第1話

俺は、想像力を働かせるために毎日、外に出歩いている。毎日見るような光景だが、実は違く、自分でつまらない日々から面白い日々への変化を探してみるのが、俺のやり方だ。

つまり、何がいいたいのかというと、俺は“売れない詩人”だからだ。

“売れない詩人”。その名のとおり、俺は詩を書いて食って生きている。だけど、中々、詩は売れずにいる。そりゃあ、そうだ、今の世の中詩を読むなんて人は減ってきている。

それでも、俺は何かを求めるように詩を書き綴っている。

一時間弱、外を歩いていると、足が疲れてきた。俺は毎回、散歩コースにある小さい喫茶店の中に入った。

半ば常連客だった。カウンター越しにグラスを磨いている、この喫茶店のマスターが俺に気がついた。

「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席へ」

俺は窓際の奥のボックス席に座る。俺の定位置でもあり、何よりも外の風景が見やすかった。

窓から見える景色は、緩やかな川が流れていて、そのほとりには桜の木がいくつか植えてあった。

桜の季節には、まだ少し遠いがもうじき咲くだろう。

「いらっしゃいませ」

若い女性の声が耳に入ってきた。俺は窓から視線を離し、女性の方に顔を向けた。

二十代前半くらいの若い女性だった。

「メニュー表をお渡しに来ました、お決まりになりましたら、声をかけて下さい」

可愛らしい笑顔を向ける。わかっている、営業スマイルという事にはわかっている。だけど、なんだ?

胸のうちの熱い高ぶりは?

若い女性は、メニュー表をテーブルに置いて、そのまま立ち去ってしまった。カランカランと入り口のベルが鳴り、新客が来たみたいだった。


その日、俺は彼女に一目惚れをしてしまった。



*****


翌日は、自宅で新作の詩をパソコンに打ち込んでいた。昨日の出来事を吐き出すように、キーボードで文書を書き綴っていく。

『緩やかな川の流れと共に、桜の花びらがヒラヒラ舞い落ちる……。そんな、暖かな季節の中、わたは一人の女性に目を奪われる。柔らかな光。わたしの人生に光が……』

パタンっ!

ノートパソコンの蓋を閉じた。

「違う……。なんか、違う」

俺は今書いていた文書に不満を感じた。自分の気持ちが追いつかない。そういった感覚が襲いかかる。

俺は、一旦席を外し、小さい冷蔵庫の中から缶コーヒーを取り出し飲んだ。ノートパソコンの横に置いてあるスマホが揺れた。俺は缶コーヒーを片手にスマホを開く。メールが一通届いていた。中身を見ると、携帯会社からの連絡だった。

「はあ……」

スマホを閉じ、テーブルに戻す。残りのコーヒーを一気に飲み干した。

ーーーースランプ

その単語が急に頭を過る。

俺はノートパソコンを開き、中途半端に書いていた文書を全部消した。いつもそうだ、思い通りにいかない時はすぐに消してしまう。俺の悪い癖。

毎回、よしうまく書けた! 続きを書こうとしても、途中で手が止まってしまう。内容は頭にあるし、プロットだって書いてある。なのに、どうして、手が止まる?

それからは、毎度のごとく、書いては消して、書いては消してのエンドレスループ。悪循環。未完成品。だから、売れない詩人なのだろう。

自分で自分を嘲笑うかのように、俺は弱い笑みをこぼした。



思い描いているモノが上手くまとまらない為、俺は今日も外へ出ていた。少し暖かな日差しが地面を照らす。俺はのんびりとした気分で、のどかな住宅街を歩いた。なんだかんだ歩いていると、自然と喫茶店がある川のほとりに来ていた。

太陽の陽で川がキラキラと輝いている。よく見ると、小魚が何匹がユラユラ泳いでいた。なんだか、心が安らぐ。

カランカランと、喫茶店から昨日の女性店員が出てきた。手にはジョウロを持っていた。喫茶店の窓のしたに花壇があった。どうやら、花に水を与えていた。

「……」

花に水を与える姿が聖母のように見えーーーー

「あ、こんにちは」

「はぃ?!」

いきなり挨拶をされ、俺は変な声を上げてしまった。恥ずかしい。

女性店員は、クスッと小さく笑った。

「あ、ごめんなさい。いきなり声をかけてしまって」

少し申し訳なさそうに眉を下げる。俺はすぐに「いえ、大丈夫です!」と、伝えた。

「あの、この近くに住んでいるのですか?」

急な質問に頭がフリーズを起こした。

「あ、すいません。少し気になって……。よくお店に来られるので、つい」

「あ、いや、そう、そうです! この近くのアパートに住んでいます!」

あ、やばい、妙に声が大きくなってしまった。変な野郎だと思われたかも。

そう心配したのも束の間、女性はまたもや笑い声を上げた。

「ごめんなさい。あ、そうだ」

「?」

喫茶店に誘われて、いつもの席に座る。今日はマスターがいないようだ。

「少しお待ちになって下さい」

そう伝えると、女性は奥の厨房へと入って行った。

三十分後、女性が厨房から出てきた。

「お待たせしました。あの、試食をお願いしたくて」

女性は、新作のカプチーノを作っていたみたいだ。

それの試食をして欲しいとの事だ。

女性が淹れてきたカプチーノのに、口を付ける。

甘苦い風味が口の中に広がる。女性は、不安げな表情で俺の感想を待ってる。

俺はカプチーノを全て飲み干した。コーヒーカップをテーブルに置いた。

「どうでしょうか?」

「うん、凄くおいしいです」

「そうですか? お世辞なしで言って下っさっても」

「お世辞じゃありませんよ。本当においしいです。このカプチーノ、お店に出すんでしょ? なら、自信持って下さい、売れますよきっと……」

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