第10話 4月30日

外はもう真っ暗だった。私と凛さんは海のそばをゆっくり歩いていた。

「平成は、楽しかったですか?」

「楽しかったと思う。楽しかったから、今ここにいるのかなって思う。みのりは?」

「私も、楽しかったです。でも決して凛さんとの時間だけが楽しかったわけじゃないですからね」

強がり半分、本音半分。凛さんは見透かしたように笑った。

「ひどいこと言う」

「でも今この瞬間だけは、凛さんとの時間が1番楽しかったって思います」

波の音と潮風が優しかった。凛さんは何も言わなかった。凛さんはきっと私が何を言っても、この関係を今日で終わろうとしてるんだろうなと思って泣きたかった。でも、凛さんが泣かないなら私は絶対に泣いてたまるか。

「ちょっと寒いね、帰ろうか」

凛さんは私の方を振り向かずに車へ向かった。私がこのまま走って逃げたら、凛さんは追いかけてくるだろうか。それとも放っていくだろうか。まだギリギリ平成は終わってないから、きっと追いかけてくるだろう。

「凛さん」

「ん」

「出会えて良かったですよ」

「私も、連絡をくれたのがみのりで良かった。平成を過ごせたのが、みのりで良かったよ」

凛さんと私が令和まで一緒にいれる友人だったら、もっと仲良くなれただろうか。それとも限りある関係だったからこそ仲良くなれたのだろうか。凛さんが私と令和でも一緒にいたいと、そう言ってくれるだけでいいのに凛さんは何も言ってはくれなかった。凛さんの恋の話も聞けないまま、凛さんの行きつけの喫茶店には1度しか行けないまま、平成は終わるし私と凛さんの関係は終わるのだ。

凛さんと私は車の中で無言を貫いた。車の中で流れるラジオが平成の終わりを告げても私と凛さんはずっと黙っていた。凛さんにとってはただの娯楽でやったことで、何の思い入れもなかったのかもしれない。そう考えて少し涙ぐんだが、ずっと前を向いていた。泣いているのが凛さんに見つからないように。車はいつの間にか止まっていて、私のアパートの目の前だった。二人とも何も言わなかった。身動きさえしなかった。先に耐えきれず言葉を発したのは私だった。

「送ってくれてありがとうございます」

「うん」

帰りたくなかった。シートベルトをできるだけゆっくり外して車を降りようとしたとき、凛さんが「みのり」と私の名前を呼んだ。凛さんの顔が近づいて、そして離れた。頬に感じた感触は一瞬だった。

「ちょっとルール違反しちゃった」

凛さんは泣いていた。

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