第2話

その日は、朝からずっと雨だった。

冷たい雨音が屋根に当たる音が聞こえる。それと同時に、古いアパートだ、雨漏りまでしていた。俺の住んでいる部屋は二階の一番端だ。

「最悪……」

雨漏りの場所が一箇所だけかと思いきや、奥の寝室まで雨漏りしていた。最悪なことに俺が寝ている布団たちは、ビショ濡れだ。

古いアパートのため、洗濯機は外にある。雨は横降りで恐らく玄関先は、濡れているだろう。洗濯機も濡れているかも……。

俺はため息を吐きながら、雨漏りをしている場所にまた、調理で使う大きめのボウルを置いた。布団を安全圏にズラして。

カン、カンと、雨水の入る音が二箇所に響く。まあ、辛うじてパソコンが置いてあるテーブルは無事だった。数センチズレていたら、パソコンも天に召されていた。

「は! スマホ!」

スマホは布団にくるまっていた。防水機能は一応付いていたけど、ダメになっていないか、電源を付ける。

「よかった〜……。雨、やまないかな?」

窓の外では、どしゃ降りの雨が強さを増していた。


昼過ぎになると、雨は嘘みたいに止み、晴天の青空が広がっていた。今がチャンスと思い外にある洗濯機の中に布団を入れ、洗った。洗濯が終わるまで時間がかかるから、一旦部屋に戻り軽い昼食を食べた。昼食といっても、買い置きしているカップ麺だ。

カップ麺を食べ終え、パソコンを起動させた。

いい加減、新作を書かないとヤバイ。売れない、売れないと言われているもの、メジャー所でない出版社からの依頼はボチボチあった。今回も同じところから連絡が入り、書いてくれと頼まれた。

しかも、期日は一週間後だ。早めにプロットを作成しオッケーをもらわなけば。

でも、書きたいことがあるのに躊躇ってしまう。

「……」

俺は、パソコンを閉じた。勝手に足が外へと出ていた。向かう先は、いつもの喫茶店だ。

ーーーーあの子に会いたい……。

そんな感情を抱いたまま、喫茶店に着いていた。

入り口には、《オープン》と書かれたボードが置かれていた。

足の赴くままに来店した。


「いらっしゃいませ」

今日はオーナーがいた。いつものように、カウンター越しにグラスを磨いていた。

俺もいつものように、いや、目だけがあの子がいるか確認をしている。

自分のお気に入りの席に着いた。この間みたいに、会話がしたい。そう淡い期待を交えて待つ。

「いらっしゃいませ、いつもご贔屓ありがとうございます」

「あ……」

オーナーだった。

「ん? どうかなさいましたか?」

「い、いえ。あの女の子いないなって……あ、すいません、忘れてください」

「女の子……? ああ! エリカちゃんね、お客さんエリカちゃんのお友達かい?」

オーナーの人の良さそうな言い方に、心がえぐり取られそうだ。

なのに、俺の口から出たのは……。

「そうです、です」

嘘をついた。

窓の外を見ると、さっきまで晴天だった天気に、また強い雨が降り出した。

「あ、また雨降ってきましたね。お客さん、傘持ってきていますか? 無いのでしたら、しばらくここで、雨宿りなさってもーーーー」

「いえ、大丈夫です。あの帰ります」

「え、あ! ちょっと」

オーナーの優しさを押しのけて、俺は雨の降る中を歩いた。

「もー! さっきまで、晴れてたんじゃん!」

聞き覚えのある声が聞こえた。俺の前から二人の人影が見えていた。その一人が、あの女の子だった。

俺の心が躍る。一目見るだけいい。それ以外は何も望まない。そう思ったのに……。

「ほら、傘の中に入って」


ーーーー誰だ? あの男は??


「傘持ってるなら、早くさしてよー、もう!」

女の子は、怒り口調ながらもちゃっかり傘の中に入った。それに、なんだか幸せそうな感じだ。

…………気に食わない

気に食わない、気に食わない、気に食わない、気に食わない、気に食わない!!!!


俺のすぐ横を二人は、楽しそうに会話をしながら素通りして行った。俺がいる事も気づいていない様子だった。

「……なんだよ、この感情は?」

ずぶ濡れのままアパートに戻ると、すぐにシャワーを浴びた。それも冷たいシャワーを。

「……あ、洗濯」

ふと、思い出した。布団、洗濯機の中に入れっぱなしだ。

シャワーを浴び終え、浴室から出ると頭上から水滴が落ちてきた。また、雨漏りしていた。

運がいいことに、洗濯機には乾燥機能が付いていたから、布団を干さずに済んだ。

押入れの中は、雨漏りしている様子がなく、その中にしまった。

他に雨漏りがしていないか確認する。どうやら、寝室とリビングと脱衣所のみのようだ。

これ以上雨漏りされたら溜まったものじゃない。


俺は、またパソコンを開いた。今度こそ、書けるような気がする。いや、今のこの感情をすべてぶちまけたい!!

そのあとは、全ての行くあてのない感情をキーボードに打ち込んだ。でも、書いていることは、安っぽい言葉ばかり、愛だの恋だの、憎しみだの嫉妬だのといった、変哲のない言葉を使って書き殴っていく。そんな感じだから売れないのだろうな。

自暴自棄になりそうなのを堪えて、文書を綴っていく。

自分の溜め込んでいたモノを吐き出し終えると、スッと胸の内が少し軽くなった気がした。

「……ははっ、クソみたいな文章だな」

俺は、今自分が書いた物たちを読んでみた。

本当にやっすい詩だった。こんな物、恋を煩っている思春期にでも書けそうな文だ。

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