、雪乃、知尋」

「おはよう」

「おはよう、流都くん」

 流都くんがやってきた。

「さっきまで四人で集まってなかったか? どんな話?」

「恋バナよ」

「ぶっ」

「ちょっと知尋ちゃんっ」

 こ、こういうのって、なんていうかその、女の子だけの秘密な雰囲気……出てなかった?

「じょ、女子ってそういう話、やっぱ興味あるんだな」

「わ、わたくしは巻き込まれただけよっ」

 あ、知尋ちゃんはすたすたと自分の席へ向かった。

「……雪乃も、興味あったり……するのか?」

「わ、私は……」

 まったくないっていうわけじゃないけど……

「も、もぅっ。席に戻ろっ」

 カバンも下ろしてなかったしっ。

 遠目に穂綾ちゃんを見てみると、日向くんとしゃべっているようには見えるかなぁ。日直のことを話してるだけと思うけど。


 日直のすることといったら、なんといってもその日の一日の出来事を日誌に書くこと。二人一緒に書けたらいいと思うけど、ほっといたら別々に書きそう。一応他に日直がすることといったら、帰りの会の前に横の黒板を明日の時間割にすることとか、黒板の日付を書くとか、黒板の下に溜まったチョークの粉のお掃除とか……黒板ばっかりだっ。あ、窓も閉めるね。

 めだかさんは飼ってないし……花壇の水やりは美化委員のすることだし……。敬ちゃんの言うとおり、帰りが勝負になりそう。

(……本当に今日いきなり、告白しちゃうのかな……)

 告白、かぁ。


 それからというもの、敬ちゃんはあの手この手で穂綾ちゃんと日向くんの接点を作ろうと奮闘していた。わざと筆箱の中身ぶちまけたり、教科書落としたり、なんならわざとぶつかったり……さ、さすがにわざとらしすぎる気がするけど。

 知尋ちゃんも休み時間に私にしゃべりかけて、何をするのがいいのかしらと相談に来ていたけど、あんまりこれといったお返事はできなかった。私も何すればいいのかな。とりあえずしゃべることくらいかなぁ……。次の理科は、理科室で穂綾ちゃんと同じ班だから、移動中とかにお話してみようかな。


 が。それもまた敬ちゃんが頑張ってたので、結局私の出番はありませんでした。


 給食の時間。日向くんも穂綾ちゃんも給食当番じゃないみたい。あ、敬ちゃんは給食当番なのかな。二人の方を見つつ後ずさりながら教室を出ていった。手に持ってるマスクつぶれちゃってるよ?

 状況を確認すると、日向くんは……流都くんとおしゃべりしてる。穂綾ちゃんは自分の席に座ってちょっと視線を落としたまま。ノートも何も広げてない。知尋ちゃんも自分の席に座ってるけど、穂綾ちゃんの方を見ている。

(なにかー……し、した方が、いいのかなぁ)

 ちょっと迷って、でも私は席を立ち、日向くん……と流都くんのところへ。

「ん? 雪乃?」

 うん、そうなるよね。突然現れたら。かといって私も……何言えばいいのかな……。

 ここで知尋ちゃんを見てみる。視線が合いました。あ、知尋ちゃんは穂綾ちゃんの方に行きました。

「流都くん」

「なんだ?」

 うーんうーん。なにかいい話題話題……。

「こ、この前の知尋ちゃんのおうち、楽しかったよね!」

「ああ。なんか気合入った言い方だなっ」

 よし、この話題にしよう。

「桜子さんと流都、林延寺さんの家に行ったの?」

 日向くんが話に入ってきました。

「うん。すっごく広くて、紅茶もおいしくて、楽しかったよ。ね、流都くん」

「ああ。うわさには聞いてたけど、家の外も中もでかくてさー。執事の人までいてすごかったよなー」

「うんうん」

 あ、知尋ちゃんと穂綾ちゃんもこっちにやってきた。穂綾ちゃんは知尋ちゃんの後ろにくっついてる。

「お、うわさをすれば。今知尋ん家すごかったなーって話してたんだ」

「そうなの。また来たくなったら歓迎するわ。テスト期間以外はほとんど遊べないけど」

「どうしてテスト期間なのかな?」

 日向くんはまだこのお話を知りませんでした。

「わたくし、普段は習い事をよくしていて時間が取れないの。自主練習期間の今の間は、本来部活の時間が自由に使えるから、お友達と遊ぶのがいつもこの期間になってしまうの」

「林延寺さん大変そうだなあ。体調とか大丈夫?」

「おかげ様で大きな病気はしていないわ」

「それはよかった。今日もだれかと遊ぶのかな?」

「……そうね……」

 知尋ちゃんはすごく考えています。

「日向さん」

「なんだい?」

「峰館さん」

「はいっ」

「今日、あなたたちお二人を我が家へ招待するわ」

 招待っ。

「それ、つまり……僕が林延寺さんの家へ遊びに行っていいってこと?」

「ええ」

「ち、ちーちゃん、きょ、今日?」

「ええ」

 なんだかいつもより目が鋭くなっているような。

「じゃあ林延寺さん、せっかくなんだし流都と桜子さんも一緒にどうかな? たくさんいると楽しいと思うし」

 わああ、知尋ちゃんがすっごく私のこと見てる!

(えーとえーとえーと……)

「ご、ごめんなさい! 今日は……流都くんとお買い物する日なの! ね!」

「え!?」

 私は念じました。いっぱい念じました。知尋ちゃんの視線ビームも流都くんにばちばちなはずですっ。

「あ、あぁ~! 忘れててごめんなーそうだったそうだったー! 俺料理のこと詳しくないくせにお母さんに手作りパンナコッタ振る舞うとか言っちゃってさー! 雪乃が相談乗ってくれたんだよなー?!」

「うんそうなのー!」

 知尋ちゃんの表情が戻りました。はぅ。

「そうだったのか。でも僕にはそんな話全然してくれなかったじゃないか」

「あ!? だ、だーってさー! 料理の話とか、男同士ですんのなんかはずかしいだろーっ!?」

「そうかなあ? まあ別にいいけど」

 ほっ。

「ということらしいから、日向さんと峰館さん、お二人はいかがかしら。自主練習をするのなら断ってもらって結構よ」

「そうだな。せっかくの林延寺さんからのお誘いだし、行かせてもらおうかな。科学部は自主練習期間なんてあってないようなものだよ」

 日向くん決定。

「私もー……うん、行く……」

 いつもほわわーっとしている穂綾ちゃんなのに、日向くんとのことになると、こんなに赤くなっちゃってる。

「では放課後になったら一緒に帰りましょう」

 知尋ちゃんがそう言って日向くんたちのうんうんが聞こえたら、知尋ちゃんは自分の席に戻っていきました。

(えーっとー……)

「流都くん。今から作戦会議しようっ。こっち来て」

「あ、ああ」

 私は流都くんを誘い……つつ、穂綾ちゃんを見ると、手がぐーになってる。日向くんは穂綾ちゃんの横にいてるまま。

 私が自分の席に戻ってくると、流都くんは今空いている左隣の席に座って、ちょっとイスを寄せてしゃべりかけてきた。

「な、なんだよさっきのあれ。あれでいいんだよな?」

「え、えっと……」

 うーんとうーんと。

「……乙女の秘密?」

「なんだそれっ」

 ちょっと笑ってる流都くん。

「これ。いっこ貸しなっ」

「か、貸し?」

 私、流都くんから何かいたずらされちゃうのでしょうか。

「ちなみにだけどさ。本当にパンナコッタ作るってなったら、相談乗ってくれんの?」

「うん。そのくらいなら、いつでも」

「そっか。でも、どうせなら……一緒に作る方が楽しそうだなっ」

 流都くんと一緒にパンナコッタ。

「なんだか調理実習みたいだね」

「それとはちょっと違うだろー」

「そ、そっかな」

 エプロンとバンダナを着けた流都くんを想像したのだけど。

「っていうかさ……なんか俺と雪乃が一緒に帰ることになってるみたいだし……」

 私は改めて流都くんを見た。

「今日、一緒に帰るか」

「うん」

 もし別々に帰って、それ見られちゃったらあれだもんね」


 給食の時間。手を合わせましょうぺったんいただきます。

 私は敬ちゃんと隣の席だったので、敬ちゃんからひそひそ声でしゃべりかけられた。

「ねぇ。給食準備中にターゲットSの動きあった?」

 その呼び方はなんなのかな?

「うん。知尋ちゃんと日向くんと穂綾ちゃんの三人が一緒に帰って、知尋ちゃんの家に行くことになったよ」

 と言うと敬ちゃんはすぐに知尋ちゃんの方を見た。知尋ちゃんは優雅にパンをちぎって食べていました。

「なんっで帰り二人っきりにしなかったのよー!」

「私に言われてもぉ……」

 はぅ。

「でもほら、知尋ちゃんから言い出したことだから、知尋ちゃんにもなにか考えがあるかもしれないよ?」

「作戦あったところで二人っきりじゃなかったら意味ないじゃんー」

 落胆の色まみれの敬ちゃん。

「……ま、でもおしゃべりのきっかけくらいはできそっかな。それに知尋んとこから帰るときは二人っきりだし。あれ、そう考えると知尋って結構やり手なんじゃ!?」

 敬ちゃんがまた知尋ちゃんの方を見た。知尋ちゃんは優雅に牛乳ビンのふたを開けて優雅に牛乳を飲んでいました。

「よしっ。あたしは引き続き作戦を続けるわっ。雪乃もお願いよ!」

「う、うん、頑張ってみるけど……」

 たぶん、敬ちゃんがいるなら、私出るとこないんじゃないかなぁ。


 ……うん、出るとこなかった。

 結局帰りの会まで私は遠くから眺めるだけで終わっちゃった。

 黒板の掃除や明日の予定に書き替える作業は二人ばらばらにしてた。日誌ももしかしたらばらばらかもしれない。

 帰りの会が終わって起立・礼。今日も学校生活終わり。

 給食の準備時間のときのお話にあったように、二人はすぐに知尋ちゃんのところへ向かい、そのまま教室を出ていった。日誌は日向くんが持ってた。あ、敬ちゃんが来た。

「今日はあたし頑張ったわー! あ・と・はっ、穂綾の勇気を信じるだけね! んじゃっ、あたし部活行くから!」

「ばいばい」

 陸上部はやっぱり部活行かなきゃいけないのかな。大変そう。敬ちゃんは元気そうだったけど。

 流都くんの方を見ると、こっちに近づいてきてた。

「じゃあ雪乃、帰ろっか」

「うん」

 私と流都くんも、一緒に教室を出た。


 私と流都くんは、横に並んで校門をくぐった。

 流都くんはいい表情で歩いてると思う。私もてくてく歩いてる。

「雪乃は夏休みの予定とか、なんかあるのか?」

「部活以外には、特にないかな」

「そっか。よかったらー」

 ちらっちらっ見てきている流都くん。

「お、俺とさ。遊ばないか?」

 何かと思ったら、遊びのお誘いでした。

「うん、もちろん」

「そっか! よし、雪乃と遊べるんなら、俺も大会頑張るぞ!」

「私じゃ練習相手にもならないよ」

「いや別に遊ぶのバックギャモンじゃなくてもいいしっ。単純に雪乃と遊んで俺が元気になるだけ」

「私と遊んで元気になるの?」

「当たり前だろっ」

「当たり前なの?」

「当たり前当たり前っ」

 うーん私なにかしてあげたかな。

「夏祭りとかも、誘っていいか?」

「夏祭りも? うん、いいよ」

「まじかよ!」

 流都くんがいっぱい誘ってきてます。

「私はいいけど……流都くんって、私より友達多そうなのに、私でいいの?」

「雪乃がいいから雪乃を誘ってるんだよ。もちろん他の友達と遊ぶときは遊ぶし」

「私が……いいの?」

「雪乃がいいっ。あ、もちろん雪乃が俺でもいいんなら、だけどさ」

 流都くん、かぁ。

「うん。私も、流都くんが、いいかな」

 笑顔の流都くんがそこにいる。

「じゃあさ。この夏は雪乃といっぱい遊ぶ夏に……しよっか」

 流都くんといっぱい遊ぶ夏、かぁ……。

「……うん。じゃあ、そうしちゃおう」

「決まりな!」

 この夏は、流都くんといっぱい遊んじゃうみたい。どんな夏になるのかな。

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