第3話

刻一刻と、締め切りの期日が近付いてきていた。

書いたものといったら、昨日書いたクソみたいな詩のみ。こんなもの、表に出せそうなものじゃない。

「はあ……。何にも浮かばねぇ」

浮かんでくるものは、あの一目惚れした女性の顔。そして、あのいけ好かない男の顔だった。

「クッソ!」

俺は、パソコンの電源を付けたまま外へ飛び出した。空は青く、昨日の豪雨が嘘のように穏やかな日差しをさしていた。

地面には、水溜りがいくつか出来ていた。その中を覗いてみると、アメンボがスイスイ泳いでいる。

「のんきな奴だな」

誰に言うでもなく、独りごちた。

アメンボは変わらず、楽しそうに泳いでいた。


*****


また、喫茶店に来ていた。昨日の今日でオーナーには、悪いことをしてしまったという自覚はある。

……入りづらい。

喫茶店の近くを行ったり来たりを繰り返していると、「こんにちは」

「はぃい?!」

背後から女性の声が聞こえた。俺は反射的に飛び跳ねてしまった。

「ご、ごめんなさい。驚かすつもりは……」

「い、いえ、すいません……」

しばらく沈黙が流れた。

「あの」

この沈黙を先に破ったのは、女性の方からだった。

「よろしかったら、お店に寄って下さい。この前のカプチーノ、今日メニューに追加しましたので」

女性はそう伝えると、いつもの輝かしい笑顔を浮かべる。

行きづらいと思っていたのに、その気持ちはどこかへ吹き飛んでしまっていた。喫茶店に入る。いつもの奥の窓際の席に座る。穏やかに川は流れ、太陽の光で川の水が反射してキラキラ光っていた。

この景色を見ると、落ち着く……。

「メニュー表、お持ちしました」

俺はメニュー表をもらうと、メニュー欄を見た。

ドリンクの欄に新メニューのカプチーノの追加されていた。俺は、女性が別の所に行く前にカプチーノを頼んだ。

「カプチーノ一つお願いします」

「! かしこまりました」

一瞬、ほんの一瞬、彼女の表情に花が飛び散った様に見えた。

俺は、頼んだ物が来るまで、新作の詩を考えた。

本当はこんな事をしている暇はないのに、頭ではわかっている、わかっているけど……。

「……。むいてないのかな」

ボソっと、悲観的な言葉が出ていた。

「おまたせしました」

香ばしい香りと共に、女性がカプチーノを運んで来た。俺は出していたネタ帳を懐にしまった。

「お仕事中でしたか?」

「へ?!」

「あ、なんだか、怪訝な顔をしていましたので」

そんな顔をしていたのか? あ、やばい、恥ずかしい。

俺は情けない事に顔を俯かせて、「そうです。一応……?」と歯切れの悪い返事を返した。

女性はそれを気にせず事なく、笑顔で「無理はせず頑張って下さいね」と言って、この場を離れて行った。俺の視線の先には、温かい湯気が立ち昇っているカプチーノだけが残っていた。


そのあと、小一時間ほど喫茶店にいた。新作の詩を考えた。今日は平日で他の客も少なくラッキーちゃ、ラッキーだったのかな。

それでも、いいネタが思い浮かばず苦悩していると、コーヒーの匂いが鼻を掠めた。

「良かったらどうぞ、マスターからの奢りです」

「ありがとう、ございます」

「いいえ……。あの、差し出がましいのですか、何のお仕事をなさっているのですか?」

まさかの問いに思考が止まる。

「いえ、ただ何となくです。迷惑でしたね、ごめんなさい」

「いやいやいや、違います。少し驚いてしまって」

俺は慌てた様な感じで、否定をした。

「そうですか?」

「はい! あ、俺ーーーー」

詩を書いています。と言おうとした時、カランカランと入り口の鈴が鳴った。

ただのお客なら良かったのに……。よりにもよって!

「いらーーーーあ、マサキ」

なんで、“彼女”の男が現れる?

「いやー、たまたまここを通りかかったから、ちゃんと仕事してるのか確認しに来た」

男はヘラヘラとした笑顔で、彼女にそう言う。彼女も困り顔をしていたが「ちゃんと、やってます〜」と満更ではない様子。

幸せそうだ。

「あ!」

彼女は俺の方に体を向けた。

「さっき、何か言いかけていたけど、何?」

「……いえ、何でもないです。あの、ごちそうさまでした」

俺は席から立ち上がりレジへと向かった。会計はマスターがしてくれた。


*****


自宅に帰るなり、すぐに敷きっぱなしの布団に倒れこんだ。顔を横に向けるとノートパソコンが見える。新作書かないといけないのに。なのに、なのに!!

「ムカつく」

ピコンッ。

こんな時に編集部からメールが届いた。

『お疲れ様です。担当の神谷です。久城くん、新作の詩の作成は順調ですか? もうすぐで期日ですので、早めにプロット見せてくださいね』

という、連絡だった。


「そんなの分かっている!!」

俺の中の何かが切れ、スマホを床に叩き落とした。その拍子でスマホの画面が真っ暗に消えた。

なんで、こんなに苛立つ? なんで、こんなに胸の内がざわつく?

それもこれも……!

「……あの男が消えればいいのか」

黒々とした俺の感情が、すべて染まりきった瞬間だった。

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コウリス 砂月 @kibana

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